第174話 ウェルカム・トゥ・ナガハマ
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天正八年(1580年)三月下旬。安土城天主の書院にて、織田信長は柴田勝家とお市の方、そしてお市の方の三人の娘である茶々、初、江との面談に臨んでいた。
「上様にはご機嫌麗しく。この権六、市共々これより越前北ノ庄城に参りまする。北国の護りと平定は、この権六にお任せ下され」
そう言って勝家が平伏すると、お市の方と三人の姫君も平伏した。信長が相好を崩して頷く。
「うむ。権六よ、加賀、能登、越中を平定し、上杉を抑えよ。折を見て、上杉討伐の軍を起こすが、その時は汝が総大将として越後に攻め込め」
高い声で信長がそう言うと、勝家は「ははっ!」と気合の入った返事をした。直後、信長が声を低めて話しかける。
「時に権六。娘等の婚姻の願い出を申し出ていたな」
信長の問いかけに、勝家は頭を上げて答える。
「はっ。茶々を前田又左衛門(前田利家のこと)が息、孫四郎(前田利勝のこと)に、初を惟任日向守(明智光秀のこと)が息、十五郎に、江を惟住五郎左衛門尉(丹羽長秀のこと)が息、鍋(鍋丸のこと。のちの丹羽長重)に嫁がせとうございます」
そう答える勝家の顔を信長はじっと見つめていた。それはまるで何かを探るかのような表情であった。しかし、真っ直ぐに信長を見返す勝家の顔からは、何も探ることはできなかった。
しばらく黙っていた信長が低い声で勝家に言う。
「・・・何故三姉妹の婚姻を急ぐ?茶々と初はともかく、江は齢八ではないか。早いではないか」
「はっ、今挙げた若人は娘たちと歳が近く、また織田家中の家ということで、安んじて嫁に出せるのではないか、と市と話し合って決めたのでござる」
「で、あるか」
勝家の回答を聞いた信長は冷たい視線を勝家とお市の方に送った。
―――なるほど。此度の婚姻は権六ではなく市の考えか。ならば納得できる。でなければ、羽柴を包囲する形で婚姻関係を結ぼうとは考えつかないからな―――
そう思いながら、信長は頭の中で地図を描いていた。
前田利家は秀吉のいた長浜城の北にある越前府中城、丹羽長秀は長浜城の南にある佐和山城、そして明智光秀は長浜城の琵琶湖の反対側にある坂本城を居城にしている。
そして、長浜城の琵琶湖の反対側には新しく大溝城が造られており、そこの城主は勝家が養育した津田信澄である。
つまり、勝家の養女三人が嫁げば、秀吉の居城である長浜城を柴田一門プラスアルファで包囲することができるのである。
―――しかし、猿(秀吉のこと)は播磨に行き、長浜城は久太(堀秀政のこと)のものとなった。つまり、猿ではなく安土と儂が包囲されることになったのだ。
・・・権六と市はその事に気がついていないのか?―――
そう思いながら信長は勝家と市をそれぞれ見つめた。勝家は真っ直ぐに信長を見つめており、その瞳には一点の曇りもなかった。一方、お市の方は平伏しており、信長からは顔の表情を読み取ることができなかった。
信長は二人の様子を見続けるのを止めて口を開こうとした。しかし、信長が思いとどまる。
―――いや、待て。確か犬(前田利家のこと)の家の孫四郎は猿の家の藤十郎と同じ歳のはず。二人に織田の姫を与えると言っておきながら、犬の嫡男には未だに嫁がせておらぬな・・・。今のところ、余の娘は何人かいるが、一番年上の永でも齢七。来年には嫁がせられる歳になるとは言え、年齢差があまりにも開きすぎている。
・・・そう言えば、猿のところの藤十郎に嫁がせた縁は身籠ったと帰蝶から聞いたな。犬の方もそろそろ本格的に考えないと拙いか―――
信長にとって、前田家への姫の降嫁を未だしていないことは気になっていた。同時期に秀吉と利家に約束したのに、一方にだけ降嫁させたままでは、利家が織田家への忠誠心を損なうやもしれない。
無論、利家は信長に若い頃から付き従ってきた股肱の臣であるから、忠誠心がいきなり無くなるということはないだろう。しかし、約束をそろそろ果たさないと、世間からは『信長は股肱の臣との約束を果たさない』という悪い評判が流れるかもしれない。信長にとって、世間体が傷つくのは避けたかった。
