第四話 ダンジョン突入!-01
ダンジョンには謎と危険、そして一攫千金の夢で溢れている──とは、誰が最初に口にした言葉だったか。定かではないけれど、一度でも足を踏み入れれば、誰もがその言葉の意味を身に染みて理解できると思う。
まず最初に、そもそもダンジョンの塔がどんな物質でできているのかわかっていない。
見た目は鉱物だけど、石でもなければ鉄とかの金属でもない。ミスリルとかアダマンタイト、オリハルコンといった神性鉱物とも違う。加えて、どんな物理攻撃・魔法攻撃でも傷一つつかない異常性を持っている。おかげで、欠片を持って帰って調べる──なんてこともできないほどだ。
さらに言えば、ダンジョンの内部は外部よりも謎だらけだ。
まず、広さがおかしい。
塔は外部から見れば直径百キロほど。まぁそれでも十分おっきい塔なんだけど、内部はそれよりさらに広い。どれだけ歩いても端っこまでたどり着かない。
おまけに、内部の装いも多種多彩ときたもんだ。
例えば、とある階層が暗くてジメジメした迷宮のような構造になっている所もあれば、水と氷に覆われた北方の海みたいなところもある。かと思えば緑が広がる草原だったり、砂と照りつける日差しが身を焼く砂漠だったり、あるいはかつて人が住んでいたような遺跡じみた階層まで発見されている。
もう意味がわからない。まるでダンジョンの内部は空間がねじれて、あたしたちの常識も通じない異世界と繋がってるんじゃないかとさえ思える。
けど、本当に各階層が異世界と繋がってるのか疑問に思うこともあるのだ。
それがダンジョンの危険──すなわち、魔物の存在だ。
ダンジョンの各階層には魔物がいる。そしてその魔物は、すべて共通の特徴を持っている。
もし、各階層がそれぞれ別の異世界と繋がっているのなら、共通の特徴を持つ魔物がいるのはおかしい──というのが識者の意見だ。
そんな意見に対する反証もあるらしいけど、確実なことがわからない内は滅多なことを言わないってのが、いつの世の学者先生に当てはまること。何より、まがりなりにもダンジョンの探索者という立場にあるあたしには、襲ってきた魔物を撃退する以外に選択肢はないのだ。
「それじゃ……ええと、あたしは勝手に行くから。ヴィーリア、カシューくんの安全は任せていいのよね?」
「心配しないで。カシューもうちの隊員なんだから。それに、今回はカシューに〝頂〟を見せることが目的だしね」
「いただき?」
「ま、こっちのことー」
うーん、なんか真意が読めなくて気持ち悪いなぁ。妙なイヤガラセをしてくるヤツじゃないことはわかってるけど、何を考えてるのかわからないってのは不気味だ……。
ま、気にしても仕方ないか。先を急ぎましょう。
「それじゃフェンリル、道中はぜんぶあなたに任せるわ」
『承知』
今回、あたしの目的は二十三階層と二十四階層の間に発見された隠し階層の探索──さらにいえば、まだ全域にわたって解明もされていない隠し階層に眠っているであろうお宝目当てである。
自分に言い聞かせるついでに改めて言うと、開店したての自分の店で、目玉商品になるであろう武具を作るため、そのサンプルになりそうなものを得るためだ。それを忘れちゃいけない。
なので、ほぼほぼ踏破された階層には用がない。
途中の階層では無駄な戦闘を避けてさっさと通り過ぎ、目当ての階層までバビューンと向かうつもりだ。
「フェンリル、上層へ移動できる場所は覚えてる?」
『無論だ。行くぞ』
フェンリルの背中に飛び乗ると、勝手知ったる様子で移動を開始。一層から二層、そしてあっという間に二十三層までたどり着く。普通に歩くと一日くらいかかる行程を、ほんの数十分で済ませてくれるのは有り難い。
で、ここからどう行けばいいのかしら?
