ケースその1
大分昔に考えてたネタをほりおこしてみました。
ケース1彼女(牟田薫)の本音
「ん。あとちょっと。よし!出来た!」
静かで狭い部室に私の声が響いた。文芸部のメンバーの6人が一斉に私を見た。やってしまった。完成した喜びでつい大声に。あれが絶対突っかかってくる。そう思った矢先、背中に重みを感じた。
「むーたせーんぱい!また面白みも何もない恋愛小説書いてたんですか? 賞にかすりもしないからいい加減諦めたらいいのに」
こんな失礼なこというのはあれしかいない。私は振り返りつつ
「男性のくせに『恋心の代弁者』とか巷で言われている森谷蒼乃くん。いくら恋愛小説で賞を沢山とっていたとしても先輩に対して言う言葉じゃないでしょう。あと、離れて」
と皮肉を混ぜて言った。
「そんな雑に扱わなくてもいいじゃないですか!ひどいです。あと、ファンタジーを書かせたら右にでるものはいない『魔法使いさん』に『恋心の代弁者』と言われなくないです!
というか、先輩の作品って絶対決めゼリフ『月が綺麗ですね』ですよね。なんでそんな夏目漱石にこだわるんですか?少し古くないですか」
私が最も尊敬している夏目漱石を愚弄するなんて。冷たい視線をあれに向けながら返事をする。
「森谷くん。夏目漱石を馬鹿にするのは許せない。あの素晴らしさを分からないなんて人生を損しているわ。それに『月が綺麗ですね』には大切な思い出があるの」
「大切な思い出ってなんですか?まさか恋ですかっ!先輩って恋するんですかっ!無表情なのに」
「無表情は余計よ。それより、貴方は次のコンクールに出す作品、創り終わったの?」
私の大切な思い出という言葉が気になったのか、あれはかなり食いついてきた。
「あーーそれはまだです……。というか話そらさないで下さいよ!牟田先輩の恋バナ聞きたいです」
「貴方に話す義理はありません」
その時、くすくすと笑う声が聞こえてきた。私達は声がする方に目を向ける。
「ごめんごめん。二人のやり取りが面白くてつい。いやぁーーかおりちゃんがこんなに他人と話すなんて。おじちゃん感動しちゃったよ。去年までそんなに他人と話さなかったよね」
「眼鏡先輩。それ本当ですか? 」
「森谷くん、部長に失礼。それとかおりちゃん呼びと私の個人情報流すのやめて。恥ずかしい」
部長こと向井奏多が話に乱入してきた。因みに私の幼馴染で『ソウ』と呼んでいる。ソウは私の抗議をスルーして話を続ける。
「おお。照れてる照れてる。かおりちゃんのデレは貴重だよ。蒼乃くん。かおりちゃんが他人とあまり話さなかったというのは本当だよ。彼女他人にあまり興味がないから」
「そうなんですか! いいこと聞いちゃった。その話詳しく聞かせて下さい」
「仕方ないなぁ。可愛い後輩の頼みなら」
私の過去そんなに面白い物ではない。ソウも即答しないで。男子二人が盛り上がってるのを横目に、私はさっき完成させた小説を印刷しはじめた。私は公正をするときは見返しやすい紙媒体を好む。印刷終わったら帰ろう。
印刷はものの2分で終わった。二人はまだ話をしている。絡まれたら面倒くさいし、何も言わずに帰ろう。そう思い、扉の取っ手に手をのばしたその時
「あれ、かおりちゃん帰るの? あ、手に持ってるの今回の小説? ちょっと見せて」
……帰れなかった。そして、小説を取られた。パラパラと紙をめくる音が響く。少しして音が止まった。
「今回の小説は何時ものファンタジーの世界観に恋愛要素が入ってるのか。誰も必要ないと思って本の世界に溺れた主人公が恋をするのか。いいねぇ。今回は入賞狙えるんじゃないかい。締めの『月が綺麗ですね』も世界観に合ってると思うし」
その言葉が嬉しくてつい頬が緩む。
「当然でしょう。今回は本気で入賞狙ってるもの。これで賞をとったら告白すると決めているの。だから今回は絶対誰にも負けられないのよ」
あ、余計なことまで言ってしまった。ソウは満面の笑みを浮かべる。
「そうかい。やっぱりかおりちゃん恋してたんだ。応援してるよ」
からかってるな。
その時、今まで私達の会話を黙って聞いていた森谷くんが口を開いた。
「俺、今回絶対賞とります。『恋愛の代弁者』の名にかけて。牟田先輩みたいな人に負けません」
みたいな、という言葉に無性に腹がたつ。
「やれるもんならやってごらんなさい」
と吐き捨てて、私は勢い良く部室を飛び出した。
部室を飛び出した私はとぼとぼと帰路を歩く。ソウを連れてこれば良かったと少し後悔。一人だと余計なことを考えてしまう。
森谷くん。貴方は私のことが心底嫌いなのね。ーー私は貴方に初めて会った時から好いているのに。オープンハイスクールで貴方に出会ったあの日から。
「夏目漱石ってすごいですよね。『I love you』をあの時代の日本男児の性格を考慮して『月が綺麗ですね』と訳したところとか」
この些細な言葉を聞いてから。運命だと思った。自分でもこんなことで運命と感じたことを馬鹿だとも思った。ソウ以外の人物に初めて興味を持った。
しかし、彼と再開しても素直になれなかった。小説は自由だ。表現は自由だ。だから素直になれる。だから私は恋愛小説を書きはじめた。いつか賞をとり、告白しようと思って。