第三話 安くて軽くて固くて柔らかいもの-01
汚臭部屋への立ち入りは、幸いながら回避された!
どうやらスイレン自身も、防護服を着てない状態だと研究室内の臭いはかなりキツかったらしく、ドアを開けた瞬間に閉じた。
それでもあたしに見せたかったものは室内に置いてあったようで、意を決して飛び込む姿は、階層主の部屋に飛び込む冒険者のようだった。
てか、そんな決死の覚悟がいる時点で、再生魔法研究室はすでにヤバイ部屋になってんじゃないの?
ここ、医療施設なんだよね……衛生面で見て大丈夫?
そんなあたしの心配を他所に、部屋の中に飛び込んだスイレンが命からがら持ち帰って来たのは、人の腕を模した実寸サイズの模型だった。
「何これ?」
再生魔法研究室の隣にある控室で、そんな腕の模型を見せられたあたしは素直に首を捻った。
腕の模型──とは言うけれど、そこまで精巧なものじゃない。なんとな~く腕と同じくらいの太さがあって、五本の指っぽいものが付いており、それをなんかの動物か魔物の革で覆っているだけの代物。
お世辞にも、美術的価値があるとは言えないわね。
「これは義肢というものなのですよ」
「義肢?」
「簡単に言えば、失った手足の代わりとするもの……ですかね。腕ならば義手、足ならば義足と言うのですよ。こういう道具の開発も、我の再生魔法研究室で行っているのです」
スイレンが言うには、義手や義足などの義肢は、病気や怪我など、なんらかの理由で手足を失った人のために、外見や機能を補う目的で作られた人工の手足なのだそうな。
そのため、見た目は可能な限り本来の手足の姿に近づけ、〝掴む〟〝持つ〟〝歩く〟等の行動も、できる限り再現できる義肢の製作にも取り組んでいるとのこと。
「イリアス殿も医療ギルドの受付で見かけたやもしれませんが、ここを訪れる患者──特に入院するほどの重傷者は、部位欠損を負った者がほとんどなのですよ。それ以外の患者は、昨今の治癒魔法の進歩のお陰か、即日退院できますからな」
「まぁ、確かに病人よりも怪我人が多くいたわね。手足を失ってる人も……けっこういたわ」
「我が再生魔法の研究に取り掛かったのも、そういう重症患者を一人でも救いたいと思ったからなのです」
動機が如何にもスイレンらしいな。
「しかし……再生魔法の完成は今もって目処が立っておりませぬ。一方で、この街がダンジョンに挑む冒険者たちの活躍によって成り立つ以上、手足を失うほどの大怪我を負う方は毎日のように出てしまう」
「再生魔法の完成まで待ってられない──そういうことね?」
「然り」
あたしの言葉に、スイレンは大きく頷いた。
「我の研究室では、再生魔法と並列で義肢の開発にも取り掛かっておるのです」
確かに……失った手足を義肢で補うのは、広義の意味でも再生魔法なのかもしれないわね。
「ですが、こっちはこっちで難問がありましてなぁ」
スイレンの言う問題とは、ズバリ材質のことだった。
義肢は失われた手足の代わりになるもの。そこには手足の代わりとしての機能も求められるが、何より着用者は四六時中身につけることになる。
となると、あまりに重すぎてはダメだ。
かと言って、軽くしようにも今度は耐久性が落ちてしまう。
軽くて耐久性のあるものとなると、衝撃を受けた際に逃がすことができなくなる。となれば、衝撃を吸収できる柔らかいものがいい。
けど、柔らかいだけじゃ体重を支えられない。状況に応じて固さも必要になる。
そう考えると、人間の体って便利にできてるわよねぇ……うん、凄い。
そんな凄い材質である人体の代わりになりそうな素材といえば、ミスリル辺りがちょうど良さそう。
でもねぇ……ミスリルはむっちゃ高いわけですよ。
金に糸目をつけないほどの金持ちなら話は別だけど、手足を失うほどの大怪我を負う人が、全員金持ちなわけがない。そもそも、医療ギルドの治療は基本無料が原則だ。
