第9話 横山城にて
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元亀三年(1572年)十一月、雪が降り始めてきた頃、大松は近江国横山城に来ていた。
横山城は元々浅井方の山城であったが、元亀元年(1570年)の姉川の戦いで織田・徳川連合軍が浅井・朝倉連合軍に勝利した直後に織田勢によって陥落した。織田信長は秀吉にこの城の城番をまかせ、秀吉はこの城を拠点に浅井・朝倉の武将に調略を仕掛けていた。
さて、大松が織田VS浅井の最前線である横山城にやってきたのは、従弟の治兵衛(ともの長男、後の三好秀次)を見送るためと、当分の間、横山城に滞在するためである。
事の発端は十月、浅井方の武将である宮部善祥坊継潤が織田方に内応したことに始まる。調略に関わった秀吉は、宮部の所領安堵等を約束するために、治兵衛を養子という形で人質に差し出すことにした。これに対して母親であるともが大反対した。いくら養子という形で身の安全を保証したとはいえ、わずか4歳の子供を親から離すなどとんでもない、ということである。
この時、大松は「私が行きましょうか?」と何気なく提案した。4歳の治兵衛を母親から引き離すのは不憫だと感じたからだ。しかし、そんな大松に帰ってきた答えは、秀吉の怒号であった。
「大松!嫡男のおぬしを養子にだせるわきゃねーだろ!余計な口を挟むな!」
しかし、大松の治兵衛に対する憐憫の情を感じ取ったのだろうか。大松とともに詳しい話をした。
「実は宮部継潤はすでに浅井方の城である国友城を攻撃しており、事実上織田方の武将として振る舞っているのじゃ。それに、今回は養子という形をとっており、相手もむやみに殺さないように約束を交わしている。さらに、所要安堵が確認できれば、すぐに返してもらうことになっている。そういった約束事が取り交わされているので心配いらないんじゃ。大松も姉ちゃんも、どうか納得してくれ」
結局、秀吉の説得で、ともは治兵衛の養子行きを承諾した。しかし、やはり姉に悲しい思いをさせた罪悪感からだろうか。秀吉はともに約束をした。
「大松を横山城に連れて行く。もし、治兵衛が殺されたら、それは宮部殿が織田と戦うと決めた現れじゃ。ならば、儂は大松を殺し、一人になっても横山城で戦う。そして腹を切るつもりじゃ」
こうして、大松は秀吉によって横山城へ連れて行かれたのであった。
早朝、横山城から治兵衛を連れた一行が出ていった。一行には、治兵衛の他に世話役として叔母のあさと2名の侍女、それに護衛の侍が数人居た。その中にはお馴染みの副田甚兵衛吉成もいた。
大松は一行を見送りながら、岐阜の木下屋敷でのともと治兵衛の別れの場面を思い出していた。泣きじゃくる母子の姿を思い出し、大松は胸が締め付けられてた。
―――治兵衛、すまない―――
そう思いながら、大松は一行に向けて頭を下げた。
―――それにしたって父上。よりによってこんな時に城に居ないなんて・・・―――
この見送りに秀吉はいない。京で急な仕事が入った、と言って一昨日から京に行っていた。そのため今は横山城を留守にしていた。大松は小一郎とともに、秀吉の代理として治兵衛達を見送っていたのだ。
見送りは、一行が見えなくなるまで続いた。
「若、いかがなされた?」
見送りも終わり、小一郎達が城の中に戻っても、横山城の門近くで立っていた大松に、誰かが声を掛けた。振り返ると、そこにはいかつい体の若侍が居た。
「ああ、仙石殿・・・。いえ、何でもありません」
「そうですか。ところで若、市松と夜叉丸を見ませんでしたか?」
若侍からの質問に、大松は答えた。
「あの二人なら、この時間帯でしたら部屋で大人しく?勉学に励んでると思いますが・・」
「大人しく?」
「・・・してないかなぁ、と思いまして」
