第五話 イリアスの閃き-02
「それで主さま、今度は何をやらかすおつもりですか?」
「やらかすて」
いや、別に今度は前回みたいに「魔道具を作る」なんて無茶なことは申しませんわよ。
「ちょっとね、昔の知り合いから欠損した手足の代用具になる義肢の素材になりそうなものを探して欲しいって頼めれて。理想としては、ミスリルよりも安くて軽くて固くて柔らかいものが良いって言われたんだけど」
「……なんですか、その嫌がらせのような発注は?」
やっぱ、誰が聞いてもそう思うんだなぁ。
「あたしもね、実際にそんな素材なんてあるわけない、って思ってるのよ」
「んー……価格を考えれば、確かにそうですね」
「だから、ないのなら作ればいいって思うの!」
「へー」
あ、なんなのその冷めた目は? なんか「まぁたコイツは無茶振りしてきやがって、まったく懲りてねぇな?」って考えがビシバシ伝わってくるんですけど?
いやでも、今のはあたしの言葉も足りなかったわね。
なので、さらに説明を付け足しておきましょう。
「安心して。未知の素材をゼロから作るって話じゃないから。あたしが考えたのは、量産できる安い素材に刻印詠唱を刻んで、固くしたり軽くしたりできない? って提案なの。どう?」
「あぁ、なるほど」
今の説明で、ヨルも理解してくれたかしら?
「つまり、従来の素材──鉄とか木材に強化の刻印詠唱を刻んで、強度を上げてしまえばいいと考えたわけですね?」
「そう! そのとおり!」
さすがヨル、すぐにあたしの考えを理解してくれた。
ヨルが言うように、あたしが閃いたアイデアは鉄とか木材に、強化や軽量の強化魔法を刻印詠唱で刻むことだ。そうすれば、木材なら固くなるし、鉄なら重さが気にならないほど軽くもできる。
そして何より、手軽に手に入る素材である。刻印詠唱を刻む手間はあるものの、ミスリルほど高くなることはない。
「主さまにしては、まともな発想かと思います」
「……さらっと毒づくわね、あんた」
「利点については、主さまもご理解されているようなので省きます。なので、わたくしが気づいた問題点を述べさせていただきます」
問題点? うーん、あたしとしては問題点があるようには思えないけど……まぁ、アイデアを閃いた立場だし、これでイケる! と思ってるから、気づいてないことがあるかもしれない。
「まず、素材を固くするにも軽くするにも、材質本来の性質は変わりません。木材なら燃えますし、鉄材なら錆びます」
「む……」
それはそうか。単に〝固くする〟〝軽くする〟しか強化してないわけだし。
「それを抑える魔法ってある?」
「あります。けど、その場合は両方の刻印詠唱を刻むことになります。一つにまとめることもできますが、まぁ難易度がちょっと上がりますね」
「むぅ……」
難易度が上がるのかぁ……魔導ランタンを作る時も散々苦労したけど、あっちとどのくらいの差があるんだろう?
いやでも、師匠のところで魔導ランタンの量産の折、巻き込まれて散々しごかれたし、製作使役の腕前ももっと上がってるはず。
できなくはない……かな?
「そして、木材と鉄材の両方に言える問題点なんですが、刻印詠唱を起動させるには、触れている必要があるということです」
「ん? どういうこと?」
「刻印詠唱は『呪文』ですよ。そこに魔力を流し込むことで発動します。魔導ランタンの場合は魔石がその代わりを務めていますが、義肢に魔石をはめ込むわけにはいかないでしょう? もし使うなら、素材はミスリルか、ミスリルを混ぜ込んだ合金になってしまいます。値段が跳ね上がりますよ?」
「値段が上がるなら……魔導ランタンみたいな仕組みはなしでいくしかないわね」
「となると、刻印詠唱を刻んだ素材に人体が触れ続ける必要があります。触れていない部分は、いくら刻印詠唱を刻んでいても本来の素材のままですから。それが意味するところは……おわかりですか?」
「……あー」
ヨルの言いたいことがわかった。
腕にしろ足にしろ、生物の体には関節がある。腕なら指、手首、肘、肩と、いくつかのパーツに分かれているのは、自分の体を見れば一目瞭然だ。
そして義肢は、失った部位の先を再現するもの。手首から先を失ったのなら、手のひらに五指のパーツ、肘から先なら前腕も含まれるわね。
そうなると、直に人体に触れているのは──肘から先なら──前腕の部位だけになってしまう。手首や指は別パーツとして組み合わせるからだ。
もちろん、そこまで精巧に再現しなくていいのかもしれない。でも、それでも何個かのパーツに分ける必要はあると思う。
そして、分けられたパーツは、人体に触れていない。
いくら刻印詠唱を刻んでいても、呪文の効果は発揮されないってことよね?
