第9話 敗戦処理
戦いが一段落した後、尋問が始まる。尋問室は船長室の横にあり、尋問されている被疑者の叫び声と様子を船長室から見れるという極めて悪趣味な部屋となっている。そして今回この部屋の被害者になるのは、今回の事件の首謀者、副艦長である。
隣の部屋から刑事ドラマのように覗いてるのは、玄以外の欧州支部幹部達だ。そして当の玄はどこにいるのかと言うと、船長室の隣の部屋、尋問室である。
そう彼は今回、尋問を自分自身でするのである。緊迫に包まれた中、玄が第一声を発する。
「名前は」
質問口調というより命令口調で名前を問いただす。
「名前はウツギ 姓は言いたくない」
虚勢である。彼が本当に名字を言いたくないことを考慮してもここまで強気に出るのは武人の端くれとして死を覚悟してるからこそだろう。
「名前はどうでもいい 俺が聞きたいのはなぜ艦隊に突っ込んできたんだ? 後ではぐれちまったが、いることはわかっていたはずだ。」
「それは今は亡き艦長が命令したからです。」
他人事のように冷静に話すウツギに予想とは違うと、小窓から幹部達が驚いている。
「まあいい じゃあ今お前が本国でどうなってるか知ってるか?」
沈黙が流れる。ウツギはある程度のことぐらいは予想できるも相手の真意がわからないので答えようがない。おおよそ新聞の片隅に敗戦の記事か裏切り者と罵倒する記事が載るぐらいだろう。ただしそんな弱気な事を敵の目の前で言えないからウツギは口を紡ぐ。
ポッンと音がなる。玄が目の前に新聞を置く。そしてそれを見たウツギは驚きを隠せない。その新聞の見出しに自分の顔がでかでかと載っているのだ。
「これは」
「英雄が証明 西洋の力ねぇ 良いもんじゃねえか」
そんな事を言う玄を前にウツギは俯くしか無かった。それもそうだろうその記事に書いているのは全てが彼の死を断定し神格化して英雄と騒ぎ立てている物だったからだ。生きているにも関わらず、その記事は彼の生を拒絶していた。自分が死をも厭わず忠誠を誓っている祖国が自分の死を望んでいると知ったら絶望しかないだろう。そもそも薄々捕虜になった可能性があると、死んだ瞬間を誰も見ていない事を、新聞社や軍は知っていたはずだ。それなのにこんな記事を書いた理由をウツギは理解し、そんな理由で自分は形式上死んだのか、と薄笑いするしかなかった。
「でっ 俺はさお前を向こうに返してもいいんだ。 中将さん」
「えっ」
玄の脅すかのような口調からウツギは不可解な点を聞き逃さなかった。
「中将?」
「ああ おめでとう 功績と死亡により4階級特進だ」
帰りたくないというか帰れない要素が増えた事にウツギは頭を抱える。
そこでウツギはさっきの、「俺はさお前を向こうに返してもいいんだ」、という玄の言葉を思い出す。
「何をすれば良い?」
あんな事を言うのは何かを求めているからだ。
「大天帝国 欧州支部に入れ」
「ん」
ウツギは玄が何を言っているのか理解できなかった。その突拍子も無い発言に思考が追いつかない。ただ徐々に落ち着きを取り戻す。ただウツギは自分が言うべき言葉を見失っていた。
ウツギはただの沿岸警備隊員である。何も取り柄もない男だ。中産階級に生まれ金は持っていたから、特別に本来なら行けない貴族の軍事学校に行き卒業したて、一番死ぬ確率が低い沿岸警備隊に少佐という大層な階級付きで来ただけだった。ただこれだけだと思っていた。
――それなのに
今言うべき言葉さえ分からない。
本当は断って恥も外聞も忍んで故国に尽くすべきだ。でもそれは嫌だった。
正直に言えば嬉しかった。驚きもあった。ただそれ以上に感じたのは虚しさだった。母国に捨てられ、今や敵から哀れがられる始末に虚しさが脳を支配した。
迷っているウツギに玄が言葉を投げかける。
「忠誠を誓う相手を間違えるな。」
その一言はウツギの中に一番来た。
その言葉がウツギの進退を決めた。
「なります」
その一言に玄が笑いながら言う。
「そうか」
そして机の上に最新式の自動拳銃を投げる。
「持ってけ」
尋問は終わった。
この時点でウツギにとっての敗戦処理は終わったのである。
ウツギは今かつての敵のために山道を登っている。祖国を滅ぼす命令のために歩いている。ただ何の感情も湧き出てこない。
「なあ なんで 一緒に付いてきたんだ?」
この旅路にもエルはついてきていた。
後ろにいるエルが、つまらなそうな顔をして、転がっている石を蹴りながら言う。
「どうせ帰っても上司殺しだって言われるから」
「なんかゴメンな」
しょんぼりとした感じで言われたことで察したのかエルが下手な気遣いを見せる。
「まあ付いて来るのは私が選んだことだから」
「そうか」
二人は西洋世界にもう一度入る。
二人を待っているのは絶望か祝福か。
それが分かるとき彼らは死んでいるかもしれない。
それでも大天帝国 欧州支部所属 中将 ウツギは祝福を受けるため前進する。
戦いから何日かたった後、戦死者や負傷者などの対応に忙しかった幹部達がついに心休まる日がやってきた。そんなゆったりタイムを待っていた旭と宙は玄にあの日の事について今更ながら問い質す。
「あのウツギさんをああする事は前々から決まってたんですか?」
内容をぼかして話しているが、要はなんで彼を仲間にしたのかを知りたいのだろう。旭と宙には自分達と同じ中将という階級を与えてまでウツギをなぜ仲間にしたのが分からないのだ。
「俺に聞くのは見当違いだろ 命令したのは天だぞ」
「えっ」
いつも独断で、形式的には上司である天に許可さえ取らない玄が、今回の主犯かと思っていた旭と宙は肩透かしを食らう。
「本当ですか?」
旭が聞くと天は答える。
「そうだよ」
旭が天がいる机に寄りかかって答えを迫る。
「でも なんで」
「良いと思ったからだよ」
あまりに抽象的な答えが帰ってきたため返答に窮する旭を見ながら、玄が喋り出す。
「まあそういうことだ」
結局この話はこれで終わり時間だけが過ぎていった。
そして目的地が近くなる。まだ旭は納得できないのか隣の宙に話しかけていた。
「なんででしょうね」
未練がましいな、と思われても仕方ないほど旭は天によるウツギ採用を理解できなかった。
「まあでも仕方ないよ 彼が僕達ぐらいの駒ってことだから」
あえて宙はいつも使わない強い言葉を使う。内心では彼も分からないのだろう。
宙の、男にしては長すぎる髪が風に揺られて舞う。目の前には陸地が広がっている。