大松がそう言うと、若侍が笑い出した。
「たしかにあの二人、部屋でおとなしゅう勉学に励んでいる姿は想像できませんなぁ!」
そんな笑っている若侍を案内するべく、歩き出した大松。その大松に若侍は付いて行った。
「ところで仙石殿、あの二人に何の用が?」
大松が若侍に聞いた。
「権兵衛でよろしゅうございまするよ、若。いや、時間が空いたので、あの二人に刀と槍の鍛錬をしてやろうかと思いましてね」
「おお!そうでしたか。権兵衛殿でしたら二人も喜びましょう!・・・ところで、野村合戦(姉川の戦いのこと)で山崎なる武者を討った権兵衛殿からみて、あの二人はどうですか?良き武者になれましょうか?」
「ええ、あれほど有望な若者は初めてです。すぐに良き武者になりますよ」
大松の質問に、若侍は微笑みながら答えた。
「あれは私にとって大切な義弟達、何卒よろしくお願い致しまする」
大松が頭を下げると、若侍―――仙石権兵衛秀久は「下々に軽々しく頭を下げるもんじゃないですよ」と言って、右手をひらひらさせた。
この時期の横山城は緊張感で満たされていた。
十月に甲斐の武田信玄が西上作戦を発動。主力が甲府を発って遠江へ向かっていることが判明している。そして、浅井と朝倉がこれに呼応して岐阜への侵攻の恐れがあるため、最前線の横山城ではそれに備えるべく、準備がなされていた。
九月に小谷城を囲むように虎御前山、八相山には砦が築かれ、蜂須賀正勝、前野長康が入って小谷城を監視し、近くの宮部城には治兵衛が養子に行った宮部継潤が守りを固めていた。そして横山城では、十月まで滞在していた信長が残した武器弾薬、兵糧などを整理して、籠城戦、そして援軍がいつでも来られるようにしていた。
大松は、そんな横山城で、大人たちの邪魔にならないよう、市松や夜叉丸と部屋で大人しくしていた。もっとも、市松と夜叉丸は大人しくできなかったようだが。
そんな大松の部屋に、浅野長吉がやってきた。
「よ、大松。暇か?」
「暇に見えますか?浅野の叔父上」
「冷たいな〜。・・・何やってるんだ?」
そう言いながら部屋に入ると、長吉が屋敷机の上に開いていた書物を覗き込んだ。
「算術の問題集ですよ。岐阜の崇福寺の先生が『横山城でも算術の鍛錬の怠りがないように』と言って渡してくれたんです」
「へぇ〜」
そう言いながら、大松から取り上げた算術の問題集をパラパラとめくっていた。そして、長吉はおもむろに口を開いた。
「ところで大松よ。外で市松と夜叉丸が悲鳴を上げてるんだが」
「ああ、仙石殿に鍛錬をつけてもらっているのでしょう。良い事です」
長吉から問題集を返してもらった大松が、問題集を開きながら答えた。
「いや、あれ、どう見ても折檻だぞ?」
「午前中の勉学をさぼってまで二人で剣術の鍛錬をしてたのです。丁度いいではありませんか。仙石殿も時間が余っていたらしいですし」
「お前、存外鬼だな・・・?まあ、いいや。それよりもさぁ、遊ぼうぜ」
長吉は大松の目の前に座ると、顔を近づけながら言ってきた。
「また囲碁ですか?私弱いですよ?」
「うんにゃ。将棋だ」
眉をひそめる大松に対して、長吉がニヤリと笑う。
「将棋って・・・。私まだ遊び方教わってませんが・・・」
「これから教えてやるからさー。将棋って面白いぞー。軍略の勉学にもなるし。遊ぼうぜー」
子供っぽい誘い方で将棋を薦める長吉に、大松は溜息をついた。
「囲碁のときも『軍略の勉学になる』って言ってませんでしたっけ?・・・はぁ。分かりました。ぜひ教えて下さい」
「さすが大松!じゃあ、盤と駒持ってくるからな!」
そう言うと長吉は、嬉しそうな足取りで部屋から出ていった。
午前の勉学の時間を長吉によって潰され、将棋をやらされた大松。しかし、意外に面白く感じたのか、午後になっても長吉と将棋をしていた。
「・・・おい。大松」
