第二話 閑古鳥は鳴かずとも-02
「ともかくですね、冒険者ギルドの職員としては、やはりイリアスさんはダンジョンに潜ってトレジャーハントを続けて欲しいと思うわけですよ。先日、新たな階層も発見されたわけですし、そこで秘宝を見つけてきていただきたいところです」
「ああ、そうらしいわね。てか、ヴィーリアやゴッシュ、ルティアスとかが、うちの店にわざわざ出向いて勧誘だけして帰ってったんだけど? もはや冒険者じゃないあたしを誘うって、冒険者ギルドの教育ってどうなってるのさ」
「それだけ頼られてるってことじゃないですか」
「てか、あいつらあたしを利用するつもりでしょ。そのくせ、買い物もしないで帰っていきやがったわ」
「それが答えじゃないですか?」
「というと?」
「今、お名前が上がったお三方、そろいもそろって上位ランクの冒険者ですよ。ヴィーリアさんなんて、Lクラスの冒険者じゃないですか」
冒険者ギルドのランク分けをざっくり説明すると、全部で五段階になっている。
まずは見習い。冒険者ギルドに登録したての子ね。そこから定期的に一年仕事をこなすか、目覚ましい活躍をするとCランクになる。
で、Cランクになって仕事を定期的に三年くらいこなすか、これまた目覚ましい活躍をすればBランク。Bランクから五年仕事を続けるか、目覚ましい活躍をすればAランクになるってわけ。もちろん、それぞれのランクに適した仕事を定期的にこなさなきゃダメよ。
活躍しなくても年数を重ねれば自然とランクアップするのはヌルい、と思うかもしれないけど、逆を言えば定期的に仕事をこなすのが難しい、とも言える。
当然のことながら、ランクアップすればそれだけ仕事の内容も難しくなる。
冒険者の〝難しい〟っていう仕事は、命を落とす危険度が増すって意味もある。
ちゃんと統計取ったわけじゃないけど、千人の見習いがAランクまで上り詰める率っていうのは、一パーセントあるかないかってとこじゃないかしら?
そして最後に残るLランクっていうのは、まるっきりの別次元。全世界でも片手で数えるくらいしかいないかもしれない。
最低条件としてAランクまで上り詰めるのはもちろん、そこから類い希な業績を残した者だけが与えられる名誉称号の意味合いもあるのよ。
ちなみにLランクの〝L〟はLegendのLね。
「そんな方々が、イリアスさんのお店で買い物せずに帰っていったってことは、イリアスさんのお店にめぼしいものがないってことでしょう? それで冒険者向けのお店っていわれましても、説得力ないですよ」
「うぐぅ……!」
痛い、痛い。ものっすごく痛いとこを突かれた!
「やはりですね、ここは素直に冒険者に戻られたら如何です?」
「めんどくさーい。また新米から始めろっての?」
「ライセンスは残してありますよ?」
「え?」
思いも寄らなかった話に、あたしは素で驚きの声をあげた。
「なんで?」
「なんで……って、称号持ちの冒険者を、本人が『辞めます』って言ったからって簡単に除籍するわけないじゃないですか。ギルドカードの返納もしてないでしょう?
称号は、ギルドのランクに関係なく贈られる。いわば勲章みたいなもの。
うーん、確かに勲章をもらった騎士が「騎士団辞めます」とか言い出しても、すぐに手放したりはしないわよね。
「というわけでして、イリアスさん。どうやら既にご存じのようですが、ダンジョンに新階層が発見されました。探索依頼、受けません?」
「や~よ。自分の店のことがあるし、そもそもダンジョンで見つけた財宝は──」
ふと、閃いた。
冒険者として、ダンジョンに潜って得た財宝は自分のものになる。そして、手に入れた財宝はギルドに買い取ってもらって日々を生きる金子にする。
けど、あたしは自分のお店を持っている。
財宝を手に入れたら、自分のお店で売れば中抜きされずに丸儲けになるんじゃないかしら!
