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7 対決

 指定された場所は、來山の友人が殺害された公園の広場だった。意図して選んだかそれとも偶然が、数日前まで來山と座ったばかりのベンチがある場所だった。いずれにしろ堂々と呼び出されて腹立たしく思いながら誰もいない広場に入ると、奥で斬風がコートにポケットを入れながら佇んでいた。

 いつもの暗そうな表情が夜の公園の街灯にぼんやりと陽炎のように照らされ、さながら幽霊のようだ。結垣が広場に踏み入れると、斬風の細い目と焦点があった。


「あんたこんなところに呼び出して何の用」

「結垣無理やり残業させてにすまんな。俺も絶賛残業中だ。もっとも中間管理職は残業代出ないから厳しくてな」

「残業って殺しの?」


 いつもの砕けた会話をぶった切り、結垣の言葉のナイフで本題に突入した。

 自分のペースを崩されていきなり出鼻をくじかれた斬風は小さく鼻息を鳴らすと、鼻から白い息が漏れ出した。もぞもぞとコートに入れた手を動かしながら、のっそりと猫背の姿勢を保ちながら結垣に近づいていく。


「色々勘違いしているようだ。上司と部下の情報共有はきちんとしておかないと。俺はあの時」

「それ以上近づくな。左手を手袋ごと出して、來山さんが殺された現場にガラス片が落ちていた。その中に手袋であたしが手を切って飛び散った血液が付着しているはずよ。それと今検査しているものとガラス片や血液が一致したら……あんたはおしまい」


 結垣がペットボトルを拳銃のように握りしめて、口先を斬風に向けた。向こうも結垣の能力を重々知っている以上、この動作が何を意味するか理解している。


「結垣、忠告しておく。どんな組織でも上の命令は絶対だ。表にいるサラリーマンも、裏にいる俺らもそこらへんは変わらない。だからそれを下ろせ」


 だが結垣は下ろさない。

 言い訳をしない、ほぼ認めていると同意義じゃない。ここで下ろす馬鹿がどこにいるのよ、いるならぜひここに連れてお会いしたいわね。


 蓋の白いつなぎ目が千切れかけるところまできりきりとペットボトルのキャップを開封ギリギリまで指を動かし、発射寸前は秒読み段階だ。


「結垣なんでもかんでも首を突っ込めばいいってもんじゃないぞ」


 ビュウッ!!

 斬風の左手が空中で手刀を切る。左手から投げ出された細かな破片が夜の街灯に照らされながら宙を舞うと、風がどこからともなく吹きあがる。ビュオーーウ!!と突風で空気が乱れながら、小さな破片が結垣に襲い掛かる。


 風自体には力はないことはわかっている。だからこっちもそれ用の対策を出しているの!

 手にしていたペットボトルを真上に向けながら、蓋を一気に開封。中から透明な水が勢いよく噴き出すと、指を一本口に蓋をするように被せると水が五つの方向に分かれ、結垣に被るように降り注ぐと水が氷結する。風と共に飛翔していたガラス片は、氷のシェルターに阻まれて結垣に傷をつけられない。


「炭酸水か」


 斬風がつぶやくと「その通り」とニヒルに笑う。

 斬風の能力は腕や手を動かすことで風を自由に起こせる。それ自体に殺傷能力はなく、せいぜいサポートか相手を転ばすぐらいしかできない。だが、ガラス片を風の力で乗せればたったひと振りでいくつもの傷をつけることができる。來山やその友人もこれで殺された。だから普通の水より、すぐに放出できる炭酸水でシェルターをつくったのだ。


 風が収まりシェルターの氷を解除すると、結垣は広場から離れる。ここじゃまだ分が悪い、もっと水がある場所で戦わないと。もちろんあいつがあたしをそのまま見逃すはずはない。振り返ると斬風は、コートを脱ぎ捨て、風を起こしながら追いかけてくる。

 二つの影が光りの隙間を映写機のように街灯が映しだす。すると、映写機の役割を果たしていた街灯が突然消えた。見ると街灯のガラスが風で飛んでいった石で割れていた。

 もちろんただの風ではない斬風の起こした風だ。だが周りが見えなくなると、相手も不利になるのにと思うと、向こう先の街灯がガラスが割れる音を立てて消灯する。


「刻まれろ」


 風が渦を巻いて結垣の頬に当たると、頬が熱いものが流れ落ちた。手を頬に当てると、自分の血が頬肉から破れ流れていた。チリチリと袖や裾が見えない研磨機で削られるようにちぎられている。一緒に皮膚も削られていく。


 先を行っているはずなのに、見えない刃物で切られている! この攻撃がどこから来たのか逡巡すると、先ほど斬風が街灯を割ったことを思い出した。そうか割った街灯のガラスで攻撃しているのか。このままだと急所に当たるかもしれない、水は減らしたくないけどあそこに着くまでにやられるわけにはいかない。

