3 遺された少女たち
公園の花が絶えない。言葉だけ捉えれば麗しいようであるが、花の束となれば事件の犠牲者が出た重苦しい意味に変わる。
犠牲者となった少女が巷で騒がれている能力者による惨殺事件ともあり、献花する花は絶えず。人々の悼みと事件への怖れを表しているようだった。結垣も花束を携えて、事件現場の公園に訪れていた。
手を合わせて祈りを捧げながら、花束の向こうにある事件現場を睨む。事件から数日経つも斬風の命令は死神の確保を優先した。捜査資料もギリーナイフに関するものは取り払われ、完全に死神確保にシフトしていた。
ギリーナイフはこの事件には関与していない。やっぱり一般人による模倣犯という斬風さんの言うことは合っていた、けどなんか違う気がする。たとえ模倣犯だとしても、一般人の仕業と決めつけて動かないのはおかしい気がする。
他に人がいないことに注意しながら、犯行現場に入っていく。すでに黄色の規制線は取り払われ、恐らくあったであろう血だまりも一滴もその後を残さず清掃されていた。現場は晩秋とあって広葉樹林はすっかり幹と枝だけであるが、針葉樹林が多く、昼でも薄暗い小道だ。あとはベンチも遊具もない一本道。昼間でも薄暗いと、夜ならもっと暗くなって潜んでいても気付かれないだろう。
犠牲になった少女が倒れていた現場の小道の真ん中に立つと、結垣は前にギリーナイフがしてきた犯行の内容が蘇り虫唾が走った。模倣犯が同じ犯行でしたとすれば、彼女も酷い目に遭いながら死んでいったなどを考えるとなんと報われない最期だろうか。たまたま少女がこの道を歩いていただけなのにと、義憤が沸き上がる。
沖もこういう感情で身代わりになったのだろうか。沖のことは思い出さないようにしていたのに。どうもあたしは沖のことを思い出すと感情的になるなぁ。
小道から外れると、結垣は身を屈めて生垣を漁り始める。
もし今回の模倣犯が能力者であったら、組織の案件になる。第一死神の件は、死んだ人間が何事もなく蘇っているだけで実害はほぼないに等しい。なのに能力者による事件の模倣事件を、何の疑いもなく放置しているのは筋が違っている。実害が出ている方に注力すべきだ。
生垣の枝がちくちくと服の隙間を縫って刺さってくる。だがそれを気にしないように我慢して、能力者が残した痕跡を探していく。ガサガサと奥で音が鳴ると、結垣は奥に向かって手を伸ばしてつかむ。ふにゅっと柔らかなものをつかんだ。少女の温かな手だ。そして遅れて小さな可愛らしい悲鳴が上がると少女が生垣から跳び上がった。
「きゃっ! ごめんなさいごめんなさい。ちょっと探し物をしていただけで捜査の邪魔なんかしてないです。あーちょっとなかったみたいだからこれで」
「ちょっと待った。あたしは警察じゃないわよ」
まくしたてながら逃げようとする少女を呼び止めた。警察でないというワードが効いたのか、少女は二三歩走ったところで足が止まると、結垣は彼女の前に回り込んだ。
「あたし探偵なの。警察が当てにならないというご近所さんからの依頼で、犯人について聞き回っているの。捜査に協力してくれる?」
「……えー。その、能力者の事件について嗅ぎまわっていないですよ。ちょっと落とし物をね、昨日したものですから」
少女は大きき瞳を上にやりながらしどろもどろ答えるが、嘘がバレバレであるのは明らかだった。
「昨日ここに入ることはできないわよ。昨日まで規制線があったし、見張りの警官もまだいたんだから落とし物なんてできない。嘘はすぐにばれるから」
少女はぐぅと肩を落として、観念した。少女の体が結垣より小さいのもあるが、身振りも子供のようにわちゃわちゃするから幼く見える。
公園の広場の中央にあるベンチに二人が腰かけると、少女は落ち着きがなく伸びた前髪をいじくりまわしている。結垣がトートバッグからチョコバーを渡した。甘いものを食べれば気分が沈まるだろうとは砂糖中毒者である結垣の経験だ。
「甘いもの好き?」
少女は頷き、それを受け取るがまだ銀紙の皮をむかない。もう一本同じものを取り出して銀紙を剥き一口食べる。すると、少女も子供が親のまねをするようにチョコバーの皮をむいて口に頬張る。四分の三、二分の一とバーの長さが減っていくごとに動きが静まり幸せそうな表情をする。その代わり口にチョコの跡が残っている。
