第三話 拠点村の出会い-01
ダンジョン行ってくる! と言っても、あたしには自分の店がある。おまけに開店初日だ。冒険者ギルドを出た勢いそのままで向かうわけにもいかない。
そういうわけで、いったん店に戻ってルティにあたしのプランを説明しようと思う。
早く帰ってダンジョンに向かいたかったから、怒られてももう一回フェンリルに頼もうと思ってたけど、幸いなことに乗合馬車がちょうど来てくれた。
がったんごっとん馬車に揺られて店に戻ると、これがまぁ、ホントに開店初日か? と思うほど静かだった。
「あら、店長。お帰りなさい」
「ただいま、ルティ。お客さん来た?」
「店長が出て行ってから、ポツポツ来ましたよ。ポーションや解毒薬が売れました」
「わぉ、初売上だね!」
「といっても、一個ずつだけですが」
ぬぅ……やっぱり、なんか目玉になる商品がないと厳しいわね……。
「でも大丈夫! あたしに考えがあるから!」
「……一応、お聞きしましょう」
「魔導具を売り出すわ!」
そう、それがあたしの考えた、うちの目玉商品!
ミュールは言っていた。ダンジョンで発見された財宝は、冒険者ギルドのもの。しかし、武具に関しては冒険者のもの!
「ということは、また冒険者に戻るんですか?」
「や、そうじゃないの。自力で魔導具を作り出して、それを売るつもり」
「ああ……なるほど」
あたしの画期的なアイディアに、ルティはなんか冷めた態度だった。
まぁ、これが彼女の普段通りっちゃ普段通りなんだけどさ。
「もうちょっとこう、驚いてよ。スゴイでしょ? 画期的でしょ? あたしってば天才じゃない!?」
「え? ああ、はい。そうですね」
クゥゥゥゥゥル! ルティってばちょークール。どこまでも氷点下の鉄面皮を貫いてくれちゃってるわ。
「と、ともかく……さすがのあたしでも、サンプルがないゼロの状況から魔導具を作るのは難しいからさ、これからちょっとダンジョンに潜って、適当な魔導具拾ってくるわ」
「わかりました。それでしたら、私もご一緒した方がよろしいですか?」
「んー……ルティまで来ることはないんじゃないかしら? てか、来たらダンジョンが壊滅しない?」
「しませんよ。させたことないでしょう? でも、そうですか。それなら私は店番をしております。お帰りはいつ頃の予定ですか?」
「一週間はかからないかなぁ。移動はフェンリルに頼むから、早ければ三日くらい?」
「三日ですか。では、その間の経営は私の裁量で自由にしても構いませんか?」
「おっけーおっけー。好きにしちゃっていいよ」
「承知いたしました」
そういうわけで、お店の方はルティに任せて、あたしはダンジョンへ向かう。
いざ、レッツゴー!
■□■
ダンジョンまでの移動は、もちろんフェンリルたん。喚び出した時は「またか」って顔をされたけど、あたしが契約している聖獣の中で一番速いんだから仕方が無い。
この第三前線都市からダンジョンまでの距離は、だいたい三日くらい。けどそれは、徒歩だったりダンジョン探索に必要な資材を乗せた幌馬車での移動の場合。
他所の冒険者だと、だいたい六人一組で行動するから、移動速度も荷物も多くなるってことよ。
けどあたしの場合、冒険者時代はずっと単独でやってきた。まぁ、単独っつったって契約した聖獣がいる調教士だし、厳密に〝一人〟ってわけじゃないんだけどね。それでもパーティを組んでる人達に比べれば荷物も少ないし身軽なのだ。
なもんで、ほんの三時間ほどでダンジョンが見えてきた。
それは、雲を貫き空の遙か彼方まで伸びる、巨大な塔だ。入口は東西南北の四カ所にあって、巨人でも悠々と通れそうなほど大きい。
はっきり言って、ダンジョンは謎だらけだ。
なんの材質で出来ているのかわかっていない。階層も、確か百二十二階まで確認されているけど、外が見えるわけでもないし、どのくらいの高さまで登っているのかわかっていない。
ただ、わかっていることもある。
それは、ダンジョンは上にだけ伸びているのではなく、下にも広がっている──ということ。
そう、このダンジョンは地下もある。
その地下も、現在では四十七階層まで踏破されているが、さらに下に続く階段がすでに見つかっている。おそらく、もっと下まで続いているだろう──というのが、実際にダンジョンに潜っている冒険者たちの感触だった。
いったいその先に何があるのか……冒険者たちの中には、その答えを求めて潜り続ける人たちもいるくらいだ。
実に頑張ってもらいたい。
……あたし?