 水を空中にまき散らすと、空中で水が一筋の氷柱を形成して結垣を守る楯となり、ガラスがそれに当たり砕け散る。


 奥の方で街灯に鈍く色めく噴水柱が見えた。この公園にもう一つある噴水広場だ。ここまでくれば水が使い放題、つまり反撃開始だ。


「結垣、お前の触れた水を凍らせる能力は非常に厄介で強力だ。けどあえて水が豊富に使えるこの公園に呼び寄せた理由は考えたのか?」


 噴水の中を覗くとその言葉の真意がようやく理解した。水はカラカラに干上がっており、わずかな水たまりのようなものが点在するだけだ。事前に調べていたコックも壊されており水を吐き出すことができない。自分が水があるところに優位に立てると思い描いていたのに、完全に斬風の掌の上で泳がされていた結垣の失態だった。

 トートバックから残りの水を総動員しようと手を伸ばすが、()()()()()()しかない。見るとバッグの脇が切られてペットボトルを落としてしまっていた。さっきの広場にいたときにはできていなかった、つまり移動している最中に落としたのだ。

 あのガラス、やけにあたしを狙わなかったと思ったらバッグに切り込みを入れて水を減らす算段だったのか。これ一本だけじゃ、勝てない……

 結垣の絶体絶命の状況を演出するかのように、斬風の風が次々に街灯を壊しては灯を消して武器のガラス片を生成していく。


「悪いな。殺したくはないが、上から嗅ぎまわる奴は処分しとけとの命令だ」


 命令。命令。そればっかりだ。最初に出会った時から風貌が陰気臭くて近寄りたくなったけど、いい上司だった。人並みにあたしや来海を心配をしてくれたのは、命令だというの!? 追い込まれているのに吹きあがった怒りで自分の頭が沸騰しそうになった。


「あんたは、知り合いが、友人が標的になっても殺せと命令されたら殺せるの! この間あたしを心配してくれたのは、嘘だって言うの!!」

「…………お前はあの時までは仲間だった。だから心配した。だが仲間である権利や生存権は組織が握っている。組織の考えからはみ出すあぶれ者は、仲間じゃないというのが上の考えだ」


 これが最期だと告げられた。暗闇の中でも朧げに見える斬風が殺人風を起こす姿はまるで、刑執行人が処刑を下す動きのように見えた。


『誰が來山笙実 殺したか

それは俺さ と斬風が言った

俺の風で 俺のガラスで

俺が殺した 來山を』


「なんだ……この詩」


 謎の詩が流れた次の時、斬風は口から血をこぼし倒れた。コンクリートに突っ伏した斬風の背中には多数のピンのようなものがものが深々と刺さっており、的確に心臓などの急所を外していた。


 能力者!? でもあの詩は死神の……


 街灯がすべて消えた公園で死神の姿を探す。厚い雲が揺れて、隠れていた銀の月が顔を出し地表に明かりを差し込んだ。そして公園の茂みに潜んでいた者の姿を映し出した。それは傷一つない無傷の來山だった。


「え……うそ、來山さん?」

「……詩にあっただろう。來山は蘇ると」


 聞き逃したのかいと言いたげに、年上の結垣を見下すような飄々とした口調で來山は語り掛けた。頭が混乱しそうだ。死神は事前に乗り移る形で蘇生の能力を得るが、彼女の周りに死神が能力を与えていた様子も見えなかった。

 ググっと斬風の腕が力を込めて地面から引きはがそうとしていた。結垣は逃さず、最後のペットボトルを腕に向けて振りかけて一気に氷結させた。腕が軒下に下がるつららのような氷塊と化し斬風は身を引きはがすことはできなくなった。


「どうしてギリーナイフの模倣犯をしたか、洗いざらい吐いてもらうから」


 斬風の背中を足で押さえつけて白状するよう強要する。暫しの沈黙ののち、斬風は口を開く。


「上の命令だ」

「組織の、命令だというの」

「ふっ、覚えとけ結垣。でかい組織には必ず派閥という変なもんができやがる。例えば能力者はこの世界に選ばれたものだから、ひた隠すのでなく恐ろしさを何も知らない人間どもに知らしめてやる奴らとかな」 

「そいつらの名前を吐け!」

「……残念だが俺はしっぽ切りだ。トップまでは知らん。うんで、吐かれる前にこうしろと、命令されたのさ。上の命令は絶対だからな」


 体を押しつぶすように体を地面に落とすと、斬風の体が暴発した。濁った白煙と飛び散った血と肉片が顔に飛び散る。自分のと斬風のが混じって血みどろになった。煙が晴れると、体の前面が吹き飛ばされて斬風だったものが結垣の脚の下になっていた。氷漬けになった腕だけがしっかりとまだ生きているかのようだ。突然損傷激しい骸と化したことに結垣は跳ねるようにのけ反り、思わず吐きそうだった。

 するとゆっくり、來山が茂みから出てきて表情も変えずに斬風の遺体をしげしげと興味あるように眺めていた。全く違う人に見えると感じた、喜怒哀楽激しく少しのことで驚くあの來山さんではないみたいと結垣は恐る恐る蘇った彼女に声をかけた。


「來山さんが……死神」

「いや、彼女ではないよ。來山笙実は協力者だ。彼女の友人の仇と死を知りたいために協力したんだが、結垣さんのために犠牲になって……いや本当に死んだわけじゃない、眠っているだけだ。殺された記憶は取り去った。君は何も心配することはない」


