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第20話 長島一向一揆(その5)

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 天正二年(1574年)七月十五日。信長率いる主力部隊は、一部を渡河させて松ノ木砦を占拠、さらに無人となっていた願証寺を占領することに成功した。その後、信長は残りの部隊を率いて五明城へ移動、信忠の軍勢と合流した。

 合流した信長と信忠は、配下の武将を集めて軍議を開いた。


「先程入った情報によれば、滝川殿(滝川一益のこと)と九鬼殿(九鬼嘉隆のこと)率いる水軍衆が加路戸(かろと)砦と大島砦を攻めているとのこと。この二つの砦を落としてしまえば、あとは水軍衆による長島封鎖が行われる。その後は九鬼勢によって長島へ渡るので、各々準備を怠らぬように」


 丹羽長秀の指示により、各隊が渡河の準備に取り掛かっていた。さて、そんな準備の最中、大松は信長の小姓をしていた犬千代と久々に会っていた。


「生きていたか、大松」


「おかげさまでね」


 木曽川の岸辺でそう挨拶を交わした二人。時間がないので犬千代がいきなり本題に入る。


「姉上が祝言をあげる」


「えっ!?誰と?」


「前田甚七郎様と」


「・・・ああ〜、荒子城であったあの人か」


 前田城にいたときのことを思い出す大松。そういえば、随分と幸姉と仲睦まじかったな、と思い出す。


「前田本家からどうしても、と言われてさぁ・・・」


「・・・そっか」


 そう言うと、大松は川の方を向いた。犬千代も川の方を見る。二人の間にしばらく沈黙が続いた。その空気に耐えられなくなったのか、犬千代が話し出す。


「・・・あのさ、お前が姉上のこと慕ってたのは知ってたからさ、俺も色々父上や母上に言ったんだけどさ。母上が『お家のことに子供が口を出すものではありません!』って言ってきてさ、それであまり言えなくて・・・」


 犬千代が申し訳無さそうに話すが、大松は何も喋らない。川を見つめたまま、お互いの顔を見ようともしない。


「・・・父上は、蕭をお前に(めあわ)せるつもりらしい。ま、まあ、蕭は気は強いし、口は悪いけど・・・。気立てもいいし、器量もいいしさ。な、切り替えていこうぜ?」


 大松の顔を見ないまま、犬千代は汗をかきながら何とか大松を慰めようとしていた。そんな犬千代に、大松が呟きかけた。


「・・・犬千代」


「お?蕭に気が向いたか?そうか、ならば俺が取り次いでやるぞ」


 そう言いながら犬千代は大松の顔を見た。大松の体は川の方に体を向けていたが、顔は川下の方に向けていた。そして、右腕を上げると、川下の方を指差した。


「あれ、なんだ?」


「あれって・・・?」


 大松の指差す方に視線をやる犬千代。最初はよく分からなかったが、こっちに向かってきているのは分かった。それらが段々と近づいてくるにつれて、その全容が明らかになってきた。


「・・・船、だよな」


「・・・すごい!まるで砦が群れをなして動いているみたいだ」


 犬千代と大松が見たもの。それは、加路戸砦と大島砦を短時間で撃破した滝川・九鬼連合艦隊であった。まるで砦そのものが動いているような安宅船、それよりやや小さい関船、川でよく見る渡し船を大きくしたような小早が、数え切れないほどの数で川を遡上していた。まさに今回の織田軍の大軍勢を水上に再現したが如く、勢威を示していた。

 ちなみに、記録では九鬼水軍の安宅船が100隻、滝川水軍の安宅船が20隻と伝わっているが、全てが安宅船ではないだろう。しかし、それでも川を埋め尽くすだけの船の数であることは間違いない。

 加路戸砦と大島砦、ついでに大松の失恋の気持ちを粉砕した大船団は、長島一向一揆そのものを粉砕するべく、大松達の目の前を横切っていった。そして大松の気持ちは、幸から船へと移っていった。




