日常の中に非日常
影を渡る。
影の中は不思議と居心地が良く、さらには周りの状況もよく分かる。原理は分からないが、影の中ではそんな実感と共にあるのだ。
さて、渡り渡ってたどり着いた先は先ほどの戦闘を行なっている場所だ。
近づけば近づくほど、火の密は濃くなる。
そして、再び戻ってきた。
未だに二人は戦闘を行なっているようだが、戦況は東雲さんと春原さんが大いに優勢だ。
後方で東雲さんが化物の炎を凍らし、前方で降りかかる火を自身の焔でかき消しながら、ゼロ距離まで詰めていた。
その瞬間、春原さんは何かポケットから取り出して、人ならざる人の腹に思いっきりぐーパンをかました。人ならざる人は、うめく。
めっちゃ痛そう。
何かが殴られた人の中から出てきた。黒いモヤというべきか。そんなものが出てきた。
そして、
「焼き果てろ」
春原さんが唱え、そのモヤにたちまち炎が上がる。
それが消え去ると同時に、先ほど暴れていた人は糸が切れたように体勢を崩した。
「おっと、」
それを支える春原さん。
後ろには、ようやっと事を済ませた、と一息する東雲さん。
僕は何となく、東雲さんの影に入ってみた。バレてないみたいだ。
東雲さんは、春原さんに駆け寄る。
「その人、大丈夫?」
心配そうに東雲さんは尋ねる。
「うん。生きてるっぽい」
それを聞き、安堵する。
「じゃあ、裏口から出ようか。そこで、教会の人も待ってるって」
「おけ、後処理は教会の仕事だしね」
春原さんと東雲さんは早々にこの場を後にした。
彼女らは言葉通り裏口から出る。そこには一人の黒装束の人がいた。その格好は悪目立ちしそうなものだが、魔術とやらで認識を逸らしているのだろうか。それは分からない。
「この人、下級悪魔に取り憑かれてたみたい。後遺症がないか調べておいて。それと、やっぱり魔の活動が活発になってる。上にそう伝えておいて。私たち学生じゃ、この地区を守ることが難しくなるかもってのとお願い」
それらを伝え、春原さんは黒装束の人に担いでいた人を預け、黒装束の人はそのかぶりを縦に揺らした。
それと同時に消えていった。
「一件落着って感じかな」
一息ついて、そう春原さんは呟く。
「うん。被害者も出てないしね。たまたまここにいといて良かったよ」
「まぁ誘ってくれた矢田部くんと、二色くんのおかげで早期発見できたし...」
ここで、少し春原さんは味悪そうにニヤリとする。
「二色くんとも何か話せたんじゃない」
いつもこんなふうにいじってくるのか、東雲さんは少しむすっとするもすぐに表情は穏やかになった。
「うん。お礼も出来たしね」
「お礼? 何の?」
東雲さんは少し考え込み、春原さんと同じように意地悪な笑みを浮かべ「ナイショ」と、一言呟いた。意趣返しのつもりなのだろう。
可愛かった。
春原さんは東雲さんと同じようにむすっとするも、まぁいいかと息づいた。
「てゆーか、本当にめんどくさい。何で成績上位の学生は地方に出て、指定区域の監視をしなくちゃいけないの? それも中学生の間ずっとって」
むきーっとなる春原さんに東雲さんはまぁまぁとなだめる。
「それに魔術の学習を並行してよ!? 自由にできる時間なんてほとんどないわよ」
「はは、それには同意だけど、実戦で強くなれってのも頷けるしね。そこは仕方ないよ」
乾いた笑み。中々大変らしい。というか、ここで僕は、盗み聞きしているのではないかと思い苛み始めた。好奇心を優勢した結果だが、いけない事をしている罪悪感に圧迫され始める。
「まぁ、不満ばっかり言ってもられないわね。最近、本当に魔の活動が活発になってきてるし、何かの前兆じゃなきゃいいけど。人手不足なのはわかるけど、もう少し迅速に教会は行動してほしいよ」
結局春原さんは不満を吐いた。正直な性格なんだろうと、再認識。
ていうか、これ以上は聞いたらいけないと僕の良心が問いかけてきたので、そろそろ退場しようと思い、違う影へと入り込む。
その瞬間、東雲さんが振り返った。
めちゃくちゃ焦る。
「クド、どうしたの?」
東雲さんは後ろの虚空を少々見てから、「いや、何もない」と言って、再び二人で歩き始めるのだった。
心臓がどくどく言ってる。僕はとっさに息を殺し、何とか見つからずに済んだが、東雲さんの勘は少々恐ろしかった。
二人も立ち去り、人がいなくなった道路。僕は影から出る。
そして、帰ろうと帰路に着いた。
歩く途中、塀の上の猫や、厚すぎる入道雲を垣間見る。
いつも通りの帰り道だ。静かで平坦でどこか寂しいような。
先ほどの景色を思い出す。湧き上がる炎に、取り憑かれてたように人外の力を操る人。それを止める東雲さんたち。
低級悪魔、魔術、教会。
僕の過ごしているこんな日常の中に、あんな非日常が潜んでいて。
まぁ、最近の僕の生活も、元来から比べると非日常なんだろうけれど。
僕の知らない何かが、裏で蔓延っているのは、少年心なのか少し惹かれてしまった。