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第三幕 予定も情報も参考までに

事前準備は無駄ではない。だからこそ、無駄になった時の心の準備もしておくべし

 ゴミ拾いに勤しんだ週末を終え、翌月曜日。中間考査が近い明日香達は半ドン授業を軽くあしらった後、勉強するという建前の元ファミレスに集まっていた。

「はじめまして、明日香の友人の七熊沙和と言います。ずっとお会いしたいと思っていたのですが、都合が合わずご挨拶が遅れてしまい申し訳ありませんでした。お二人の話は明日香から伺っております。随分とお世話になっているようで、今後とも明日香と仲良くしてやって下さい」

 ほぼ昨日と同じメンツの中で、福朗に代わって頭を下げているのは明日香の親友沙和である。仰々しい沙和の挨拶を前に、猫宮と高月はポカンと口を開けていた。

 一向に頭を上げない沙和の隣では、明日香がなにも言わずにニコニコしている。変に仲を取り持つよりも、そのままの沙和を理解してもらった方が早いという考えからだ。

 福朗は福朗でクセがあり、猫宮は猫宮で気難しく、高月は高月として内向的で、沙和は沙和なりに独特だ。明日香も明日香で少し人見知りな面があるけれど、そんな人達に囲まれていると、自分はキャラが薄いんじゃないかと思う時がある。それはそれで緩衝材となる場合もあるが、そんな一時しのぎでは本当に仲良くなんてなれないだろう。だから明日香は黙っている。どんなに曲者であろうとも、自分の大好きな人達なら仲良くなれると信じて。

 明日香が笑顔で見守り続ける中、最初に動いたのは猫宮だった。元より沙和は二人が反応するまで頭を上げるつもりはなかったし、高月は明日香以上の人見知りが発動していて動けない。当然と言えば当然の成り行きである。

 猫宮は開いていた口を閉じて頬杖をつき、まるで品定めするかのように数瞬沙和を眺める。そして一通りの観察が終わった後、背もたれに寄り掛かって腕を組んだ。

「ふ~ん、七熊沙和さん、ね。目上に対する礼儀は弁えてるようだけど、堅っ苦し過ぎて肩の凝る挨拶ね。でもま、初対面の明日香よりマシだわ。七十点ってトコかしら」

 さすがは気難しいと名高い猫宮だ。礼儀云々を語るなら、年下だろうと初対面で採点する自分はどうなんだ。と、そんな事を思いつつ、沙和はおずおずと頭を上げる。

「七十点、ですか……それは、合格なんでしょうか?」

 顔を上げた沙和の目には、どう見ても猫宮がふんぞり返っているようにしか思えない。適度に人付き合いの良い沙和は、多くの人と会話ができてなにかと情報が集まる事も多いが、深い人間関係は苦手としている。いくら明日香の評価が高いとは言え、猫宮と仲良くするのは荷が重いかもしれない。

 沙和が心の中で明日香に謝罪し始め、いよいよ冷や汗が出そうになっていた時、

「ああ、ごめんごめん。合否なんてつけるつもりはサラサラないのよ。話は聞いてるんでしょ? あたしは猫宮日向。こんな性格だけど、それでも良ければよろしく頼むわ」

 と、不意に笑顔に変わった猫宮が言った。先程のねめつけるような態度からは想像できない無邪気な表情に、沙和は目を瞬かせる。

「どうしてそんな、わざわざ悪印象を与えかねない事を……」

「え? だって、その娘の顔に書いてあるんだもの」

 猫宮が顎で示すのは隣の明日香だ。横に座っていて今まで気付かなかったが、この時点でようやく沙和も認識した。確かに書いてあるようだ、『うまくやって下さい』、と。

 途端に力が抜けた沙和は、伸ばしていた背筋を丸めながら大きな溜息を吐く。

「なるほど、そういう事でしたか。明日香の事をよく理解しておられるようでなによりです。てっきり噂以上に気難しい人なのかと思い焦りましたよ」

「悪かったってば。あたしもこんな風に改まって友人を紹介されるなんて初めてだし、その相手がガッチガチの保護者みたいな挨拶をするんだもの。コッチもそれっぽく返した方がいいかと思ったのよ」

