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S市異能者観察班第一区域担当結垣ちぎり

 街灯が道を照らす。冷えた空気が張り詰める中に光る人工の白い灯りは、都会の夜の始まり。明るい大通りには人々が街灯りをガイドにして道を歩いていく。

 表で人々が行き交うのを裏路地から短く切りそろえられた少女が携帯を触りながら眺めている。連絡はまだないようだ。


「……まだか。残業やだな、早く終わってほしい」


 誰かを待っている少女は一つため息を吐くと、ポケットからチュッパチャプスを口に入れた。

 大人だったらこういう場合タバコなんだけど、未成年だから禁止なんだよね。けどこんな時間まで働かせるのはどうなのよ。労働基準監督署に報告したら、一発で勧告出されるわよね。まっ、それもできないんだけど。

 カリッと口の中の飴を噛む。すると、携帯にメッセージが入った。


『ギリーナイフ一分後。奥より』


 打つのに慣れていないのか、変なところで区切られた言葉が画面に表示された。ガリリ、と少女が口の中で飴を割った。


「来た。けど打つの下手くそ、おじいちゃんか」


 残った飴を取り外して、白い棒を地面に吐き捨てる。路地裏の奥から誰かが走ってくる音が聞こえる。酷く焦って足並みが乱れているのが遠くからでも聞こえた。徐々に暗闇の中に人の形が浮かび上がると、少女は肩に下げていたトートバッグの中からなみなみに水が入れられたペットボトルをつまむように指で取り出す。


「どけぇ! 切り刻まれたいか!!」


 奥からクマのように走ってくるずんぐりとした男が罵声を少女に浴びせるが、少女は全く動じずにペットボトルを投げつけた。

 ピシュ、とペットボトルが男の目の前で真っ二つに割かれた。男の手には得物のようなものが持っていないにもだ。二つに割かれたペットボトルの中身が男の顔や服に降り注いだが、そんなもので止まるはずはない。


「よし、案外頭が悪い」


 にやりと口紅が塗られていない桃色の唇が小さく上がった。次の時、男の服に付着した水が凍結し始めた。


「な、なんだこりゃ!」

「大人しく降伏しなさい。命までは()()()取らないから」


 少女が降伏勧告を出すが、男は自分の身に異変が起きていることに頭が回っており聞く耳を持たず少女のいる方と逆向きに逃げ出した。少女が逃げた男を追いつつ、携帯を耳に当てる。


「斬風さん、ギリーナイフ逆に走りました。あたしの能力で凍り始めてますけど、一気に凍らせた方がいいでしょうか?」


 狭い裏路地で男がゴミ箱に向けて腕を振る。ゴミ箱はひとりで上部を傾げ、中の生ごみをまき散らしながら地面に倒れる。だがそれを跳び箱のように飛び越えながら器用に携帯を離さない。そして携帯からは低くこもった様な中年の男の声が聞こえる。


『結垣、水は顔までかかっているか?』

「はい!」

『なら、だめだ。唇が氷に持っていかれて喋られなくなる。地点A-八までギリーナイフを下げて、水を撒け。あとは俺とタイミングを合わせろ』

「了解」

『承知だ。了解は仕事上ではNGだと言っただろ』


 斬風が指摘すると、結垣はうざいなと一方的に電話を切った。

 こんな時までビジネスマナーなんて! ああもう、余計なことに時間取られたらと残業が長引くじゃない、これだから頭が固いって言われるのよ。


 結垣らが追いかけているギリーナイフという男は連続少年少女殺人事件の犯人である。だが彼らは警察官でない、そもそも犯人が誰かであることも警察組織は未だに手がかりをつかめていない。結垣らは能力者たちを裏で観測・指導そして排除を行う『組織』に属している。裏で活動する。つまり表には存在しない裏の組織であり、その目的や内容が漏れないように活動している。今回のギリーナイフも表の存在である警察組織が確保する前に、行動しているのだ。


 結垣が斬風に指定されたA-八まで到達しようとすると、ギリーナイフがダクトをつかんで上に上にと逃走を試みている。その巨体と不潔感を醸し出す短い髪が木登りするクマを想起しそうだ。

 上に逃げる気か。さっさと片づけたいのに。

 舌打ちをしてペットボトルの蓋を回そうとする結垣。すると、路地裏の奥から携帯から聞こえた中年の男の声が路地裏のダクトを震えさせるほどの声が響いた。


「水を投げろ!」


 掛け声と同時にペットボトルをあらぬ方に投げると、突風が吹いた。肌寒いそよ風すら吹いていなかったのに、今結垣の頬に鞭のように風が波打って揺れている。ペットボトルはその突風に運ばれるようにダクトの上へと飛び、緩めていた蓋から水がこぼれる。そして中の水が注ぐようにダクトに振りかける。


「凍れ!」 


 ビキビキとダクトの一部が氷結し、バキっと折れた。折れたダクトはそのまま男と共に重力に従い地面に落下し、男の巨体とダクトの重量が合わさりズシャと重たい音を室外機のファンしか聞えなかった路地裏に響き渡る。

 ギリーナイフは動かなかった。重たい鉄のダクトの下敷きになったのもあるが、既に二メートル以上も登っていて、落下したショックで体が動かないようだ。結垣は念には念をとギリーナイフの手の部分を手錠のように氷結させた。


「ギリーナイフ、確保」

「オーケー、結垣。任務終了。よくやった」


 悠然と右手をぽっけに入れながら近づくのは先ほど声を発した男、斬風収次郎だった。斬風は無精ひげの生えたあごを触りながら、ひっくり返った虫のように手足を動かすギリーナイフに顔を近づけると、ギリーナイフはうわ言のように悲鳴を上げた。


「ひぃ、来るな来るな来るな……違う。あいつらじゃない。あいつらじゃなかった」

「おいなんだ、さっきからグチグチ来るな来るなとほざいて。こちとらお前を、ブタ箱経由絞首台行の切符を握りめて、表の奴にしょっ引かせてやりたいんだぞギリーナイフ」

「ギ、ギリーナイフ?」

「お前のコードネーム。本名なんてちびた鉛筆よりもほしくないし、残業が増えるから早く帰らさせて」


 軽蔑するような目で結垣がギリーナイフを見下し、そのでっぷりと太った腹をプリンをつつくように蹴った。

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