第5話 突撃
ドガッーんという音がそこら中に鳴り響いてるのは置いといてもこの場所はいささか異常だろう。ぱっと見どこぞのドキュメントでやってるなんの変哲もない海戦に見えるが少し見てみると砲撃してる側が一方的で明らかにおかしい。
そう元々この戦場の裏には異常事態が多発していた。
「もう戦いが始まったから言う必要もないが、グアルダフイの海軍やジッダの海軍はなにをしてたんじゃ。あそこには合わせて戦艦が3隻もあったんじゃろ。東の悪魔共が戦ったようには見えんし。連絡が来てもおかしくはないが」
「それどころか来ないとおかしいですよ いくら怖気づいて敵前逃亡したとしても報告はしないと なんのためにソマリアとアラブに高い金使って海軍支部作ったと思ってるんですか」
艦長が険し表情で話すのに副艦長は相槌を打ち解説をし、グアルダフイやジッダの海軍を「こっちがお前らのせいで「巡視船3隻VS艦隊」というふざけた戦いをしなくいけなくなった」と、影で攻めたてる。
ただ彼の思いにも一理はあるのだろう。元々小さな海賊や水難者の救助を目的とする沿岸警備隊が海軍の尻ぬぐいで圧倒的格上の相手と戦わないといけなくなったというのは彼からしたら不本意だろう。
実際もし東の悪魔を監視して来たら報告、抗戦するというグアルダフイやジッダの海軍支部としての役割をしっかり果たしていたらもっとマシな戦いができていただろう。
「まあ「沿岸警備隊」も別物といえど「海軍支部」所属だからなぁ ほんとつらいや」
そう愚痴をこぼすとコツコツと足音を立ててそこを去っていく。それにつられてさっきまで男気を見せていた艦長もハァーとため息をつく。艦長も言ってみればこの状況の被害者なのだ。
ただグアルダフイやジッダにも彼らの事情がなかったわけではなかった。
玄たちが壊れかけのスエズ運河を通り東地中海に至り「キプロス島」周辺海域で「クレタ島」沿岸警備隊とぶつかる3日前つまりまだ玄たちがソマリアのグアルダフイオーストリア帝国海軍支部に捕捉される前に大天帝国アフリカ支部と中東支部が、玄たちの「自領土(アナトリア半島)上陸」の邪魔になるであろうと判断してグアルダフイとジッダを全滅させたのであった。
その結果速さを重視する玄たちの海軍ではなく確実に全滅させることを目標にしたアフリカ&中東の両陸軍に殲滅させられたグアルダフイとジッダの海軍支部が機能するわけもなく今に至り異常事態の原因となった訳である。
ただそんなことを全くと言っていいほど知らない副艦長は、不満に思いながらも起こったものは仕方ないと
作戦を考えるのであった。
「まあこの作戦でいいよね。勝つことより足止めすることが俺達の仕事だし」
もうとっくのとうに戦場は廻り出している。
彼が考えた作戦はこうだ。
まず唯一の戦力と言っても過言ではない巡視船3隻を、旗艦と思わしき巨大で最も攻めづらい中央にいる艦に突っ込んで敵の旗艦に乗り込む。リスクが高いが近くに行ったら砲撃は無効化される。それに全体では物量が圧倒的大差で負けてるが敵の旗艦だけなら2,000名ぐらいだろう。なんとか勢いで勝って万歳ということもあるかもしれないし、負けたとしてもある程度の足止めにはなるだろう。
「艦長には休んでてもらうから 実際の総大将は僕かぁ 貧乏くじ引いちゃったなぁ。」
ため息をつきながらももう引き返せないことは十分理解している。
そんな顔で副艦長は、艦橋に登り号令を下す。
「全速前進 敵旗艦に突撃!! 白兵戦で蹴りをつける!!! 進め!!!!」
軍隊名物「叫び」に感化されて全員が雄叫びを上げ、興奮状態に入る。
その動きを玄たちは驚きともなんとも言えない表情で見つめていた。
「本当に突っ込んできますよ あれ どうするんですか」
「待て 数ではこっちが勝ってるんだ。」
「でも実際 あんな小さくて速かったら砲撃も無効化されますし白兵戦になったら面倒ですよ」
旭が少し憂鬱な表情をして玄を見つめる。初戦で格下相手に多大な被害を出したらそれだけ士気も削れる。やはりそういう事を考えての発言なのだろう。
「じゃあ この船の向きを相手から見て真っ直ぐにしたらどう?それで他の艦には包囲網を作らせたら一網打尽にできるじゃん。」
「そしたら捨て身の攻撃で突っ込まれたらこの艦諸共終わりだぞ」
「でもそのくらいしないと。分が悪すぎる」
久しぶりの天の提案を玄はバサッと斬るが天がもうひと押しする。
するともうこれしかないと思ったのか天の提案を許可する。
玄はいつもどおり不機嫌そうに振る舞ってはいるが、内心では冷静に状況を捉えその結果「ある程度の犠牲は受け入れなければならない」という極めて無責任な責任放棄の結論に至った。それ故反論する気力もなく天の案を了承したのだろう
「しょうがない。それでいこう。」
――無茶だ
心の内ではそんなことを冷静に考える自分に玄は初めての感覚を抱いた。確かに絶対的な敗北感に絶望感が伴はないのは珍しいというより奇妙だろう。
負けはしないが絶対に覆せない被害はある。どんな不利な陸戦、海戦をしても起こり得なかった感情、状況が玄の未来ひいてはこれからの大天帝国欧州支部に大きな影を落としていた。
突っ込んでくる3隻船に対して垂直に迎撃体制を取った戦艦は、はじめこそ遠くから砲撃や銃撃をできるが近づかれたら衝角で船諸共ぶっ殺すという気概がある巡視艇の餌食であった。
衝角で横腹を突かれた戦艦は沈没しかかるが機転の効く技師か航海士かが、突っ込まれた左翼とは反対の右翼の排水を指示したのだろう。戦艦は一命を取り留める。
突っ込んできた側は衝角で戦艦を沈没させようとしたのが失敗したと悟ると乱入して泥沼の白兵戦に突入する。