 目の前で悪戯な笑みを浮かべる猫宮を見て、沙和は改めて情報や噂の信憑性がいかに大切かを痛感した。特に人と成りの情報については、今後簡単には信用すまいと肝に命じておく。数値データがあるならまだしも、やはり人伝の他人の情報なんてアテにしてはいけない。妬みや嫉み、怒りや卑下の主観補正がかかるし、或いは羨望や崇拝などの場合もある。前者が主に、かねてからの気難しいという情報の元なのだろう。そして後者は、明日香から事前に聞いていた情報に類する。どちらかと言えば当然明日香の情報を信用していたが、猫宮の初手によって悪い方を真だと思ってしまった。情報を扱う者、とまでは言わないまでも、情報をそれなりに持つと自負する者としては、情報に踊らされた事が酷く恥ずかしい。猫宮が明日香の言う通りの人物であったのは幸いであるものの、沙和としてはなんだか複雑な心境だ。

「あ~~っと、やっぱり気を悪くしちゃった?」

 沙和が情報の信頼性に関して悶々としていると、猫宮のバツの悪そうな声が聞こえてきた。そうだ、今はそんな場合ではない。反省なら帰ってからすればいいのだから、現状は本物の猫宮と相対さなければ。できるだけ愛想のいい笑顔を浮かべ、沙和は返答する。

「いいえ、とんでもない。コチラこそ下らない噂に囚われていたようで申し訳ありませんでした。猫宮さんの方こそ気を悪くしないで頂けると助かるんですが……」

「別に構いやしないわよ、自分の事はわかってるつもりだしね。どんな噂かは知らないけど、それはそれでたぶん本当だし」

「そう……なんですか……」

 悪い噂でもあっさりと認めた猫宮に、沙和は少し驚いた。今沙和が抱く猫宮の印象は、明日香の語る良い印象とほぼ同じだ。それなのに、悪い噂もまた本当であるらしい。という事は――

「あたしには八方美人なんて無理なのよ。合わないヤツは合わないんだから、別に嫌われてようがどうだっていいわ」

 つまりはそういう事なのである。気難しい印象も、明日香の語る印象も、どちらもその人にとっては真なのだ。人には表裏があるとよく言うが、本当はもっと複雑なので、二面だけでは到底表せない。相手によって、気分によって、あらゆる側面を持つのが人間なのである。あの人は良い人だと紹介したところで、向かわせた人間を相手が嫌えばあえなく袖にされるだろう。これでは人に関する情報に、信憑性なんて言葉は当てはまりそうもない。どれもが一面の真実であるのだとすれば、参考として扱うのが一番妥当だ。それに結局のところ――

「それで? 七熊さんはあたしの性格に耐えられるクチなのかしら?」

 コレが沙和に対する猫宮なのである。これ以上情報なんかについて考えるよりも、自分の目に映った猫宮を信じればいい。誰がどのように表現しようとも、沙和にとっての猫宮と交流すればいいだけなのだから。

「耐える必要なんてありませんよ。猫宮さんのように好き嫌いのハッキリしたタイプの人は、表面を取り繕っているだけの人よりよほど好感が持てますから」

「そ、なら良かったわ」

「ボクとしてはむしろ、猫宮さんに嫌われてないかが心配ですよ」

「なに言ってんのよ。話を聞いてたのはあたし達も同じなの。そもそも仲良くなれそうにないなら明日香だって会わせないだろうし、あたしだって遠慮するわ。明日香が自信を持って紹介するんだから、あたしが貴女を嫌う理由なんてどこにもないじゃない」

 事前情報なら猫宮にも与えられていた。だが、猫宮が信じたのは情報ではなく明日香自身。明日香が大丈夫と言うのなら、仲良くなれると言うのなら、妙な先入観などは差し置いて、始めからそれだけを信じていれば良かったのだ。自分の方が長い付き合いだというのにそんな事もできなかったとは、沙和は増々恥ずかしくなるばかりだ。しかしそういう割には、猫宮の方が試すような口ぶりが多かった気もする。

