ポップ・ストーリー
クラスの誰も知らなかったけど、夏野さんはとびきりポップなガールだった。
中学1年の春、遠足のバスの中で、ぼくは彼女のポップさをみつけた。
バスの席順はくじで決まり、ぼくは夏野さんの隣の席になった。このクラスで1か月くらい経つけど、ぼくは夏野さんと話したことがなかった。というより、クラスでひとりだけ県外の小学校からやってきた彼女は、あまりみんなと話さなかった。夏野さんは、その整い過ぎた見た目から、クールなガールだと思われていた。
きっかけは、干し柿だった。
ぼくが、バスの中で干し柿を袋から取り出し、もしゃもしゃと食べていると、隣に座っている夏野さんが興味を示した。
夏野さんは耳に付けていたイヤホンを外すと、ぼくに話しかけてきた。
「ねぇ、それなに?」
ぼくは、初めて夏野さんに話しかけられたので、少し緊張した。
だけど、なるべくそれがバレないように、「干し柿だよ。干した柿 。うまいんだ」と、クールに答えた。
「こんなしわくれたのが美味しいわけないじゃん」
干し柿をまじまじと見つめながら、彼女はそう言った。
「子どもにはわからんさ」
当時のぼくはハードボイルドな男に憧れていたので、いま思い出すと恥ずかしい限りだが、なるべく低い声でそう答えた。
「佐藤くんだって子どもじゃん。ひとつもらうね」
彼女はそう言うと、ぼくが返事をする前に、ムササビのようなすばやさでぼくが抱えていた袋から干し柿をひとつ奪い取った。
「ちょっと!勝手にとるなよ」
とっさの出来事には全然クールに対応できないぼくは、まだまだ子どもだった。
彼女は、むしゃっと干し柿にかじりついた。そして、しばらくもぐもぐと咀嚼した後、ごくりと飲み込んだ。
少しの間、沈黙が流れる。
まずかったのだろうか。ぼくが少し気まずく感じていると、彼女はパッと笑顔をかがやかせた。
「うまい!干し柿、うまいよ!!」
彼女はそう言うと、むしゃむしゃと干し柿を食べ尽くした。
ぼくは、初めて見た彼女の笑顔にどきどきしていた。夏野さんって、笑うとこんなに可愛いんだ。
干し柿がきっかけで、ぼくは夏野さんとバスの移動中、ずっとたわいのない話をしていた。夏野さんもほんとはクラスのみんなと仲良くなりたかったけど、話すきっかけが無かったからおとなしくしてたみたいだ。
その日から、彼女はクラスのみんなと仲良く話すようになった。
そして、彼女はよく笑うようになった。
笑顔の彼女はとびきりポップなガールだった。
夏が始まる頃には、男子も女子もみんな彼女に夢中になった。
クラスの中心で微笑む彼女。
ぼくはクラスの端っこで、ポップな彼女をみつめてる。
だけど、それでいいんだ。
彼女は今でも、僕とすれ違う時、「干し柿くん」と言って笑ってくれるから。