side:カシュー-02
本日(7/12)二回目の更新となります。
これがドラゴン……お伽噺や伝説でしか聞いたことのない存在だぞ。
今ここにいるのは魔物だけど、その姿は実在する聖獣や獣を模したもの。今まで僕が見てきた魔物は例外なくそうだったから、目の前のヴォイド・ドラゴンも実際のドラゴンの姿を模しているのだろう。
てか、ドラゴンが実在している事実に驚きだよ!
僕が記憶しているドラゴンとは、創世神話の話だ。
この世は一匹の始祖龍から誕生し、その分身体である七匹の神龍が三つの大陸と二つの海、そしてあらゆる現象、様々な命を守護し、その七神龍から産み落とされた直系の子孫がドラゴンと言われている。
言うなれば、ドラゴンは実質的に生物の頂点に君臨する生き物だ。さすがに七神龍や始祖龍を模した魔物はいないだろうから、ヴォイド・ドラゴンこそダンジョンの最強種と思って間違いない。
この部屋は、宝物庫と階層主の部屋を混ぜ合わせた部屋だったんだ!
「や、ややや、ヤバイですよ! あり得ませんて! なんでこんな浅い階層にヴォイド・ドラゴンがいるんですか!? 先生、どうするんですか!」
「確かに逃げ出したいとこね。ちょっと戦うのは嫌だわ」
Lランク冒険者の先生をもってしても、そう言わしめる事態なのか!
「だったら早く逃げましょう!」
先生ならわかってくれる。撤退するのは恥じゃない。無謀な戦いに挑んで無駄死にすることこそ恥だってことを!
「私の判断なら即時撤退だけど、でももう、始まってるみたいよ?」
「……え?」
そんな、まさか……嘘だろ!? フェンリルが、ヴォイド・ドラゴンに向かって攻撃を仕掛けてる! これじゃもう逃げられないじゃないか!
魔物の特徴として、こいつらは一度狙いを定めた敵のことは階層を移動するまで追いかけてくる。
加えて、この宝物庫がヴォイド・ドラゴンの住処のようだけど、いったん攻撃を仕掛けてしまえば部屋の扉は閉ざされ、階層主か手を出した冒険者が死ぬまで開かない。
つまり、僕らが無事に生きてこの部屋から出るには、ここでヴォイド・ドラゴンを倒さなくちゃならないってことだ!
「いっ、イリアスさん! 正気ですか!? 相手は魔物と言ってもドラゴンですよ!? こんなの──」
「イリアスちゃん」
慌てふためく僕を押しとどめるように、先生が割り込んできた。
「手を貸した方がいいかしら?」
「逆に聞くけど、ヴォイド・ドラゴンの素材って貴重よね? どこかの部位いる?」
「血があれば、ナインエッジシリーズの強化に使えそうだけど」
「一瓶三〇〇〇万」
「高いわね? 九瓶で一億くらいにしてほしいわ」
「二億。あんたの思惑通り、あたしの本気見せてあげるサービス付きよ? 値引きした上にサービスするとか、あたし優しすぎじゃない?」
「……仕方ないわね」
な……何を言ってるんだ、この人たちは? なんで素材の値段交渉なんてしてるんだ!?
確かにドラゴンの素材は貴重だし、手に入れられるなら億単位の金額を払っても惜しくないって人もいる。
けど、それは倒せることが前提だろ? 今まで魔物を一撃で屠ってきたフェンリルなのに、ヴォイド・ドラゴンとせめぎ合ってるじゃないか。それどころか、僕の目から見ても劣勢だぞ。
そんな状況で、なんでそんな倒した後の話ができるんだ!?
「フェンリル、とっとと倒すわよ!」
『あれをやる気か?』
フェンリルはヴォイド・ドラゴンと戦いながらも器用にイリアスさんと会話している。もしかして、まだ余裕があるのか?
いや、だからって油断できるわけじゃないけど!
「ヴィーリアがドラゴンの素材を買ってくれるって言うからさ」
『強欲なものだ』
呆れたような声を出すフェンリルは、ヴォイド・ドラゴンから距離を取ってイリアスさんの横に戻ってきた。
けれど、ヴォイド・ドラゴンはフェンリルと戦っていた。そのフェンリルが下がれば追ってくるのは必至だ。
「ティターニア、ちょっとアイツと遊んであげて」
「ええ、わかったわ。ふふふ、一緒に遊びましょう」
ズゾゾゾゾッ──と、無機質な宝物庫の床を割って伸びて来たのは、丸太のように太い蔦のような植物だった。
一本や二本じゃない、何本も絡み合い、束ねられ、獲物を狙う蛇のように蠢きクネってドラゴンの四肢に絡みついた。
瞬く間にヴォイド・ドラゴンが束縛される。ドラゴンを束縛するって、それだけで人外の所業だ。実際、ティターニアは妖精女王で人外だけども。
ただ、束縛したってそれが植物なら効果は薄い。鋼鉄をも溶かすブレスの一発では、あっという間に消し炭にされてしまう。
てかこれ、もうヤバいんじゃないの!?