「・・・なんですか、浅野の叔父上」
「・・・そろそろやめて、弓の鍛錬を・・・」
「もう少し、もう半刻!」
大松がそう言い出した時、大松たちのいた障子が開けられた。そこには小一郎が立っていた。
「・・・おい、大松。何をやっている・・・」
普段温厚な小一郎から想像もできないような低いうねり声を聞いた大松は、思わず「ひっ」という短い悲鳴を上げた。
「あ、いや、大松がどうしても、と言うので、それがしが将棋の駒の動きを教えておったんじゃ。そ、それも終わりましたんで、これから弓の鍛錬に向かうところですじゃ!のう、大松!?」
若干の嘘を混ぜながら、長吉は説明した。大松もそれに乗っかる。
「へっ!?・・・あ、そうです!浅野の叔父上の言うとおりです!さあ、叔父上!弓を教えてくだされ!」
そう言うと大松は立ち上がって、小一郎の脇をすり抜けるようにして部屋を出ていった。長吉も続こうと思ったが、すり抜ける際に小一郎に肩を掴まれた。
「・・・弥兵衛殿、大松に囲碁や将棋を教えるのは結構。しかし、嘘はいかがかと存じまするが・・・」
まるで怨念が籠もったような低い声で長吉に語りかける小一郎。長吉は「す、すいませんでした〜!」と言って大松の後を追って走っていった。
「・・・あさの様に声を出してみたが、ちと脅かしすぎたかな?」
小一郎はそう呟くと、頭の後頭部を軽く掻いた。そして、残された将棋盤や駒を見て溜息をついた。
「・・・許せ大松。義姉さまが生きておれば、儂ももう少し優しくできるのだが・・・」
片親しかいない大松を立派に育てたいがため、どうしても厳しくなってしまう自分に、小一郎は暗い気持ちになってしまった。
弓の鍛錬が終わった大松が、横山城の屋敷にある居間に戻ったのは晩飯時であった。木下家のしきたりで、晩飯時は主従関係なく一緒に食べる事になっている。
「おお、大松!戻ったぞ!」
「父上!いつ京よりお戻りに!?」
居間に入ってきた大松に、秀吉は大声を掛けた。大松が気付いて近寄りながら聞いた。
「ついさっきよ。京での仕事が思ったより早く終わってのう。さっさと帰ってきたんじゃ」
「義兄貴が京で女遊びせずに帰ってくるとは・・・、不幸だわ・・・」
秀吉の答えに対して、隣ですでに酒盛りを始めている浅野長吉が、あさの口癖の真似をしてきた。
「阿呆!大松の前で変なことを申すな!いや、それどころではないのじゃ。」
秀吉の尋常ならざるもの言いに、側にいた皆が黙って秀吉の次の言葉を待っていた。
「・・・朝倉は、どうやら動かんらしい」
秀吉の言葉に、大松を除くその場に居たすべての者が息を呑んだ。
「・・・まことか?兄者」
小一郎が嬉しそうな顔をしながら秀吉に質問する。
「ああ、本願寺の顕如が、何度も出兵を促しておるが、全く動こうともしない」
「先月、宮部殿が寝返った時、浅井と攻めてきたが、虎御前山と八相山の砦と宮部城で撃退したからなぁ。それに、朝倉方の武将たちもこちらになびきつつある。当分動けんじゃろう」
秀吉の答えに対して小一郎が腕を組みながらうなずく。
「おう。しかし、武田信玄は三河に侵入しつつある。御屋形様も、三河の徳川殿に援軍を送るから、こちらに手は回らんじゃろう」
秀吉の声に、皆が一様に暗くなる。そんな様子を見た秀吉が、わざと笑いながら明るい声で言った。
「ま、坂本城には明智殿がおられる。京からの帰りに寄ってみたが、なかなかどうして、立派な城じゃったわ。畿内からの敵は明智殿に任せて、我らは浅井朝倉から横山城を守れば、どうにでもなるさ」
そう言うと秀吉は大松に顔を向けた。
「大松よ、何故我らが横山城を守らなければならないか分かるか?」
