side:ハーキュリー-01
本日2回目の更新です。
明日も祝日なので二回更新になります。
実に不思議な人だ。
それが、イリアス嬢に対して僕が率直に抱いた印象だった。
そんな風に僕が思ったのは、彼女の態度が関係しているかもしれない。
実に自然なのだ。気負った雰囲気などかけらも感じない。
それがどれだけ奇異なことか、よく考えてほしい。
ここはダンジョン──それも地上階層より難易度が高いと言われる地下階層の三十一階層だ。
僕のようなAランク冒険者でも、ここに挑むときはそれ相応に身構えてしまうものなのに。
なのにイリアス嬢は、まるで馴染みの商店街を散歩しているかのように気負ったところがない。自然体だった。実際にどうなのかは別としても、そういう風に見える。
彼女はいったい、どういう人なんだろう。
こんな場所に一人で、それもギルドからの要請で僕の救助に来るということは、かなりの実力者であることは間違いない。
もしかして、Lランクの冒険者?
いやでも、Lランクの冒険者は世界でも片手で数えるくらいしかいないはずだ。そこに、〝イリアス〟という名の冒険者はいない。
そもそも僕は、今まで一度も彼女の名前を聞いたことがなかった。
彼女は本当に、何者なんだ……?
「あ、そうだ」
僕がイリアス嬢の正体に思いを馳せていると、当の本人から声をかけられた。
「ハーキュリーは剣術士って聞いてるんだけど、武器は? 見たところ、何も持ってないようだけど」
「ああ……あのバケモノに襲われた際に壊されてしまってね。盾も……まぁ、一緒に」
「あー、あたしを守ってくれたときに壊されちゃってたわね……」
その時のことを思い出して、イリアス嬢は納得してくれた。
「そういうことなら……」
そう言うと、イリアス嬢は契約している聖獣の……マスタースライムだったかな? それを再び喚び出し、剣と盾を取り出した。
「ずっと前にダンジョンのどっかで拾ったものだけど、よかったら使って」
「ああ、それはありがた、い……」
渡された剣と盾を手にして、すぐにわかった。
これは、かなりの業物だ。使ってる素材からして、ただの金属ではない。
「これ……もしかして、アダマンタイトの……?」
思わず口を割ってこぼれた僕の呟きが聞こえたのか、イリアス嬢はマスタースライムを帰還させながら「ええ、そうよ」と、こともなげに頷いた。
「再利用できないかなって思って取っておいたんだけど、そもそもアダマンタイトは加工するには最上級精霊との契約が必要らしくって。あの子たち、使役するだけでも相応の対価を取るから面倒でさ。そのまま放置しておいたものだから、好きに使っていいわよ」
「か、加工……? いや、そもそもアダマンタイト製の武具はそれだけで貴重なもので──」
「剣術士が武器も防具もなくて、あのバケモノの相手ができる? 行方不明の仲間を探したいって言い出したのはあんたなんだから、武器くらい持って戦う準備くらいしないとね。どんな貴重なものでも、命には変えられないでしょ」
「……そ、そうだね。すまない」
なかなか辛辣な意見だが、彼女の言うことはもっともだ。
仲間を助けると決めたのは僕だ。なのに武器も防具もなく、見たこともないようなバケモノが徘徊する地下三十一階層を動き回ろうとしていたなんて、自殺行為も甚だしい。
「それで、行方不明の仲間を探す手立てはあるの?」
「ん? ギルドカードがあるだろう?」
「……ん?」
「いやだから、ギルドカードでだいたいの居場所は把握できるじゃないか」
「え、そうなの?」
イリアス嬢は「初めて聞いた」とばかりに驚いている。
むしろ、僕の方がびっくりだ。
「ギルドカードにはパーティを組んだ仲間の居場所を知らせる機能がついてるじゃないか。知らないのか?」
「ごめん……知らなかった」
知らなかったって、そんなことがあり得るものなんだろうか?