「獣装宝術」
焦る僕の耳に、イリアスさんの声が聞こえた。
「形態・闇狼」
「……え? わっ!」
闇が広がった。
いや、それが本当に闇だったのかどうか、僕にはわからない。
ただ、黒い閃光のような……衝撃、と言えばいいのか、手で触れることはできない、けれど物理的な力が広がり、そして収束した。
「へ……?」
あれは……イリアス、さん?
イリアスさん、なんだろうか。
すぐに断言できなかったのは、イリアスさんの装いががらりと変わっていたからだ。
黒い狼の毛皮を羽織り、まるでお伽噺に登場するようなアマゾネスのような姿。手と足も獣人のような毛皮で覆われており、伸びる爪はサーベルのよう長く鋭い。
「がおー」
イリアスさんがふざけているとしか思えない獣の鳴き真似をした──直後。
姿が消えた。
僕の目には、消えたようにしか見えなかった。
けれど次の瞬間、ヴォイド・ドラゴンの首が落ちた。
すっぱりと、綺麗に……胴と頭を繋ぐ首の部分が空間ごと削り取られたかのように、消えてなくなったのだ。
それをやったのは……たぶん、イリアスさんだ。
ヴォイド・ドラゴンの上、空中に居るのだから、たぶんだけど、もの凄い速さで移動して、すれ違いざまに首を掻き切ったのだと……思うわけだけれども。
「は……? はぁ? はあぁぁぁぁぁっ!?」
意味がわからない。
何なんだ、いったい?
なんでヴォイド・ドラゴンの首が……えっ、それをイリアスさんがやったの? ていうか、あの姿は……?
「相変わらず凄まじいわね。……自信なくしちゃうわ……」
「せっ、先生!」
聞こえて来た先生の声に、理解が追いつかない僕はすがるように声を荒らげた。
「なんですかアレは!? ヴォイド・ドラゴンが一撃で……いっ、いったい何が……!?」
「あれが獣装宝術──イリアスちゃんの秘術よ。聖獣を霊化させて武具にすることで力を数十倍に高め、聖獣の力を術者本人が身にまとうんですって」
聖獣の力を数十倍? それを術者が身にまとう!?
そんなの、聞いたこともない!
「なんですかそれ!? そんなの……そんな、デタラメじゃないですか!」
「そうね、デタラメな話よ。そんなデタラメな力が使えるイリアスちゃんなら、私たちがパーティを組んで数ヶ月掛かりでようやく一層ずつ突破しているダンジョンも、さしたる苦労もせずに短期間で踏破できるでしょうね」
「せ、先生……」
どこか自虐的な先生の言葉に、混乱の極地にあった僕は少し冷静になった。
羨ましい……いや、悔しい……だろうか。
理由はわからない。けど、先生はダンジョン踏破に執念を燃やしている。
自分こそがやり遂げなければならないと、強く思っているようだ。
そんな先生にしてみれば、イリアスさんの力は羨ましくて仕方が無いものなのだろう。喉から手が出るほど欲しいに違いない。
僕は単に驚き戸惑うことしかできないけれど、先生はイリアスさんの力に嫉妬し、羨み、それでいて闘争心を燃やしているようだった。
ヴォイド・ドラゴンを一撃で屠る力に、対抗心を燃やしている。
「覚えておきなさい、カシュー。ダンジョン踏破の最前線を征く私たちヴィーリア小隊は、だからといって最強なんかじゃない。強者を目指すのなら、私のパーティに入っている程度のことで満足しちゃ駄目よ。あなたが目指すべき頂は、ヴォイド・ドラゴンを散歩ついでに倒すような場所なんだから」
僕が目指す……場所。
そう、僕はそんな強者に──何者にも屈さず、何事にも怯まない真の強者になりたい。
そうならなければならない理由が、僕にはあるんだ。
今でも十分戦えると思っていたけれど、それがまだまだだと言うことが、ヴォイド・ドラゴンを一撃で倒したイリアスさんを見て理解できた。
僕はまだ、理想の自分になる入口にさえ立っていなかったってことを。
「……わかりました、先生。僕は少し、うぬぼれていたみたいです。けど、イリアスさんを見て自分の未熟さを思い知りました。これからも、よろしくお願いします」
「頑張りなさい、カシュー。まだまだ先は長いわよ」
「はい!」