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第11話 究極の選択

感想、評価、ブックマーク登録、いいね!を頂きありがとうございます。

ユニークアクセス5万件突破いたしました。読んで頂きありがとうございます。


 天正元年(1573年)九月。越前朝倉家、近江浅井家を滅ぼした織田信長は、その月の終わりにはすでに岐阜へ帰還していた。そして、秀吉も共に岐阜へ帰還。宮部継潤から返還された宮部次兵衛尉―――()()の子治兵衛を連れて木下屋敷に帰ってきた。


「治兵衛、治兵衛!良かった、本当に良かった・・・!」


 泣いて喜ぶ()()と木下弥助(武士となって秀吉の家臣となっている)と、つまらなさそうな顔の次兵衛尉を横目に、大松は馬から降りた父の前に立つと、「お戻りなさいませ、父上」と礼をした。

 その瞬間、大松はものすごい勢いで秀吉に抱きつかれた。そして、膝を地面につけながら「大松、すまぬ、すまぬ・・・」と泣きながら大松に抱きついていた。訳の分からない大松は、側にいた小一郎を見たが、小一郎も悲しそうな顔で大松を見つめていた。





「話がある。ついて参れ」


 秀吉の言葉に従い、大松は秀吉と小一郎とともに奥座敷へと入っていった。上座に秀吉が座り、下座に大松が座った。小一郎は大松の方へ向く形で大松の横に座った。


「大松。御屋形様の命じゃ。岐阜城に上がれ」


「・・・え?」


 大松は意味が分からず、聞き返してしまった。


「兄者、それでは大松に伝わらんじゃろ」


 小一郎の指摘で気がついた秀吉は、岐阜への帰路の途中、横山城にて信長に呼び出されたときの話をし始めた。

 信長が言うには、家臣の子弟を岐阜城に集め、小姓見習いとして城の中で教育させることで、将来の織田家のエリート幹部を育てているらしい。今年12歳の大松も、この教育に参加させることを命じてきたのだ。

 戦国大名が直接家臣の子弟を教育することは、別に信長だけの専売特許ではない。例えば武田信玄も家臣の子弟を近習とし、さらに見込みのあるものを奥近習として信玄が直接面倒を見ていた。己の仕事ぶりを見せたり手伝わせたりすることで、将来の側近として育てていた。奥近習出身の戦国大名として有名なのは、やはり真田昌幸であろうか。

 他にも、今川義元が家臣の子弟や隷属してきた国衆の子弟を駿府の臨済寺にぶち込んで、住職でもあり義元の軍師でもある太原雪斎に勉学を叩き込ませた、という例もある。これで今川家のエリート幹部として叩き上げられたのが、徳川家康である。


「・・・というわけで、大松。お前には岐阜城で小姓見習いとして励んでもらう。何、心配することはない。犬千代も小姓見習いになることが決まっている。二人で行って勉学に励んでこい」