「ねぇ、隠し階層って……」
「ぐぇぇ~……」
階層移動の詳しい場所を聞こうと思ったら、カシューくんはヴィーリアに抱えられて目を回していた。
「えっ、大丈夫?」
「あ、ごめんなさいね。この子ったら、高速移動に慣れてないのよ」
「い……いえ、僕の方こそ足を引っ張っちゃって……うっぷ」
うぅ~ん……あたしとしてはいつも通りなんだけど、移動だけでこうも苦しそうにされると、本当に大丈夫なのかなって思っちゃう……。
「えっと、無理しないでね? ここで帰ってもいいのよ?」
「いえっ! ご一緒すると決めた以上、最後まで付いて行きますんで!」
う、うーん……? 本人の意見は尊重するけど、最初はちょっと乗り気じゃなかったわよね? 何も無理することないと思うんだけどなぁ。
「あー、それなら隠し階層に繋がる《門》ってどこにあるかわかる?」
「ここから南西の方向へ二十キロほど進んだ所にあります」
「ここから南西?」
ここ二十三層は遺跡エリア。いったい何時の時代のどんな文明が栄えていたのかわからない、朽ちた石造りの瓦礫があちこちに転がっている。
ここから上の二十四階層へ向かうには北東方向にある《門》を使えばいい。そこまでの道のりも、今ではダンジョンに挑む数多くの冒険者たちが通ったおかげで、しっかりと道ができている。
反面、二十四階層の《門》がある場所へ向かうルート以外は、あまり〝うま味〟がない。
よくわからない瓦礫が行く手を阻み、無駄に魔物が多く、財宝もあるような雰囲気じゃない。
そんな所に隠し階層の《門》があったというのだから、第一発見者はなんの因果があって南西方面に進んだんだか。
「フェンリル、南西方向に《門》の気配ってある?」
『ふむ……』
と、唸っただけで何も言わない。
ははーん。これ、絶対にわかってないヤツだ。
何やら思案げな声を漏らしてるけど、わかってないことをなんて言えば巧くごまかせるかなって思ってるな。
「ま、探索にはあの子を喚びましょう……あー、でも」
あたしが契約している聖獣には、こういう探索に適した子もいる。けど、ちょっと癖の強い子でねぇ。ヴィーリアはともかく、カシューくんは大丈夫かな?
「ヴィーリア、案内役を喚ぶけど、カシューくんを連れてくるならちゃんと責任持ってね」
「案内役? ……あ、もしかして」
ヴィーリアがなんだか少し、嫌そうな表情になった。
さすが、わかってらっしゃる。
「来たれ、我と契約せし者。汝の力は我とともにあらん!」
あたしの〝力ある言葉〟で描かれる魔法陣。
「ティターニア!」
その魔法陣から、呼びかけとともに淡い光を纏わせて踊るようにクルクルと回りながら姿を現したのは、王宮住まいの女王さまのようなドレスを身に纏い、蝶の羽根を背に持つ妖精女王だ。
「あらあら、まぁまぁ、うふふふふ」
呼びかけに応じて現れた妖精女王ティターニアは、あたしたちを一瞥しながら、どこかわざとらしい驚きの表情を見せた。
「嬉しいわ。とっても嬉しいの。あなたが私を喚んでくれるだなんて。今日はいったいどうしたの? 遊ぶ? 私と遊んでくれる?」
身長があたしの指先から肘くらいまでしかないティターニアは、顔の周りをくるくる飛び回りながらそんなことを言ってくる。
うーん、相変わらず思ったことをそのまま口にしちゃう子ね。
「ねぇ、ティターニア。あっちの方向にダンジョンの《門》があるらしいんだけど、そこまであたしたちを案内してくれる?」
「《門》? そこへ行くの? 行きたいの? いいわ、連れて行ってあげる。うふふ。私に任せて。ちゃんと付いて来て。鬼ごっこよ。うっふふふ」
そういうと、ティターニアの姿がフッとその場から消えた。
うむ、始まった。