スイカを求めて
暑すぎる日差しがどうやら昨今の世界にあるアスファルトを溶かしているらしい。いや、そんなとこ歩いたら死ぬて。
僕はそんな事を心中愚痴りながら、顎をつたう汗を拭った。
今僕はお使い中である。
スイカ買ってこい。母のその一言で今の現状である。
ポッケに二千円を入れ、僕は今行きつけの八百屋さんへと足を進めていた。
というか、一つ言いたい。行きつけのとは言ったが、距離がいかんせん、遠すぎる。何が行きつけだ。歩いて三十分もかかるんだぞ。だが、うちの母親は行きつけの〜と言ってやまない。しかも、ただ口だけで母はいっているのではない。一度違うところでスイカを買ってきたときがあったのだが、見事に看破されその日こってり絞られた記憶がある。何故そうまでしてあそこの八百屋がいいのか、よく分からない。
だが、歩くしかない。スイカを求めて。
少し近道するか。僕は目の前の廃ビルを見やってそう一人心のなかでごちる。この廃ビルに不法侵入する形にはなるが、侵入してある抜け道を行ったところで、細道を抜ければ、なんと目的の八百屋にすぐ着くようになるのだ。この道は僕がぼっちの時間を持て余しているので、冒険と称して一人廃ビル巡りをしていた時に見つけた。時間短縮だ。僕は早くダンジョンに行きたいのだ。
この前死んだけども。どうやら僕は懲りてないらしい。死なないということが分かったからな。まぁ、必ずしもリスポーンするとは限らないし、痛いのもやだし、一応死なずにはいこうと思っている。
あのダンジョンに攻略なんてものがあるかはわからないが、いつの日か、そういう最後の景色を見てみたい。何故だか、そう思えてしまうのだ。
——————だから、クドって目つき悪すぎな? だから友達できないんだって」
中に侵入して、目的の地点に向かおうとした時、その声が聞こえた。どうやら中でだれかが話していたらしい。不法侵入者だ。
そして快活そうな声だ。だがどこか澄んでいて、聴き心地が良かった。
柱影から見てみると、春原さんと、例のイケメンぼっちこと東雲 クド が居た。
僕はそっと身を条件反射で隠してしまった。
というか、二人で集まって何しているのだろうか。こんな廃ビルの中である。どいう関係で、どういう状況なのだろうか。春原さんは校内で随一の少年系美少女と謳われている。そして対する孤高のイケメン東雲。
悪いとは分かっているのだが、好奇心というものはどうも収まらない。
「で、でも、これでも普通にしてるんだ...周りに見られてると思ったら緊張しちゃって」
な、なんと、あの東雲がシュンとしている!? いつもあんなに目をぎらつかせている日常が嘘のようだ。
「はぁ、そんなんだから友達できないんだよ? てか私以外の友達いんの?」
「うっ...」
「はぁ、まぁ分かってたけどさ。あんたの校内での様子を見れば。まぁいいわ。すこし話を変える。この前アドバイスしてみたけど、気になるような友達になってみたいやつできた?」
東雲の声をあまり聞いたことがなかったのだが以外と可愛い声してるな。ソプラノ声だ。どうでもいいけど。
と、東雲は春原さんの言葉に数秒して静かにうなずいた。
「まじで!? 誰々!? 」
先ほどまでの怪訝顔が一変、春原さんは表情を嬉々として聞く。
「....二色くん」
え?
「え? 誰それ」
うん。まぁ、春原さんの辛辣な言葉は置いといてである。なぜ僕なのか。まるで想像がつかな—————–あぁ、いや、一つあったわ。そういえば確かこの前、ダンジョンに行く前の出来事で、ヤンキーに絡まれてた東雲を助けたな。だが、それがこれの原因なのか? というかあれは東雲なのか? なんだか現実を疑わざるを得ない。しかも僕に君付けだよ。なんか背中のあたりがムズムズする。
「お、同じクラスの人だよ」
「へー、全校生徒の名前覚えたと思ってたんだけどなぁ、二色かぁ、男? 女?」
「お、男の子だよ」
「うひゃあ、あんたが男と! 成長したねぇ。」
ん? どいうことなのだろう。なぜか春原さんのいいように引っかかりを感じた。つまりはあれか、東雲ランクのイケメンともなると、男の子の友達なんかより女友達の方が簡単につくれる、ということなのだろうか。
ようわからん。まぁとりあえずイケメンは地獄にいけ。
「まぁ、与太話は終わりにしてそろそろはじめますか」
そういうと、春原さんはおもむろに上着を脱ぎ出した。
ふぁっ!? である。
やはりうらわかき男女が集まれば、こういう行為に発展するのか。僕の世界ではまるでないであろう世界である。
と、このまま見るのは本当に無粋になってしまうので、僕はこの場から去ることにした。
もう、振り返ることはないだろう。僕の心の童貞がそう言っている。
が、その決心は簡単に破綻した。
滅裂な爆発音によって。
「っ! いきなりそんなに飛ばして大丈夫なの!? 」
東雲が、そんなことを言いながら、身に降りかかる爆炎を、なにやら氷晶の壁みたいなので守っていた。
は? なんだありゃ?
「てゆーか、結界は大丈夫なの!?」
東雲が続けていう。
「大丈夫、さっきちゃんと張ったって!! 」
言葉とともに繰り出す炎。それは東雲の方へと迫る。
そして、その豪炎は氷晶の壁を爆発させ、一気に蒸発させた。
蒸発したそれは、その場を曇らせる。
その影の中から四方八方に氷の槍が春原さんに向かって飛んで行った。
そんなこんなで数十分で二人の超常バトルは引き分けという形で終結を迎えた。
こいつら人間じゃねぇ。
「ちょ、あんたなんか氷の生成速度上がってない?」
あごの汗をぬぐい、春原さんはそう問いかける。
「そ、それを言ったらアヤメこそ、炎の威力上がってるよ...」
げんなりと東雲。
うん。僕はそろそろ退出するとしよう。見つかったらなにされるか分かったものではない。
そう決心を固め、僕はそそくさとこの廃ビルを出た。その瞬間だった。
「! 誰かが結界の内側からでたわ!! 」
恐ろしく大仰な声で春原さんは叫ぶ。
そんなことも分かんのかよ! 僕はその声を聞くと同時に瞬時に逃げた。もう脱兎のごとく。本気である。細い道を抜け、草の中を掻き分け、爽風のようにかけた。
「はぁ、はぁ、はぁ、や、やっと着いた」
目の前には元来の目的である八百屋。
「す、すみません。スイカください。一個」
息もたえだえで店の主人にそういう。
「あんだい! にいちゃん。夏バテかいな! まぁ、スイカ食って元気だしぃよ!!」
快活そうなおじさんだ。僕はうなづき、そしてお金を渡し、スイカを貰う。
よし帰るか。
と、振り返る。
安心していた。
逃げられたと。
安堵していた。
もう、本当に。
振り向いてみればどうだ。なんともいい笑顔の春原さんと、おどおどした東雲が僕を見据えているではないか。
「ひゅっ」
何かが僕の中から抜けると、最後にはスイカの砕ける音がした。