「はい、父上。横山城のすぐ北には北国街道があり、その街道は我らのすぐ東にある関ケ原で中山道と交わり、そのまま東に行けば大垣に至ります。横山城を落とさなければ、浅井朝倉は北国街道を西には進めず、迂回しようとしても関ケ原の北は伊吹山系、南は鈴鹿山系が壁になっております。さすれば、浅井朝倉が岐阜へ攻めるなら、必ずこの横山城を落とさなければなりません。故に、我らがここを守れば浅井朝倉が西へは行けず、例え落とされたとしても、御屋形様率いる軍勢が関ケ原で迎え撃てる時間を稼ぐことができまする」
よどみなく答えた大松に、その場に居た竹中重治以外の大人たちが唖然とした顔をした。大松は話を続けた。
「・・・と、竹中様から教わりました」
そう聞いた瞬間、秀吉たちの肩の力が抜けた。
「なんじゃ、半兵衛殿から教わったのか。びっくりしたぞ!一瞬、大松が化けもんに見えたわ!」
「いや〜、大松にも驚いたが、竹中様も人が悪い。教えたなら教えたと言ってくれればよかろうに」
秀吉と小一郎がそう言うと、重治は苦笑しながら言った。
「いやぁ、関ケ原の北には我が菩提山城があります故、関ヶ原周辺は我が庭のようなもの。そのことを踏まえて地図を見せながら教えたのですが・・・。まさかここまではっきりと分かっているとは、それがしも驚きでございまする」
「やはり、軍略は半兵衛殿に教えてもらったほうが良いのう、兄者」
「うむ、半兵衛殿、これからもよろしくお願いいたしまするぞ」
小一郎と秀吉がそう話すと、側に居た長吉が口を尖らせながら言った。
「なんだよ義兄貴に小一郎、俺だって大松に軍略教えてるんだぞ」
「お前のは囲碁と将棋の遊び方じゃねーか!」
小一郎が大声を上げると、皆が再び笑い出した。
晩飯が終わると大松は台所に行き、侍女からお粥の入った鍋と二つのお椀を受け取った。そして、大松の部屋の隣にある市松と夜叉丸に割り当てられた部屋へと入っていった。
「おーい、飯だぞー」
大松がそう言いながら部屋に入ると、市松と夜叉丸が布団の上でひっくり返っているのが見えた。
「あ、兄貴・・・。済まねえ・・・」
「・・・長兄、申し訳ありません・・・」
苦しそうに顔を歪めながら、二人は何とか声を絞り出した。
「いいっていいって。それより、権兵衛殿の鍛錬、そんなにきつかったか?」
大松はそう言うと、鍋からお粥をお椀に注いだ。
「いや・・・。確かに仙石殿の鍛錬はすごかったけど・・・」
「む、むしろその後の小一郎様の算術の鍛錬が・・・」
そう言いながら二人は上半身をやっとの思いで起き上がらせると、大松からお椀を受け取った。
「それは勉学をさぼった二人が悪い」
四苦八苦しながらお粥を食べている二人を見ながら、大松は笑って言った。
「まあ、ゆっくり食べな。お椀と鍋は後で回収するよう、侍女には申し付けたから」
「兄貴、かたじけない・・・」
「ところで長兄、先程から城の中の雰囲気が変わったようなのですが・・・」
市松が礼を言っている側で、夜叉丸が大松に質問した。
「ああ、実はな・・・」
大松は声を潜めると、さっき秀吉が話したことを二人に伝えた。
「・・・というわけで、浅井に備えるために、木下勢の主力を虎御前山の砦に移動させることになった。父上が自ら指揮をとられる」
「では、この城は・・・?」
夜叉丸が再び質問する。
「小一郎叔父上が残られる。一応、援軍を岐阜に頼んだらしいが、御屋形様が武田に睨みを効かせなきゃいけないから、援軍は期待できないかも」
「兄貴よ・・・。その割には落ち着いてるな」
市松が口を尖らせながら言う。大松は笑いながら言った。
「だって父上が竹中様と相談して策を練ってるんだぜ?それに、浅井朝倉の武将が次々と内応してるんだ。父上に限って、下手は打たないよ」
むろん、大松も不安ではある。しかし、大松は秀吉が笑いながら言っていたことを信じていた。秀吉の笑顔は人を安心させると同時に、何故か人を信じさせる力があった。大松もまた、秀吉の笑顔に取り込まれていた。