「承知しました。犬千代が行くのであれば私めも行きとうございます」


「・・・よし、詳しいことは後日また話してやる。・・・もう下がって良いぞ」


「はいっ」という返事を残して大松が奥座敷から出ていくと、秀吉が静かに溜息をついた。


「・・・結局、言うことが出来んかった・・・」


「兄者・・・。本当に言わなくてよかったのか?」


 部屋に残っていた小一郎が聞く。


「仕方あるまい・・・。言おう言おうと思っても、どうしても言葉に出来んかった・・・。それに、どうしても子供の前で口にするのは・・・」


「気持ちは分かるんじゃが・・・。しかし、大松も十二歳。言えば分かってくれるし、他人からどう知らされるか分かったもんじゃなかろう?」


「うむ、そうだな・・・」


 小一郎に諭されて、秀吉は右手を頬に当てて悩んでいた。


「しかし・・・。儂には分からん。男を抱いて、何が楽しいんだ?」


「うん・・・」


 やたらと首を傾げながら話す小一郎に、秀吉が相槌を打つ。


「いや、別に御屋形様が男を抱くことは別にええんじゃ。人それぞれだからな。しかし、よりによって大松に目を向けるとは・・・」


「うん・・・。うん?」


「兄者は心配ではないのか?夜な夜な大松があんなことやこんなことされる・・・」


「待て待て待て。一体何の話じゃ?」


 秀吉が右手を上げて小一郎を制止した。小一郎は不思議そうな顔で尋ねた。


「・・・大松に、大松が色小姓(主人に男色されるのが専門の小姓のこと)にされることを言うのを躊躇(ためら)っていたんじゃないのか?」


「・・・いや、御屋形様は大松に手を出さんじゃろう」


「なんでそう言い切れるんじゃ?大松の顔は兄者と違うて美形じゃぞ?」


「まあ、()()に似とるから美形じゃとは思うが・・・。しかし御屋形様の好みではないと思うぞ?」


「だから、なんでそう言い切れる?」


 小一郎は疑わしそうな顔で秀吉を見た。


「御屋形様が女も好きなのは知っておろう?」


「ああ、側室の他に愛妾も何人かいるな」


「その御屋形様が、なんで()()に手を出さなかった?生駒の方様(信長の側室の吉乃のこと)に仕えていた()()を」


「あ、なるほど。義姉(あね)さまが好みではなかったか」


「そうじゃ。好みだったらそもそも儂と娶せんかったわ。御屋形様がご自身で囲っとる」


「それもそうじゃな。うん、大松は大丈夫じゃ」


 秀吉の説明に、小一郎は喜んだ。しかし、同時に別の疑問が浮かび上がった。


「じゃあ、兄者は何を大松に話すことを躊躇っとったんじゃ?」


「・・・万福様(万福丸、浅井長政の長男)のことよ」


「ああ・・・」


 秀吉の答えに、小一郎の顔が曇る。


「大松に『幼子を殺した』などと言えるか・・・?」


「しかし、あれは御屋形様の・・・」


「命とは言え、幼子を殺したことを知った大松が、今までどおり儂を父と見てくれるかのう・・・。儂は自信ない・・・」


「それは・・・。分かった。儂が上手く言うておこう。こういうのは、実の父より叔父の儂の口からのほうがええじゃろうて」


「良いのか?」


 秀吉の顔が明るくなる。小一郎は苦笑しながら言った。


「兄者が大松に優しくて、儂が大松に厳しい。昔っからそうやってきたんじゃ。今更じゃよ」


「小一郎!ありがたい!儂ゃお主の言うこと何でもするからのう!」


 両手を合わせて感謝する秀吉に、小一郎はニヤリと笑った。


「ほお〜?今、何でもするって言ったよね?」


「お、おう・・・」


 秀吉は思わずたじろいだ。


「京での遊女遊び。当分禁止で」


「はあぁ〜!?儂の気分転換を奪う気か!?」


「家に銭がないんじゃ!浅井朝倉の調略でいくら使ったと思ってるんじゃ!しかも、これから大松を城に上げるんじゃろ!?あんな貧乏くさい着物で御屋形様の前に出すつもりか!?少しは大松に銭をかけろ!」


「お、大松が『私はいい』と遠慮するから・・・」


「子供に遠慮させるな阿呆!」


 傍から聞けば激しい口喧嘩している様に聞こえる秀吉と小一郎。しかし、その顔には互いに信用してるから言える、という安心している表情が浮かんでいた。





 数日後、秀吉は岐阜城にいた。信長から褒美をもらうためである。論功行賞はすでに終わり、あとは広間で恩賞が言い渡されるだけである。

 秀吉は広間に入ると、先に来ていた少数の人達に挨拶をして回り、その後に事前に決められた場所に座った。その後、次々と人が入ってきては、広間の左右に座っていった。全員、織田家中の面々だった。

 織田家中の面々が全員入ったかな?と思ったところで、一集団が入ってきた。旧浅井・朝倉の家臣団だ。彼らは広間の下座に一塊となって座っていた。後は御屋形様―――織田信長がやってくれば、恩賞の授与が始まる。

 小姓が信長が来たことを告げると、広間にいた一同が一斉に平伏する。上座に人が座った気配を感じた直後、上座より「面を上げい」という声が聞こえた。一斉に身を起こすと、上座の一段上がった所に、信長が座っていた。


「一同、此度は大儀であった。浅井と朝倉を滅したおかげで、織田家の版図も北近江、越前、若狭にまで広がった。これも一同の働きがあってこそよ」


 そこまで言うと、信長はニヤリと笑って口調を変えた。声も若干高くなる。


「というわけで、今から恩賞を与えるぞ。まずは旧浅井・朝倉の面々じゃ。全員所領安堵の朱印状だ。それに、功績によって金子を与える。後で目録を渡すから、各々取りに行くように」


