第三話 安くて軽くて固くて柔らかいもの-02
曰く、イリアス・フォルトナーは冒険者ギルドの陰の支配者である。
ギルドマスターですら場合によっては頭が上がらず、気分屋で自由人。人の言うことなんてちっとも聞きゃしない。その場のノリと思いつきでアレやコレやとやらかして、なまじ実力もあるもんだから、無茶を通して道理を引っ込ませる暴走猪みたいな危険人物。触るな危険。
「──と、ミュール先輩が言ってたもので……」
それでロアは、あたしの名前と顔を覚えていた上に要注意人物というタグを貼り付け、脳内人物一覧の名簿に書き込んでいたらしい。だから、少し警戒感をにじませた愛想笑いを浮かべてしまったようだ。
「はっはーん、なるほどねぇ。ミュールがねぇ~……」
あンのロリババアエルフめ……!
「あんにゃろ、どこ行った!」
「おおおお落ち着いてくださいイリアスさん!」
あたしの表情を見て何を思ったのか、ロアは受付のカウンターから身を乗り出してしがみついてきた。
「なりませぬ~、なりませぬ~っ! ここで暴れてはなりませぬーっ! 平に、平にご容赦くださいませぇ~っ!」
「なんでそんな、暗君を戒めようとする忠臣みたいな態度なのかな!?」
そもそも、いくらあたしだって施設内で暴れたりはしないわよ。……よっぽどのことがなければ。
「とっ、ともかくですね、ミュール先輩はイリアスさんのことを、ちょーっと悪く言ってたかもしれませんけど、それと同じくらい高い評価もしてますので! ですから、そのぅ……あまり怒らないであげてください」
「てか、あたしがミュールに怒れば、その情報源はどこだーってことになって、あなたにとばっちりがあるかもだしね」
「あっははは……」
まぁ、別にいいけどさ。
「てか真面目な話、ミュールは? いないの?」
「はい。ミュール先輩は親族に何かあったとかで休暇を取っています」
「親族に?」
確かミュールは、生粋のエルフよね?
エルフって確か、同種族なら皆家族、みたいに結束が強い種族じゃなかったかしら? それが「親族に何かあった」と言うのなら、下手すりゃエルフ全体で何かあったってことになりそうだけど……でも、不穏な話はあたしの耳にまで届いてないんだよね。
大事でなければいいけど、ちょっと心配だわ。
「もしかして、先輩に用事ですか?」
そんなあたしの心配を他所に、ロアはギルドの受付嬢の業務を全うしようと話しかけてきた。
「よろしければ言伝を預かりますけれど……」
「いや、伝言を頼むほどじゃないっていうか、ちょっと相談事があって──」
あたしが冒険者ギルドにやってきた理由──ミスリルより安くて、軽くて、固くて、柔らかい素材について、魔物の素材方面からなんかアテはないかなぁ的な話を振ってみれば、困ったような表情を浮かべられた。
「ええっと、なんだかヒドイ無茶振りをされた気がするのですが……?」
「ですよねー」
やっぱ誰が聞いてもスイレンの要望って無茶振りなのね。
「てかさ、ミスリルと同じような性質を持つ、魔物の素材って実際にある?」
「そうですね……ある一定の脅威となる魔物の骨は、ミスリルと遜色のない性質を兼ね備えております。ですが、価格の面を考慮しますと……さほど変わらない値段になってしまうでしょうね」
やっぱりそうなるわよね。
「そうなると、ダジョンに潜って魔物を狩り尽くすのが一番手っ取り早くて、元手が掛からないってことになるのかしら?」
「あの……ミスリルと同程度の性質を持つ魔物の骨となりますと、だいたいヴォイド・ケルベロスくらいの魔物になってしまいますが……?」
「ヴォイド・ケルベロスか……」
地獄の門番とか言われてる、三つ首の魔犬。地上階層なら、だいたい八〇階層くらいから、地下なら二五階層くらいに出てくる奴よね。
「……楽勝だな……」
「えっ!?」
ポツリとこぼしたあたしの独り言に、どうやら聞こえちゃったらしいロアが、妙な声を上げた。
「ん?」
「いえあの……ヴォイド・ケルベロスですよ? 何人くらいのパーティで討伐する予定なんですか?」
「ん? あたしはいつも一人だよ。単独冒険者だし」
「単独でダンジョンに潜っていらっしゃるのですか!?」
さらに驚かれたぞ?