―――しかしながら、市の娘達は元々浅井の姫で今は柴田の娘。我が姪で我が養女にするとは言え、織田の姫とは言い難い・・・。果たして犬めは茶々を嫁として認めるだろうか?いや、他の二人の嫁ぎ先である金柑(明智光秀のこと)や五郎左(丹羽長秀のこと)も受け入れるのだろうか?―――
すでに信長の養女が嫁いでいる丹羽家はともかく、織田の姫を所望しているという噂の明智家が、お市の方の娘とは言え、織田家の姫とは言えないお市の方の娘を嫁としてくれるだろうか?という疑問があった。
―――これは、帰蝶と相談せねばならぬな―――
そう結論づけた信長は、重い口を開いて低い声で話す。
「権六。願い出については嫁ぎ先の意見も聞いておきたい。一旦この件は余が預かる。良いな?」
そう言われた勝家とお市の方は、少し互いの顔を合わせたが、すぐに信長の方を見ると、平伏しながら「ははっ」と返事をした。
そんな二人の様子を見た信長は、今度は高い声で勝家に話しかける。
「ときに権六。越前に向かう途中、長浜城と小谷城に向かうのであったな?」
「御意」
「猿めはすでに播磨に行っておる。あそこで顔を合わせるのは倅の藤十郎じゃ。羽柴の次・・・、いや織田の次代を担う若人故、よくよく見定めてこい」
「・・・見定める、でございまするか?」
信長の物言いに引っかかった勝家がそう尋ねた。「誼を通じろ」とか「よく話し合え」と言うなら分かるが、「見定めよ」とはどういったことか?
「そのままの意味よ。今はまだその才は十全に発揮されておらぬ。が、その片鱗はすでに見せておる。汝も阿閇城の戦いや木津川口での戦い、そして宇喜多調略の噂は耳にしておろう」
「はっ。しかし、あれは筑前が大きく話を広げたものと・・・」
「それもある。しかしながら事実は含まれておる。あのままいけば、恐らく藤十郎の才は猿を超えるぞ」
信長が真面目そうな表情でそう言うと、勝家だけではなくお市の方も息を呑んだ。信長が更に話す。
「それに、さすがは『今孔明』と言われた竹中半兵衛の弟子よ。久太(堀秀政のこと)から聞いたが、但馬平定に又佐(前田利家のこと)を使うことを言ってきおった」
「又佐をですか?」
予想外の名前が出てきたので、勝家が思わず信長に聞いた。信長が頷く。
「うむ。山陰を束ねる吉川駿河守(吉川元春のこと)に対抗でき、かつ播磨の猿めと連携が取れやすい織田方の武将としてうってつけの人材よ。しかも前田一門を使えば、但馬一国なら又佐でも統治は可能よ。儂もその話を聞いた時には思わず膝を打ったわ」
嬉しさと悔しさが交じる表情でそう言う信長に、勝家は困ったような顔をしながら言う。
「又左は内蔵助(佐々成政のこと)と同じく拙者が頼りにする猛将。抜かれると北国平定に支障が・・・」
「分かっておるわ。又左は引き続き越前府中城にて汝の与力をやってもらう。上手く使って早う北国を平定せよ」
信長に言われた勝家は、「承知致しました。お任せ下され」と言って平伏した。それを見た信長は黙って微笑むのであった。
それから2日後。勝家は家族と家臣と兵を引き連れて安土を出発。北国街道を進んでその日のうちに長浜城についた。
馬上の勝家が滅多に開かれない大手門の前まで進むと、そこには重秀と羽柴の家臣団が出迎えていた。
「修理亮様、お懐かしゅうございます。羽柴藤十郎重秀にございます。此度は越前守護及び北ノ庄城城主への着任おめでとうございまする。また、北国平定の総大将として北国へ向かわれますこと、誠にご精勤にて。どうぞこの長浜城にてゆるりと旅の埃を落として頂きたく存じまする。この藤十郎を始め羽柴家一同、誠心誠意柴田様御家中の労を癒やしとう存じまする」
そう言って重秀が頭を下げると、背後にいた羽柴家臣団も一斉に頭を下げた。一方の勝家も他の家臣共々馬から降りる。
「わざわざの出迎え痛み入る。この柴田修理亮、羽柴家の心遣いに感謝いたす」
勝家が重秀にそう言って頭を下げると、背後にいた柴田家臣団も慌てて頭を下げた。まさか勝家が秀吉の息子に頭を下げるとは思っていなかったからだ。
一方、勝家は勝家で世話になる城の者に対して礼を尽くすのは当然だと思っていた。例えそれが秀吉であろうとその息子であろうと関係なかった。彼は一人の武士としての礼節を重んじただけであった。
