episode.2
ひとけの無い相川研究所の廊下を歩く黒ずくめの男がいる。
男の名はジャック・ホワイト、それなりに名の知れた傭兵である。
ジャックはある組織の依頼で相川博士の研究データを盗みに来ていた....
研究所のセキュリティは簡単に突破出来た。
所詮、日本の民間業者の仕掛けなど、俺にとってはオモチャ見たいなものだった。
少し探索すると目的の部屋はすぐに見つかった。
相川博士の書斎。
鍵を解除して中に入る。
部屋は埃っぽく、長いあいだ人が出入りした様子がなかった。
デスクの上のパソコンを起動し、特注のUSBを接続して中のデータを吸い出す。
データの吸い出しが終わるまで、棚の書類も確認しておこう。
しかし、不思議だ。
なぜ、アイツらは日本の昆虫学研究所のデータなど欲しがるんだ?
まあ、こんな楽な任務で大金が手に入るのは運が良かったと言うべきか。
金さえ貰えれば文句は無い。
たとえそれがテロ組織の汚れた金だとしても。
そんな事を考えながら、戸棚を漁っていた時だった。
あまりに事が簡単に行き過ぎて油断していた。
不意に廊下に人の気配を感じて、ライトで照らすと動く影が見える。
「’誰かいるのか?!‘」
まずったな。
目撃者なら始末しなくてはならない。
走り去った音はしなかった。
おそらく近くの部屋に隠れた筈だ。
廊下に出て気配を探る。
すると近くの部屋から人影が現れた。
「‘なんだお前は?’」
思わずそう問いかける。
出て来た人影は奇妙な格好をしていた。
体にフィットした黒いボディスーツに身を包み、顔には赤い仮面。
まるで漫画のコスプレだ。
警備員にしては奇抜な格好だった。
だが、どんな格好だろうと構わない、目撃者は殺す。
俺はナイフを構える。
そして身を屈めた次の瞬間、間髪入れずナイフを突き出す。
確かに胸に突き立てた筈だった。
しかし、刃が通らない。
驚いている間に殴られる。
衝撃にヨロめいて後ざするが、俺はすぐさま体制を立て直し、相手を睨みつけた。
「‘どういうことだ?’」
「‘ただのコスプレ野郎じゃないな?’」
こんな奴が居るなんて聞いてない。
アイツら俺に黙っていやがったのか?
するとソイツは機械のような声色で俺が喋る言語と同じ言葉で問いかけてきた。
「‘オマエハ、ナニモノダ?’」
こいつ俺の喋る言葉が分かっている。
加えてナイフが通らない特殊なスーツ。
どうやらただの一般人では無いようだ。
俺は無言のまま再び切り掛かる。
しかし、その一撃は片手でいなされ、反撃の蹴りを受けてしまう。
「‘ぐっ!’」
ナイフを落とし、一瞬体制を崩すが、すかさず殴り返す。
だが、これはフェイントだ。
相手が拳をいなそうと手を出すと、俺は身を捻り渾身の蹴りを放つ。
奴は蹴りを防ぐ事が出来ず、みぞおちにまともに当たった。
はずだった。
だが、奴はびくともしていない。
「‘効いて無いのか!?’」
確実に急所に当たったはずだ。
あの薄いスーツでは刃は通らなくとも、打撃の衝撃までは防げないはず。
しかし、まるで布を蹴ったように全く手ごたえがない。
どういう原理なんだ?
「‘オマエハ、ナニモノナンダ?’」
「‘コタエロ‘」
黒い影が再び問いかけてくる。
「’俺の方こそ聞きたいぜ、お前こそ何者だ!‘」
俺はそう言うと、一気に突っ込んだ。
今までの手合わせから分かった。
こいつはそこまで戦闘経験はない。
初見の攻撃やフェイントは見切れないのか、まともに当たっている。
おそらくスーツの防御力による慢心もあるのだろう。
刃物を通さず衝撃も吸収する。
ならば、脳を揺らす一撃はどうだ?
俺は身を引くし、死角から一瞬で殴り上げるように顎を狙って拳を突き出した。
「’!?‘」
ありえない。
タックルに見せかけて、完全に死角から狙った筈だ。
しかし、人間離れした速度で左手が動き、拳を受け止めている。
振り解けない。
まるで相手の掌に拳が吸い付いてしまったかの様だ。
手を捻り上げられ、無防備な脇腹をおもいっきり殴られる。
ミシッとした嫌な感触がした。
体の芯まで響く激痛が走る。
おそらく肋骨にヒビが入ったのだろう。
「‘ぐうううっっ’」
脇腹を押さえ様子を見ながら後ざすりした。
むこうは追撃をしてくる気配がない、積極的に戦うつもりは無いようだ。
おそらく、このまま格闘戦を続けても敵わない。
こんな事なら多少危険を冒してでも銃を持ってくるんだった。
俺は近くに落ちていたナイフを拾うと少しずつ距離を取る。
もう逃げるしかない。
アイツらにどう言い訳するかな。
俺は廊下の角まで下がると全速力でその場を離脱した...