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第108話 天正六年の正月

感想、評価、ブックマーク登録、いいね!を頂きありがとうございます。大変励みとなっています。


今回の話より新章開始です。


活動報告にお詫びと訂正を書きました。詳しいことは活動報告をご参照ください。よろしくお願い致します。


 天正六年(1578年)正月。重秀は秀吉と共に安土城内にある羽柴屋敷に滞在していた。年末まで摂津に滞在した後、長浜に戻らずにそのまま安土に入ったのであった。


「殿、明けましておめでとうございます」


 広間にて、安土に滞在している羽柴家の家臣や与力達が、一斉に上座に座している秀吉に新年の挨拶を行い、平伏した。秀吉は「うむ、今年もよろしゅうな」と返事を返すと、更に話を進めた。


「皆も知っておる様に、先の摂津平定の功により、我らは摂津に新たな領地を頂いた。詳しい検地はしていないが、大体五万石の加増にはなるじゃろう。北近江を合わせて十八万石。中々のものじゃろう」


 秀吉がそう言うと、下座にいた重秀達家臣や与力は一斉に「おめでとうございまする」と声を揃えて平伏した。


「しかし、野田城と福島城があっという間に陥落したのは僥倖でございましたな。正月を戦場で迎えなくて済みました」


 湯山温泉(今の有馬温泉)でゆっくりと湯治したせいか、やたら顔色の良い竹中重治が秀吉に語りかけると、秀吉が笑いながら答える。


「伊予守(滝川一益のこと)が両方の城に調略を仕掛けたからのう。あの二つの城はほぼ本願寺勢に乗っ取られていたようなものじゃ。城代だった旧荒木の家臣や兵達を内応させれば、簡単に落とせるわ。おかげで、羽柴勢は兵を損なわずに済んだわ」


 秀吉がそう言うと、今度は浅野長吉が話に入ってきた。


「それで義兄貴あにき。今年はどうするんだ?播磨へ向けて兵を出すのか?」


「とりあえず、姫山城を奪還し、御着城を何とかはしたいと思うておる。官兵衛を姫山城に帰したいからのう」


 秀吉の言葉に、その場にいた黒田孝隆が「かたじけのう存じまする」と言って平伏した。長吉が更に尋ねる


「貰った摂津の二郡。あれどうするんだ?播磨攻略の足がかりにはおあつらえ向きだけど、長浜からは遠いぞ?誰に任せるのだ?」


「三田城は小六(蜂須賀正勝のこと)が、花隈城は将右衛門(前野長康のこと)が残っているが・・・。播磨への調略の拠点だし、実は花隈城を廃城とし、兵庫津に城を築きたいと考えておるのじゃ。そう考えると、兵庫津には儂が、三田城には小一郎が入るべきと思うのじゃ」


「では、長浜城は・・・?」


 長吉がそう尋ねると、秀吉は視線を長吉から重秀に移した。


「藤十郎に任せることになるのう」


 秀吉の言葉を聞いた重秀は、右の拳を口元に当てて考え込んだ。少し経った後、重秀は平伏しながら秀吉に話しかける。


「恐れながら父上。何卒、兵庫津は私めにお任せ頂けぬでしょうか?」


「なんじゃと?」


 秀吉が驚きの声を上げた。皆も驚きの表情をしている中、重秀は秀吉に訴える。


「父上に申し上げます。上様は毛利水軍への対抗策として、羽柴も水軍を持つように申し渡しました。私は長浜に来て以来、『菅浦丸』『大浦丸』『塩津丸』そして『淡海丸』『細波丸』に乗って操船や航行について学んでまいりました。もちろん、海と湖では異なるやもしれませぬが、それでも水軍の知識については羽柴では他の者に負けぬと自負しております。何卒、私めを兵庫津にお遣わしください。そして、水軍の指揮を取らせてください!」


 そう声をあげた重秀に、皆が様々な表情をしつつ、何も喋らずに視線を注いだ。秀吉だけが、両目を瞑って両腕を組んで考え込んでいた。考え込むことしばし、秀吉は両目を開けると口角を上げつつも話し始める。


「まだまだ子供と思っておったが、言うようになったのう。いや、実は水軍を誰に任せようか悩んでおったのじゃ。ただ、藤十郎が自らやるというのであれば是非もなし。藤十郎、兵庫津は任せる故、水軍については思う存分やってみよ!」


 秀吉の言葉に、重秀が嬉しそうに「有難き幸せ!」と言いながら平伏した。周りの者達は驚きの目を持って秀吉と重秀を見つめていた。そんな中、長吉が秀吉に声をかける。


「いや、ちょっと待ってくれ義兄貴。いくら藤十郎が優秀でも、兵庫津を任せるのは無謀じゃねぇか?長浜城なら今までも留守居役をやっているから慣れていると思うが、新天地でしかも敵地播磨のすぐ近くじゃねぇか。そんな所を藤十郎に任せて大事無いのか?」


