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Red.Face Centipede   作者: ABSINTHE
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episode.1

薄暗い研究室の中で白衣をきた男がパソコンに向かっている。

彼の名前は河神龍一、若き昆虫学者である。

ボサボサの頭に少しやつれた顔をしているが、しかし目にはギラギラとした光を宿し、一心不乱にキーボードを走らせる。

その部屋に一人の女性が入って来たが、気付く様子はない。


「龍ちゃん?大丈夫?」


女性に声をかけられて彼は振り返る。


「楓か?どうしたんだ?」


俺はレポートを書くのに夢中で、いつの間にか部屋に入ってきた彼女の存在に気付かなかった。

セミロングの栗色の髪に優しげな表情をした女性。

彼女の名前は相川楓。

俺が在籍する「相川昆虫学研究所」の所長である。


「どうした、じゃないよ」

「もう夕方だよ?お昼も食べてないでしょ?」


楓に言われて窓の外を見ると日が沈みかけていた。

レポートを書くのに夢中になり、昼食を食べるのも忘れていたようでひどく腹が減っている。


「はいこれ」


そう言っておにぎりを差し出して来た。


「ありがとう」

「いつも助かるよ」


楓は俺が研究に没頭するあまり食事を忘れると、いつもおにぎりを作ってくれるのだった。


俺と楓は幼馴染で、俺がこの研究所に在籍しているのも楓のおかげだった。

楓の父は相川京一郎という偉大な昆虫学者である。

そして俺の研究者としての師にあたる人物だ。

俺と楓は幼い頃から相川研究所を遊び場にしていた。

その為、俺は自然と昆虫に興味を持つ様になった。

大学を卒業後は相川博士に師事する為、この研究所に入所したのだ。


研究所は博士の私財で設立され、かつては志しある者が集う昆虫学者にとって楽園のような場所だった。

しかし、数年前に昆虫の調査に出かけた博士が行方不明になってしまい、全てが変わってしまった。

博士の代わりに楓が所長に就任する事により、研究所自体は存続する事になったが、相川博士が居なくなってしまった為、多くの研究員が他の研究所に引き抜かれてしまった。

今では研究者と呼べるのは俺と楓ぐらいで、後は数名の事務員が残るのみである。



「美味い」


相変わらず楓の作るおにぎりは美味しい。

中の具は炒り卵に梅干し、ちりめんじゃこが全部一緒に入っているという変わったものだが、栄養満点なうえに味も不思議と違和感なく調和している。


「夢中になるのも分かるけど少し休んだら?」

「他のみんなはもう帰っちゃって、残ってるのは龍ちゃんだけだよ」


楓は心配そうな表情を浮かべている。


「ごめん、もう少しで切りの良いとこまでいくから」


そう言いながらパソコンの方へ向かう。

楓は諦めた様子で言った。


「しょうがないな、龍ちゃんは昔から夢中になると聞かないもんね」


俺はキーボードを叩きながら、いつも楓を心配させてしまう事を申し訳なく思った。


「楓、ありがとう」

「いつも心配かけてばかりでごめん」


俺の言葉を聞いて楓は優しい声で言った。


「ううん、お父さんが居なくなってもここに残ってくれた事、感謝してるから」


相川博士が居なくなってから、俺にも引き抜きの話しは来ていた。

他の研究者は次々に居なくなり、その為、研究所の運営が困難になっていった。

ここに残れば、俺の研究者としての未来が閉ざされる事は明らかだ。

しかし、突然父親が居なくなり、悲しみに暮れる楓を見捨てる事など出来るわけがなかった。


「この研究がひと段落すれば、前みたいにここにみんなが戻って来てくれるかもしれないんだ」


そう言って楓の方を見ると少し深刻そうな顔をしていた。


