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第二話 スイレン・ローアと再生魔法-01

休日なので2話更新です(8/2)。その1話目、待望のお風呂回です。

 あたしにとって一番馴染みがあるのは冒険者ギルドだけど、あそこは以前、うちとの取引を持ちかけた際に、「すでに提携している業者がいる」とのことで、けんもほろろにお断りされた苦い経験がある。

 なので今回は冒険者ギルドじゃなくて……どこに行こうかな。やっぱ、知り合いがいると話も通しやすいと思うんだけど、冒険者ギルド以外で知り合いは少ないのよね。

 商業ギルドの場合は師匠がいるけど、他の──それこそ医療ギルドとなると、ほとんど接点がないので知り合いは……あ。


 いるわ、知り合い。

 いやいや忘れてた。

 そうよ、医療ギルドにも知り合いがいるじゃん、あたし。

 うわー、急に思い出した。こんなことがなければ、そうそう思い出さなかったかもしれない。元気にしてるかなぁ。


 うん、よし。


 これも何かの縁、あるいは天啓と思って、医療ギルドに向かってみますか!


■□■


「ええっと……」


 医療ギルドにやってきたはいいけど、ここはかなり大きい。五階建てで奥行きが五〇〇メートルほどもある建物が四つ、四角形を作るように組み合わさっている。確か、中庭もあるんだったかな?

 冒険者ギルドや商業ギルドなど、他のギルドに比べて格段に広い。

 なんでこんなに広いのかと言えば、ここは重症患者を受け入れる入院施設もあるからだ。二階の半分とさらに上の階全部が、そういう入院せざるを得ない重症患者の受け入れ先になっている。


 つまりここは、医療ギルドだけど病院としての機能も兼ね備えているってこと。

 街中の治療施設で手に負えない人たちが皆、ここに集められる。

 その他にも、さまざまな病気や薬毒の研究もここで行われている。だから、必然的に建物も大きくなっちゃうのよね。


 そんなバカでかい建物で、あたしは医療ギルドの知り合いが一人しかいない。

 確か、ギルド内ではそれなりの地位に就いてはいるものの、器用貧乏であっちこっちに駆り出されているはず。なので、どこにいるのかさっぱりわからない。

 ギルド内にいるとは思うんだけど……。


「すみませ~ん」


 どこにいるのかわからなければ、受付の総合案内所で聞けばいいわよね。


「こちらに地癒術士のスイレン・ローア氏が在籍していると思うのですが、今どちらにいらっしゃいますか?」

「スイレン先生ですか? 失礼ですが、面会のお約束はございますでしょうか?」

「いえ。近くに立ち寄ったものでご挨拶だけでもと思いまして。あ、わたくし、イリアス・フォルトナーと申します。先生とは旧知の仲でして」

「イリアス様ですね。確認を取りますので、少々お時間を頂戴してもよろしいでしょうか」

「はい、お願いします」


 まぁ、いきなり来ちゃったもんね。ちょっと待つのはしょうがない。

 待合室の椅子に腰掛けて、ふと周囲に目を向ける。


 さすが医療ギルドだけあって、怪我人の数が多い。


 何しろここは第三前線都市。ダンジョンに挑む冒険者を中心とした街だ。そのせいなのか、病気で体調を崩す人よりも骨が折れたの傷を負っただのといった怪我人の方が多い。

 まぁ、そういう怪我はポーションや地癒術士の魔法でも治せちゃうんだけど、治療魔法は使い手によって効果にバラつきがあるし、ポーションは効果こそ一律だけど、お金がかかる。


 けど、医療ギルドなら下手な治癒術士より安定した回復魔法で処置してもらえるし、何より治療代が無料という利点もある。

 ダンジョンの中で戦闘中や緊急時ならいざ知らず、医療ギルドやギルドに所属している地癒術士の治療院まで我慢できるなら、そっちを利用した方がお得なのだ。


 ちなみに、医療ギルドの治療費が無料なのは、ポーションの売上の一部が医療ギルドに分配されるからだ。その分配金のおかげで治療費は無料となっている。


(それにしても……)


 周囲を見渡すと、思ったよりも怪我人が多い。頭や腕、足に包帯を巻いてたりする人がかなり目立つ。まぁ、医療ギルドなんだから当然なんだけど。

 そんな怪我人の中でも、片腕や片足、あるいは両方を欠損している人も少なくなかった。


 なんだかなぁ……。


 みんな無理してダンジョンに潜ってるのね。手足を失ったら、もう取り戻せないって言うのに。

 そりゃ、行きたくなくても行かざるを得ない事情を持つ人もいるんでしょうけど、それでも手足を失うような大きな代償を支払ってまでダンジョンに潜る心理が、あたしにはちょっとわからないなぁ……。


「イリアス様、イリアス・フォルトナー様」


 あたしがぼんやりとダンジョンの無情さとそれに挑む冒険者の無謀さを考えていると、受付嬢の呼ぶ声で現実に引き戻された。


「はいはい」

「大変お待たせ致しました。スイレン先生は三号棟の一階にございます再生魔法研究室におります。こちらの入館証を付けてお入りください」


 再生魔法研究室?