「言っときますけど、ダンジョンで手に入れた財宝をネコババしようとしたら罪に問われますからね?」
「えっ!?」
まるでこちらの考えを読み取ったかのようなことを言い出すミュールに、あたしは驚きの声を上げた。そもそも、ネコババしたら罪に問われるって話にも驚いた。
「あのですね、ダンジョンは対外的に冒険者ギルドの管理地になってるんです」
「そうなの?」
「ダンジョン周辺および前線都市近隣の地域が、どこの国にも属さない中立地帯なのはご存じですよね?」
「ええ、まぁ」
「かといって、ダンジョンを放置するわけにもいかないのは、わかりますよね?」
「ええ」
ダンジョンには財宝が眠っており、莫大な利益を生む金の卵である。
けど、ダンジョンは危険極まりない魔物やら何やらも生み出している。加えて、そんな魔物がダンジョンから地上に溢れる現象も度々発生する。
迷宮狂宴ってヤツだ。
それが今から十五年ほど前にも発生していた。
その被害はかなりの広範囲におよび、一部の前線都市は突破されて隣接国にも相応の被害が出たらしい。
そこでちょっと考えてほしい。
もし、ダンジョンがどこかの一国で統治・管理していた場合、他国にまで被害が及んでしまったらどうなるか?
答えは単純明快、被害の補償をしなけりゃならなくなる。
その補償っていうのも、単にお金払って「ごめんね」って言えば済む話じゃない。政治の話にまで膨らんで、国際的に厳しい立場になっちゃうんでしょうね。あたしは政治家じゃないんでよくわからないけど。
そういうわけで、ダンジョン周辺および前線都市近隣の地域はどこの国にも属さない中立地帯となり、かといって誰も統治しない無法地帯にするわけにもいかず、冒険者ギルドだけじゃなくて商業ギルドとか、もろもろ含めたギルドがダンジョンおよび周辺地域の統制を取っている。
「で、肝心のダンジョンは武闘派組織である冒険者ギルドが管理してるってわけです」
「あー……つまり、ダンジョンで発見された財宝は冒険者ギルドの所有物ってこと?」
「対外的には、その通りです。ものすご~く雑な言い方をしますと、落とした財布を届けてもらったら、一割を謝礼として渡すマナーがあるでしょ? 冒険者ギルドの依頼と報酬は、つまりそういうやり取りと同じってことですよ」
冒険者ギルドの場合は、そのマナーが〝依頼〟という形になっていて、〝報酬〟という扱いになってるわけか。
なんともわかりやすい説明ね。
わかりやすいけどさぁ~……。
「何それ聞いてな~い!」
「まぁ、数百年前に制定された制度ですからね。今の冒険者たちが知らなくても無理はないかもしれません」
ただ、ダンジョンの財宝をネコババしたら罪になるって制度を知らなくても、そもそも冒険者がダンジョンで得た財宝を換金できる組織は冒険者ギルドしかない。
なので、世の冒険者たちはネコババすることなく冒険者ギルドに届けてるってことみたいね。
「それに、届けられた財宝は武具や薬品の素材にもなりますから、商人ギルドに卸してるんです。なので、イリアスさんが勝手に財宝の売買を始めちゃったら冒険者ギルドだけじゃなく、商人ギルドからも白い目で見られるかもしれませんよ」
うぐぐ……敵を増やすのはヤだなぁ……。
「で、でもさ、ダンジョンで見つかるのは財宝だけじゃないよね? 武具の類いも発見されることあるでしょ? それは全部、見つけた人がそのまま使ってるじゃない」
「武具に関しては実用品ですし、冒険者の安全性を高めるものですから、ギルドで保管しておくよりも実際に使っていただいた方がいい、という判断です」
ぐぬ~……思ったよりもちゃんとダンジョンって管理されてたのね。各種ギルドも単なる寄り合い組織じゃないみたい。
あたしとしても、せっかく危険な冒険者を引退して、商売を興して安定した生活を老後まで続けたいと思ってるのだ。後ろに手が回るようなことに手を染めたくはない。
となると……財宝を売るのは、やっぱやめといた方がよさそうね。
「良い考えだと思ったんだけど……ん、待てよ……?」
「はい?」
「財宝は必ず冒険者ギルドに渡さなきゃいけないのよね?」
「ですよ。そういう話だったでしょう?」
「でも、武具は自分のものにしていい……と」
「ええ……えっ!?」
「ちょっとダンジョン行ってくる!」
「ちょっ、ちょっとイリアスさん! 何を企んでるんですか!?」
何を? 決まってるじゃない。商売になりそうなことよ!
せっかく閃いたこの商機、逃してなるものですか!