TW-2 猫より犬派? いいえ鹿です
えっち!
びゅうびゅうと風切り音が鼓膜をうち、爽やかな匂いが鼻腔をくすぐる。
ギイギイとなる自転車を走らせ、目指すは街。だが街と言っては語弊がある。そこはなんて言ったってもう人がいないからだ。ゲームによくいる老いた生き残りや復讐心に囚われた若者という存在の影が一つとない。
ただあるのは、自然に飲まれゆく廃墟、ビルには苔がはえ、屋上の一部は崩れ始めている。道路の隅には草が繁茂し、花がその顔を覗かせている。
高速道路と思われる道は下の道路へとその身を崩し、新たなる道へと化している。
そんな人が居ない世界には動物達が住み着いている。電柱や信号機の上を見ると鳥達の巣があり、その下を気ままに歩く鹿や猫達。少し奥に行ったのならば元は噴水だった痕跡が見える。上水道の一部が破裂したのか、そこからは絶え間なく水が溢れている。そこのはさらに多くの動物達が集まり、皆のオアシスとなっている。私が最初に行った時は警戒をされたが今では警戒されずに撫でさせてくれる。特に鹿ちゃんは足元に歩いてきて横になるのですごい可愛い。
そんなことを考えているうちに街が見えたきた、前回きた時よりも草の成長は早いのか、より一層緑が溢れている。木の成長は一瞬でないために分かりづらいが、少しずつ大きくなっているのではないだろうか。
今回、ここに来た目的は、飲水の確保と使える物がないか探すためだ。一応家の近くに綺麗な泉があるのだが、なにぶん人間が私しか居ないために病気とかになったら怖いから飲まないようにしている。竹でできた簡易的な水筒を5個ほど毎日持って来ては汲んでいる。この街に飲み水が湧いていなければ今頃私は死んでいただろう。
街に入る手前あたりに自転車を駐め、荷台からフレームザックを手に取り両腕を通す。これで探索の準備は完璧だ。
自転車を入り口で止めた理由は、この先の道は小石が多かったり道路のひび割れで穴が開いていたり、木の根がこんにちはしていて、自転車では危ないからだ。
風化したビルや建物の破片が落ちてくる可能性もあるので、頭上に注意を払いながらも、転ばないように足元にも気を張る必要がある。探索とは油断一つで命を落とす危険性を孕んでいるのだ。
最初の一月ほどは街の全容を掴むためにマッピングをし次の日からはマッピングした地を細分化して順番に探索している。今日はE7地区を探索する。
このE7というのは、3区分した地EASY・NORMAL・HARDの頭文字であるE・N・H。そして3区分しただけではまだ多いためにその中をさらに分けたのだ。
Eは基本的に生息している動物は草食動物だけであり、その中でも温厚な子達が多い。一番安全な地区であるために一番漁る場所だ。だが水道管が破裂しているために街の少し低い道全てが水没している。ここで集めるのは飲み水と使えそうな衣服だ。
NはEの少し奥に行ったところにあり、建物の劣化が顕著でよく崩れて来たりする。一日に何件か倒壊しているのか時々音が響いている。さらにはジャンプしないといけない場所もあったりするのでかなりスリリングな場所だ。ここで集めるのはマッチやライター、油などの他に電球や自転車の部品のようなものだ。
Hはさらに奥に行ったデパート?のような場所で、倒壊の危険性はないが肉食獣が多くいる、オオカミに始まり熊も見たことがある、他にも名前がわからない四足歩行の動物達が多くいる。ここでは怪我した時に使うような包帯や消毒液、銃や銃弾のようなものを拾える。
「こんにちは」
目の前を猫さんが通り過ぎたので挨拶をしておく。社会人の常識よ、だけど猫さんには無視をされた。悲しい。
「こんにちわん」
今度は犬さんが通り過ぎたので挨拶をしておいた。猫さんの時はにゃあとつけていないので無視をされたのだろう。私は学習する女。
そしたら犬さんは歩みを止めて、こちらにブフッと鳴いてくれた。あれ、犬さんってこんな鳴き方だっけ? 疑問に首を傾げていると犬さんは尻尾をヘリコプターのように回し、前足はさながら水泳のバタフライのように動かしながらこっちに来てくれた。もう可愛ければなんでもいいや。
撫でようと思いしゃがむと、いきなり飛びかかってきて覆い被された。後頭部を地面に叩きつけて痛かった。視界がぼやけるのはお日様が眩しいから。別に泣いてるわけではない。私は強い女なんだからこの程度では泣かない。な、泣いたことなんて一度もないんだからね!
