第7話 ギャンブル
――戦皇士
彼らはこの人類史始まって以来戦いで最も人を殺したものであった。
まだ銃火器が天凪 玄によって開発される前、戦争での死因の7割が戦皇士によってであり、彼らによって殺された数は8桁を超えると言われる。1割にも満たない戦皇士によって7割もの兵士が殺されるのである。
もっとも銃というトリガーを引くだけで人を殺せる武器の登場によって、その役割は縮小しつつあった。だがこの戦いによって、その役割が今一度実感させられたのである。
大天帝国側にとっての有利は沿岸警備隊にとっての不利である。
艦長瞬殺という報告に副艦長は食堂の机で絶望するしかなかった。
「嘘だろ」
副艦長の容姿は極めて普通と言っていい。悪くない顔に、よくある茶色の髪、中肉中背というあまり印象に残らない人だ。
そんな彼が今、越えなければならない壁に当たっている。
――戦皇士
だ。
ある程度の猛者はいるだろうという心構えで行ったがドンであり頼れる人でもある艦長が死んではこの侵入作戦に勝利という華々しい結果は見いだせない。
「行けるか」
苦い顔で見つめた先にいるのは世にも珍しい灰色の髪を持つ少女である。
「私がですか?」
「それ以外に誰がいる 一級戦皇士」
わざとらしい少女に鋭い眼光を向ける。
仕方ない、と少女は立ち上がると副艦長に対して質問をする。
「艦長が亡くなったところに行けばいいんですよね?」
「ああ 他の3つの通路は閉鎖する。 あくまで時間稼ぎだ。 危険と思ったら帰ってこい。 その後に始める」
「はいはい」
撤退を決断した副艦長に何かしらの策があることが分かった少女はゆっくりと通路の方に向かう。見送った副艦長はすぐその後に通路の閉鎖を命令する。この後の為に。
「行きますか?」
部下に問われた旭は首を横に振る。本来ならここで弱った敵を叩いて勢いをつけたい所だが旭はそうしない。
「戦皇士、それもさっきのとは比べもならないのが近づいてきてる。」
そう言うと構える旭に対して余りにも無情な仕打ちが待っていた。風のような物が通り過ぎると後ろの部下が倒れたのだ。
――防げなかった
そんな言葉が脳裏によぎるも長くは留まらない。今対峙している敵が少しのスキを見逃してくれるとは思えないからだ。
すぐその後に風が旭の前で吹くとそこから灰色の髪の少女が実体化する。この場合、現れるという表現よりも実体化するという表現が適切だろう。
「大天帝国欧州支部副総司令官(だいてんていこくおうしゅうしぶふくそうしれいかん)上冷泉 旭一級戦皇士いっきゅうせんこうし」
「エル ヘルツ一級戦皇士」
今までの言動からあまりルールを守らなそうなエルですら一応の名乗りはするのだからそれはルールというよりはある種の文化なのだろう。
ただ名乗り合いが終わったら、始まるのは一騎打ちという名の殺し合いである。
ここでもそれが行われていた。
白刃が舞う。
あまりに幻想的な雰囲気は、何も知らない第三者に禁断の美しさを感じさせるだろう。
「――っ」
旭は巧みに相手の斬撃を避け反撃をするも徐々に、身に見える形で、ただでさえ少ない体力が落ちていた。
そして機を見計らってエルは畳み掛けてくる。
「風.....」
エルが一太刀浴びせようとしたがその振り上げた剣が首を斬ることはなかった。
それは他の通路、そして艦橋の艦長室にいたはずの天達の姿を見たからだ。いくら自分でも無理だ、そう判断して風のように去っていったのだ。
あまりの速さに玄が顔を歪ませる。
「逃げ足の早いやつだ」
「ていうか なんで来てるんですか?」
「通路が塞がれてたから。」
他の通路に行ったはずの彼らがここにいる理由は通路が塞がれてるかららしいが旭は信用できない、という顔で言う。
「いつもなら壁とか全部壊してるじゃないですか」
「ああそれは」
「俺達がこんな狭いところでやったら壊れるだろう」
話そうとした天夢を遮って玄が、そんな事も分からないのかという顔をしながら説明する。
「ああ」
察したと旭が頷く。
「まあとにかく行くぞ」
走ろうとした瞬間、爆音が響く。響いた音の量、規模からしてこの船を破壊できるほどの量だろう。
直後玄は誰にも話すことなく
「はめられた」
そう呟いて爆心地と思われる所まで走っていくのだった。
天凪 玄は嵌められた。
ただそれについて深く考えるほどの時間はない。
硝煙の匂いが充満する食堂に来ると、嵌められたことを、出し抜かれたことを再確認するが一発で船を崩壊させる程の代物ではない事も分かり安堵する。
が、相手は間違いなく目標を船の制圧から破壊に変えている。つまりこのくらいの爆弾を何発か用意し確実に爆沈させにきてる。
――三発で船は終わるな。
なぜか冷静に捉えてる自分に驚くこともなく煙の中をまるで見えてるかのような正確さで縦横無尽に駆け回る。
直後二発目の爆弾のおとがなる。場所は1階の通路辺りだろう。玄は走ることを止めた。一種の諦めに近い。ただそこには勝算があった。
――勝算のあるギャンブルか
玄は微笑しながら嘯いた。