「いや、あたしってば調教士だから、いつも聖獣が一緒ってだけ。厳密に一人ってわけじゃないわよ」
「それにしたって……なるほど、確かに実力は折り紙付きですね……」
なんだか妙な納得をされてしまったな?
だいたい、ヴォイド・ケルベロスでしょ? ヴォイド・ケルベロスだったら、義姉のヴィーリアだって単独で倒せるじゃん。
ヴィーリアにできることなら、同じ人間に出来ない道理はないでしょ。しかもあたしには聖獣がついてるんだし。
一人で納得してないで、ちゃんとあたしと会話のキャッチボールしようぜ!
「イリアス嬢?」
するとそこへ、別方向から呼びかけられた。
「ん?」
振り返ると、そこにいたのはなんとも懐かしい顔だった。
「あら、ハーキュリーじゃない。ご無沙汰ね」
ほんの二ヶ月……いや、三ヶ月前かな? 冒険者ギルドのギルドマスターからの依頼で、ダンジョン地下三十一階層で行方不明になっていた彼を助け出したことがあった。その際、面倒な化物の相手をすることになったのも、今ではいい思い出……いや、よくないわね。思い出にしたくない思い出だわ。今後、ああいう化物とは関わり合いになりたくないなぁ。
「イリアス嬢もお元気そうで。その説はお世話になりました」
そう言って、ハーキュリーが律儀に頭を下げてくる。堅苦しいなぁ。
「別に気にすることないわよ。ギルマスからの依頼だったわけだしね」
「それでも、あなたに助けられた事実は変わらない。改めて感謝を。それで少し気になったんだが……もしやあなたは、勇者アイン・フォルトナーのご息女なのか?」
「違うわよ」
「そ、そうなのか……?」
ハーキュリーは戸惑ってるけど、実際に違うし誤魔化してるわけでもない。
たまにそういうことを聞かれるけど、あたしはいつもきっぱり否定している。
「実子はヴィーリアの方。Lランク冒険者のヴィーリア・オルデマリー。知ってるでしょ? あたしは養女なの。血の繋がりはないからね」
「そ、そうか……知らなかったとはいえ、不躾な質問だった。申し訳ない」
「別にいいわよ。あんただって勇者になったわけだしね。先代勇者のことは気になるんでしょ?」
「いや……僕は勇者の称号を断ったよ」
「え?」
それはちょっと意外。勇者の称号っていうのは、冒険者にとってかなり名誉ある称号だと思ってた。
実際、その称号を公的に認められていれば──言い方は悪いけど──他の土地の冒険者ギルドでもかなり優遇されるし、チヤホヤされる。
もっとも、それだけもてはやされるわけだから、それに応じた義務や責任ってのも生じるわけだけど。
何より、ハーキュリーは先代の勇者に──まぁ、あたしの養父さんなんだけど──ずいぶんと敬意を抱いていたみたいだ。それこそ、冒険者としての立ち振舞の模範とするほどに。
だから、そんな養父さんと同じ称号なら、喜んで受けると思ってたんだけどな。
「勇者の称号を諦めたわけではないよ。ただ、僕には勇者の称号なんてまだ早いとわかったからさ。それに、僕よりもその称号に相応しい人もいるしね」
「へぇ、そんな人がいるんだ」
あたしとしては、ハーキュリーも十分に勇者の称号を背負える資質があると思ってる。
そんなハーキュリーをもってして、「自分より相応しい」と言わしめる冒険者がいることに感心しただけなんだけど……何故かフッと鼻で笑われた。バカにされたというよりも、呆れたような苦笑に近かった。
「何よ?」
「いや、別に」
「あのぉ~……」
するとそこに、今度はロアが話しかけてきた。
「ん? どうしたの?」
「いえ、そのぉ~……お二人の関係を詮索するつもりはないですが、積もる話があるのなら談話室の方へ移動していただければ幸いなのですが……」
ロアに言われて気がついた。見れば、あたしたちの後ろにちょっとした列が出来ている。
あたしとハーキュリーは「すいません」と頭を下げて、脇にそれた。