口元を凄いベロベロと舐めてきてくすぐったさに耐えていたら鼻の穴の中に少しだけ舌が入ってきた、よだれを吸い込んでしまいむせていると口の中に舌を入れてきた。なんだかこの犬さんはスキンシップが激しいようだ。
頭をポンポンして犬さんを持ち上げ、身を起こすと鳩尾の部分に温かく透明のような白いような黄色も混じった液体が付着していた。この液体はなんなのだろうか、来るときは付いてなかったと思うんだけどな。
とりあえず顔を洗いたいから、噴水を目指すことにする。替えの服を持って来ておいてよかった。今着ていいる服を脱ぎ、バックの中から新しい服を取り出す。白のロングTシャツで太ももサイドにスリットが少し大きく入っている。センターにはジャガイモ食えよぉ!!と長芋が熱くなっている絵がプリントされていてとても気に入っている。
少し歩いていると、スニーカーが水溜りの中に入った、靴下が濡れてとても気持ちが悪い。だが大きい水溜りというよりは水没した道路なので噴水までもう少しだ。もういっそのこと靴も靴下も脱いで水の中を進んでしまおう。
両足脱ぎ終わり、靴を手に持っているととても邪魔だということに今更気がついた。仕方ないからこの道の端っこに置いていこう、どうせ戻ってくるのだからその時拾えばいいだろう。
透明度の高い水の中にある足が歪んで見えて面白い、気分は子供時代、足を高く上げて水飛沫を上げながら歩む。ここは廃墟、私しかいないから見られる心配はないからね。
数十分ほど進むと足元を魚が泳いでいるのに気がついた。噴水に近づけば魚が増えてくる。つまりはあと少しで噴水ということだ。
後ろから、動物達の鳴き声がするなあ、と思い振り返ると多くの動物達がいた。気がつけば大行進。隣にハート型の白い斑点が特徴的な鹿ちゃんが歩み寄ってきて頭を寄せて来たので撫でてあげる。目を閉じて気持ちよさそうにしているのでこっちも顔が綻んでしまう。やっぱり一番可愛いのはこの鹿ちゃんだ。
鹿ちゃんと戯れていたら気がつけば噴水が目前にあった。後ろにいた動物たとは左右へと散開していき、各々自由にくつろいでいる。
ビルの窓に反射した光が噴水の水を輝かせ、さらに神秘的にしているのだから凄い。だけど私のおすすめスポットはここだけでない。家の近くにある泉もすごく綺麗なのだ。明日寄ってみてもいいかもしれない。
噴水から少し離れた位置に唯一水に侵食されていない高地がある。そこまで歩いていき腰掛けると、優しい太陽光が眠りに誘ってくる。
鹿ちゃんが後ろに周り、頭を私の右側に寄せると、トントンと小突いてきた。そちらを見ると既に気持ちよさそうに目を閉じている鹿ちゃん。一緒に寝ようということなのだろうか。
「ありがとね」
これだけを呟き、私は鹿ちゃんの首近くに頭を置き目を閉じる。ポカポカとした太陽光、柔らかい枕、この誘惑に耐えられるわけもなく私は早々に眠りについた。
顔を暖かく湿ったものが撫でてくる。風は冷たくなっており、体を冷やしていた。
頭をあげると、雄大に輝くお月様が頭上にあった。 寝ているうちに夜になっていたようだ。鹿ちゃんに再度ありがとうと呟き、体を起こす。地面に寝ていたからか体が固まってとても痛い。爪先で立ち指をくみ、んぅと言いながら高く伸びをする。
濡れていた服は寝ている間に乾いたのか、砂利がついているだけになっていた。
裸足の足にはコンクリートが冷たく、足先から体温が奪われているように感じる。そんなことよりもどうして裸足なのだろうか、朝の私は何を考えて裸足で家を出たのか小一時間ほど問い詰めたい。
ぱっぱと水筒に水を詰め込み、バックを背負い自転車を置いた場所まで駆け足で行く。後ろからは鹿ちゃんがこちらに向かって鳴いて来たのでまたね、と手を振りながら走る。
後ろを見ながら走ったためにズルっと転んでしまった、ふえぇ痛いよお。べ、別に泣いてないからね!勘違いしないでよね!
それにしても、やはりこの世界の月は大きい。重力どうなってんだってレベルでこの星に近いのか太陽よりもでかいのか。どっちにしろ凄く大きい。月がぼやけて見えるのは寝起きだからだ。目元を腕でこすりながら家に向かう。頭が凄く痛いのは秘密だ。