「ならば始めから、普通に挨拶して下さればいいものを。実は猫宮さんも不安だったのでは?」

「あら、言ってくれるじゃないの。なに? 調子出て来た?」

 猫宮がニヤリと笑ったので、沙和も爽やかに笑い返した。

 猫宮が言っていたように、ココに雁首揃えた時点でいずれは明日香の望む形になるのだろう。ならば早い方がいい。牽制の時間はもう終わりにして、臆さず構えず当たればいい。

「かもしれませんね。ボクの方こそこんな性格ですが、それでもよろしければ、明日香共々仲良くして下さればと思います」

「ん。よろしくね、七熊さん」

 こうして無事、明日香の望む通り沙和と猫宮の交流が始まった。たとえ自分が居なくとも、どこかでこの二人が出会っていれば同じ結果になったのだろう。それでも今は自分が引き合わせたとして、明日香には少し誇らしく思えた。ニコニコ具合も割増しになるというものだ。緊張が消えた二人の会話は弾み、どうやら今は『猫宮気難しい説』の出所を話しているらしい。沙和が情報の発信源について語るのは珍しい事だが、猫宮なら話しても問題ない、と信頼しているからこそなのだろう。

 沙和と猫宮が打ち解けた事に大満足した明日香は、ふと隣の方に視線を送る。するとそこには、未だ人見知り中の高月が固い面持ちで二人の会話を追っていた。明日香の視線に気付いたのか、高月は上目遣いで見つめ返してくる。まるで『ごめんね』、と言っているようだ。

 沙和と猫宮の相性について心配していなかった明日香だが、それは高月についても同様である。高月は内向的なので積極的に話さないけれど、全く話せないという程ではない。主張を通す気概はないものの、主張する気力は持ち合わせている。沙和だって返答を急かしたり回答を迫るような性格ではないのだから、昼食を終える頃には仲良くなっている事だろう。

 明日香は静かに首を振り、『良いんですよ』、と返した。そこへちょうど注文していたメニューが届き始め、各々の前に料理が並んでいく。クリームとチーズが香り立つグラタンを見つめながら、明日香は食べ終わったらなんの話をしようかとウキウキ気分でスプーンを手に取った。

 建前とはあくまでも表面上の方針である為、決して嘘というわけではない。されど表面上であるが故に、中身が伴っているかはその時次第となる。特段勉強会なんて呼ばれるものは、中身との相違が大きいというが世の常だ。建前としてはハリボテ中のハリボテで、ペランペランの薄皮でしかない。たとえ中身が見通せても、割と丈夫に作られたオブラートの方がまだマシだろう。

 つまりはなにが言いたいかと言うと、テスト前だと言うのにこの四人組には全く勉強する気がない。という事に尽きる。


 ↓その頃事務所では↓


「お~い、福朗く~ん。一通り見終わったよ~」

「あ、終わりました? ありがとうございます(みどり)さん。思ったより時間かかったみたいですみませんでしたね」

「なにその言い方、あたしの仕事が遅いっての?」

「いんや、そんなつもりはないんですが……」

「あっはは、冗談よ、ジョ~ダン。それに時間がかかったのは本当だしね。ザッと見るだけならもっと早く終わったんだけど、あたしだってプログラマーの端くれだからさ、興味が出てきてついつい深読みしちゃったわ~」

 頭を掻く福朗の前でカラカラと笑うのは、風間(かざま)碧という女性である。某有名企業に勤めており、その道ではそこそこ名のあるプログラマーだ。しかしそんな事は福朗の知るところではないので、プログラムに詳しい知り合い、という程度の認識しか持っていない。

「連絡した俺が言うのもなんですけど、こんな平日の日中に来て会社とか大丈夫なんですか?」

「問題ないわよ。プログラマーなんてパソコン一つあればどこでも仕事できるし、あたしゃシングルマザーだからけっこう優遇されてんの。ノルマさえ熟してりゃ、どこに居ようとあたしの勝手、ってね」

「そういうもんですか。でも、それはそれで大変でしょう」

「まぁね。家に居るといろいろやる事が目についちゃってさぁ~あ。掃除しなきゃ~~とか、洗濯もん溜まってんなぁ~~とか。あれ? コレ賞味期限切れてんじゃん? とかね」