 医療ギルドには病気や怪我の治療のため、新しい魔法の開発や研究が行われているのは知ってるけど……再生魔法とはねぇ。


 相変わらず無理っぽいことを研究してるのね。

 けど、あいつは昔からそうだった。それで形にしちゃった魔法や薬もいくつかあって、無理と一方的に決めつけることもできない。


 割と優秀な奴なのよ、ホントに。

 そうこうしてると、受付で教えてもらった再生魔法研究室までたどり着いた。


「お邪魔しまー……って、くっさ! 何これ!?」


 ノックしてドアを開けた瞬間、形容し難い悪臭が襲ってきた。

 鼻を抓んでも目が痛い。目も開けていられずに閉じれば、肌がチリチリする。ダンジョンの汚毒部屋でもここまでひどくないわよ!


「お~、イリアス殿。受付から連絡があった時はまさかと思いましたが、これはご無沙汰ですなぁ」


 そんな部屋の中からあたしにのんきな声で話しかけてきたのは、魔物の革で作られた防護服で全身を覆った人物だった。

 てかおまえ、スイレンで間違いないな!?


「ご無沙汰じゃないわよ! あんた、これ……ちょっ、とにかく換気しなさい、換気! ああ、駄目。それじゃおっつかない。ほら、浄化の魔法! あんた使えるでしょ!?」

「魔法を使うと薬品や素材が少なからず変質してしまうので、研究室で使うのはご法度ですぞ。イリアス殿はド素人ですからご存じないかと思いますが、はっはっは」

「だったらあたしをこんなとこに呼ぶんじゃないわよ」

「勝手に来たのはイリアス殿でございましょう」


「防護服を着るような場所に、外から来た人間を普通に通すのはヤバイって思って頂戴、お願いだから!」

「いやいや、この防護服は臭いを遮るためで室内に有害なものはないですぞ。ご安心くだされ」

「防護服を着ないと防げない臭いって時点で、十分ヤバイわ! 何より、あんた自身もめっちゃ臭いわよ!」

「イリアス殿……乙女に向かって『臭い』はひどいですな?」

「ああもう、いいからほら! 入院患者もいる医療ギルドなんだから、浴室くらいあるでしょ。さっさと入ってきなさい!」


 ホントにもう、こいつの研究以外がおざなりなところ、全然変わってないわね。


■□■


 スイレン・ローアは魔族である。


 世の中の人々が〝魔族〟という字面を見て、どういうものを想像するのかは一概に言えない。けど、スイレンに関しては典型的な魔族と言えるでしょう。


 濃紺の肌色に金色の目、灰色に近い髪色と側頭部から生えている巻角。

 その外見だけを見れば、お伽噺に出てくる悪魔っぽくはある。けれど、別に人類抹殺を叫びだしたり、世界の敵を標榜していたりするわけじゃない。


 それこそ、そんなものは創作されたお伽噺の中にしか存在しない。

 そもそもスイレンたち魔族の〝魔〟とは、邪悪とか悪鬼を指すものではなく、魔法の〝魔〟のことだ。元々はマギア族って呼ばれてたしね。


 ちなみに、〝マギア〟って言うのは、古代語で〝魔法〟のことを指す言葉。

 つまり魔族とは、〝魔法の扱いに長けた種族〟っていう意味なのよ。何しろ現代で使われている魔法の基礎理論は、すべて魔族が確立したと言われているほどなんだから。


 そういう意味でも、スイレンは典型的な魔族だ。


 彼女は地癒術士であるけれど、冒険者じゃない。治癒魔法の腕前は超が付くほどの腕前だけど、所属ギルドも医療ギルド一本にしぼり、治癒魔法の研究に没頭している。

 その卓越した治癒魔法は死者蘇生の域にまで手が届くのではないか? と、周囲の期待は計り知れない。


 逆の言い方をすれば。


 スイレンは治癒魔法という一点にのみ特化したダメ人間だ。本人は〝普通〟を公言しているけど、研究に没頭すれば寝食を忘れ、身だしなみにも気を配らず、下手すりゃ家事スキルはまったくないかもしれない。


 今だって、頭や体を洗うのもあたしがやってるくらいだからね。


「なんであたしは医療ギルドの浴室で裸になって、スイレンの頭洗ってんのかしらね……?」

「いやあ、イリアス殿の介護は最高ですなぁ。あ、角の周りがちょっと痒いです」

「あんた、いっそマスタースライムの中に叩き込んでやろうか?」

「そ、それは勘弁願いたいですな……」


 いやでも、いいアイデアかもしれないわね。汚れと臭いだけを食べてもらえるし。

 ついでに、魔法の技術も身長も、何もかも一割引で出てくることになるかもしれないけどね。


「はい、終わり」

「いやはや、面目ない」


 ざぱーん、とお湯で汚れと泡を洗い流し、あたしたちは揃って湯船に浸かった。

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