TW-0 これはきっとどこかの世界での話
「ホーッ ホー」
満点の夜空が輝く中、大自然広がるこの世界で梟の声が響き渡っていやがる。
シュボっとつけたライターの火は風で揺らぎ、その小さな命を散らせようとする。
「スゥ……フゥゥ」
煙草はいい物だ。
揺らぐ煙を眺めるだけで嫌な気分を無くせる。そして1日が終わったな、という実感を与えてくれる。
体に悪いのは分かっている。だがこの締めの一服で明日の活力にも繋げることができる。
以前までは匂いすらダメだったのに今では何も感じない。これが成長という物なのだろうか。
「なんだコウテイ、夜煙草かい? それにお酒も」
「ああ。 一本いるか?」
「んー、いや、貰うならワインを一杯貰おうかな」
「ほらよ」
「ありがとさん。 …んく、んうぅ美味しいねこれ。で今日はどんな嫌なことがあったんだい?」
「嫌なことか…そりゃ毎日がクソッタレだな」
「ふふっ、なんだそれ」
訳もわからずにこの世界に来て、姿も変わり娯楽も失い記憶も失った。憶えているのは以前のオレと親友のことだけ。それをクソッタレと言わずになんと呼ぶ。
周りの奴らも最初はテンパっていた、だが順応して今では普通に生活している。まるで元からこの世界の住民だったかのように。
「ふぅ。 ごちそうさま………たまには夜酒も良いもんだね」
「そうだろ」
「んでね、コウテイ」
「…どうした」
やつは突如として真面目な顔を作りこちらへと顔を向けてきた。月光で照らされたその顔はさながら重大な告白をするようであった。
「僕ねえ、本当はこの時間寝てるんだよ」
「………」
「やっぱり睡眠って大事じゃん?僕だって女だから美容とか成長とか色々気にしてるんだよ」
「…だったらなんだ」
「食糧庫からワインが一本とカマンベールチーズが一つ、燻製肉一つ、干し魚が三枚無くなっていたんだよ」
「………」
「ねえ、なんか知らない?」
「…知らねえな」
「………」
「………」
「コウテイ」
「…ん?」
「明日の朝ごはん抜き」
オレはやつへと体を向ける。オレとやつは仕事仲間の関係であり上司と部下の関係でもある。無論オレが上司だ、だがやつは食料管理と会計係を担当している。
オレらの中でも抜きん出て料理が上手く、倹約家であるためだ。オレらの胃も見事にやつに掴まれていて頭が上がらない存在でもある。
「…ああー、そのだな」
「なんだい? 言い訳なら聞いてあげよう」
「お前も飲んだから同罪だっ!」
だがオレはこいつに一杯のワインを渡した。これはこやつも同罪って事でいいのではないか?
確かにオレはワインを飲みながらチーズと魚と肉を食った。
「言い訳は終わりかい?」
「お、おうよ!」
「そうかそうか、まぁ僕も一緒に飲んじゃったからね確かに同罪だ」
「そ、そうだよな!」
「じゃ、コウテイこれのなか飲んでみて?」
「うおっと!いきなり投げるなよ!」
文句がましくジロジロと見ながら受け取ったジュースのキャップを開ける。ラベルを確認すると「はあぁんた」というブドウ味の炭酸ジュースだった。ふざけた名前だと思うが飲んだら喘ぐような声が出る美味さ………らしい。 こんなの飲んだ事ねえから本当かは知らないが。
右手を腰に当てグイッと中身を飲み干す。はあぁんという声は一切出なかった。出してたまるか。
だが、なんだかどこかで飲んだことのあるような独特な酸味とほろ苦さが口の中に広がった。
「気付いたかな?僕の能力はゲートだ。ワインを飲まずにジュースと入れ替えるなんて朝飯前なんだよ。 コウテイは飲んだから同罪って言ったよね?僕は飲んでいないよ?そして今君が飲んだのでおそらくそのワインは全部だよね?途中で止めるなら情状酌量の余地はあったけど全部飲んでしまったら話は別だ。
コウテイ 明日の 朝ごはん なし」
あぁ、やっぱりこの世界はクソッタレだ。
このクソ野郎はわざと単語単語で区切って言い放ちやがった。しかもニコニコとしためちゃくちゃにいい笑顔で。
そしてオレは姿が変わった今でも涙は出るのだと初めて知ったのであった。
※主人公ではありません。