「イリアス嬢、あなたは本当に冒険者なんだよな……?」
「違うわよ。あたしは自分の店を持つ商人なの」
「えっ!?」
商人? 冒険者じゃなくて商人だって!? 商人が、ダンジョンの地下階層三十一階まで一人で来られるわけないじゃないか。
「や、その、今は商人だけど、少し前までは冒険者だったのよ。その頃は単独探索で潜ってたから、パーティを組む機会もそんなになくて、ギルドカードにそういう便利機能がついてるなんて考えたこともなかったのよね……」
僕が困惑した表情を浮かべていたからだろうか、イリアス嬢はそんなセリフで言い訳……もとい、補足した。
「僕も固定パーティを組まない単独冒険者だけど……知ってたよ?」
「そんなことはいいから、ギルドカードで居場所がわかるなら早く仲間の居場所を調べてよ」
なんだか話をはぐらかされた気分だけど、彼女の言うことももっともだ。ここに魔獣とは違うバケモノが棲息している以上、再び遭遇する前に仲間を見つけ、脱出した方がいいに決まっている。
僕はギルドカードを取り出した。
表面には自分の名前やランクが記されている。仲間の居場所を探知できるのは、裏面の方だ。
カードをひっくり返し、仲間の居場所をサーチすると──。
「えっ!?」
表示された位置情報に、僕は驚きの声を上げた。
ギルドカードに表示された仲間の位置。自分を中心に、どのくらい離れた場所にいるのかを大雑把に表示されるだけで高低差とかはわからないけれど、距離だけはかなり正確に測定することができる。
その距離は、五メートル。
いくらここが〝暗闇の階層〟と呼ばれる場所でも、さすがに五メートルの距離なら見えるはずだ。
なのに、見えない。どこにもいない。
どういうことだと僕が困惑していると──。
「うおっ!?」
突然イリアス嬢に突き飛ばされて、たたらを踏んだ。
いったいなんのつもり──と、文句を言う暇もなかった。
僕が直前まで立っていた地面から、強襲を仕掛けられた。幸いにしてランタンを飛ばされただけで手痛い傷を負うこともなかった。イリアス嬢に突き飛ばされていなければ危なかった。
「ごめん、ランタンが……」
「いや、大丈夫」
ここは地下三十一階層。暗闇の階層と呼ばれるくらい明かりはアテにならない。そもそも、この階層に挑もうと言うのなら、明かりがない場所でも十全に立ち回れることが大前提になる。
だから、明かりを失ったことはそこまでの痛手じゃない。
それよりも、僕が度肝を抜かれたのは、地中から強襲してきた相手のことだ。
「コルテオ! エルティナ!」
その姿は、紛れもなく僕が探していた仲間の二人、双剣士のコルテオと治癒術士のエルティナだった。
「二人とも……」
無事だったのか──そう言葉を続けようとして、飲み込んだ。
無事だった?
バカな。
いきなり地面から這い出てきたんだぞ。
そんな異常な行動を見て、誰が無事だったと思うものか。
なんてことだ……ああ、まったくなんていうことだ!
この二人はもうすでに──。
「ヴォイド・デーモンになってるわね」
イリアス嬢が、二人の様子を見て断言する。
やはり……そうか。僕自身も、二人の様子を見て同じ結論に至っている。
ヴォイド・デーモンは素体のヴォイドが聖獣を模した魔獣にならず、ダンジョン内で命を落とした冒険者に取り憑き、肉体を奪うことで誕生する。
その際、本来であれば肉体を生成するエネルギーを残すことになり、死体を使っているため、より強力になる。
つまり、取り憑いた死体の基礎能力によるが、魔獣よりも強力な存在に成り果ててしまうこともあるのだ。
そして、コルテオとエルティナの二人はBランク冒険者で、Aランク目前まで実力を伸ばしていた。
ヴォイド・デーモンになったことで、その力はヴォイド・グリフォンに匹敵する驚異となっているはずだ。
「わかってると思うけど、二人はもう死んでいるわよ。助けられない。ここで倒すしかないわ」
「承知している。あなたは下がっていてくれ」
「大丈夫?」
「……無論。僕がやらなくちゃいけないことだ」
そう……これは僕がやらなければならないことなんだ。
たとえ今回限りの仲間とはいえ、パーティを組んでいた仲間が命を落とし、さらにはヴォイド・デーモンに成り果てたというのなら、せめてこの手で引導を渡してやらねばならない。