第二話 スイレン・ローアと再生魔法-02
休日なので2話更新です(8/2)。その2話目、女の子(笑)2人がキャッキャしてるのは間違いないお話です。
そういえば、スイレンと初めて出会った時もこんな感じだったわね。
あたしがまだ冒険者として駆け出しだった頃、仲間になってくれる聖獣を求めてルティと一緒に世界各地を転々としていた時、どっかの森の中で泥まみれのスイレンと出会ったんだっけ。
あまりにも汚れてたからゾンビやグールかと思って攻撃仕掛けそうになったんだけどギリギリで魔族だって気づき、綺麗な川側で今みたいに洗ってあげたんだったかな。
「それにしてもイリアス殿、同じ街に住んでいて随分とご無沙汰でしたな。かれこれ……五年ほどになりましょうか」
「あー、そんくらいになるのかしら? あんたは……相変わらずっぽいけど」
「そういうイリアス殿は……ふむ、そちらも相変わらずで?」
「どこ見てんのよ」
あたしの胸に注がれるスイレンの目ン玉に向かってお湯をぶっかけてやれば、鼻や口に入ったのか、予想以上に咳き込んで悶絶しやがった。口は災いの元とはよく言ったものよね。
「げほ……イリアス殿は相変わらず悪逆非道ですな……ゲッホゲホ」
「デリケートな話をぶっこんで来るからでしょ」
「別におっぱいの話はしてないですぞ?」
「てか、やっぱりあたしの胸を見てたのね?」
「……おお! 相変わらず見事な策士っぷり。おみそれしました」
「あんたが迂闊なだけじゃないかしら……」
ホント、治癒魔法のこと以外はてんで駄目ね。
でもまぁ、だからこそ昔と変わってないなぁって少し安心した。
「そういえばスイレン、あなた最近は再生魔法とか言うのを研究してるの?」
あたしの記憶が確かなら、以前は風邪とか腹痛とか、従来の治癒魔法じゃ治せない病気に効く魔法の開発をしていたように思う。
「左様ですぞ。以前の研究は完成の目処がついたので、後続に任せたのですよ。それで手が空いたので、次は再生魔法について研究しようかと」
「てか、再生魔法って何?」
あたしの記憶が正しければ、魔法は攻撃、治癒、強化、弱体の四系統。召喚魔法は大きく分けると攻撃魔法だ。たまに製作使役も──名称に〝マギア〟って付いてるから──魔法の一種に思われるけど、あれは魔力を使わない。もし魔法らしきものを使ってるとしたら属性精霊だし、属性精霊との契約はどちらかと言うと調教士の技能に近い。
なので、再生魔法というのは……うーん、あたしが記憶してる限りだと、聞いたこともないのよね。
「再生魔法は、我が研究している新しい魔法ですぞ」
「新しい魔法?」
反復するあたしの言葉に、スイレンは大きく頷いた。
「大分類に分ければ、時空魔法となるのでしょうな」
「いやその……時空魔法ってのも初耳なんですけど?」
「確かに耳慣れぬ魔法系統かと思いますが、イリアス殿は時空魔法を立派に利用しておるではないですか」
「あたしが? いや、そもそもあたし、魔法が使えないんだけど」
「契約している聖獣を喚び出す方法ですよ」
「あれは魔法じゃないわよ?」
いやまぁ、だったらどうやって喚び出してるんだ? って聞かれても困るけど。
確かに喚び出す時は、魔法陣が描かれるしそこから聖獣たちは出てくるわ。
でもね、使ってるあたしとしては、喚び出した時に魔力を消費してるって感覚がまったく無いの。
魔力を消費しないなら、それは魔法じゃない──って言うのが、〝魔法〟という現象に対する一般的な理解よ。
「調教士が聖獣を帯びだす現象も、魔法の一種だと思うのですがなぁ……あいにくと我は治癒魔法が専門。畑違い故、その辺りの話で突っ込んでくるのは勘弁して欲しいですぞ」
あたしの指摘はスイレンも承知済みだったようで、首をひねりつつも否定も肯定もしなかった。
「ともかく、イリアス殿は距離を問わずに聖獣たちを喚び出せるであろう? そういう、時間と空間を無視して事象を起こす力を、我は時空魔法と定義しているのですよ」
「再生魔法も、つまり大枠で見ると時間と空間を無視して事象を起こす魔法ってこと?」
なんとなく理解したことを投げかけてみれば、スイレンは「然り」と頷いた。
「再生魔法というのは、破損や欠損した部分を元のように再生させる魔法──と、我は定義しております」
「定義? ……ああ」
そうよね。再生魔法も時空魔法もスイレンにとってはまだ研究中の魔法だ。使える使えないは元より、実際にそんな魔法が発現可能かどうかも含めて研究中ってことなんでしょうね。
「いや、時空魔法も再生魔法も不可能ではないと思っておりますぞ」
あれ? てっきり理想を前提に「あったらいいな」とか、そういう気持ちで研究してるものだと思ったんだけど……スイレンは確固たる自信があるみたいね?