 八月に入った。この頃になると長島そのものは滝川・九鬼連合艦隊だけではなく、北畠具豊(のちの織田信雄)と神戸三七郎(のちの織田信孝)率いる伊勢の水軍も加わり、蟻の這い出る隙間すらなくなっていた。また、長島の対岸にあった尾張、伊勢の一揆勢側の砦や城は、柴田勝家率いる別働隊に包囲されている大鳥居城、屋長島城、中江城以外は全て織田軍に占領されていた。残る城は長島にある長島城、篠橋城そして願証寺である。


 さて、七月から八月にかけての膠着状態の時、大松は信忠の小姓を勤めつつ、伝令を買って出ていた。伝令先は主に九鬼や滝川である。特に九鬼への伝令は信忠だけでなく、信長の伝令をも買って出ていた。

 さすがに信長の伝令に志願した時は「お前は若殿様の小姓だろうが!出しゃばるな!」と、普段は大松に優しい万見仙千代に叱られてしまい、信長の伝令は出来なかったが。

 大松は九鬼や滝川への伝令をこなす一方、帰りには必ず船に関する質問を船員にしていた。一益はそんな大松を快くは思っていなかったが、嘉隆はそんな大松を気に入り、自ら船の案内までするようになっていた。このように人の懐に入っていくのが上手いのは、やはり秀吉の薫陶であろうか。

 そのため、日に日に大松が船に関心があることが周囲に知られるようになった。


「そんなに船が好きか?大松よ」


 八月二日の夕刻、五明城内で食事をとっていた信忠が大松に尋ねた。この日は嵐であった。五明城の外は風と雨がひどかった。この頃には五明城を初め、織田方の附城や砦はすでに完成または修復が終わっていたが、やはり兵たちにはきつい嵐であった。


「はい。船もですが、水軍の戦法に関心がありまする」


 外の雨や風に負けないよう、大きな声で大松は返事した。


「ふむ・・・。確か筑前(羽柴秀吉のこと)は琵琶湖畔に新しい城を築いておったな。それを考えての水軍か?」


 信忠は、大松が水軍に興味を持ったのは、羽柴家が新しい城を湖からの攻撃から守るべく、水軍を持つためなのだと考えていた。しかし、大松は信忠の質問に首を横に振りながら答えた。


「羽柴で水軍を持つことが出来ればよいのですが・・・。恐らく難しいでしょう」


「何故か?」


「琵琶湖畔のどこに織田の敵がいますでしょうか?北の若狭は丹羽様が、西の坂本は明智様が、東の今浜には我が父が、南には蒲生様など御屋形様の直臣が多くおりまする。南の甲賀郡には六角が潜んでおりますが、あれは水軍で対抗するまでもないでしょう。

 むしろ、羽柴が強力な水軍を持てば、かえって織田家に対する謀反を疑われまする」


「なるほどな。しかし、京への進軍で水軍は使えるのでは?」


「それならば琵琶湖の水運を牛耳っている堅田衆を動員すれば足りまする。羽柴がわざわざ輸送用の小早を持つ事はありませぬ」


「ならば、何故水軍を学ぶ必要がある?九鬼に任せればよかろう?」


「九鬼では足りぬかも知れませぬ。御屋形様の天下布武はまだ道半ば、まだ日本各地には御屋形様の御威光を拒む者もありますれば。それに・・・」


「それに?」


 大松は少し躊躇ったが、それでも話を続けた。


「・・・我が父はまだまだ出世すると息巻いておりまする。ひょっとしたら、海沿いの領地に替えられることも考えますれば、水軍を持つことも考えるかも知れません。その時に何かのお役に立てればと・・・」


「なるほど。大松は織田家だけではなく、父への孝行をも考えていたか」


 信忠は納得したかのように頷いた。信忠は話を続ける。


「今回の長島の一揆勢が長く織田家に歯向かっていたのは、(ひとえ)に長島という中洲に立て籠もる一方、伊勢の大湊より兵糧や武器弾薬、石山本願寺よりの援軍を船で運ばせていたからよ。そして、我らにそれを抑える船がなかったのも問題よ」


