第三話 拠点村の出会い-02
「ちなみに、見つかった新階層って上? それとも下?」
「上です。二十三層と二十四層の間に隠しフロアがあったそうですよ」
「ほほう」
隠しフロアか……ということは、そこまで広くはないってことかな?
「けど、イリアスさん。今日、先生とご自身のお店で会われたってことは、どうやってこちらに? 三日はかかる距離でしょう?」
「そりゃ、この子に乗せてもらってよ」
ポンポンとフェンリルを撫でてあげれば、当のフェンリルは〝ドヤァ〟とばかりにいい顔をしてみせた。
「おお……さすがフェンリルですね……。よもやフェンリルの背に乗る人がいること自体、僕としては驚きです……」
「そう? けっこう乗り心地いいわよ?」
「いえ、そういうことでは……いえ、まぁ、はい」
なんだかカシューくんが複雑そうな顔をしている。そんな珍しいことしてるつもりはないんだけどな。
「じゃ、あたしはこれからその新階層にアタックしてくるわ。教えてくれてありがとね」
「えっ? イリアスさん、お一人で向かわれるんですか!?」
なんだか、えらく驚かれてしまった。
「そうよ。そもそもあたし、いつも単独だし」
「えっ、単独ですか!?」
「まぁ、この子の他にもいろいろ契約している聖獣はいるから、厳密には一人じゃないけど……それが?」
「いやいや、無茶ですよ! 聞いた話ですと、割と下位の階層だけど隠しフロアだけあって、けっこう強めの魔物が蔓延ってるって話しですし! そもそも、ドロップ品はどうするんですか? お一人だと、すぐ持ちきれなくなってしまうでしょう?」
「ああ、あたしの場合、ドロップ品を全部拾ってるわけじゃないの。目当てのものだけで、他は持ち帰れそうなものだけ選んで、その場に捨ててくから」
それに、どんなに多くなっても持ち帰る手段はちゃんと用意してるんだけどね。
「ああ……戦闘は極力回避するんですね」
「回避? しないわよ?」
「え?」
「え?」
あれ、なんか驚かれた。
だって、ねぇ? あたしにはフェンリルや他の聖獣と契約してるし、ダンジョンに出てくる魔物くらいなら、この子たちが片付けてくれるし。
むしろ、回避なんかしてたら聖獣によっては鬱憤が貯まるんじゃないかしら?
『主よ』
ふとそこで、フェンリルが口を挟んで来た。
『その場から二歩ほど、右か左に移動することをお薦めする』
「え?」
フェンリルからの妙な申し出に、あたしが首を傾げた時だった。
「イ、リ、ア、ス、ちゃ~~~~~~~~~~~ん!」
頭上から、女の声が聞こえてきた。
「げっ!」
なんか飛んできてるうううう!
あまりの勢いに、フェンリルの提言もあってか、あたしは確認するや否や横に大きく飛び退いた。
爆発、掘削、巻き起こる土煙。
あたしが避けたからか、飛んできた女はそのまま地面に激突して、勢いもそのままに地面を抉り、もうもうとした土煙を上げていた。
あー、こりゃ死んだなー。
「ちょっと、イリアスちゃん! 避けるなんてひどいじゃない!」
あ、生きてた。
「そりゃ避けるわよ。地面を陥没させた上に勢いも殺しきれず、地面を掘削する体当たりなんて食らったら、こっちが死ぬわ」
あたしは目の前の女に、当たり前のことを冷めた目で言い放った。
ウェーブのかかった赤い髪にトライコーンの帽子。ジュストコールを羽織ったその姿は、一見すると海賊っぽけど海賊なんかじゃない。
職種は確か、魔法戦士。魔法剣士じゃなくて魔法戦士。
戦士のように、剣だけでなくあらゆる武器を使いこなし、魔道士のようにあらゆる魔法も使いこなせるLランク冒険者が、その正体。
「せっ、先生!?」
カシューくんが〝先生〟と呼ぶのは、この世でただ一人。
ヴィーリア・オルデマリーが、いきなり空から降ってきた。
「あら、カシュー。拠点村でのお留守番、ご苦労様」
まるで何事もなかったかのように弟子に声をかけて、ヴィーリアはスススっとあたしに近寄ってきた。
「やっぱり来てくれたのね、イリアスちゃん! おねーさん、信じてたわ!」
「ちゃん付けやめーや。というか、あんたなんで空から降ってきたのよ」
「それはもちろん、街から拠点村まで移動してる最中に、あなたがフェンリルに乗って移動してるのを見かけたからよ。飛翔魔法使って追いかけてきちゃった!」
飛翔魔法って……あんたそれ、魔道士の上位魔法じゃないのよ。なんで本職の魔道士でもないのに使えるの……?