「そこだけ聞くと、なんかだらしない主婦みたいですね」

「お黙り。気楽な独り身の君に言われたくないよ~だ。これでも精一杯やっての。知ってんでしょ?」

「まぁ、そうですね。息子さんはお元気ですか?」

 福朗と碧が知り合ったのは、以前一人息子についての依頼を受けた事がきっかけだった。

人を育てるとはとても難しい事だ。息子と言えど自分とは違う人間であり、ましてや性別まで異なるとなれば一層難易度が上昇する。早くに旦那を亡くした碧としては、年々成長していくにつれ思うところがあるだろうに、なにも言わない息子が理解できなくて苦しみ、悩んでいた。そんな折、偶然知り合った福朗がしゃしゃり出てきた、というのが経緯である。

 福朗はその頃、ちょうど『何でも屋』が軌道に乗り始め、福朗自身もノリにノッていた。なので依頼という表現は少し違うかもしれない。あれはどちらかと言えば、余計なお世話の部類に入るのだろう。

 だとしても、風間家の雰囲気が落ち着くところに落ち着いたのは事実。初めこそ鬱陶しいお節介な男だと感じていたが、碧は今でも福朗に感謝している。その福朗が珍しく頼って来たとあれば、訪問する足とて重くはならなかった。

 『息子は元気か?』。その問いに対して、碧は自分の言葉にひたすら相槌だけを打つ息子を思い浮かべる。依然口数の少ない息子ではあるが、それでも関係はとても良好だ。無表情に頷く顔が頭を過って、碧は思わず吹き出しそうになった。

「もちろん元気よ。旦那に似ちゃってぜ~んぜん喋ってくれないけどね」

「それが普段の彼なんですよ。なにかあるならちゃんと口に出しますってば。それに友達として優秀なのが近くに居るんでしょうから、学校でも上手くやってますよ」

「わ~かってるわよ。あの子達は優秀な友達、とは言い辛い時もあるけど、確かに友達としてはとっても優秀だからね。良い縁に恵まれたようで嬉しいし、心配しなくて済むからいいんだけどさ、息子を取られちゃったみたいで少し妬けちゃうのよね~」

「男ってのはそういうもんですよ、今は特にね。そりゃ友達とつるむ方が楽しいんでしょう」

「ん~ん。基本家に居て、一人でゲームばっかしてるわ」

「え? ああ、最近はオンラインゲームが多いですからね」

「ん~ん。オンラインはやってるけど、あの子達とは別みたい」

「へ? じゃあ、息子を取ったのはゲームの方なのでは?」

「ち~っがうのよ! わかってないっ! わかってないわ~福朗君!」

 つい今しがたまで笑顔だった碧は、突然事務机をバンバン叩きながら怒り出してしまった。『違う』と言って怒っているので福朗のコメントが気に障ったわけではないようだが、ならばなにに対して怒っているのか。女性の癇癪とは恐いものだ、と福朗はまたも頭を掻く。

「学校が終われば寄り道せずに早く帰って来てくれるのよ。外に出る時も、大抵は自分の欲しい物を一人で買いに行ってるみたい。でも、でもよ⁉ あたしの意見よりあの子達の意見を参考にするっていうかなんていうかあぁ~~っもうっ‼ 釈然としないぃ~~~!」

 叫びを上げる碧は、福朗以上に強く頭を掻きむしり始めてしまった。普段は気風の良い仕事のできる女性なのだが、息子の事となるとこんなにもなるのか。まぁ、以前の消沈して悩みを抱え込んでいた時と比べれば、こうやって吐き出した方がよほど健康的だろう。

「あたしは母親だぞ! あたしの方がずぅ~っと一緒に居るんだから、あたしの言う事聞けってのよっ‼」

 拳を思い切り机に叩きつけ、碧はそう締め括った。人の親ではない福朗に気持ちがわかるとは言えないが、ある程度の予測ならできる。要は手塩にかけて育てた相手が、ポッと出の人間に沿っているのが気に食わないのだろう。狭量と言ってしまえばそれまでだが、親の欲目とはこういう事を言うのかもしれない。福朗はふぅと一息ついて、碧の震えが納まるまで逆恨みされている件の友人について考える事にした。

 『優秀な友達』とは、勉強ができたりスポーツができたりなんかして、その友達自体が優秀である事を意味する。では、『友達として優秀』とはどういう意味なのか?

