第2話 月色の瞳
プロローグ
「天凪 天に最後の十剣位「夢剣」を授ける。つまりそなたは我が大天帝国に10人しか存在しない「聖級戦皇士」になったことを意味する。そして最後に欧州総軍総司令官に任命する。欧州には未だに、大天帝国の威に服さない逆賊共がいる。これらを討伐しろ。征服した暁には、そなたに欧州全土の監督権及び統治権をやろう」
「御意」
豪華絢爛な宮殿は、あまりにも広く大きいせいで、いつもはどうしても人を遠ざけているように思えてならない。ただ今回は、宮殿に老若男女が約1万人も来たせいでそのオーラとも言うべきものが出ていない。
そしてここにいる人々は、今二人の人間を見つめている。一人は、上座に座った16、7歳の少年である。彼に一つ異質な点があるとすれば、顔から覇気が、体から覇気が、全身から覇気が溢れ出ているという点である。
覇気と表現するのはその異質な誰もが感じられるオーラをなんと形容するのか分からなかったからだ。
そしてその覇気がこもりきれず溢れ出ている美しい瞳が見つめる少年は、上座の少年と同じぐらいの年、短い黒髪に、高すぎもせず低すぎもしない身長で、傷付いた月色の瞳は、彼がその年で生死をさまようような経験をしたことを物語っている。顔は十分平均点以上で、ただの美形ではなく千年に一人の美形と読んで差し支えない。
式典の最後に、下座の少年が立ち上がり滑らかな手付きで、差し出された承認証ともいうべきものを受け取り、くるりと方向転換して宮殿を出る。これでひとまず無駄に規模がでかい式典が終わる
天凪 天。この極めて風変わりな名前を持つ少年は大天帝国の名家に生まれた貴人である。
彼の名前以外に風変わりなところは、幼いころから弟の玄を連れて貴人街道とも言うべき出世コースを無視し、武人になったことである。
ただ神はそんな彼に武力というありがたい能力をくれた。まあただそのせいで風変わりになったと言えなくもないから良いのかは分からないが。
結果的に統一戦争に貢献し貴人街道を進んだ人間より出世しこそしたものの、命の危険があることを考えたら割に合わない。
そんな彼も式典が終わり、宮殿の隣りにある石造りの塔で仲間と共に下にある中庭を見ながらほっと息をつく。
いくら元々は名家出身だとはいえ長い戦場生活で、あまり堅苦しいのに慣れておらず彼でさえも少し緊張していたからだ。さらに少しでも粗相があり陛下つまりさっき上座に座っていた少年の気にふれたら本来の意味で首が飛ぶ可能性もあるし、物理的に首が飛ぶ可能性もある。ただ名君と言われ、わずか17歳で300年続いた統一戦争を、終わらせた彼がそんな事をするとは、考えにくく、考えもしたくないが。
「まあでも可もなく不可もなしって所で終わってくれて良かった。お前はこういうのなれてないから俺達はビクビクしてたんだぞ。変なことしてお前が殺されたらどうしようかとも思ったしな。」
「まあでも意外に終わってみると難しくはなかったよ。」
天が座りながら話している相手は、弟の天凪 玄だ。
彼と似た黒髪に月色の瞳と勝るにも劣らずの美形ぶりから兄弟だとわかるが、双子のように完全に同じというわけではない。
明るい天に比べると全体的に暗い表情をしており、天を「陽」というなら玄は「陰」だ。それに兄と違い武人一徹というわけではなく、どことなく高貴さが感じられる。
身長はまだ15、6歳にも関わらず伸び切っており兄の天と同じと170センチほどもある。兄と似た美しい顔以外は、あまり目立たないが、唯一彼が着ている軍服が目立ち、それを着こなしている様子が、違和感を生むとともに、その少年の異質さを際立たせている。
「もうこんな時間か。早くしないと明日に間に合わない。俺は先に行くぞ。」
「分かった じゃあまた」
――狼みたいな目だ。
玄はそんな思いが脳内にあることに気付き、驚くとともに悪寒が走った。
そんな玄を見て天は心配そうな目を向ける。
暁月が天凪 天の月色の瞳を照らし出していた。