影で行われた剣の稽古
何が起きたのか分からなかった。
わかることと言えば、剣を振った瞬間に、自分の剣が宙に浮いてその間に胴を木刀で切られたのか、僕は青空を見ていた。
全く見えなかった。打撃を受けた腹がズキズキ痛む。
僕は上体を上げ、じいさんを見やる。飄々とした様子だっだ。
「今、何したんですか?」
愚直に聞く。何されたかわかんないもん。
「わしはただ、剣を払っておぬしを切っただけじゃが?」
「全く見えなかったんですが」
「うーむ...わしが思うにおぬしには圧倒的に剣の経験が低い。動きに無駄がありすぎる。特に先の攻撃など振りかぶりすぎじゃ。まずは動きを最小限にかつ力を入れる時を見計らうのが、今後のおぬしの指標じゃな」
懇切丁寧な指摘に、僕は少し呆気となった。まさかここまで言ってくれるとは思わなかった。
「それと、おぬし。魔術を使っとらんだろ。次は使っても良いぞ」
魔術。それはスキルのことを示しているのだろうか。
「使っていいんですか?」
「むしろ使えずに一太刀浴びせれるのか?」
ごもっともだ。というか先の剣撃を見て。スキルを使ったとしても勝てるような未来は見えない。
とにかく、やってみよう。僕は立ち上がり、再度剣を強く握る。
「影釣り」
老人の足を影で引っ張り、体制を崩させた。僕はすかさず前方に動き、言われた通りにコンパクトに振りかぶり、力強く剣を振るった。しかし、その攻撃は老人のゲタで塞がれ、通ることはなく、逆に老人は僕が振るった剣の力を利用して、腰を回転させる。
「な!?」
その回転はじいさんの剣撃に利用されて、見事クリーンヒットしてしまう。
「グッ...!」
また吹き飛び、青空が視界一杯に広がった。
上体を上げ、また老人を見る形になる。バカ強すぎる。
「冗談でしょ?」
「これが本当じゃ」
またくつくつと笑った。実力の差が、こうも堂々と目の前に突きつけられるとやるせないものがある。
「おぬしは少し実直すぎる。もう少し、剣に疑いを持たせ、相手を惑わせることも重要じゃ。それに攻撃した後隙がありすぎる。そこも課題じゃの」
また、ダメ出しという教育が来た。
「なんで、そんなに教えてくれるんですか?」
「おぬしが強くなると、わしも相手としては楽しくなるからなぁ」
捉え所のないじいさんだ。
それから何時間剣を振ったか覚えていない。いや、ほとんど無酸素運動を続け、そのきつさ故に体感時間は長くなり、本当はまだ数十分しか経ってないのかもしれない。
だけれど、一太刀浴びせるなんて夢想が一寸もできないほど、実力の差が凄くて。
いくつも浴びせられるダメ出しが多すぎて。
気づけば、スキルを使いすぎたのか、あの倦怠感がまたも到来した。
僕は息がたえだえになりながらも、地面に膝と手をつける。
「くくく、まさか、魔力切れかな?非力非力」
くそっ、くつくつ笑われるのが余計に腹立つ。
「ちょ、も、もうちょっと、手加減してくれません?」
老人はくつくつ笑いながら「いやじゃー」と言った。ざけんな。
僕は地面に尻をつけ、空を仰ぐ。いやキツ過ぎる。
結局僕はもう動かなくて、他愛無い会話をじいさんとしながらも、魔力の回復を待ち帰ることにした。
まぁ他愛ない会話と言っても、ほんとに他愛なくて。質問すると、だいたい一太刀浴びせられたら、教えてやろう。ばかりだ。
そして、帰る時に老人はこう言ってきた。
「三体の竜を倒せ。そらぐらいしたら、ちっとはマシになるかの」
「三体の竜?」
「あぁ、まずは森にいる赤竜、砂漠の奥地におる砂竜。氷山地帯に生息する氷竜。じゃな」
「その竜達ってじいさんより強いの?」
「いんや、五百倍くらい弱い」
なんじゃそりゃ。しかし、竜か。赤竜は恐らく何回か見たことはある。てか出会うたびに殺されたし。しかし砂漠と氷山の竜か。砂漠はあるのはわかるけど、氷山地帯はどこにあるのだろうか。地図を見る限り、恐らく左だとは思うが。
「わかった。その三体頑張って倒すから、そこで待っといてよ」
三体ぐらい倒せれば、レベルも上がり新たなスキルも得ることができるだろう。そうなれば戦術も増え、さらにはステータスも上がってる。そうして今日の雪辱を晴らすのだ。
覚えとけ。そう、心の中で毒づく。
「気長に待っとるよ」
そう、静かに言った。
僕は洞窟の辺りをさすった。
少年が消え、その遺跡には老人が一人残された。
「くくく、これで少しはマシな剣になったかな」
個人のクセというものは強く、天賦の才がない限りそのクセは当人の仇となる。老人はそれを見越し、この場を作り上げたが、なかなか楽しく、ワイワイとできたのでとても満足そうな様子だった。恐らく、その仮面の下では。