「はい。しかし、此度は伊勢の大湊を抑え、長島に兵糧などを運んでいた山田三方の福島親子を処刑致しました。これにより、長島への兵糧などは著しく減りました。そして今の九鬼水軍等の大船団によって長島は封鎖されておりまする」


 大松は出陣前に堀秀政から聞いた話を思い出しながら信忠に言った。その言葉に信忠が頷く。


「そうだ。これによって長島は兵糧攻めを喰らっているわけだ」


「もしかしたら、今後もこういった水軍を活用した城攻めが多くなるやも知れません」


「ふむ・・・。そういえば、此度の一揆を裏で煽った石山本願寺も木津川に囲まれ、その木津川がすぐに海につながっているな」


 信忠が思案するような表情でそう呟くと、大松が言葉を続ける。


「石山本願寺を攻める際に、水軍が必要になるやもしれません」


「うむ、石山本願寺攻めの際に水軍が使えるかどうか、一度父と相談してみよう」


 信忠がそう言った時であった。外からドタバタと誰かが駆け込んでくる音がした。大松は刀に手をかけて警戒する。


「申し上げます!」


 そう言いながら入ってきたのは具足の上から更に蓑を身に着けた馬廻衆の一人であった。大松は刀から手を離すと、信忠と馬廻の邪魔にならないよう、脇に下がった。


「柴田様の軍勢、大鳥居城を落としました!」


「相分かった!」


 信忠がそう言うと、馬廻は「御免!」といって下がっていった。


「大松、皆を集めよ。ひょっとしたら父は動くかもしれん」


「こんな嵐の中でですか!?」


 信忠の言葉に大松は思わず聞き返してしまった。


「桶狭間の件もあろう。父上は嵐に勝機を見出すのが上手い」


「しょ、承知致しました」


 信忠に言われた大松は、諸将を集めるため、信忠のいる部屋から出ていったのだった。





 さすがの信長も嵐当日には動かなかったものの、軍議を開いて次の日に長島へ上陸することを決定。信忠の軍勢がまず上陸することとなった。そして翌日。


「いよいよ持って長島へ上陸を敢行する。我らが目指すは長島城と篠橋城。森勢は第一陣として出立。九鬼の船にて長島へ運ぶ故、上陸次第篠橋城へ向かえ。いいか、囲むだけだぞ。絶対に攻撃するなよ!」


 利治の言葉に「応!」と元気よく答える長可。しかし長可の考えが分かっている信忠が釘を刺す。


「勝蔵、新五のもの言いはフリではないぞ。さすがに篠橋城に攻撃したら、儂でもかばえなくなるぞ。分かったな」


 信忠の言葉に長可は「応・・・」と元気なく答えた。利治が話を続ける。


「池田勢は第二陣、長野勢は第三陣。森勢と同じく篠橋城へ向かい、篠橋城を包囲せよ。残りは後から上陸してくる御屋形様の軍勢とともに長島城を包囲する」


 そう言った後、利治の細かい注意点などの説明が続いた。それが終わった後、信忠が声を上げる。


「いよいよ一揆勢に引導を渡す時ぞ!皆、気合を入れて励むように!」


 信忠の声に答えるように、諸将も負けずに「応!」と声を上げた。


 第一陣となった森勢を引きいる長可は、船に乗り込む場所で大松を見かけた。


「おう、猿若子。お前も船に乗るのか?」


 今まで前線に出てないから今回も出ないだろうな、という予想をしながら聞いた長可に、大松は予想通りの答えを返した。


「いいえ、私は後で若殿様と一緒の船で渡りますれば。今はここで船に乗る方々への説明を行っておりまする」


「説明?お前が?」


 長可が信じられない、といった顔で大松に聞いた。大松の歳を考えれば、今回の作戦のことを熟知しているとは思えなかった。


「はい。ここ一月(ひとつき)近く若殿様と九鬼様との間で軍勢の渡河について談合が行われておりましたが、その際に私めが九鬼様への使者となったりしておりました。また、九鬼様が若殿様にお会いになった時も私めが側に居りましたので、今回の渡河の内容については頭の中に入っております。それ故、このように現場での説明を任されておりまする」