ミスリルなんて使おうものなら、再生魔法研究室の予算──いや、医療ギルド全体の予算がいくらあっても足りなくなるからだ。
スイレンもその辺りは承知しているようで、「あまり高くなりすぎるのは困りますな」と言っている。
「ですので、理想は〝安くて軽くて固くて柔らかいもの〟なのですが……そういう素材に、何か心当たりはないですかな?」
「むちゃくちゃ言うわね、あんた……」
けど、スイレンの言うこともわかる。
義肢が失った手足の代わりになるものなら、本来の手足と同等──とまではいかなくとも、それに近い使い心地でなければ患者の負担になってしまう。
負担を強いる治療というのは、治癒術士にとって許容し難いものがあるんだろうなぁとは思う。
思うけど、スイレンの要望がむちゃくちゃ言ってるのも否定できない。
「〝安さ〟って条件を外せば、ミスリルが一番条件に合致してると思うけど……ちなみに、義肢って一部位でどのくらいの重さが許容範囲なの?」
「そうですな……腕は一本三キログラム、足なら九キログラムと言ったところが平均的な重さですかな。無論、男女の差や種族の差によって変わってきますぞ」
「腕一本で三キロか……」
それだと、ミスリルでもかなりスカスカの骨抜きにしないと厳しいわね。
「うーん、ちょっとすぐには思い浮かばないわね」
「左様ですか……」
スイレンが目に見えてがっくりしている。
そんな顔をされると、ここは商売人として、顧客の要望に是が非でも応じたくなるのよね。
「んー……わかった、しばらく時間を頂戴。いろいろツテを頼って、条件に合致しそうな素材を探してくるわ」
「なんと! 引き受けてくださるのですかな!?」
「あー、いちおう今はまだ、あんたの言う条件に合う素材があるかどうかを調べるだけだから。あたしが見つけてきた素材であんたが満足するなら、その時に改めて商談させて」
「おお、心得ましたぞ。お待ちしておりますからな!」
うーん、スイレンがむっちゃ期待した目でこっちを見てる……。
仕方ないなぁ。あたしも友達として、その期待に応えられるように頑張りますか。
■□■
なんか困ったことがあったら冒険者ギルドに向かってるなーって思うけど、雑貨店を開業する前は冒険者だったんだから、困ったら冒険者ギルドに向かうのは癖みたいなものだと思ってもらいたい。
そんな訳で、あたしはスイレンの要望に応えられる素材のヒントを求めて、冒険者ギルドにやってきた。
相変わらず賑わってるなぁ~……どこかの雑貨店とは大違いだね! あっはっは!
……切ない。
あまりにも切なくて気分がヤサグレそうだったので、さっさと担当官のミュールに話を……って思ったけど見当たらないわね?
「ちょっといいかしら?」
「はい……あら、イリアスさん?」
ちょうど空いてた受付の猫人女性に話しかけたら、意外にも名前を知られていて、ちょっと面食らってしまった。
「あれ? あたしのこと知ってるんだ」
冒険者ギルドの担当管は、顔は知ってても自分の担当冒険者以外の名前は知らないものなんだけどね。
「ええ、まぁ……イリアスさんは有名ですから」
「有名?」
「ミュール先輩がよく話題に出されるもので……あはは」
んん~? 何かな、その愛想笑いは。
「ええっと……ロア・ナルルさん? ちなみに、ミュールはあたしのことをなんて言ってるのかしら?」
「えっ? あ、えーっと……」
慌てて名札を手で隠しても、もう遅い。名前は覚えたわよ。
「ほらほら、正直に言ってごらんなさい? おねぇさん、ちょっとやそっとのことで怒ったりしないから。ん?」
「いやー……そのー……」
あたしが満面の笑みを浮かべて詰め寄れば、ロアは冷や汗をダラダラと流して白状した。