「龍ちゃん、気持ちは嬉しいけど、あまり危ない事はしないでね」


「ああ、分かってる」


今、行っている研究は危険が伴う物だった。

しかし、成果を出せばこの研究所を救えるかも知れない。

そう思うと、いくら時間があっても足りなかった。


「戸締まりは俺がしておくから、楓は先に上がってくれ」


楓を付き合わせる訳にはいかない。

俺は一人残ってレポートを書く事にした。


「分かった、私はお母さんの所に寄って行くから、先に帰るね」


そう言って微笑むと楓は部屋から出て行った。

楓の後ろ姿を見送ると、俺はおにぎりを食べながらレポートの続きを書き初めた。



夢中でレポートを書き続け、ふと気が付くとすっかり深夜になってしまっていた。

いっそ帰らず、研究所に泊まってしまおうかと考えていると、何処からか物音が聞こえる。

おかしい、この建物にはもう俺しか居ないはず。

まさか泥棒か?


俺は物音を立てないように不審な音がする部屋に近づいた。

ここは相川博士の書斎だ。

中の様子を伺うと暗い部屋のなかでライトを照らし戸棚を漁っている影が見える。

どうやら、本当に泥棒のようだ。

しかし、この建物には金目の物など特に無い。

大きな建物だから何かあると思って侵入したのだろうか?

そんな事を考えているとこちらの方にライトの光が向いた。


「’誰かいるのか?!‘」


しまった、気付かれた。

俺は慌て近くの部屋に隠れた。

警察に通報しなければ、そう思いポケットを探るが携帯が無い。

研究室に置き忘れたのか?


代わりに青い液体が入った香水瓶が出てきた。

これは俺の研究の一つの産物だった。

特殊なフェロモンを合成した香水。

だが今、必要なのは携帯だ。

とりあえず瓶をポケットに戻し、部屋の外を伺う。


泥棒はまだ近くをうろついているようだった。


こちらを探している?

おかしい、普通なら逃げるはずだ。

それにさっきの言葉。

俺は昆虫の採取でさまざまな国に行く為、いくつかの言語を学んでいるが、あれは日本語じゃなかった。

ただの泥棒じゃない?


慎重に窓から廊下を覗くと後ろ姿が見える。

そこには、まるで特殊部隊のような黒い服を身につけた男がいた。

手には大ぶりのナイフを持っている。


なんだあいつは?

やはり普通の泥棒じゃない。

あのナイフ、こちらを見つけたら殺すつもりなのかも知れない。

なぜ、あんなヤツがこの研究所に?

どうする?

さまざまな考えが頭を巡る。


廊下の男の気配がこの部屋に近づいてくる。


俺はポケットから瓶を取り出した。

まさかこんな事になるとは、このままでは命が危ないかもしれない。

やるしかない。

覚悟を決めて瓶の中の液体を自分に向かって吹きかけた。


すると腰に着けているベルトに異変が起きた。

バックル部分が赤い、少し変わったデザインの黒いベルトがもぞもぞと動き始める。

赤いバックルが頭をもたげ、黒いベルト部分から無数の足が生える。

真っ赤な頭に節くれだった黒い体躯。

それは巨大なムカデだった。

そのムカデが背中に沿って這い上ってゆく。

そして、首筋を大きな牙で一噛した。


「ぐうっ!」


龍一は呻き声をあげた。

ムカデはそのまま頭頂部まで這い上り、真っ赤な頭が顔面に覆い被さる。

すると次の瞬間、背中に取り付いたムカデの体から夥しい数の黒い糸のようなものが生えてきて幾重にも折り重なり全身を覆っていく。

そして、ムカデの頭がバカッと割れて開き、中から無数の赤い触角が飛び出して頭部に赤い仮面のようなものを形成する。


”変身“


そう表現するのに相応しい変化だった。

体にはウエットスーツに似たやや光沢のある漆黒の衣を身に纏い、顔にはまるで真紅の仮面のような紋様。

龍一は異形の姿へと変身を遂げた。

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