「まさか。ちゃんとした補佐をつけるわ。・・・とは言え、誰をつけるかはまだ決めてはおらぬからのう。今のうちから考えなければ」


 秀吉がそう言うと、じっと長吉を見つめた。長吉が嫌な予感を感じつつも秀吉に尋ねる。


「・・・なんで俺を見てるんだよ」


「いや、一人見つかったと思ってな」


 ニヤリと笑いながら言う秀吉に、長吉は思わず顔を顰めて「うわっ、藪をつついて蛇を出したか!」と声を上げてしまった。そんな長吉を無視しつつ、秀吉は皆に話しかける。


「ま、詳しい話は長浜城に戻ってからまた話し合おうぞ。それより、今日は元日のめでたい日じゃ。夕刻より安土の二の丸御殿で新年の宴があるが、それまではここで無礼講とまいろうではないか。酒も肴も用意してあるから、たらふく呑もうぞ!」


 秀吉がそう言うと、渋い顔をした長吉を除いて、皆が歓喜の声を上げたのだった。





 その日の夕刻に開かれた信長主催の宴は秀吉だけではなく重秀も参加することができた。一応織田家の一門衆ということになっており、また北摂津を調略し花隈城でもそこそこ功を挙げていることから、正月の宴の初日に参加が認められたのであった。

 もっとも、今年は摂津国を得ることができた池田恒興に注目が集まり、重秀はあまり注目はされなかったのだが。


 次の日の昼前。安土城内にある信忠の屋敷に挨拶に行った重秀は、ここである人物と会う。


「申し上げます。長岡熊千代殿、ご挨拶に参られました」


 書院にて重秀が信忠や津田信澄、池田元助や森長可等と話しをしていたところに、障子の外から荒尾新古(のちの池田輝政)が声をかけてきた。下座の中心に座っていた重秀が退いて部屋の右側にいた池田元助の隣に移動すると、障子が開いて外から一人の少年が入ってきた。そして重秀がさっきまで座っていた所に座ると、きれいな姿勢で平伏しながら口上を述べた。


「長岡与一郎、新年の挨拶に参りました。殿様におかれましては、従三位左近衛権中将への任官、誠に祝着至極。この与一郎、心よりお喜び申し上げまする」


 ―――へぇー、これがあの有名な兵部大輔様(長岡藤孝のこと)の嫡男か―――


 重秀がそう思いながら与一郎の顔をまじまじと見つめた。目鼻のしっかりとした、色白の面長顔は、如何にも上流階級な顔立ちであり、名門細川の出であることを示していた。一方で、去年の初陣(紀州征伐戦のこと)でつけられた額の傷が、彼の苛烈さを物語っていた。


「熊千代、大義。与一郎ということは、父の名を貰ったのだな?」


 信忠の言葉に与一郎が「御意」と答えた。信忠が満足そうに頷くと、話を続けた。


「うむ。熊千代よ。そなたは我が小姓として忠勤に励んだ。そして、初陣では父上より感状をもらい、さらには片岡城攻めや信貴山城攻めでも多大なる働きをしたと聞く。その功を讃え、儂の一文字『忠』を与えよう」


 信忠がそう言うと、重秀を始め周りの者達が「おおっ!」と驚きの声を上げた。そんな中、信澄ただ一人だけが笑っていた。


「今回は伯父上に叱られずに偏諱を与えられそうだな」


「余計なこと言うなよ、七兵衛」


 ムッとしながら答える信忠に、与一郎が少し困惑気味な顔を信澄に向けた。それに気がついた信澄が、視線を藤十郎に向けて話し始めた。


「そこにいる羽柴藤十郎も殿様から偏諱を与えられたが、その時に伯父上から叱られてたなぁ。無闇矢鱈に偏諱を与えるなって」


「それ初めて聞いたんだけど、一体何があったんだ?」


 長可が興味津々と言った感じで聞いてきた。信澄が話そうとするが、それを遮るかのように信忠が声を上げる。


「お、おおっ!そう言えば、藤十郎は熊千代とは初対面だったな!熊千代、そこにいるのが羽柴筑前守の嫡男の藤十郎じゃ。ほれ、熊千代が小姓時代によう話をした大松じゃ!」


 信忠の話を聞いた与一郎。最初は首だけを藤十郎の方へ向けたが、すぐに身体の向きを藤十郎の方へ向けると、これまた行儀よく平伏した。


「これはご挨拶が遅れました。それがし、長岡兵部大輔が息、長岡与一郎と申します。お噂はかねがね聞いておりました。また、高槻城や能勢城の調略および花隈城の二の丸本丸一番乗りの武功、お見事にござりました。未熟者でございますが、何卒よろしゅうお頼み申し上げまする」