重秀が勝家の礼を素直に受け止めていると、重秀の耳に人々のざわめきが聞こえてきた。礼を止め、頭を上げてその方を見ると、どうやら勝家の後方から聞こえてくるようだった。
勝家もそのざわめきに気がついた。頭を上げてざわめきの方を見ようとした勝家に、養子で甥の柴田勝安(のちの柴田勝政)が近寄ってきた。そして勝家に耳打ちする。
「お、御方様が輿から降りてこちらに向かってきております」
「何?」
勝家がそう言って振り返った。すると、勝家の目の前で、家臣達が左右に分かれ、その間を長身の女性が数人の女性を引き連れて歩いてきた。
被衣(小袖を頭から被ること。当時の女性の外出用ファッションで、後の世では専用の単が使われるようになった)姿の女性達の中で、一際身長の高い女性が重秀の前に立った。
その女性は身長が重秀とほぼ同じであった。もっとも、身長185cmと言われる勝家の隣に立っているので、それほど背が高いという感覚はなかった。そして着物はいかにも高貴な女性が着そうな、品の良い上質な着物であった。重秀の身体はその高貴さに反応し、思わず頭を下げた。そんな重秀の頭上から、女性特有の高い声が聞こえてくる。
「柴田修理亮様が妻、市じゃ。お見知りあれ」
「・・・こ、これはお市の方様。ご無礼を仕りました」
そう言いながら片膝をついて跪いた重秀。そんな重秀にお市の方が優しく語りかける。
「その様に畏まらなくて良い。妾は上様の妹ではなく、修理亮様の妻として来ておるのじゃ。修理亮様の妻として扱ってくれれば良い」
―――織田家筆頭重臣としての妻だったら、扱いはそれほど変わらないじゃないか―――
そう思いつつも重秀は立ち上がると、頭を下げながらお市の方に言う。
「・・・ようこそ長浜城へお越しくださいました。旅の疲れをどうぞお癒やしくだされ」
重秀の言葉に、お市の方はただ「うむ」と言って頷いた。直後、お市の方が何かを思い出したかのような表情で重秀に言う。
「おお、そうであった。世話になる以上、我が子等にも挨拶をさせねばのう。これ、皆羽柴殿に挨拶をするのです」
お市の方がそう言うと、一人の男児と三人の女児がお市の方の傍にやってきた。
「さ、羽柴殿にご挨拶を」
お市の方の言葉に、まずは男児が反応した。男児がハキハキとした声で重秀に挨拶する。
「柴田修理亮が息、柴田於国丸でございます!お目にかかれて嬉しゅうございます!」
続けて女児達も重秀に挨拶をする。
「柴田修理亮が娘、茶々にございまする。どうぞお見知りおきを」
「・・・初です。よろしゅうお願い致します」
「江でぇす!」
若干一名気になる挨拶をしているのもいるが、皆が元気に重秀に挨拶をした。重秀もにこやかに挨拶を返す。
「羽柴藤十郎重秀です。ようこそお越しくださいました。ごゆっくりお休みください」
重秀の挨拶に江が元気よく「はいっ!」と答えるのであった。
その後、重秀と羽柴家臣団は柴田の家臣団とも挨拶を交わした。猛将柴田勝家の家臣達は歴戦の勇士達揃いであり、その勇士達を見ようと多くの羽柴の者達が言葉をかわそうとしていた。
そんな中、重秀に近寄ってくる一人の女性がいた。
「大松殿?大きくなりましたね?」
「えっ?・・・ひょっとして、佐脇の叔母上でございますか!?」
声をかけられた重秀は、その女性が幼い頃によく前田利家の家に遊びに来ていた女性であることを思い出した。重秀から名前を言われたその女性―――佐脇さんは驚きと喜びが混じった表情で重秀に言う。
「まぁ?私のことを覚えていてくれてたの?嬉しいわ?」
「いえ、実は今思い出しまして・・・」
「それでも嬉しいわ?それにしてもあの小さかった大松殿がこんなに大きくなるなんて?」
「佐脇殿(佐脇良之のこと)が織田家より追放されて以降、前田の父上(前田利家のこと)から三河守様(徳川家康のこと)の元へ行ったと聞いておりましたが・・・。まさか柴田家にいるとは思いもしませんでした」
「正確に言うと、お茶々様の乳母なのですよ?」
「なんで疑問形なんですか・・・」
「それよりも、他の乳母達を紹介しましょうか?」
「ああ、お願いします」
重秀がそう言うと、佐脇さんは他の乳母である大野さんと田屋さんを紹介した。
「こちらが同じくお茶々様の乳母、大野さんと田屋さんですよ?」
「お初にお目にかかかります。羽柴藤十郎にございます。長旅骨折りでございました」