あたしは、あんまりそういうことに興味ないかなぁ。
そもそもダンジョンに潜って魔物と戦うのは好きじゃないし、強敵との戦闘なんて一瞬の判断で命を落とすかもしれない、ストレスマッハの極限状態だもの。
そんなことで胃をキリキリさせるくらいなら、物作りで他の人が作ったこともないようなものを作り出すことに集中したいかな。
だからダンジョン探索は一人でやってきたし、狙うのも強敵じゃなくてレアな素材や装備品だった。もちろん戦うこともあったけど、それは魔物からしか入手できないレア素材を入手するため。
クラフト、イズ、マイライフ。
トレハンしないならダンジョン探索なんて意味ないわ。
それがあたしのダンジョン探索のポリシーよ。
「さて、と」
早速ダンジョンに行って、発見されたという新階層を目指そう……と思ったけど、あれ待って。どっちなのかしら?
上かな?
下かな?
ノリと勢いで飛び出してきちゃったもんだから、情報がなんにもない。
しゃーない、ここは情報収集だ。
ダンジョンの入口には村がある。いや、村というか、ダンジョンにアタックを掛ける冒険者が拠点にしている逗留地ね。それが次第に集まって、いつしか村みたいな規模になっちゃった。
なもんで、いつしか〝拠点村〟なんて呼ばれるようになったわけ。
……ふむ。少し情報収集しよっかな。
「フェンリル、拠点村の前で降りよっか」
『承知』
あたしのお願いに、フェンリルは素直に従ってくれる。
うーむ、移動の足代わりに使われることに複雑な表情を浮かべていたけど、案外、悪い気はしてないんじゃない?
ま、余計なことは言わないでおきましょ。へそを曲げられても困るしね。
そうこうして、空を駆けるフェンリルは拠点村の手前で地面に降りた。
「帰る?」
『しばし同行しよう。守り手は必要であろう』
まぁ、紳士。
そんなわけで、フェンリルと一緒に拠点村で軽く話を聞いてみることにした。
「フェンリルだ……」
聞き込みを──と思った矢先に、そんな呟きが聞こえて思わず振り返ってしまった。
街中とかだったらね、「フェンリルだ! フェンリルがいる!」とか、複数の声が聞こえてくるもんだから、いちいち気にしてらんないんだけど。
でもここは拠点村。あたしみたいな調教士もいるでしょうし、たぶんだけどフェンリルを使役してる人もいると思うから、そこまで珍しいものじゃないと思う。……たぶん。
「……あ、す、すみません。失礼しました!」
あたしが顔を向けたからだろうか、「フェンリルだ……」などと呟いた男と目が合うや否や、なんか謝罪されてしまった。
見た目は、まだ若い少年といった感じだった。冒険者と呼ぶには、ちょっと垢抜けない感じかしらね。覇気が足りないというか、それらしい圧がないというか……。
「あなた、同行者かしら?」
「えっ? あ、えーっと……」
なんだかハッキリしない態度だけど、そういうことでいいのかな?
同行者っていうのは、言うなれば弟子兼荷物持ち。
戦利品を集めたり、ダンジョン探索に必要な食料やら野営具を持ち歩いたりする一方で、帯同する冒険者から戦闘技術を学ぶ人。
この少年も、きっとどこかのパーティに所属している同行者なんだと思う。
……んー、体つきを見ると魔法職かな? 物理戦闘職ではなさそう。
「と言うか……ご無沙汰してます、イリアスさん」
「……ん?」
あれれ~? どっかで会ったかしら?
やばい、全然覚えてないぞ……。
「あ、僕のこと覚えてないですよね。ヴィーリア先生に師事しているカシュー・レンです。二年ほど前に、ダンジョン探索中にお見かけさせていただいたことがあります」
「ああ、ヴィーリアのとこの……」
なるほど、納得。
ヴィーリアは、世界でも片手で数えるくらいしか存在しないLランクの冒険者。そして、〝守護者〟という称号も持っている。その称号は、今までダンジョン探索中にメンバーを一人たりとも殉職させたことがないから与えられた称号でもある。
それだけ個人としての実績が高ければ、集まってくる人の数も普通の冒険者より多い。カシューくんみたいに「先生」と呼んで、弟子入りを志願する人が出るくらいにね。
前に聞いた時は……何人だっけ? 同行者含めて五十人くらいの規模でダンジョンアタックしてるんだったかな? 巷では〝ヴィーリア小隊〟なんて呼ばれているから、多くても五十人のはず。
それだけ人が多ければ、あたしがカシューくんのことを知らなくても仕方がない。ええ、仕方のないことなんです。
「ごめんね。ヴィーリアのとこ、人が多くて全員を覚えてるわけじゃなくて」
「いえ、そんな! 僕の方が一方的に知っていただけですので!」
おお……なんという気遣いの出来る子なんでしょう。とてもヴィーリアの弟子とは思えないわ。
「けど、どうしてここにイリアスさんがいらっしゃるんですか? 確か、今日はご自身のお店がオープンする日だったのでは?」
「あら、あたしのお店のこと知ってるの?」
「それはもう。ヴィーリア先生が仰ってましたから。今日だって、イリアスさんのお店に窺うために街に戻ってまして」
「ああ、来たわよ。ダンジョンの新階層が見つかったから一緒に行こうとかなんとか……あ、そうだ」
せっかくだし、カシューくんに聞いてもいいわね。