「ははぁ、ありがたき幸せ」という声が旧浅井・朝倉の家臣団が座っている下座から一斉に響いた。


「よし、次!まずは・・・」


 そう言って信長は、自ら家臣の名前を言ってはどれだけの功績を上げたかを知らしめた。その後に恩賞を言い渡していく。大体は家禄の加増だが、中には金子だったり信長所有の名工が作った刀や槍だったりした。

 信長にしてみれば、これらに加えて茶道具を恩賞に加えたがっていたが、残念ながら信長自身が持っている茶道具が少なく、また、家臣のほとんどが未だ茶の湯について詳しくないことから、茶道具に価値を見いだせていない。なので、恩賞として茶道具を渡すのは今回は見送ることとなった。

 一通り恩賞を渡し終えた信長は、いよいよ今回の対浅井・朝倉戦での最大の功労者の名前を言うことにした。


「木下藤吉郎秀吉!」


「ははぁ!」


 信長の目の前に移動した秀吉が、座って両手を床につき、平伏した。


「猿!此度の働き見事であった!浅井と朝倉の家臣を寝返らせ、横山城だけではなく虎御前山と八相山の砦を守り抜き、一乗谷城を落とした際は、平泉寺を寝返らせることで朝倉義景を孤立させた。

 また、小谷城攻めでは少数の兵で小谷城に侵入、京極丸を占拠したこと格別の武功なり。よって、猿には特別な恩賞を与える!」


「ははぁ!ありがたき幸せにございまする!」


 秀吉が再び平伏すると、信長はニヤリと笑いながら続けた。


「さて、お前のためにデカい恩賞を二つ用意した。一つだけ選べ」


「は、ははぁ!」


 二つに一つだと?と思いながらも、秀吉は心を弾ませて返事をした。


「一つは近江国伊香郡、浅井郡、坂田郡を領地として認める。まとめて十二万石。お前のものだ。ついでに小谷城をくれてやる」


 信長の言葉に広間に声にならない驚きが広まった。思わず重臣の佐久間信盛が声を上げた。


「御屋形様!その三郡は旧浅井家の領地ではございませぬか!?まさか、すべて藤吉郎に渡すというのですか!?」


「文句あるか?」


 信長は信盛の疑問に対し、世間話をするように軽く答えた。口調は軽いが、その目には反論を許さない、という力強い炎が垣間見えた。


「あ、ありません・・・」


 反論を諦めた信盛を無視して、信長は話を続けた。


「もう一つは(いち)な」


「・・・はい?」


 よく聞き取れなかった秀吉が思わず聞き返してしまった。本来は無礼なのだが、信長は気にしないで話を続けた。


「市だよ。儂の妹。お前もそろそろ継室(けいしつ)(正室が亡くなったり離縁した後にもらう新しい正室のこと)を持っても良い頃だろう?」


「お、お待ち下さい!お市の方様を、妹君を猿めに嫁がせるおつもりか!?」


 重臣の柴田勝家が勢いよく立ち上がって叫んだ。そんな勝家に対して信長は勝家を見ずに話を進めていた。


「猿、北近江十二万石と市、どっちがいい?好きなのを選べ」


 この頃になると、広間にいた人々は、信長の破格な恩賞の内容を理解した。と同時に、様々な表情を浮かべるようになった。ある者はただ呆然とし、ある者はこめかみに血管を浮き上がらせて秀吉を睨みつけていた。ある者は周りの異常な雰囲気にキョロキョロと視線をせわしなく動かしていた。

 そんな中、秀吉は床に目線を落としたままだった。少し経って、そのままの格好で口を開いた。


「御屋形様、一つお尋ねしてもよろしゅうございますか?」


「二つ欲しいと言うのは無しな」


「アッ、ハイ」


 信長に先に答えられた秀吉は、そのまま考え込んでしまった。額には脂汗がにじみ出ていた。この時の秀吉の心のうちに分け入ってみよう。


 ―――お市様をくださる・・・!お市様が儂の妻になる!?あの、御屋形様の同腹(母親が同じこと)の妹君、美貌の誉れ高いお市様を儂にくださる・・・!おおお、な、なんということじゃあ!これほどの果報は他にあるまいて!これで儂も晴れて織田一門!これで他の連中も儂を『百姓の子』だの『下賤の者』だの言わなくなる!し、しかも儂に妻ができるということは、大松に母親ができるっちゅうことじゃ!しかも、娘が三人もついてくる!大松に妹もできる!やったね大松。家族が増えるよ!―――