そう言う重秀に対し、大野さんがにこやかに会釈する。
「お初にお目にかかりまする。こちらにいるのは私の息子にて、於国様が臣にございます」
そう言うと、大野さんは後ろに控えていた少年を紹介した。少年が重秀に頭を下げながら自己紹介する。
「大野佐渡守(大野定長のこと)が息、大野茶千代(のちの大野治長)と申しまする。この度はお世話になりまする」
「茶千代殿は茶々姫様の乳兄弟でございますのよ?」
茶千代の挨拶の横で、佐脇さんがそう言って補足の説明をした。重秀はそれを聞きながら茶千代にも挨拶をする。
「ようこそ長浜城へ。歓迎いたします。時に茶千代殿はお歳は?」
「十二となります。未熟者ではございますが、若君(於国丸のこと)と大姫様(茶々のこと)のために勉学と武芸に励んでおります」
「十二歳・・・」
そう呟きながら重秀は茶々に視線を移した。長浜城の侍女達の挨拶を受けるお市の方の横で立っている茶々の姿を見た重秀。母と似てはいるもののやや童顔な顔立ちと、母よりも少し低い身長、そして母よりも良い体付きに若干違和感を感じた。そこで重秀は佐脇さんに小声で尋ねる。
「・・・大姫様って、茶千代殿と同い年ですか?」
「はい?そうですよ?」
「・・・そ、そうですか・・・」
十二歳であの身体の大きさなのか、と思いつつ、重秀は茶々に再び視線を向けた。その視線に気がついたのか、茶々が重秀の方を見た。何故か睨みつけるような茶々の視線を感じた重秀は、思わず目をそらすのであった。
長浜城本丸御殿の大広間。元々信長のために造られたこの大広間は、天正三年(1575年)の越前一向一揆平定戦の際に信長が一度使用して以来、誰にも使われなかったスペースであった。
そんな誰も使わなかった大広間では、柴田勝家とお市の方、勝家の家族や重臣達が集まって大宴会が開かれていた。主催は当然重秀である。
「我等も国替えゆえ、大した饗しはできませぬが、何卒ごゆるりと羽柴家の食事をご堪能ください」
重秀の言葉とは裏腹に、勝家達の目の前には豪華な食事を乗せたお膳が並べられていた。
「おお、この飯の中に入っている肉が『琵琶湖の鯨肉』でござるな!」
勝家の甥で柴田家随一の猛将、佐久間盛政が膳の上にある米料理を見てそう声を上げた。重秀が答える。
「はい。赤鯨(牛のこと)一匹から肉を取りました。大量にありますのでたくさん食べてください」
重秀の言葉に柴田の家臣達が「おおっ!」と喜んだ。
「ほう・・・。この吸い物の中に入っているのは蛤でござるか?」
盛政の弟で勝家の養子である柴田勝安がお椀を持ちながら尋ねた。重秀が即答する。
「はい。桑名の蛤にございます。ちょうど旬ということで、長浜にも出回っております」
「・・・酒が澄んでいるが、これは?」
「摂津の灘(菟原郡から八部郡の沿岸部のこと)より取り寄せた澄酒でございます。数が少ない故、申し訳ございませぬがお代わりはありませぬ。ですが、播磨や摂津の多種多様な酒を用意しております。また、南蛮渡来の葡萄酒も用意させております」
重秀の言葉に、柴田の家臣達が「おお〜っ」と声を上げた。そんな中、勝家が冷静な声で重秀に尋ねる。
「・・・藤十郎。我等を饗すために、だいぶ無理をしたのではないのか?」
勝家の言葉に重秀は「いいえ」と返した。
「全て長浜城下で手に入る物ばかりでございます。多少、銭はかかりますが、城下の民百姓でも手に入れようと思えば手に入る物ばかりでございます」
この言葉に、勝家だけではなくお市の方も驚きの表情をした。お市の方が小谷城にいた頃は、ここまで豊富な種類の食材を口にしたことがないからだ。お市の方が思わず口に出す。
「・・・猿、いえ筑前は、北近江を豊かにしたのですね」
「父が『長浜城下は年貢免除じゃ!』などと申しました故、その分を他で稼ぐ必要がありました。まったく、我が父の大言壮語には皆が苦労いたしまする」
たはは、と笑う重秀につられて、お市の方も思わず笑い出した。
―――良かった。市の機嫌が損なわれなくて。永原城を出る時は『猿の城になど、泊りとうありません!』と不満を言っていたからな―――
笑っているお市の方の顔を見ながら勝家は安堵するのであった。
注釈
大野治長の幼名である茶千代は小説オリジナルである。