第6話 戦皇士
司令官の掛け声で沿岸警備隊の隊員達500名が一気に戦艦に乱入した。戦艦の乗員たちは一部しか白兵戦要員がおらず艦内は大混乱に陥る。
本来指揮を執るはずの艦橋及び艦長室では、大舌戦が繰り広げられていた。
「敵がもう船にきてるんですよ!はやくいかないと」
「待て! この船がもつかすらもわからない中安易に司令部を出るのは得策じゃない!」
「でも」
即時幹部による殲滅を支持する旭に対して、司令塔としての役割を放棄するべきではないと叫ぶ玄とで舌戦は拮抗していた
赤い双眸が睨むように玄を見つめ、凶暴さを秘めた玄の瞳は旭を見つめる。すると玄は、旭に掴みかかるでもなく旭が惨めな思いをすることもなく、窓の外を指す。
指が指す場所には本来あるべきものがない。
「分かるか? 後続の艦隊が来てないんだ。こんな中幹部全員が戦闘に行って下手を打って壊滅したら欧州支部は名実共に終わるぞ!」
「でも幹部全員で行った方が効率は良いし...」
朝日が言葉を続けようとすると宙が割り込んで話し出す。
「じゃあ ボクと旭、それに天さんで行こうよ。玄はここに残って指揮を取ればいい。」
「.....わかった。お前らで行って来い」
不服そうだがひとまず収まろうとしたときに天が真剣そうな目をして話し出す。
「今この船が孤立しているってことは、もしいま来ている敵がたまたまじゃなくて僕達が来るか来ないかを見張っていたものだとしたら敵には後続があってそこには一級戦皇士かもしかしたら聖級戦皇士がいるかもしれないよ」
「流石にそれは...」
ただ一人を除いて全員が自分たちの置かれている状況に絶望し凍り付く。そして最後の希望と言わんばかりに玄の方へ振り向く。
「そうだ その可能性もあるんだ 5割ぐらいは」
「まあ じゃあ早めに今乗り込んで来た敵を討伐したほうが良くないですか?」
結局天の割り込み話は全員の額に冷たい汗を流すに終わった。そして玄以外はすぐに艦長室を出て戦場に移動する。
天達が本来戦いがあっても平和であるはずの艦内の廊下は文字通り地獄の様相を呈していた。4方面から突撃してきた敵、つまるところのオーストリア帝国クレタ島基地所属沿岸警備隊はその猛烈な士気と戦闘力で艦内の大天帝国兵を圧倒していた。
ひとつ付け加えると別に所詮沿岸警備隊はである彼らが驚くほど強いというわけでもない、ではなぜ差が生まれるのか、その理由はひとえ海専門の海軍と水陸両用と言ってもいい沿岸警備隊の力量が違うからである。
つまり普段から小さめの白兵戦、例えば対海賊戦などを経験している沿岸警備隊に対して、銃火器が発達した今、海兵には白兵戦においての技術ではなく航海などの技術が求められておりそれに反比例して白兵戦においての海兵達の戦闘力が下がる。
その結果がこのザマである。正規の海軍が戦闘にて数の少ない沿岸警備隊に圧倒される。双方が自分たちの勝ち負けを確信していた中誰にも予想できない結果があることを思わせた。
「殺せ!」
沿岸警備隊員達は昂っていた。
かつて自分達欧州世界から、銃火器という自分たちが握っている武器を作り圧倒的破壊力の元ほぼ無傷で広大な領土奪い去った忌々しい東洋世界の、兵士を圧倒しているという事に。
4倍以上ものの敵を葬り去り欧州世界で初めてあの悪魔共に反撃し東洋世界の完全性を、一年前に欧州世界がそうされたように崩していく快感に。
彼らは酔っていた。
だから彼らは死をもおそれずに突撃し経験の無い海兵達に最も有効な打撃を与えていた。
「がぁっ」
悲鳴とも断末魔とも違う絶望の声がそこら中に響いていた。
まっ先に食堂を確保した事で橋頭堡を築いた沿岸警備隊は、食堂から伸びる4つの廊下から侵入し、すでに1階の約4割が彼らの手に落ちていた。
そして北の通路に進行した隊は今まさに二階への階段を、かけての攻防を繰り広げている最中だった。横幅の狭い通路での戦闘は正に地獄で、仲間によって圧死する人間も出るほどであった。
そんな中二階への侵入をなんとでも阻止しようと死力を尽くしてきた防衛側の大天帝国軍が、今までの犠牲を嘲るかのように後退を開始する。
そして罠かと疑いながらも艦長を先頭に進軍を開始した沿岸警備隊隊員達は、途中の通路のあまりの静けさに背筋が凍らずにいられなかった。
そのようなこともありながらも二階に上がって5分が立ち角を曲がり少し進むと今までどこにたのか分からなかった大天帝国兵が姿を表す。そして彼らの前に立ちはだかるのは
17歳ぐらいの少女
――上冷泉 旭
である。
長い髪をなびかせ、いつでも殺せると言わんばかりの気迫で沿岸警備隊隊員達を押し殺している。そこにいつもの旭の姿は一ミリもない。
艦長もそれを感じ取ったのか十メートル手前まで進むと止まって様子を見る。そして自分の死を覚悟しながらも戦闘を止めて退くという選択肢を頭の中から消す。
「大天帝国欧州支部副総司令官(だいてんていこくおうしゅうしぶふくそうしれいかん)上冷泉 旭一級戦皇士」
「オーストリア帝国沿岸警備隊クレタ島支部司令官兼巡視艇船団総隊長エルド キレム準二級戦皇士」
互いに呪文のような名乗り合いをすると旭は腰の鞘から刀を取り出す。そして構えたのを見ると戦闘開始と言わんばかりに初老の艦長が年に見合わない速さで突撃する。
ギグッ、という鈍い音が響いた。
すぐその後、風圧が両軍対峙して今まさに艦長と旭の戦いとなっているこの通路一帯を支配した。
そして旭の前では、上半身と下半身がきれいに別れた艦長が横たわっている。5秒前までは艦長と呼ばれ敬愛され、いまや肉片となり死を迎えた彼がだ。
誰もがそれは敵も旭の後ろに立っていた兵も含め全員が、見るに耐えない欠片を見ても何が起こったのか理解できなかった。
何秒かして血飛沫を見て何が起こったのかは理解できずとも現実を捉える事ができる人間が現れた。気付いた者たちがしたのは一つだけだ。
恐怖で、今まさに敵が迫って来ているという思い込みで、威勢の良かった沿岸警備隊隊員達はがむしゃらに敵も味方も関係なく醜く走り去っていった。
――戦皇士
二つの世界を繋ぐ唯一の制度。
その中でも特に強く圧倒的な存在である一級戦皇士に恐れをなしたのである。
この戦いで二つの世界は思い出すことになる。
戦場で敵を圧倒し統一戦争などの数多くの戦いで敵を屠り続けてきた戦皇士の存在を。
――強さを