 調べれば『友達』という言葉には一応の定義があるものの、その解釈は人によって様々だ。一度話せば友達か、一緒に遊べば友達か、秘密を打ち明ければ友達か。線引きは人それぞれなので、自分は友達だと思っていても相手はそう思っていない、なんて事はザラにある。その逆もまた然り。

 福朗が思うに、『友達』とは比較的ストレスなく感覚を共有できる者同士を言う。趣味が合うから遊び、食べ物の嗜好が合うから食事をする。だが、一緒にすごせば同じところばかりではなく、自分とは異なるところにも目がいってしまうものだ。それでも相手を認め、共に笑い、共に泣く。時にはケンカもするだろうけど、主張のぶつかり合いとは違う見方をすれば、相手に理解して欲しいという気持ちの表れなのである。そして相手の感覚が掴めれば、自ずと間隔も掴めるようになってくるもの。ずっと一緒に居なくとも、一緒に居て違和感がないという事が大事なのだ。

 碧の息子を例にとれば、彼の特性を尊重して無理に連れ回す事なく、それでいてなにかあればいつでも手を貸せるような距離感を保ち、かと言って遠巻きにするのではなく日々何気ない事で親睦を深めつつ、時には嫌な顔されようとも注意や忠告ができる。と言ったところだろうか。その上で、本当に困った時は力づくでも側に居て、共に解決策を探してくれる。それが福朗にとっての『友達として優秀』という意味である。

 依頼においては福朗もそれなりに尽力したつもりではあるし、碧の子育てに関する気負いはいくらか晴らせたのではと思っている。しかし、息子の方を変えたのは、間違いなくその『友達として優秀』な者達だろう。福朗は顔も知らないし、彼か彼女かも知らないけれど、その者達の存在があればこそ、今の風間家があるのだと認識している。

 そんな福朗から見れば、血の繋がりによって確固たる定義のある、『親子』という関係を笠に着る碧は、その点息子との距離を強引に詰め過ぎているのではと感じてしまう。息子の全てを思い通りにしたいと本当に思っているわけではないのだろうが、優先的な指針でありたい、と願ってしまうのが親心というものなのだろう。

 そうそう指針と言えば、今日碧を呼び寄せたのは、『指神』について調査してもらうというのが名目だった。ソレを思い出してそろそろ本題に入りたい福朗は、まだギリギリと拳を握る碧に声を掛けようとした。すると、

「ちょっと福朗君⁉ 話聞いてるっ⁉」

 と、納まりのつかない矛先を向けられてしまった。会社ではおそらく黙々とパソコンに向かい、家では息子が話し相手になってくれない。そんな碧は会話に飢え、ここぞとばかりに愚痴をぶちまけるつもりなのだ。これは長くなりそうだぞ、と福朗としては溜息の漏れる所存。

「あっ、なにそのメンドクサそうな顔! ちょっとくらい話聞いてくれたっていいじゃんか!」

「いやいや、そんな顔してませんて。呼び付けたのは俺ですからね、話くらいいくらでも聞きますよ。とりあえずコーヒーでも淹れて来ますんで、ちょっと待ってて下さい」

「うむ、わかった。良きにはからえ」

 話を聞くと言った途端、碧は嬉しそうな笑顔に戻った。一つ大きな伸びをして椅子から立ち上がると、鼻歌交じりにソファの方へ移動し始める。

 福朗も福朗で給湯室へ向かい、マグカップを二つ取り出した。マダムの愚痴にはもう慣れっこだし、最近は明日香が引き受けて……いや、半ば押し付けているので随分と気が楽になっていたのだが、まさか碧の愚痴まで聞く事になろうとは。まぁここは、『指神』を見てもらったお礼という事で付き合うしかないのだろう。

 福朗は棚からインスタントコーヒーを取り出し、やかんに水を入れてコンロに置く。そしてコンロに火を点けつつ思うのは、予定とは違うなぁ、という事だった。

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