 秀吉にとって出自の低さはコンプレックスでもあった。後年、女好きの秀吉が特にタイプだったのが、大名クラスや由緒ある武家の娘であったのは、己の出自の低さに対する裏返しだったのでは、と言われている。


 ―――待て待て待て!お市様を迎えたところで、儂の知行でお市様の生活を維持できるのか?前は北近江の大名浅井家の嫁だった御方ぞ!?今回の恩賞で多少は増えるにしたって、それでも十二万石の暮らしには到底及ばんぞ!?―――


 当時の秀吉の家禄は600貫ぐらいだと言われている。石高にすると大体1500石くらいである。


 ―――それに、大松から見ればお市様は継母(ままはは)じゃ。継母による継子(ままこ)いじめなんて、どこにでもある話じゃ。

 しかも、儂は万福様を殺しとる。お市様は万福様の実の母ではないが、それでも我が子のように可愛がっておられたらしい。当然儂はお市様に恨まれておろう。その恨みが大松に行かないわけがない。下手したら、殺されるやもしれん・・・―――


 継母による継子いじめの話は古今東西よくある話であり、文学では一つのジャンルを築き上げている。現代の人なら思い浮かべるのは『シンデレラ』の物語であろうが(『白雪姫』は実母であるバージョンもある)、日本にも有名な物語がある。平安時代に書かれたとされる『落窪物語』、平安時代に原作が作られ、鎌倉時代に改変された『住吉物語』、御伽草子の一種『鉢かづき』である。


 ―――では、近江三郡を頂くのはどうだろうか?北近江十二万石と小谷城。そうじゃ、儂は小さいときから『城持ち大名に、俺はなる』と言ってきたではないか。()()ともそう約束したじゃないか。

 そうじゃ、長年の夢が叶うんじゃ。もう、目の前にぶら下がっとるんじゃ。何をためらう必要がある!それに、儂よりも遅く仕えた明智殿が坂本城と滋賀郡五万石を知行として頂いておる・・・。やっと、やっと追いつき、追い越したんじゃ!―――


 正確に言うと明智光秀がもらったのは近江国滋賀郡の一部。石高は約2万石。滋賀郡の残りの約3万石は佐久間信盛の知行となっている。


 ―――いや、ちょっと待て。いくら城持ち大名じゃからって、十二万石は多すぎやしないか!?三郡だって広すぎるじゃろ!家臣が足りんぞ!?それに、旧浅井家の家臣で寝返った奴らの所領だって混ざってるじゃろうし、そいつらの扱いどうするんじゃ!?

 ・・・それに、儂は浅井を滅ぼした人間じゃ。戦馬鹿の浅井長政はともかく、父親の浅井久政は善政を敷いていたから民百姓は浅井に懐いておった。儂が治めたら、反発で一揆を起こすのでは?そうなったら家臣の少ない儂は鎮圧なぞ出来んぞ!?―――


 秀吉は頭の中を猛スピードで回転させ、結論を出そうとしていた。あまり遅いと、信長から「やっぱやーめた」と言い出しかねないからである。決断のときが近づいていた。


 やがて、額の脂汗は引き、口元に当てていた右手の拳を解いた。そして姿勢を正すと一回深呼吸をした。そして、目に力を入れて腹の底から声を出しながら平伏した。


「御屋形様、猿めが所望したいのは・・・」


注釈

 本来、小姓見習いという言い方は当時はしていなかった(小小姓などといっていた)。しかし、この小説では分かりやすくするため、小姓見習いとさせてもらった。


注釈

 この小説では『お市の方は織田信長の従妹』ではなく『お市の方は織田信長の実妹』であり、『お市の方と織田信長の母親は土田御前』という説を取っている。

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― 新着の感想 ―
[一言] この2択ならお市様選んだ方が信長受けが良いだろうな。 12万石蹴っても誰も非難できないし身内になれるとか美味しい。
[一言] ほも~~~にならなくて一安心!(なってたら読むの止めてたw)
[一言] どこで聞いたか忘れましたが、信長は受け。
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