 与一郎の丁寧な挨拶に対し、重秀も行儀よく平伏しながら返事を返す。


「丁寧な物言い、痛み入ります。羽柴筑前守が息、羽柴藤十郎にございます。お父上には小姓時代に大変世話になりました。また、片岡城や信貴山城でのご活躍は聞き及んでおります。共に殿様をもり立てて参りましょうぞ」


 重秀への挨拶が終わった与一郎は、再び信忠の方へ身体を向け直すと、横に置いてあった包を前へ差し出した。


「遅れましたが、殿様への進物でございます。どうぞお納めください」


 与一郎の言葉に、信忠が「うむ」と答えると、視線を開いた障子の先、縁側で控えていた新古に向けた。それに気がついた新古が書院に入ると、与一郎の包を持って信忠の前に差し出した。信忠が包みを開けると、そこには蒔絵の箱があった。信忠が蓋を開き、中に手を入れて、そこから何かを取り出した。


「・・・なんだこれは?木の札・・・ではないな。紙の札か?」


 信忠が手にしたもの、それは掌に乗るほどの長方形の物体であった。それを見た重秀が思わず声を上げる。


「それはもしや、カルタではございませぬか?」


「カルタ?」


 信忠が首を傾げながら聞いてきたので、重秀が解説する。


「南蛮渡来の遊戯用の札でございます。昔、堺にて忠三郎殿(蒲生賦秀のこと)と共に南蛮人共が賭け事として遊んでいたのを見たことがございます。ただ、遊び方はよく分かりませぬが」


「さすがは羽柴殿、よくご存じですな。何でも知っているとは聞きましたが、南蛮人の遊びにまで精通しておられるとは」


 与一郎が感心したように声を上げたが、重秀は「いや、だから遊び方は知りませんってば」と苦笑いした。そんな中、信忠は首を傾げたまま口を開く。


「しかし、このカルタとやら、歌の様な文言が書かれておるぞ?」


「ああ、それは我が家に伝わる『古今の札』を、それがしがカルタの形に改めたものにございまする」


『古今の札』とは、古今和歌集に出てくる和歌を覚えるための道具の一種である。上の句の始めの五文字が書かれた紙と、下の句の始めの七文字(五文字という説もある)が書かれた紙を合わせることで和歌を覚えさせるための道具である。


 長岡藤孝は、三条西実枝から特例で古今伝授を受けていた。古今伝授とは『古今和歌集』の解釈の秘伝を伝えることである。元々、三条西家に伝わる秘伝で伝えるのは三条西家の者のみであったのだが、三条西実枝の子が幼かったため、やむを得ず長岡藤孝に伝えられたのであった。

 さて、古今伝授を受けた藤孝は、当然和歌の師として多くの弟子を抱えることとなった。実枝の条件により三条西家以外の者に古今伝授はしないものの、和歌の修行として古今和歌集を覚えさせたのは言うまでもない。という事で、藤孝は『古今の札』を使って、弟子達に古今和歌集の和歌を覚えさせたのであった。

 もっとも、『古今の札』が藤孝の発明なのか、それとも三条西家に伝わるものなのかは不明であるが。


「京を訪れた際に妙な紙札の入った箱が売られているのを見まして。店の店主に聞いたら『堺で南蛮人から仕入れた。南蛮物だから奇特な人が買っていくだろうと思ったが、よく分からない物なので誰も買わない』と愚痴をこぼしておりました。物珍しき物故、買ったのですが、よくよく眺めているうちに大きさもちょうどいいと思い、カルタで『古今の札』を作ってみたのでございます。これを殿様に献上致しとうございます」


 与一郎がそう言い終えた瞬間、重秀が膝を思いっきり叩きながら、大声を上げた。


「あーっ!カルタって手があったか!ぬかった!」


「・・・どうした?猿若子。頭でもおかしくなったか?」


 長可の物言いに対し、重秀は興奮しつつも努めて冷静に説明し始めた。


「いや、実は私は百人一首を覚えるために、上の句と下の句で分けた短冊を使って貝合せのような遊びをしていたのです。短冊を切るのではなく、カルタにそれぞれ上の句と下の句を書けば良かったのかと、今気付かされたのでございます」


 重秀がそう言うと、それを聞いていた与一郎が「ああっ!百人一首か!」と大声を上げた。与一郎も興奮しながら話し始める。


「百人一首なら古今和歌集と違って百首で済むから数は上の句と下の句を合わせて二百枚。数が少なくて済みますな。しかも、貝合せのような遊びをするのであれば、カルタの大きさは手頃な寸法と相成ります!いや、さすがは羽柴殿!この与一郎、目が覚める思いにございます!勝龍寺城に戻ったら作ってみようと思います!」