 飄々とつかめないようなものの言い方。明らかに來山とは別の人格がいる。二重人格かと慎重になりながら、來山に近づく。

 すると、來山の体が糸の切れた人形のように力なく倒れた。彼女の体から白く透明なものが蒸気のように空中に出てくると、それは色を帯び黒いフードを浮かび上がらせた。


「幽霊!?」

「存在すれど実体はない。そこにいるのは確かだが、触れなければいないのも同然。死と同じさ。さて、君に忠告しておくとしよう。死ぬのはやめておいた方がいい、來山笙実が生きている以上意味はないだろう」

「どうしてそれを……!」

「死人に口はないけど、耳は聞こえているからね。まあ君のことはもっと前から知っていたよ。この公園で來山笙実の体の中に潜み、ちょっと助言したのを憶えているかな?『今回の犯人は少年少女惨殺事件の犯人と同じ能力者ではないよ』」


 それを聞いてようやく死神の能力が分った。死神は幽霊みたいな存在自体が能力、それが人に憑りついた時点で蘇る条件が整う。すでにあの時から來山の体には死神が憑りつき、喫茶店で栗栖が途中で態度を豹変させたのも來山に憑りついていた死神が自ら警告を発していたからだ。


「信頼していた上司に裏切られ、組織には何の罪もない人たちを殺すように命じる輩がいて、亡くなった友人と重ね合わせた子が同じように手遅れになり殺された。だから死ぬというのかい? あの世にいると思っている來山や君の友人に会うためにかい?」


 まるで全てを見透かしているように好き勝手に言われて腹が立たないわけがない結垣は死神のフードをつかもうと手を伸ばす。だが手は空を切っただけだ。しかし死神のフードが舞い上がりその中身が見えた。


「……来海!?」

「あぁ、君にはその友人の姿が見えているのか。どうも他人の目からはその人が死を知った人物の姿が見えるんだ。今見えている友人は、本当の友人ではない。君のために事実を言おう。天国も地獄もないし、魂がこの世界のどこかで見守っていることなんてない、そう思うのは人間の自己満足だ」


 袖の長いフードから出た手もほんのわずかに見える日に焼けた腕もまさしく沖そのものだった。そしていつの間にか死神の声も完全に沖のものに置き換わっていた。もう沖が話しているようにしか見えなかった。


「死はすべてを解決しない、だから行動しなければならない。世界が敵になる前に、すべての人は新たな進化をしないといけない。君も協力しないかい? 世界を変えるために」


 世界が敵になる。もしこのままこの組織に居続けたら、あたし諸共世界を敵に回すとでもいうの? たしかに今回の事件で組織は一枚岩でないこと、そしてそいつらが能力者の犯罪を増長する側だとわかった。

 もうこの場所にあたしの居場所はない…………かもしれない。そうだ、この死神だって胡散臭いじゃない、來山さんが蘇るならさっさと言えばいいものをあたしがピンチになる寸前まで隠していたなんて。こいつも信頼できない。

 答えが決まった結垣は腕についた血液を指につけて、氷の血のつぶてを飛ばした。だがつぶては死神の体を通り抜けてしまい、まったくダメージを受けた様子はない。


「断る。来海の声と姿で語らないで! そんな胡散臭い宗教勧誘まがいであたしは騙されないから」

「おや、残念。でも君はいづれ手を組むと思うよ。世界が敵なることを防ぐには、君のいる組織を壊さないといけないから。ではまた生きているうちにまた会おう」


 啖呵を切った結垣に死神は何事もないように一礼しながらフードを被りなおして、闇のカーテンで覆われた公園の茂みの中に消えていった。

 残ったのは自殺死体と、眠っている來山、そして血まみれの結垣とこれを見たら一連の事件の犯人は結垣だと思われるだろう。そんな最悪な事態を避けるため、腕周りについた血をあらかた拭くと眠っている來山を抱き上げた。來山の体は事務所から出るときとは違い、傷一つなく元の通りで胸が上下に規則正しい呼吸もしている。本当に生きている。

 斬風が街灯を壊して、どこまでも暗闇で月明かりもまた雲に覆われて夜目が効かない中、結垣は死神の言葉が脳裏をよぎって不安になっていた。


「……世界が敵になる。組織の誰が敵で誰が味方かわからない。あたしは……」

「……結垣さん。私、仇とれましたよ。友達も殺された人たちの分も」


 起きたのかと思ったが、ただの寝言だったようで來山は再び眠りについた。生きている眠りだ。

 そうか、この子友達だけじゃなく、殺された他の人たちのために犠牲になろうとしたんだ。本当に無茶ばかりして、危なっかしくて、来海みたいだ。

 すると、雲が再び晴れて月明かりが二人に道を示してくれるように照らした。そして来海の最期の言葉を思い出した結垣は、空に浮かぶ銀の満月に向けて誓った。


「来海、あたしは……罪のない人々から敵を守るよ。そしてこの組織にいる世界の敵をあたしの手で葬るから。いつか、必ず!」

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