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第21話 長島一向一揆(その6)

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 天正二年(1574年)八月三日。信忠軍の長島上陸は大成功に終わった。森勢による篠橋城南側への敵前上陸は、東側からの九鬼水軍の安宅船からの牽制および北側へ上陸を果たした池田勢のおかげで、思ったより攻撃を受けなかった。無論、鉄砲の攻撃は受けたものの、大量の竹束で防ぐことが出来た。

 篠橋城に敵が向かったことを知った長島城の一揆勢は、一部の兵を篠橋城へ援軍に向かわせようとした。しかし、森勢の後に篠橋城南側へ上陸した長野勢が援軍の進軍を阻止した。しかも、一揆勢の長島城の南側に信忠の主力部隊が上陸を開始、次々と上陸してくる数に恐れをなしたのか、篠橋城へ向かわせた援軍を呼び戻してしまった。

 結果、篠橋城西側へ森勢が配置につくことに成功し、篠橋城は包囲下に入った。


 一方で、信忠軍の上陸はまだ続いていた。信忠と九鬼嘉隆は、岸に乗り上げた安宅船の甲板よりその様子を眺めていた。信忠達の乗った安宅船だけではない。その左右にも複数の安宅船が岸に乗り上げて兵を吐き出し、その間を縫うようにして数え切れないほど多くの渡し船が兵を下ろしては対岸へと帰っていった。


「無事に上陸できてようございましたな、若殿」


 眼下で多くの兵が上陸していくさまを見ながら、嘉隆が信忠に話しかけた。信忠も話しかける。


「よもや安宅船をそのまま岸に乗り上げるとは、九鬼殿も大胆なことをする」


「城攻めで附城(つけじろ)を築いて包囲する、という御屋形様の戦法を流用したに過ぎませぬよ。まあ、そのために多く安宅船を作りましたが」


 嘉隆が上品に微笑みながら言った。『海賊大名』の異名を持つ嘉隆であるが、その名前のイメージとは異なり、茶の湯を愛する教養人である。


「おかげで、こうやって多くの兵を一度に運ぶことができる。九鬼殿、此度の戦はそなたがいなければ戦にならなかったであろうよ」


「ありがたき幸せ。しかし若殿、安宅船をこう使うのであれば、あの小姓の言を取り入れたくなりますな」


「あの小姓?」


「羽柴殿ですよ」


 嘉隆がそう言うと、後ろを向いて控えていた大松に視線をやる。信忠もつられて大松を見た。大松は自分が見られていることに気がついて少し頭を下げた。


「大松がなにか言ってたのか?」


 信忠が視線を嘉隆に戻してから聞いた。


「ええ、安宅船から騎馬隊を突撃させる方法を聞きまして」


「ほう?どうするのだ?」


 信忠が嘉隆に聞くと、嘉隆が説明を始めた。


 安宅船の戦い方は二つある。一つは鉄砲や大鉄砲、南蛮から輸入した大砲で撃ち合うこと、もう一つは相手の安宅船に接舷し、兵を乗り込ませることである。兵を乗り込ませる場合は、総矢倉の側面の木の装甲を倒して相手の安宅船に橋をかけるようにするのである。兵たちは倒された木の装甲を渡って相手の船に乗り込んでいく。

 九鬼の安宅船には、少しでも遠くへ渡すため、装甲の一部を二重にし、蝶番で繋げていた。普段は折りたたんで二重装甲とし、接舷攻撃の時は繋がれた綱を操ってその装甲を展開し、相手の船へと橋渡していた。

 この機能を見た大松が「これを伸ばして地面につけるようにすれば、岸に乗り上げた時にこの橋渡しを使って馬に乗って上陸できるのでは」と嘉隆に話したのである。


「その話を聞いたときには驚きましたね。いや、橋渡しは接舷攻撃の他に、別の船に人や物資を渡したり、湊にて荷降ろしに使ってはいました。しかし、どうしても下ろせる高さが水面の高さまでなので、船底まで下ろすことまで考えておりませなんだ」


 嘉隆の話に感心したのか、信忠が右手で顎をさすりながら頷いた。


「なるほど、その橋渡し、艦首につければ、安宅船を進ませてそのまま敵前で乗り上げさせる。その後、橋渡しを下ろして兵を突撃させることができるか。面白い。九鬼殿、そのような船ができるか?」


「ええ、この戦が終わりましたら、作ってみましょう」


 信忠の質問に嘉隆がそう答えた。信忠が大松の方に顔を向ける。


「大松。中々面白き提案であった」


「・・・恐れ入りまする」


 大松にとって戯れに言ったことがまさかここまで大きくなるとは思わなかったので、ただただ恐縮していた。

 そう話し合っている間にも、安宅船からは次々と兵たちが船から上陸していった。





 信忠の軍勢が上陸した次の日、今度は信長の主力部隊が長島へ上陸した。すでに長島城は信忠軍によって取り囲まれており、主力部隊は何の抵抗も受けずに上陸することが出来た。

