第3話 始まりの鐘は鳴る
――なんで今日に限って
天は馬を最高速度で走らせながらそんな事を考えていた。
理由は寝坊したせいで待ち合わせ時間に間に合わなさそうだからである。家から待ち合わせ場所までは、直線距離で約50キロ、普通なら家から近い場所で待ち合わせ、バスかなんかで行く距離ではあるが、彼らにはその理論は通用しない。だから天は馬を走らせて待ち合わせ場所に向かっている。
つまり彼は今アニメや映画でよくある女子高生が、
「ちこく、ちこくー」
とパンを食べながら50キロを馬で踏破し、運命の人とぶつかり物語が始まるというシチュエーションにいるわけである。
だが運命の人を見つけることもなく、轢き殺してしまうアクシデントもなく待ち合わせの場所が見えてくる。
天の見ている風景には、建造中の戦艦らしきものや空母、潜水艦など、軍港といえばこれというものが全て揃っている。なぜならそこが軍港だからではあるが。
待ち合わせ場所の軍港に着いたら馬を部下が連れて行くことになっているので近くで乗り捨てて、いそいそと歩いて玄ともう一人、そこに座っている黒髪ロングの少女に近づいていく。
急遽用意された風な簡易の椅子とテーブルで玄や少女がくつろいでいるのを見てほっとしたのも束の間、天が近づくとあからさまにムッとした顔をする。
それも自分がギリギリに来たからだと割り切って行ってみると、
「遅かったな」
案の定玄から不機嫌な声がふってくる。それの直後に天に何か考えさせる間もなく玄の正面に座って、天を見つめているやる気のない一つ結びの少女が、
「2時間も遅れてますよ。」
「えっ」
普通に美女ぶりを漂わせながら、不機嫌そうな顔で怒りとも呆れとも取れる発言をする。
いきなり思っていたことと違う事を言われて動揺してしまい、二の句が出ない。それでもやっとの思いで天が呟いた言葉は、
「ごめん」
とまあ遅刻しそうになった人の言うべき言葉が出てくるが、頭を掻きながら自分の持っている疑問を玄に投げかける。
「でも待ち合わせって9時じゃなかった?」
「7時ですよ。」
「あっ」
天は、一つ結びの少女からの間髪入れずの返答で自分が勘違いしていたことを理解するとともに、なぜ玄達が怒っているのかを理解する。
これほどまでに初歩的な遅刻は少ないだろう。
「まあでもいいですよ。ひどく言うのもなんか嫌ですから。」
「珍しいな 沸点が低い旭、お前が怒らないなんて」
「いや、人を沸点が低い扱いするのやめてくれますか それにみんながみんなあなたみたいじゃないんですよ。」
「そんなことより宙が待ってるんじゃない?」
一つ結びの少女の名前は、旭というらしい。サラサラとした黒髪の彼女は、その普通に可愛い顔が軍服と絶妙にマッチする。
そんな旭の嫌味に対しての仕返しとでも言うべきものを、玄が言おうとした時に遮って天が話をそらす。
「そういえば天夢さんは一時間ぐらい前にすぐ出発できるように準備をしに行く、と言って戦艦に行ったきり出てきませんね。」
「じゃあもう二時間遅れてるし行くか。」
話は一応まとまって収束を見る。そして三人は、巨大な戦艦に向かって歩みを進める。
そのあまりに巨大すぎる戦艦を見て腰を抜かさない人はいないだろう。それは天もそうだった。
こんなものが海に浮くというのかと思わせる巨体に、一発打てば地形を変えると言われる巨大な砲、その他色々あるがここでは割愛する。
「それだけかよ 俺はもっとリアクションあるかと思ってたんだけど」
普段は余りこんな事を言わない天が言うだけで十分大きさが分かり、驚いてることが分かるが開発者の玄は、もう少し大きなリアクションを期待していたらしい、少し落胆している。
「あっ 天夢さん!」
旭が大きな声で呼びかけると天夢と言う名の髪を伸ばし後ろで結んでいる好青年がこちらに近づいてくる。
17歳にいくかいかないかの年頃の少年だ。背筋を伸ばしても160センチに届くか届かないぐらいで知らない人が見たら女の子と間違えてしまうぐらいのかわいい顔をしている。声は見た目の幼さや可愛さに比べて大人っぽく澄んでいる。
「旭 遅かったね」
「えぇ」
旭の圧力に天は何も言えずただ俯いている。これじゃどちらが上司なのか分からない。黒幕は旭だと言われても誰も疑わないだろう。
「上冷泉家の長女がこんなんじゃな」
「栄えある天凪家の次男がこれかと失望する人も多いでしょうね」
上冷泉家とは彼らの故郷大天帝国に君臨する公家の一つだ。その力は強大で現在宮廷では国会議員と官僚(文官)VS公家VS武官という三つ巴の政争が続いている。
後ろからやってきた玄は、天に助け舟を出そうとするが反撃されてしまう。これから泥沼の嫌味合戦が始まろうとしたその時、
「そんなことより早く来てください。2時間も遅れてるんですから」
その宙の半ば呆れた言葉に従って皆が船に乗り込んでいく。
全員が乗り込んだことを確認し、船は始まりの鐘が鳴るのを合図に港を離れまだ見ぬ異郷の地へ進んで征く。