本当に子供みたいと結垣が気抜けすると、濡れティッシュと一緒に名刺も渡した。むろん偽物であるが。
「新垣夕見さん?」
ごくりと小さくなったチョコバーを一口で飲み込むと、偽の名刺に書かれた名前を読み上げた。
「そ、能力者が相手だと警察って当てになんないから最近探偵を使って足取りとかどのあたりが安全か調べてくれってうるさくて。ほら、これでわかったでしょ。あなたの名前も教えてよ」
いくつか嘘を交えながら(実際安全に貢献しているのは事実であるが)親身にしていると装いつつ体を寄せる。
「來山笙実」
「來山さんね。うん覚えた。それであそこで何を探していたの?」
「敵討ちのために犯人の手がかりを探していた」
「敵討ち?」
「……新垣さんこの間事件に巻き込まれた女の子、わたしの友達だったの。たまに塾の帰りにあの道を通っていて、慣れた道だし、家も近いからすぐに助けが来る場所だから安心だと思っていたのに……大丈夫だと思っていたのに……」
來山は先ほどの落ち着きのなさから一変し、深刻なものにへと変貌した。声のトーンもだんだんと小さくなり、チョコバーの残骸を握り締めた拳が振るえている。來山の口は真一文字に結んでいる。爆発しそうな感情を抑えている表情だ。かつて結垣も沖を失った時のことを思い出すと同じことをしたからよく覚えている。
まったく。この間斬風さんがしたこととおんなじことをしようとしているじゃない。
昨日されたことを思い出して苦笑しながら結垣は來山の頭を撫でた。
「ありがとう。あたしも同じ経験があるから」
「え……?」
來山が気が抜けるように小さな息を吐いた。結垣が來山の握っていた手をつかむと、彼女の手が緩む。そして持っていた銀紙を取り上げるとお手玉のように上下に投げた。
「あたしもね。唯一気の置ける友達がいたの。あたし周りの人間とは違うんだって思っていた時に出会ったのが彼女だったの。いつもイタズラばっかりやってて、一緒に怒られて、けんかしてとその子と一緒にいた記憶が今でも覚えているわ」
組織のことは伏せながら、沖のことを話し始めた。今の來山が、どこか昔の自分と似ていた。自分ではどうすることもできなかった無力感が重なり合ったのかもしれない。
「新垣さんもですか」
「うん。亡くなったのはちょうど來山さんぐらいの年にね。女の子を能力者から庇ったばっかりに、あたし助かった女の子が憎かった。どうしてあんたが生き残っているのよって」
ベンチに座りながら、持っていた銀紙をゴミ箱にシュート。スポンと入ってしまった。
「でもその子が遺した言葉もあって、あたし犯罪異能力者から人々を守ろうって決めたの」
「そのことを話したのは、境遇が似ているから?」
「まあね。だから一緒に來山さんの友人の敵である能力者を捕まえましょう」
「ええ、でも今回の犯人は少年少女惨殺事件の犯人と同じ能力者ではないよ」
來山がどこか男がしゃべるような重たい口調でしゃべると結垣は驚き、顔を覗いた。來山がその真実をなぜそれを知っているのか。
けど、來山の顔は先ほどの口調とは全く似つかわしくないポカンと呆気にとられたものだった。
「え? あのその、犯罪のことに興味がある先輩がいて、その人の受け売りなんですけど。今までの事件は悲鳴が必ずあったのに今回の事件ではそれがなかったといいますので」
しどろもどろになりながら、頭の中に入っているその場で言葉という言葉をつくっていた。
今回の犯人がギリーナイフであることはニュースで流れているはずはない、『同一犯である能力者』と報じられているだけだ。そんな重要なことをただの民間人が知るはずがない。その先輩という人物が何かつかんでいるということだ。
「ねえ、その人他に何か知っている? 今までの犯人の特徴とか、今回の事件のこととか」
「おそらくですけど。はい。今日会えるかどうか聞いてみますね。今日も塾がありますから」
來山がスカートのポケットから携帯電話を取り出した。
コロコロ態度が変わる子だ。さっきはチョコバーを上げて幸せそうな顔をしたら、今度は深刻に、そして急に真面目にと喜怒哀楽のスイッチの切り替わりが極端だ。そこらへんが、彼女が子供らしさをいっそう引き立たせているのかも。
來山がメッセージを打っているのを見ながら評していると、急に結垣は目をくわっと開けた。
來山の携帯の電子画面に『栗栖洋治』という忘れもしない名前が映っていたのだ。