「あの、先生。他の方々は……?」
カシューくんが恐る恐る聞けば、ヴィーリアはあっさりと「置いてきた」と一言。
パーティリーダーが独断専行とか、ほんと迷惑この上ないわね。
「そういうカシューこそ、なんでイリアスちゃんと一緒にいるのかしら?」
「僕は、たまたまここでイリアスさんをお見かけして……。発見された新階層についてお聞きになられたので説明していたところです」
「新階層……って、あの隠しフロア?」
ヴィーリアがカシューくんとの話の流れで聞いてくるから、いちおう頷いておいた。
「イリアスちゃん、相変わらず単独探索が好きなのねぇ」
あらあら困ったわ、みたいな態度をされても、こっちが困る。
「他の人がいると邪魔なのよ。あたしにはこの子たちがいるし」
そう言ってフェンリルを撫でれば、頭でぐりぐりとこすりつけられてしまった。ちょっと力強すぎ。
「私はてっきり、勧誘に乗ってくれたとばかり思っていたのに」
「だからあたしは、ダンジョン踏破に興味ないってば」
対して、ヴィーリアはダンジョン踏破を目指す開拓者だ。彼女の場合は塔の攻略を目指してるんだったかな? ここ最近の最高登頂階数の記録はヴィーリア小隊が塗り替え続けてるって話だ。
「ともかく。あたしはそろそろ行くから」
「もう、つれないわねぇ……。あ、そーだ。せっかくだし、うちの面子が集まるまで、私と一緒に潜りましょうよ」
「はい?」
なんでそういう話になるのかな?
「そんな無理しないでも。どうせ今回のアタックも、登頂記録を更新するつもりなんでしょ? だったら、仲間の人たちが来るまで休んでなさいよ」
「へーきへーき。そのくらいでへばってたら、ダンジョン踏破なんて目標は掲げないわ」
「そもそも、二十三層と二十四層の間にあった浅い階層でしょ? Lランクなんて腕利きの冒険者が行くとこじゃないわよ」
「……それ、イリアスちゃんが言うの?」
なんでそんな、「おまえが言うな」みたいな目で睨むかな?
あたしはLランクの冒険者じゃないよ?
「あ、そーだ。せっかくだからカシュー、あなたも来なさい」
「えっ?」
ちょっと待って。何を言ってるのこの人?
「ぼ、僕もですか? いやでも……」
ほらぁ、カシューくんもなんか戸惑ってる──ってか、ぶっちゃけ迷惑そうにしてるじゃないのよ。
「いいから来なさい。きっとあなたにとって、いい刺激になるはずだから」
「は、はぁ……先生がおっしゃるなら、わかりました」
なのにヴィーリアの奴、上司の立場を利用してごり押ししちゃってやんの。
そういうの、よくないと思います!
「あのさ、あたしの意見は? 一緒に来てもいいって、一言も言ってないんだけど?」
「あ、だいじょーぶ。勝手についていくだけだから!」
……こいつは~……!
「……わかったわよ。けど、あたしはいつも通り一人で勝手にやらせてもらうから。付いてくるなら勝手にしてよね」
「それでいいわよ。イリアスちゃんの戦いっぷりは、見てるだけで刺激になるんだから」
あたしの戦いっぷりって……ほとんど聖獣に任せっぱなしで、何もしないんだけど。
そんなのを見てて、どんな刺激になるっていうのかしら?