 それから8日後、篠橋城にて動きがあった。篠橋城を包囲していた池田恒興に、籠城していた一揆勢から接触があったのだ。


「何?寝返るから長島城へ移らせて欲しい?」


 恒興は使者からの話を聞いて思わず聞き返してしまった。それに対して、目の前にいる使者は答えた。


「はい。長島城に入った後は頃合いを見て全ての城門を開けまする。そうすれば長島城は落ちたも同然でございまする」


「ふむ、検討に値するな・・・。よろしい、御屋形様と相談の上、そちらの要件を呑もうぞ」


 恒興がそう言うと、使者は「ありがたき幸せ」と言いながら平伏した。使者が篠橋城へ戻るのを見た恒興は、信長に息子の勝九郎を送り込んで指示を仰いだ。


「構わぬ。篠橋城の兵を全て長島城へ送り届けよ」


「よろしいのですか?寝返りなど、どう考えても嘘だとしか思えませぬが」


 信長の許可に対して、丹羽長秀が疑問を呈した。


「嘘でも構わん。人が多ければ、その分兵糧の減りは早かろう」


「なるほど、そういうことですか」


 信長が言わんことを理解した長秀は、そう言うとそれ以上は喋らなくなった。


「勝九郎、大義であった。勝三(池田恒興のこと)に儂の意思を伝えてまいれ」


 信長にそう言われた元助は「ははっ」と返事をするとその場から立ち去った。

 その後、その日のうちに篠橋城の城兵は長島城へ引き上げ、空となった篠橋城は池田勢によって占領された。そして、包囲していた森勢、長野勢が長島城包囲に参加。より一層の包囲が完成した。





 長島城に篠橋城の城兵が入ってから一月が経った。その間、篠橋城の兵が寝返って城門を開けるということはなく、只々時間が経過していった。

 さて、この一月の間、大松は何をやっていたかと言うと、一時的に信長の小姓に復帰、他の小姓達と一緒になって兵糧の計算を行っていた。

 当時、戦国武将の兵站は原則手弁当であった。つまり自分たちの領地から兵糧武器弾薬を苦労しながら持ってきてたのである。足りないと本拠地から追加分を持ってきてもらうか、現地調達しか手段が無かった。しかし、今回のような大規模な軍勢が長期間展開するとなるとそういう訳にもいかなかった。そこで信長はこの戦では兵站を重視した戦い方を行った。

 すなわち、支配した津島や堺といった商業都市から矢銭(軍資金)を巻き上げ、肥沃な濃尾平野から採れた米を兵糧とし、集めた銭を伊勢の大湊や尾張の津島の船主にばらまいて船を徴用、徴用した船を利用して兵糧を砦に集めさせた。この集積地と化した砦から九鬼、滝川、北畠、神戸や佐治の水軍を使って長島の各部隊に兵糧などを送り込んでいった。

 そんなわけで兵糧を如何に上手く分配するか、がこの戦の鍵となる。この分配を捌くのが丹羽長秀や堀秀政である。そして、信長はこの兵站構築を学ばせるべく、幹部候補生である小姓たちに手伝わせていた。


「大松、そっちの計算できたか?」


「ああ、今終わった」


 信長が本陣をおいている篠橋城の一室にて、中川梅千代と大松がそろばんを弾きながら兵糧の計算を行っている。隣では犬千代が弾薬の計算を行っているが、ぶっちゃけここ数日は弾薬の消費がほぼない戦である。計算はほとんど終わっていた。


「犬千代!お前こっち手伝えよ!もうそっちは終わってるだろ!?」


「いや〜、梅千代。俺は計算苦手でさぁ。これでもいっぱいいっぱいなんだよな〜」


 梅千代の怒号を受け流す犬千代。そんな態度を見た大松は、連日の計算の大変さから来る苛立ちを隠すことができず、珍しく犬千代に激しい言葉をぶつけた。


「嘘つけ!荒子城では前田の母上と一緒になって、そろばんはじいて年貢米の計算してたじゃないか!っていうか、今もそろばんで計算していたじゃないか!」


 大松の言葉に対して、犬千代は飄々とした態度で返す。


「大松よ。自慢じゃないが俺と母上がそろばんで年貢米を計算したから、助十郎(奥村永福のこと)が再計算したんじゃないか」


「お前・・・。本当に自慢じゃないな・・・」


 大松が低い声を出しながら呟いた時、部屋に入ってきた者がいた。


「皆、ご苦労」


「これは丹羽様!」


 織田家の重臣である丹羽長秀がいきなり現れたことに驚く大松達。すぐに平伏をしたが、長秀は「そのままでよい」と言いながら入ってきた。部屋に入る長秀の後ろには、小姓が一人立ていたが、それは大松が今まで会ったこともない小姓だった。