「イリアス殿の聖獣を喚び出す現象を時空魔法と定義すれば、再生魔法にもすでにその現象を再現しているものがあるのですよ」
「そうなの?」
「霊薬です」
霊薬──それは一般的には回復薬の最上位版と思われている。
あらゆる怪我や病気を癒やし、呪いの類も解除して、対象を万全の状態に戻す奇跡の薬。
「あ、そっか」
霊薬は、使った対象を万全の状態に戻す。それは、腕や足を失っていても再生させてしまうのだ。
まさにスイレンの言う再生魔法と同等の効果と言えるでしょう。
「つまりスイレンは、霊薬と同じ効果を発現させる魔法を作り出そうとしているってわけね」
「然り。実際に〝再生〟と呼べるような現象を引き起こす薬があるのです。治癒術士がポーションと同じ効果を魔法で発現できるなら、霊薬の効果とて魔法で発現できても不思議ではない──我はそう考えているのですよ」
なるほどねぇ……確かにそれが実現できれば、治癒魔法の革命と言えるでしょう。この世から、あらゆる怪我や病気が根絶されると言っても過言じゃない。
それはまた、随分と壮大なことを成し遂げようとしてるわね。
「でもさぁ、だったらあの研究室の悪臭はなんなの? いろんな薬品や魔物の素材を一緒くたに煮込んだような臭いだったじゃない」
「いやあ、あれは霊薬を作り出そうとした結果なのですよ。本来の素材は入手するのが難しいので、代替品を作ろうと思っておりまして……まぁ、失敗続きではありますが」
「えっ?」
霊薬を……作り出す?
自力で?
人工的に!?
「そんなことができるの!?」
「レシピは完成させましたぞ」
「嘘でしょ!?」
あたしは思わず湯船から立ち上がり、叫んでいた。
「ちょっ、イリアス殿! モロ見えですぞ!?」
「いやいやあんた、霊薬のレシピよ? そんなもんがあるなら、再生魔法とか研究してないで霊薬完成させなさいよ! 何やってんの!?」
「お、落ち着くですよ、イリアス殿。いくら女同士でも、全裸で詰め寄るのは如何なものかと!」
「いや、だってさぁ……」
霊薬だよ? あらゆる症状を根治させる万能薬だよ? それを人工的に作れるっていうのなら、世界をひっくり返すも牛耳るのも自由自在にできるじゃない。
これが慌てずにいられますか。あたしの裸で良ければ、いくらでも見せてあげるわよ。そんだけ価値があることなのよ!
「ま、まぁ、我とて霊薬の素材を全部揃えてくれると言うのであれば、この身を捧げてもいいと思いますが……はっきり言って、現実的な材料ではありませんぞ?」
「そうなの?」
スイレンの話によれば、霊薬の材料は全部で四つ。
一つ目は、始祖龍の生き血。
おっと、これは初っ端からぶっ込んできたわね。始祖龍なんて、あくまでも伝説じゃん? 神話にしか登場しない存在じゃないのよ。
まぁ、現実的に考えればダンジョンの外にいるドラゴン……それこそ、エンシェント・ドラゴンの血で代用できないかしら?
え? それでもギリギリ?
あ、そっすか……。
二つ目は、原初の砂粒。
これはちょっと聞いたことがないけど、スイレン曰く、この世界を創造した始祖龍が最初に誕生させた大地の砂のことらしい。
なんだそりゃ?
三つ目は、失楽園の結晶。
うん? それも聞いたことないぞ?
けど、スイレンが言うには、時間という流れの中、様々な選択をしてきた人類が選ばれなかった世界の記憶が結晶化したもの──ということらしい。
なるほどな? はい、わかってません。
そして最後は、理外の雫。
この世界には存在しない──それこそ異世界とも呼ぶべき、この世の理から外れたものならなんでもいいらしい。
最後の最後で、なんでそんな投げやりなの?
「……あんた、思いついたことを適当に言ってない?」
四つの素材の説明を受けたあたしが、真っ先に口に出た言葉がそんな呆れたセリフでも、決して怒られるものじゃないと思う。
「失敬な! 我は真面目に申しておりますぞ!」
怒られた。
てか、マジで言ってたんだ……。
「いや、あんたね? 始祖龍の生き血やら原初の……砂粒? あとなんだっけ? ともかく、どれもこれも現実的な素材どころか、あんたの考えた〝さいきょーのそざい〟じゃないの?」
「違いますぞ! ちゃんとこれには根拠があるのです! 過去、何度かこの世に登場した霊薬に関する資料をつぶさに精査し、確信に至った結論であります! まぁ、各素材の名称に関しては、もしかすると別称があるのかもしれませぬが……」
「えー……ホントにぃ?」
なんだか嘘くさい……けど、それを言ってるのがスイレンだからなぁ。案外、本当なのかもしれない。
こいつが研究し、そこから導き出した結果として『そう』だと言うのなら、割と確度の高い情報なのよね。そのくらい、あたしは研究者としてのスイレンの能力は信用してる。
だってこいつ、たぶんだけど〝復調〟を完成させたのよね?