「・・・そうか」


 本当にできるのか?こいつ、と思いながらも返事をした長可。そんな長可に大松は説明をし始める。


「先陣を切られる森様の軍勢はあそこにある小早に分散して乗ってもらいまする。まずは長槍隊、鉄砲隊、弓隊を先に渡しまする。その際、あの竹束(竹を束ねた盾のこと)を持っていって下さい。」


「竹束?量が多くないか?」


 大松が指差した先には、大量の竹束が集められていた。普段の攻城戦でもここまでの量は使わない。


「これは盾だけではなく、浮きの役目も持っています。船が沈んだ場合、竹束につかんでいれば泳げなくても浮くことは出来まする。それを九鬼様の水軍衆が拾いますので」


「ああ、なるほどね」


 長可が納得したかのように頷いた。大松の説明はまだ続く。


「そして、騎馬隊は最後に渡る予定となっています。」


「騎馬隊が最後?それでは素早く城に行けぬではないか」


 長可が不満を述べるが、大松は「そう来ると思った」と心の中で呟きながら説明を続ける。


「ご心配なく。篠橋城の目の前に上陸していただきます」


「待て、いきなり敵前に上陸するのか!?」


 長可の隣にいた各務元正が声を上げた。大松は「はい」と答え、さらに続ける。


「森勢が上陸する間、九鬼様の安宅船が東岸にのし上げて臨時の砦となりまする。そこから鉄砲や大鉄砲を使って篠橋城を攻撃致しまする故、そのすきに隊列を整えて篠橋城の南を固めて下さい」


「南?南だけでいいのか?」


 長可が尋ねた。


「池田様の軍勢を篠橋城の北に上陸させます。その後は長野様の軍勢を再び南に上陸させますので、森様の軍勢は西に移動して下さい」


「ちょっと待て!城からの攻撃は当たり前にあるだろう。そんな中で軍を動かせだと!?」


 大松の説明に、元正が悲鳴に近い大声を上げた。大松はためらいながら説明する。


「・・・実は、斎藤様も危険だとおっしゃっておりましたが、若殿が『あの勝蔵ならやれるだろう』と言っておられました。御屋形様にもご相談したところ、二つ返事で承諾されました」


 元正は絶句した。下手したら森勢は全滅、いや壊滅するのではないかと。長可が父の森可成や兄の森可隆に続いて戦死するのでは、と危惧した。しかし、長可はそうは思っていなかった。


「・・・おもしれぇじゃねえか。やってやるよ」


 舌なめずりしながら呟いた長可に元正は思わず声を上げる。


「殿!」


「兵庫(各務元正のこと)、御屋形様と若殿様が俺たちができると信じてるんだ。これに答えなきゃ『攻めの三左』と言われた父上に申し訳が立たねぇ」


 長可はそう言うと、大松に顔を向けた。


「おい、猿若子。若殿に伝えといてくれ。『勝蔵は長島でお待ちしております』とな」


「承りました」


 大松はそう言うと頭を下げた。長可が後ろにいた自分の配下に向かって大声を出す。


「いくぞ!今回も我らが一番槍ぞ!森勢の勇ましさ、織田家中と一揆勢に見せつけようぞ!」


 森勢全ての将兵が叫んだ「応!」の言葉を聞きながら、大松は池田恒興、勝九郎親子に同じ説明をするべく、その場を離れた。


注釈

 当時は『水軍』という言葉は使われていない。大体『海賊』とか『舟手衆』と言われていたらしい。この小説では分かりやすくするために『水軍』という言葉を使っている。


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[良い点] こんな息子がいるなんて秀吉は幸せ者だよ(涙
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