そしてその力は、子でもある大松にも備わっていた。
「兄貴の顔を見てると、なんだか悩んでたのが馬鹿らしくなってきたな」
「そうだな市松。殿さんを信じる長兄を、我々も信じますよ」
二人の言葉に、大松は「ありがとう」と礼を言った。そして立ち上がった。
「長兄、どちらへ?」
夜叉丸の質問に大松は答えた。
「自分の部屋に戻る前に、父上にご挨拶してから寝るよ。お前らもさっさと寝ちまいな」
「父上、大松にございます」
「大松か?入れ」
秀吉の奥座敷に入る襖の前で、大松が声をかけると、中から秀吉の返事が聞こえた。大松が作法に従って入ると、大松の目に、秀吉が2〜3点のよく分からない道具を前にして座っていた。
「父上、大松は休もうかと思いまするが・・・、なんですか?これ」
「おお、休むか。ゆっくりと休めよ。ちなみにこれは茶器じゃ」
「ちゃき?」
「茶の湯に使う道具じゃ」
そう言うと、秀吉は大松に説明を始めた。
「最近、京や堺では茶の湯が大流行でのう。御屋形様もはまっておるわ。儂は京の奉行職も兼ねておる故、商人や公家相手に茶の湯ができないと馬鹿にされるのだが・・・」
秀吉は一旦そこで止めてから大松の顔を見た。大松は「はぁ」と言ったので、秀吉は続けた。
「・・・儂も堺の商人の宗易様(千宗易、のちの千利休)から茶の湯を学んでいるのだが、なかなかうまく行かなくてのう・・・。なんでこんなもんを儂が学ばなければならんのか・・・」
そう言うと秀吉は頭をかいた。それを聞いた大松は、少し考えると、秀吉に提案した。
「・・・父上、ならば私に茶の湯をお教え下さい」
大松の提案に秀吉は驚いた。
「な、何を言うとるんじゃ!大松、儂に茶の湯が教えられると思うか!?」
秀吉の疑問に大松は答えた。
「・・・これは竹中様がおっしゃっていたのですが、竹中様が私に漢籍を教えるようになってから、漢籍をより深く理解することができたそうです。なんでも、私に分かりやすく解説するためには、自分も深く理解し、知識を整理して、自分の言葉で話す必要があると。そのためには、漢籍にかかれている内容を完全に自分のものにしないと人に教えることができないそうです。同じようなことを算術を教えてくださった小一郎叔父上からも聞きました」
大松は一気にしゃべると、一旦息を整えてから再び話し始めた。
「そこで、父上から私に茶の湯を教えてもらえるのならば、父上もより茶の湯の理解が深まるかも、と思ったのですが・・・」
大松の言葉に、最初は唖然としていた秀吉だったが、右の拳を口元に当てて考え込んだ。
「なるほど・・・。大松に教える、ということだけでも茶の湯を真剣に学ぼうと思うし、理解も深まるか・・・」
ブツブツ呟きながら考える秀吉。ふと大松を見ると、大松が不安そうな顔をしていた。ひょっとしたら余計なことを言ったと思っているのかもしれない。
「いや、大松。よう言うてくれた。父としても、大松に何か教えることができれば良いと思っていたが、そうか茶の湯か。よし!儂が大松に茶の湯を教えてしんぜよう!今日から大松は儂の弟子じゃ!」
「はい!父上!よろしくお願い致します!」
そう言うと、大松は平伏した。
大松に茶の湯を教える、という目的のできた秀吉は、横山城が忙しいにも関わらず、暇を見つけては大松に茶の湯を教えた。また、堺の千宗易に頼んで茶の湯の作法を書いた本を送ってもらい、それを読んでは大松に教えていた。大松の質問や自らの質問を文にして千宗易に送ったりもした。結果、少しずつではあるが、秀吉の茶の湯の作法の腕が上がっていった。
今までやる気のない弟子であった秀吉の豹変ぶりに、堺にいた千宗易と弟子の山上宗二は、「何故ここまでやる気が出てきたのだろう?」と、首を傾げるばかりであったと言う。
その疑問が解消するのは、もう少し後になってからである。