第八話 魔石とミスリル-02
「店長、そろそろ休憩されては……あら?」
あたしが頭を抱えていると、工房のドアを開いてやってきたのは、一人でお昼の食堂を切り盛りしていたルティだった。
「あなた、ヨルムンガンドかしら? ずいぶんと可愛らしい格好で出てきたわね」
「こっ、これはルティーヤーさま! ごっ、ご無沙汰しております……」
ルティに話しかけられて、ヨルがカチコチに緊張した様子で直角九〇度のお辞儀をしてみせた。もし尻尾がついてたら、驚いた猫みたいにピーンと張ってたかもしれない。
そんなカチコチのヨルにヒラヒラと手を振って、ルティは改めてあたしに目を向けた。
「店長、魔導具を作り出して売り出すとか豪語されてましたよね? まさかヨルムンガンドに作らせるつもりなんですか?」
「違うわよ! ちゃんと自分で作るつもりだったわよ! でもさぁ~……」
あたしはヨルから聞かされた魔石や魔導具の仕組みについて、愚痴混じりに話すことにした。もちろん、ちゃんと自分で全部作るつもりだったことを力説するのも忘れない。ヨルはあくまでも素材の提供協力者なのだ。
ところが、あたしの愚痴を聞いたルティはあからさまに呆れたような表情を浮かべた。
「全然、ダメダメじゃないですか……私、その辺りの問題点はクリア済みなのかと思ってましたよ」
「うっ、うっさいわね!」
あたしだって、まさかこんな問題が出てくるとは思ってなかったわよ。
はぁ~……道理で世の中に魔導具を売り出してるお店がないわけだ。素材が高いとか以前に、作ること自体が人には無理なんじゃない。
せっかくダンジョンにまで出向いてサンプルを取ってきたっていうのに……お店の目玉商品、別なのを考えなくちゃだわ。
「まったく……仕方ないですね」
あたしが落ち込んでいると、それを見ていたルティがやれやれと言わんばかりにため息をついた。
「少しだけ、私がアイデアを出してあげますよ」
「え?」
「おっ、お待ち下さい、ルティーヤーさま!」
ルティからの意外な申し出に、あたしよりもヨルの反応の方が大きかった。
「いっ、いくらなんでもルティーヤーさま御自ら叡智をお授けになるのは、過剰な恩恵でございます!」
「別に新たな法則を生み出すわけじゃありません。人の手でも魔導具が作れる仕組みを教えるだけです。別に新しいことをするわけでもないわ」
「しかし……」
「いいから、あなたは黙ってなさい」
ルティにぴしゃりと言い渡されて、ヨルはすっかり黙ってしまった。
ええっと……いったい何をどうするつもり?
「早い話、魔石の中に魔法効果を封じる術がないのが問題なんですよね? でしたら、外部に魔法を設置すればいいんですよ」
「は?」
外部に? 魔法を……設置!?
「ごめん……意味がよくわかんないんだけど……?」
「店長は魔法が使えないから、ちょっとわかりづらいですか。いいですか? 魔法というのは分解すると三つの要素から成り立っているのです。魔力、呪文、術者です」
「……あ」
ルティがそこまで話して、ヨルにはピンッと来たのか、声をあげた。
「装具に呪文を刻んでおく……ということでしょうか?」
「そういうこと」
「畏れながらルティーヤーさま、それは……可能なのでございますか? 魔石は純魔力の結晶でございます。そこに呪文を送って魔法を発動させれば、一回の使用で魔力は消費してしまいます。魔石も消えてしまうのでは?」
「そうならないために、ミスリルを使うの」
「あ……ああっ!」
「え、なになに? どういうこと?」
なんだかヨルはルティの話で解決策が閃いたみたいだけど、あたしの方はまださっぱりわかってないんですけど?
「魔法が使えない店長でも知ってるでしょうけど、魔道士は魔法を一発しか撃てないわけじゃないですよね?」
そのくらいのことは知っている。当たり前のことを言うルティに、あたしは「そりゃそうよ」と頷いた。
「でも、それっておかしいと思いませんか? 先ほどヨルムンガンドが言ったように、魔石みたいな純魔力の結晶に魔法効果を直接流し込めば、一回の使用で魔力を消耗し、消えちゃうんです。それなら、体内に残存する魔力を使う魔法だって、一回の使用で魔力が枯渇しなくちゃつじつまが合いません」
「あー……確かに」
「けど、実際にはそうなっていない。何故か? それは、生命には使用する魔力の量を調整する制御機能が先天的に備わっているからです」
「制御機能?」
「そうです。例えば、人の魔力総量を一〇〇としましょう。その場合、一回の魔法行使で消費する魔力は一から一〇といった具合です。何故そんな制御機能が備わっているのかと言えば、それ以上は肉体にかかる負荷で自滅しちゃうからなんですね」
「え、そうなの?」
「そうなんです。生命には基本的に防衛本能というものがありまして、身の危険や精神的な負担を本能的に回避するんです。魔法の場合、体内の魔力を一気に消費するような真似をすれば命に関わりますからね。消費する魔力を無意識のうちに、それこそ本能で制御してるんですよ」
なるほどなー……だから魔道士は、自分の魔法で怪我を負ったりしないのか。あんな業火とか竜巻とか出してる魔道士が怪我ひとつしないのには、そういう理由があったからなのね。
「そんな魔法の仕組みについて理解できたところで、ポイントになるのはミスリルです」
おっと、ここでミスリルっすか。あたしが魔導具製作の最初に「他の素材でいいや」と切って捨てた素材ですよ。
でも……なんで?
