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推理茶房4869  作者: 貴堂水樹
三作目 ラブホテル殺人事件

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18/24

1-2.

「おもしろいことがわかったぞ」


 星乃が廊下へ出るなり、班長は嬉々として報告した。


「被害者の茅野皓だが、N大に在籍しているという記録はなかった」

「えぇ? 彼、大学生なんじゃないんですか?」

「違う。高校を卒業して以来家族とは疎遠だったらしいが、少なくとも学生じゃないってのは間違いない。詳しいことはこれから調べるが、家族の話じゃ昔から悪い連中とつるんでいて、最近は半グレ集団の下っ()として動いていたらしいな」

「半グレ?」


 暴力団ではないが、集団で犯罪行為をくり返す主に若者で構成される組織だ。名古屋で有名な半グレグループが強盗容疑で逮捕されたのは何年前だっただろう。

 半グレの資金源は詐欺が大半。つまり、金絡みだ。茅野皓はいかにも殺される理由を作っていそうな人物、というわけか。


「じゃあ、茅野が津下に近づいた理由も、半グレの活動の一環だったってことですか」

「断言はできねぇが、可能性がまったくないとは言いきれんな。だが、そうすると酔いつぶれた津下をラブホへ連れ込んだ理由がよくわからん。介抱してやって彼女が気を許すのを待つ作戦なら、自宅へ連れて帰れば済むはずだろ」


 そのとおりである。殺人以前に、眠った津下をラブホテルへ連れ込むという茅野の行動も不可解だった。

 そしてその後、茅野は殺害されている。現場の状況だけを切り取れば、ホテルの従業員以外には出入りできない、中から出ることもできない密室の中に被害者と二人きりだった津下が誰よりも怪しい。

 茅野が半グレ集団の一味だったのなら、ナイフの一本くらい持っていても不思議じゃないかもしれない。しかし、だからといってその日が初対面だった相手を殺すなんてことがあるだろうか。

 たとえば茅野にレイプされそうになり、逃げようとしたらナイフで脅され、抵抗した末に刺してしまった、なんてことが起きたとする。だが、茅野が刺されたのは腹部と喉。腹はともかく、喉はうっかり刺さったとは考えにくい位置だ。不可解さは増すばかりだった。


「いろいろと腑に落ちねぇんだよなぁ、今回の殺し」


 班長は難しい顔をして、真っ黒なくせ毛頭をくしゃくしゃと触った。


「仮に津下の犯行だったとするなら、自分と被害者以外に誰もいない密室状態で起こったことなんだから、無罪を主張するにしても正当防衛を訴えるのが普通だと思わねぇか? ナイフは自分のものじゃない、相手が出してきたから必死に抵抗しました。そう言われたら、こっちだって『まぁ、そういうことなら』って反応になるだろ」


 そうでしょうね、と星乃はこたえる。ただし本事案の場合、喉を刺したことは正当防衛の域を脱し、過剰防衛として処罰の対象となるだろう。腹部を刺した時点で、襲いくる茅野の手からは逃れられたはずだからだ。


「ですが、今のところ彼女は一貫して無罪を主張しています。自分はなにもやっていないとくり返すばかりで、正当防衛の『せ』の字も口にしていません」

「そこもおかしいんだよ。目を覚ましたら被害者が横で死んでました、なんて、そんな都合のいい主張をオレらが素直に聞き入れるわけねぇのに、それでも言い張り続けるってのは」

「本当にそれが正しい言い分だから、ですか」


 現場の状況を棚上げして、彼女の肩を持ちたくなってしまうのは班長も同じであるようだ。


「津下実久とは別に犯人がいる……なんてこと、あり得ますかね?」


 星乃が自信なさげにつぶやくと、班長はうなりながら曖昧に首を振った。


「これが一般的なホテルだったら話は変わってくるんだけどな。普通のホテルなら、ルームキーさえ持っていれば誰でも自由に出入りできるわけだから」


 そのとおり。ラブホテルだから厄介なのだ。客がルームキーを持たない以上、自由な出入りはどうしたって不可能になる。

 視点を変えれば、被疑者の津下と被害者の茅野が部屋に入ったあと、別の誰かがその部屋を訪ねたとしても、外から鍵を使って入ることはもちろん、中にいる二人が招き入れることさえできない、というわけだ。遺体発見時、部屋は未精算、チェックアウト前だったことがホテル側によって確認されているため、チェックイン時から遺体発見までの間、津下と茅野が二人きりだったことは疑いようがない。ただし、ホテルの従業員による出入りがない限り、という条件はつくけれど。


「酔いつぶれたってのもなぁ」


 班長は小さく息をつき、廊下の壁にもたれた。


「それこそ、都合のいい演出に思えて仕方がねぇんだけどな」

「わかります。津下は例のバーによく足を運ぶと言っていました。つまり、酒には強い」

「あぁ。そんな女が、ましてや初対面の男の前で酔いつぶれるほど飲むかどうか」

「あんまり想像できないですよね。でも、彼女がつぶれたかどうかなんてバーの店員に確認できることだから、うそのつきようもないですよ」

「そう。たぶん、バーで意識をなくしたところまでは本当なんだ。問題はそのあと、どのタイミングで意識を取り戻したか、だ」


 彼女の主張どおり、朝まで眠りこけていたのか。あるいは、ホテルへ連れ込まれる前に目覚めたが、同意の上で入室し、なんらかのトラブルが起きて突発的に殺してしまったか。先ほどちらりと考えた線で、レイプされている最中に目覚め、抵抗の末に殺してしまった、という可能性は大いにあり得る。

 カメラもない密室で起きたことだから、彼女の主張の真偽は見極めようもない。なにか別の方法で、彼女の犯行を裏づけられればいいのだが。たとえば彼女が意見を(ひるがえ)し、罪を認めてくれるとか。


「自供が取れりゃあ、話は早いんだけどな」


 星乃と同じことを考えていたらしい班長が、あきらめたような声で言った。


「絶対に認めねぇんだろうなぁ」

「でしょうね。今の調子じゃ、どれだけ追い詰めても主張をひっくり返すことはなさそうです」


 少し話をしただけで、津下が気の強い女性であることは手に取るようにわかった。絶対に揺るがない明確な証拠を突きつけるまで、彼女はテコでも主張を曲げず、無実を訴え続けるに違いない。

 ならば、事件に片をつけるには、津下の犯行を裏づける明確な証拠を見つけ出すか、彼女以外に犯人がいることを証明するしかない。


 いずれにせよ、骨の折れる作業になることは避けられそうになかった。

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