「組み合わせた素材なら大丈夫とか……?」
無理っぽいなぁと思いつつ聞いてみれば、案の定ヨルは首を横に振った。
「もしそれが可能なら、魔導ランタンの製作ももっと楽に行えていたでしょうね」
つまり、無理ってことだ!
「じゃあ、あたしのアイデアはボツ?」
「うーん……発想自体は素晴らしいと思います。それに、主さまが受けた依頼は、ミスリルよりも安くて軽くて固くて柔らかいもの──ですよね? 義肢の素材としては難ありですが、顧客の要望が〝完成された義肢〟でなく〝素材〟と言うのであれば、十分満たしているのでは?」
確かに、スイレンの要望は〝ミスリルよりも安くて軽くて固くて柔らかいも〟だけど、使用目的は義肢に使うことだ。
けど、刻印詠唱を刻んだ強化素材は義肢に使えない。
「言われた条件を満たしていても、顧客の使用目的にそぐわないならダメでしょ」
「ですよね」
わかってて聞くなんて、ヨルも人が悪い。人じゃないけど。
「刻印詠唱でイケると思ったんだけどなぁ~……」
「発想は凄く良かったと思います。刻印詠唱という習得したばかりの技術の、新たな可能性を示すアイデアだと、わたくしは思います」
「そう?」
「そうですよ。今回は技術と目的との不一致のため残念な結果となりましたが、例えば直接手に持つ武器や防具ならばどうでしょう? ただの鉄材がミスリルと同等の代物になりますよ」
あ、そっか。
魔導ランタンの仕組みを見ればわかるけど、刻印詠唱と魔石の位置は、離れていても途中で途切れていなければ発動する。
なら、柄にタングの一部が出るように加工したり、あるいは一枚板で作った盾などであれば、武具の強度は一気に跳ね上がる。ちなみにタングって言うのは、柄を取り付ける金属部分ことよ。わかるかしら?
でもまぁ、確かにこれは、刻印詠唱の新しい使い方かもしれない。
いや、むしろ正しい使い方かしら?
「でもまぁ、褒めてくれてありがと」
ただ、結果としては使い物にならないアイデアだったのが残念でならない。
刻印詠唱が無理となれば、正直言って、既存の素材の中でスイレンの要望に合う素材はないのよね。あったとしても、それはミスリルより高額の素材だ。
これはもう、お手上げかなぁ。
「ふっふっふ」
あたしが諦めムードに浸っていると、ヨルが何故か不敵な笑みを浮かべている。
「主さま、諦めるのはまだ早いですよ。不詳、このヨルムンガンド。主さまの悩みを解決するアイデアがございます」
「えっ、ホントに!?」
思いもよらないヨルの言葉に、あたしは正直驚いた。
まさか、この子の方からアイデアを出してくれるなんて!
「もしかして、刻印詠唱みたいに今では使われていない古代技術みたいなものが、まだあるの?」
「いえいえ、そんな目新しいものではございません。今でもしっかり使われている技術の流用ですよ。なので、わたくしの判断でお伝えしてもルティーヤーさまに怒られることはないかと」
そういえばこの子、あたしの指示よりもルティの顔色を伺うことが多いのよね。
契約を結んでるのはあたしなんだけど……まぁ、いっか。
「今でも使われてる技術って?」
技術ってことは、あたしでも使える──ってことよね?
うー……思い浮かばない。なんか悔しい。
「……いちおう聞くけど、口からでまかせってことはないわよね?」
「失敬な! ちゃんと顧客の要望に応えるアイデアですよ」
むぅ、ここまで言うなら本当なんでしょう。
でも……うーん、わからん。降参だ。
「なんなの、その技術って?」
「それは──」
ヨルから飛び出した言葉に、あたしは開いた口が塞がらなかった。