「店長も知ってるでしょうけど、ミスリルは金属生命体です。生命体ということは……?」
「……あ! もしかして、ミスリルにも魔力の量を調整する制御機能が備わってるってこと!?」
「正解です」
なんということでしょう! ということは、ミスリルを使えば問題解決? 魔石をミスリルにくっつけて、指輪でも作れば魔導具ができちゃう!?
……あ、いや待てよ。
「ねぇ、呪文って長い? あまり長いと、例えば指輪で作った場合、全文を書き込めないんじゃないかしら?」
「呪文と言っても、その形式は三つあるんですよ」
「三つ?」
「文言詠唱、動作詠唱、そして刻印詠唱です。例えば──」
ルティは手の平をかざし、そして一言「光あれ」と唱えた。
すると、その手の平に光球が出現し、室内を明るく照らした。
「今のが文言詠唱です。呪文と言えばこれですね。で、次は動作詠唱」
いったん光球を消したルティは、手を開き、握り、指を何本か動かした。すると、先ほどと同じような光球が出現する。
「動作詠唱は文字通り動きが呪文の代わりになるものです。言葉を喋れない魔物とか聖獣が使う魔法は、だいたいこれですね。そして最後に──」
紙とペンを手に取ったルティが、サラサラサラ~っと文字のような記号のようなものを書いて手に持つと、なんの変哲もない紙が光輝いた。
「今、私が紙に書いたのが刻印詠唱です。ここで言う〝刻印〟とは、〝呪文として意味のある形〟を意味します。だから文字の連なりでもいいですし、記号でもいいんです。その刻印が刻まれたものに魔力を流し込めば、魔法が発動します」
「あっ、あのルティーヤーさま!」
とそこへ、ヨルが口幅ったく声をあげた。
「今の世で、刻印詠唱は忘れ去られた技術になっているようなのですが……復活させてよろしいのですか?」
「え、そうなの? まぁ……一度使えてた技術だもの、問題ないんじゃないかしら?」
「我々が一種族に過剰な肩入れをするのはどうかと……いえ、ルティーヤーさまのご判断であるのなら、問題ありませんけれども」
「じゃあ、いいじゃない」
いいらしい。
ということは……?
「文言詠唱だと長ったらしい呪文でも、刻印詠唱にすれば短くなって……指輪にも十分呪文を刻める?」
「そういうことです」
「おおっ!」
それなら、これで問題解決じゃない!
素材はミスリルでないとダメだから割高になっちゃうけど、製作するのに技術的な問題点はすべてクリアしたってことでいいのよね!?
「これで魔導具が作れるわ! ありがとう、ルティ! さすがね!」
「はぁ、まぁ、この程度のことであれば……お役に立てて何よりです」
「それじゃ早速、魔導具に刻む刻印詠唱を教えて!」
「え、嫌ですよ。面倒臭い」
バッサリ切って返されて、思わずズッコケそうになった。
「ちょっとーっ! そこでいきなり梯子を外さないでよ!」
「そんなことを言われても……だいたい、魔導具製作は店長の仕事でしょう? ご自身でなんとかしてください」
「あたし、魔法のことなんてわからないわよ」
何より、刻印詠唱なんて話も初耳だったくらいだし。何をどう刻印すればどんな魔法が発動するのかも、さっぱりわからない。
「それならヨルムンガンド、あなたが指導してあげなさい」
「ええっ!?」
ルティに名指しで指定されて、ヨルが心底嫌そうで迷惑そうな声をあげた。
「わたくしが……で、ございますか? わたくしはただ、魔石の調達をお願いされただけでございまして……」
「どうせあなた、地の底で惰眠を貪ってるだけでしょう? たまには人の世に関わってみるのもいいものですよ。それとも……私の言うことが聞けないと?」
「誠心誠意、務めさせていただきます!」
なんだろう、今、もの凄く遠慮会釈のない圧力行為を目の当たりにした気がする。
ま、まぁ、あとでちゃんとフォローしておこう。最初は嫌々でも、最終的に「やってよかった!」って思ってもらえれば大丈夫よね!
「それじゃ早速、人工魔導具の製作に取りかかりましょう!」
「ダメです」
って、またルティの横やりが……!
「店長、今日ダンジョンから帰ってきて、その後、ずっと作業してるじゃないですか。もう日も暮れて、私の食堂も店終いしてるんですよ。そろそろ休んでください」
言われてみれば、確かに窓の外は真っ暗になっていた。あれ? 明かりっていつ点けたっけ?
「んじゃあ、今日はこのくらいにしときますか」
「食事の準備もできてますよ。と言っても店の残り物ですが……ヨルムンガンド、あなたも食べていきなさい」
そんなルティの一言に、ヨルはさぞや意外だったのか「えっ、よろしいのですか!?」と何故かテンション駄々上がりになっていた。
けれどあたしは知っている。あんた、隙あらば帰ろうとしてたでしょ。
人工魔導具が完成するまで帰さないからね?