 そう興奮する与一郎に対し、重秀は嬉しそうに語りかける。


「いや、歌とカルタを組み合わせを考えた与一郎殿には敬服いたしました。もし、百人一首のカルタを作るのであるならば、何卒、私めもお手伝いしとうございます」


 そう言って頭を下げる重秀に、与一郎は重秀の手を取りながら話し続ける。


「頭をお上げくだされ!紙早合を作り、琵琶湖に南蛮船を浮かべた羽柴殿のご助力が受けられるのは望外の喜び!この与一郎、お礼のしようもございませぬ!

 ・・・いや、今日は良き日にございます!父上からは『日本ひのもとの魂たる古今を南蛮の物に宿すとは何事か!』と叱られてしまいましたが、理解していただける方がいらっしゃるとは・・・!」


「いえいえ、むしろ長岡殿のような伝統を重んじる方が、南蛮渡来の物に抵抗ないことが私めには嬉しゅうございます」


 そう言い合う二人に、「ゴホンッ」とわざとらしい咳払いが聞こえた。重秀と与一郎が咳をする方を見ると、元助が咎めるような顔つきで話しかけてきた。


「二人共、気があったのは良いことだが、少しは時と場所を考えろよ?」


 元助がそう言った後、赤面して黙ってしまった重秀と与一郎以外の者達が、一斉に笑ったのであった。





 百人一首のカルタ化について、与一郎と後日改めて話し合うことを決めた重秀。その後、信忠達と小一時間ほど談笑をした後、周りにいた者達と共に座を後にしようとした。しかし、重秀だけ信忠に呼び止められてしまった。


「藤十郎、ちょっとそちに話がある」


 そう言われた重秀は、書院から出ていく者達に頭を下げると、再び信忠の前に座った。


「殿様、何でございましょうか?」


「うむ・・・、その・・・。なんだ・・・」


 重秀の問いかけに対して、言葉を濁す信忠。首を傾げる重秀に、躊躇しつつも信忠は口を開いた。


「実は鈴の事なのだが・・・」


「鈴・・・?ああ、多田城の伯耆守様(塩川長満のこと)の姫でしたっけ?確か、人質として殿様に出されていた。・・・そうか、もう人質として預かることがないので、親元に返すのですね?」


 重秀がそう言うと、信忠は何か口をモゴモゴさせながら目を逸らした。重秀が怪訝そうな顔で信忠を見つめていたが、信忠が言いにくそうな顔で口を開く。


「実は、その・・・。・・・出した」


「?何をですか?」


「いや、だから・・・。・・・手を出した」


「手?ああ、鈴が何か粗相でもいたしましたか。しかしながら殿様、いくら人質だからといって、女子おなごに手を上げるのは如何かと存じますが・・・」


「そういう意味ではぬぅぁあい!目合まぐわったと言っているのだ!」


 信忠の大声に、重秀は口をポカンと開けて信忠を見つめていたが、直後「えっ、ええっー!」とこちらも大声を上げた。


「え、だって、松姫様(武田信玄の五女、信忠の婚約者)を正室に迎えるって言ってませんでしたっけ!?」


「・・・花隈城が落ちた後、荒木村重を逃したことでむしゃくしゃしててな・・・。有岡城で手を出した」


 信忠の言葉に唖然としたままの重秀。しかし、すぐに我に返ると、信忠に小声で尋ねる。


「・・・この事、新五郎様(斎藤利治のこと)はご存知なのですか?」


「一応な。だが、新五はこの件については何も言ってはこぬ」


 信忠が溜息をつきながらそう言うと、重秀は心の中で「でしょうね」と呟いた。


 未だ松姫に心を寄せている信忠は、正室をまだ迎えていない。とはいえ信忠も一応は織田家当主。そろそろ世継ぎを得ても良い頃だ。利治も順序はおかしいけど世継ぎができればいいや、という気持ちで口に出さないのかもしれない、と重秀は思った。


「・・・何度か褥を共にする間に、情が湧いてな。鈴はこのまま儂の側に置くから、塩川には上手く言い訳しておいてくれ」


「わ、私がですかぁ!?」


 とんでもないことを命じられた重秀が思わず声を上げた。そんな重秀に対し、何でもないような顔つきで信忠が話しかける。


「そちは塩川との取次やってただろう。その任から外した覚えはないぞ。というわけで、後は頼んだ」


 信忠はそう言うと、そそくさと書院から出て行ってしまった。残された重秀はただ溜息をつくしかなかったのだった。


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