「どうだ。計算はできたか?」


 長秀の質問に犬千代が答える。


「はい。それがしは終わりました。大松と梅千代はまだでございまする」


 大松と梅千代からの刺すような視線を無視しながら、犬千代は帳簿を差し出した。


「ふむ。では確認するとしよう。おい、新三郎。帳簿を見てくれ」


「ははっ」


 新三郎と呼ばれた小姓が長秀より帳簿を受け取ると、帳簿の中身を眺めだした。大松達が固唾を飲んで見守っていると、新三郎は帳簿を長秀に返してこう言った。


「大隅守様(信長の異母兄、織田信広のこと)への弾薬の量が少なすぎまする。また、不破様(不破光治のこと)への矢の供給数が多すぎまする。恐らく計算違いと思われまする」


 長秀が指摘された帳簿の部分を調べると、確かに数がおかしい。長秀は帳簿を犬千代に渡した。


「もう一回やり直せ。帳簿は大松と梅千代のをも合わせて儂のところへ持ってくるように」


 そう言うと、新三郎を連れて部屋を出ていった。


「犬千代、残念だったな」


 言葉とは裏腹に嬉しそうに言う梅千代。その隣で大松が首を傾げながら呟いた。


「新三郎・・・?そんな小姓、織田家にいたっけ・・・?」


「ああ、あれは丹羽様の小姓だよ」


 しょげかえっている犬千代の代わりに梅千代が答えた。梅千代は続ける。


「なんでも、近江の長束村にいた土豪の水口なんとかの息子だそうで、その水口ってのが丹羽様に仕えた後に小姓として召し出されたらしい。計算ができるってんで、今回の戦の輜重の管理を手伝ってるんだとさ」


「へー」


 大松が感心したように声を出した。そんな大松と未だしょげている犬千代に、梅千代が語りかけた。


「さ、さっさと帳簿をまとめようぜ。ほら、犬千代も帳簿をやり直すんだよ」





 更に経って九月二十八日、兵糧攻めにあっていた長島城にて動きがあった。すでに織田軍に包囲されてから二ヶ月が経っており、城内の半数の人が餓死していた。これ以上の餓死者を出さないために、一揆勢の実質的な指導者であった下間頼旦が降伏を決意。自らが信長のもとに赴いた。


「ほう、長島城引き渡しと自らの命をもって、城内の一揆勢の助命を願い出たい、とな」


 織田軍の本陣内で、信長は目の前に居る頼旦に語りかけた。頼旦はただ一言「はい」と答えただけだった。


「ふむ・・・」


 信長はそう言うと、沈黙した。なにか考え事をしているようだった。頼旦はただ黙って信長を見つめていた。傍に控えていた丹羽長秀も佐々成政も前田利家も何も喋らなかった。長い沈黙の後、信長が口を開いた。


「よろしい。城内に籠もる人すべての助命を認めよう。退去した後は、水軍衆に命じて伊勢に逃してやる」


「あ、ありがたき幸せ!」


 頼旦は心の底から感謝するような声で礼を言いながら平伏した。


「それで、城からはいつ出る?」


「明日には出られまする」


 丹羽長秀が尋ねると、頼旦は嬉しそうに答えた。


「よろしい。又左衛門、頼旦の首はお前が・・・」


 長秀が利家に頼旦の処刑を命じようとした時だった。信長が高い声で長秀を制止した。


「ならぬ!頼旦も助命とする!」


 信長の一声に、長秀らはもちろん、頼旦本人も驚いた。


「御屋形様、よろしいのですか!?」


「今殺したら、誰が城に戻って降伏を伝えるんだ?」


 信長の言葉に長秀が黙り、頼旦の顔に「やっぱり」という表情が浮かんだ。


「まあ、(うぬ)の命をとったところで何の足しにもならんわ。城内の者共々、どこへでも行くが良い」


 信長の言葉に、頼旦はしばらく固まっていたが、言葉の意味を理解したのか、深々と頭を下げた。


「弾正忠様の御慈悲、この下間頼旦、一生忘れませぬ」


「忘れていいぞ」


 礼を言った頼旦に対して、信長はそっけなく言った。


 頼旦が長島城に戻っていった後、信長は利家と成政に命じた。


「何があるか分からん。お前たちはいつでも出られるように支度しておけ」


 利家と成政は「御意」と言って陣から出ていった。そして長秀を見ると、信長は長秀に質問した。


「明日、城から出てきた一揆勢を根切りにいたす。どれほどの兵力が居る?」


 長秀は両目を思いっきり見開いて驚いていた。しかし、すぐに思案の顔になった。


「・・・一揆勢がどれだけ減らしているか分かりませぬが、まだ相当に残っているはず。生半可な軍勢では取り逃がすでしょう」


「分かった。全軍で行こう。ただし、勘九郎(信忠のこと)は外す」


「・・・拗ねますよ?」


 長秀が顔をしかめる。


「構わん。こういう汚れ仕事を勘九郎にさせとうない」


 信長も顔をしかめながらそう言った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 上陸用舟艇ですね。
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