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Red.Face Centipede   作者: ABSINTHE
5/5

episode.5

研究室の中、龍一はコーヒーを飲みながら窓の外を眺めていた。


ムカデの研究もひと段落して来た。

しかし、調べるほど疑問が浮かぶ。


このムカデの由来だ。

突然変異なのか、それとも進化の果てにたどり着いた結果なのか。


いや、突然変異はあり得ないだろう。

たまたまの変化にしては能力があまりに洗練され過ぎている。

しかし、進化にしてもどこか不自然な感じがする。

ムカデはビジネススーツ用のベルトそっくりに擬態する事が出来るが、自然界においてベルトに擬態する必然性が無いように思える。

たとえば枯葉そっくりに擬態する蝶などもいるが、これは枯葉に擬態すれば鳥などの動物に食べられにくくなり生存率が高まるからだ。

それともシマウマの縞模様ように解明出来ないだけで何かしら必然性があるのか?


考えがまとまらない。

たまには気分転換に研究室の外に出てみよう。

そう思い席を立つ。


廊下に出ると楓と鉢合わせした。


「あれ?龍ちゃんもこれからお昼?」


楓に言われて気が付いたが、ちょうどお昼時だった。


「そうだな、もうお昼だったか...」


「もうお昼だったか、ってまたごはん食べるの忘れそうだったんでしょ」


そう言って楓は悪戯っぽく笑った。


「良かったら、一緒に食べに行かない?」


「ああ、そうしよう」

「なんだか、トンカツでも食べたい気分だな」


「トンカツ?じゃあ、“かつ壱”にする?」


「良いね、賛成だ」


俺達は車を運転してトンカツ屋に向かった。


トンカツ屋の店内は昼時とあって、それなりに混雑していた。

席に座って注文をする。


「龍ちゃんとお昼食べるの久しぶりだね」


「そういえば、そうだな最近は研究室に篭りきりだったからな」


「研究は順調?」


「うん、ひと段落してきたんだけど、まだちょっと考えがまとまらない部分があってさ」

「気分転換に昆虫採取にでも出かけようかな?」


「良いかもね、フィールドワークは昆虫学者の基本だもんね」


フィールドワークは昆虫学者の基本、それは相川博士の口癖だった。


「博士....」


俺は思わずそう呟いてしまう。

楓はハッとした表情をした後に寂しそうに笑った。


「そういえば、お父さんの口癖だったね...」


少し場の空気がしんみりしたものになりかけたとき、注文していたトンカツがやってきた。


「あっ、龍ちゃんトンカツきたよ!」


「美味しそうだな、冷めないうちに食べよう」


トンカツの登場で場の空気が明るくなる。

さっそく一切れ頬張ると、サクッとした食感と共に中から肉汁が溢れる。

分厚いカツにも関わらず、まるで霜降りの牛肉の用に柔らかく口の中で肉がトロける。


「やっぱり“かつ壱”のトンカツは美味しいね」


楓もカツを頬張りご満悦だ。

俺達はしばらくカツを堪能した。


「今日は俺が奢るよ」


「良いの?ありがとう」


「楓にはいつも世話になってるから」


そう言って楓の分も支払い車に乗り込む。

研究所に向かって車を走らせている道中、ラジオからニュースが流れてきた。

どうやら近辺に熊が現れ、人が襲われたらしい。

襲われた人は重体で病院に緊急搬送されたようだ。


「怖いね、龍ちゃんフィールドワーク行くの止めた方がいいんじゃない?」


「確かに危険だな、今年は山の木の実が不作で、熊が人里まで降りて来てるみたいだから」

「楓とカツ食べたおかげで、いい気分転換になったし昆虫採集は今度にするよ」


「それが良いよ」


俺達はそんな会話をしながら研究所に帰りついた。

俺はまた研究室に篭る事にした。



それから数日後のある日の夕方、楓が慌ただしく研究室に入ってくる。


「龍ちゃん大変!!」

「このすぐ近くで熊が出て、人が襲われたって!!」


俺は楓の言葉を聞いて立ち上がり、携帯で速報を確認する。

熊が出た現場はここから1kmも離れていない場所だった。


「本当にすぐそこじゃないか!」

「ここも危ないかもしれない」


楓は顔を真っ青にしている。


「どうしよう...どうしよう...」


「楓、落ち着け」

「まずは戸締まりだ、熊が建物内に入って来れないよう扉の鍵を閉めるんだ」


俺はそう言って楓の肩を掴みなだめる。


「一緒に行こう、まず正面玄関からだ」


そうして正面玄関に向かうと外からガシャンとガラスの割れる音がして、けたたましいクラクションの音が鳴り響く。


まさかと思い駐車場を見るとそこには車の屋根を踏み潰す巨大な熊がいた。

クラクションに驚いたのか、駐車場で暴れ始める。

熊はいくつかの車にぶつかり、そのたびにドアやボンネットを破壊していく。

車体に衝撃が加えられた事によりセキュリティが働きクラクションが鳴り響く。

熊は何台もの車から鳴り響く大きな音に興奮し、猛然と玄関に向かってくる。

まずい、あれほどの大きさなら玄関の扉ぐらい壊してしまうだろう。


「楓、他に残っている人はいるか?」


「多分、ほとんどの人がまだ帰ってない...」


「分かった、みんなを絶対に外に出さないようにしてくれ」


俺はそう言って玄関の外に駆け出した。


「龍ちゃん!!」


後ろから楓の叫び声が聞こえる。

おそらく、あの熊は先程の速報で確認した、人を襲った個体の可能性が高い。

絶対に建物内に入れるわけにはいかない。



外に出た俺は熊と対峙する。

熊は荒く息を吐き、ヨダレを垂らしている。

クラクションの音に怒り狂っているようだ。

俺を見て2本の足で立ち上がり威嚇してくる。


「グオォオオオォオォ!!」


目前にいきなり黒い壁が出現したかのような大きさ。

体長2m以上はあろうかという巨大な黒い影。

口から牙を剥き出し、血の様に赤い口内が見える。

噛まれれば手や足など簡単に引き千切られてしまうだろう。


俺は首筋の裏がヒリつくような死の恐怖を感じた。

すると腰のあたりで何かが蠢く感触がする。


狙い通りだった。

俺の命の危機を察知したムカデが変身させようとしているのだろう。

変身すれば猿が巨大な象を撃ち倒すほどの力が使える。

みんなを守らなければ。


首筋にチクッとした痛みを感じた俺はあの暗い闇の中にいた。

そして一筋の光が見え、視界が白く塗り潰されていく....



「ヴォォォオオオオォオーーー!!」


変身が完了した俺は腹の底から雄叫びを上げた。


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