〝復調〟は身体に与える悪い影響──毒とか麻痺とかを回復させる魔法なんだけど、それが世に広まり始めたのって、ここ二、三年の話なの。
その時は、そりゃ大騒ぎだったわよ。だってキュアポーションがいらなくなるんだもの。
それでいて、スレインが再生魔法の研究に取り組み始めたのは、風邪や腹痛といった体調に悪い影響を与える症状の回復魔法の開発に目処が立ったからって言ってたわよね?
つまり……そういうことでしょ。スイレンがその魔法を作ったってことよね。
だったら、そんな魔法を完成させたスイレンが言う霊薬の素材も、あながち間違ってないんじゃないかなぁって思う。
……それでもやっぱり、嘘っぽいけどさ。
「まぁ、イリアス殿が疑うのもわかりますぞ。我とて、そんな素材が簡単に入手できるとは思っておりませんからな。もしかするとダンジョンの何処かにあるやもしれませんが……それを期待するわけにもいきますまい。なので、既存の素材をかけ合わせ、各素材を擬似的に作り出そうとしているのです」
その結果が、あの研究室の悪臭騒ぎってわけね……なんとはた迷惑な。
「イリアス殿は冒険者でありましたな? それも、〝トレジャーハンター〟の称号を与えられるほどの。もしダンジョンで霊薬の素材を見つける幸運に恵まれましたら、是非とも我のところへお持ちくだされ。言い値で買い取らせていただきますぞ」
あらまぁ、それはなんとも太っ腹な。
でも──。
「残念だけど、あたしは冒険者を引退したのよ」
「おや、そうなのですか? では、今は何を?」
「今は雑貨店を営んでる」
「えっ? イリアス殿がお店を!? お、おぉ……それは驚天動地ですな……」
「ちょっと、それってどういう意味?」
「いやぁ、あまりにも似合わな……いだだだだっ!」
「なんか言った?」
「えっ、笑顔で人のおっぱいを握り潰そうとせんでくだされ!」
おっぱいを握り潰されるようなこと言うからでしょうが、まったく。
「し、しかし、イリアス殿が冒険者から商売人に転職したと言うのなら、本日は何用で我のところへ? てっきり、我の治癒魔法が必要な事態かと思っておったのですが……」
「あー、いや。自分の店を持った今、あちこちのギルドを回って営業してるのよ。で、医療ギルドの知り合いはあんたしかいなかったから、顔を出してみたの」
「おお、そういうことでしたか。我の医療ギルド内の立ち位置は、治療専門ではなく怪我や病気に関して、より有効な効果を模索する研究者の立場。必要な備品の仕入れに関しては、我の独自裁量でなんとでもなりますぞ」
「おっ」
これは……もしかして、期待できる?
スイレンは、性格はともかく医療ギルド内だとそれなりに高い地位にいるっぽいし、上手く商品取引の契約が結べれば大きな商談になるんじゃない?
「しかしですなぁ……再生魔法の研究は、まだ始めたばかり。求める素材は霊薬のものなのですが、それは如何にイリアス殿でも簡単ではありますまい。将来的には何かしらの素材や道具を定期的に購入させていただくことになりましょうが、今のところは──」
「そっかぁ……」
そもそも魔法の研究をしてるしね。
今はどうやら再生魔法の研究のため、同じ効果を示す霊薬を手に入れて分析したいっぽいけど、本来の魔法研究ってのは、元からある魔法をより効果的に効率よく使う方法を模索するもの。
その工程で、街の雑貨店から買えるような商品に用はないって言うのも……まぁ、わかる。
「……あ、いや、ありますな」
「え、なんか欲しいものあるの?」
「イリアス殿が商人と言うのであれば、少々相談したいことがありますぞ」
「おぉ……」
半ば諦めかけていただけに、スイレンのその言葉はちょっと嬉しい。裸でサービスした甲斐があるってもんだわ。
「現物を見てもらった方が早そうですな。研究室に来てくだされ」
そう言って、スイレンがザバーっと湯船から立ち上がった。
えぇ~……あの悪臭漂う部屋に戻るの?
まぁ、商売の話があるのは嬉しいけどさ……悪臭に見合うだけの話であることは、期待するわよ?