そこには、二匹の魔獣がいた。後編
『魔獣』と言いましたね…?
あれは嘘だ。
…ほら、スライムって普通に『魔物』じゃないですか?
前編に比べて内容が最後までチョコたっぷりです。
(…だ、誰かいるのか?)
俺は『そこ』で言った。
さっき、俺とは別に誰かの声がした。
その声は確かに女の声だった。
少し待っていると、返事がきた。
【は、はい…います…!】
どこかおどおどしながら、女は言った。
まぁ言ったというより、ウェルドラとの魔力感知を使った念話に似ていたが。
(えっと…こ、こんにちは…)
【あっこんにちは…】
くそ、ここで人見知りが出てしまうとは。
何を話せば良いのか全く分からずにいた俺に、女は話しかけてきた。
【あの、ここって無の空間…ですよね?】
(無…?あぁ、そうだと思います)
女は知らないが、俺はブラックホールに巻き込まれてここに着いた。
ということは、この女もブラックホールに巻き込まれたとかかな。
【ですよね…あなたも無限牢獄に捕らえられたんですか?】
懐かしい単語が出てきたな。
無限牢獄は、今もウェルドラを捕らえている強力な無属性干渉スキルだ。
しかし、別に俺は無限牢獄のせいでここにいるわけではない。
(いや、俺はコウモリのブラックホール小爆発に巻き込まれてここに来たんです)
その瞬間、女の声がひきつったかのように聞こえた。
【そ、それはどういうことですか…?ブラックホールに巻き込まれて…?】
(ん?そうですけど…なにかおかしいですかね…?)
ブラックホールに巻き込まれたら全員がこの空間に来る訳じゃないのか…?
そう考えていると、女はいかにも驚いた声で言った。
【普通ブラックホールに吸い込まれた物体は、無を通過して最終的に存在全てが消滅するんですよ?】
…え?
俺は今、無にいる。これは事実だ。
無にいるということは女の話に出てきた、無を通過している所、で止まっているのか?
(つ、つまりはどういうことなんですか?)
本当に分からない。
女は詳しく知っていそうだし、細かく聞く必要がありそうだ。
【つまりは、あなた、無属性スキルを使って無に干渉しているってことでしょう?】
俺が?無属性スキル?
意味が分からない。
俺はスキルなんざ使ってないし、そもそも魔力感知以外覚えた事などない。
なんで俺が俺の知らないスキルを使っているんだ。
…あ。
かつて、ウェルドラがこう言ったのだった。
【まず、無属性が何故スキルを持たないのかだ。それについては簡単なことで、常に発動しているからなのだ。つまり、無意識の内でも使っているということだ。】
…多分、俺の既に持っている無属性スキル…の一つが、俺の消滅を防いだのだろう。
俺は女に正直にそれを伝え、知っていることを教えてほしいと頼んだ。
【…この状態になるようなスキルは、聞いたことがないわ。まぁ、どんなスキルかっていうのは大体予想がつくけど…】
(是非、教えてください)
俺は食いついて聞いた。
これは、上手く使えばこの状態から抜け出すことが出来るかもしれないからだ。
俺はまだ、希望を捨てていない。捨てるわけがないじゃないか。
俺は最後まで足掻いてやる。
【まず、絶対に消滅しないとか、そういう呪いやスキル効果を受けている場合なんだけど、どう?】
(…多分それは無いっすね)
俺がここに来てから、そもそも魔物にあまり遭っていない。
蜘蛛やコウモリ、ウェルドラに何かをされた覚えもない。
…と、なると。
【もしくは無に干渉して妨害したり、無に関する管理権のスペアみたいなのを得られるスキルを持ってる場合、ね】
これしかないかな。
つまり、俺のスキルは
『無に干渉することの出来る』
というスキル…だろう。
これで結構納得がいった。
俺はブラックホールに巻き込まれた後、無を通過した。
そこでスキルが発動し、消滅する前に干渉してブラックホールの無属性効果を妨害することが出来たのだろう。
【けど今まで聞いたことがないから、名称が無いのよね】
(ほぅ、そんなに珍しいんですか)
女に、珍しいなんて問題じゃないと怒られて、俺は少し嬉しかった。
…俺にも、ちゃんとスキルがあった。
しかも、とびきり珍しいやつ。
…神も見てくれてるんだな。
なんて思いながら俺は話に戻った。
(あ、じゃあこのスキルは何て呼べばいいんですか?)
【そうね…じゃあ、今あなたが付けてくれない?】
なんという無茶振り。この女は俺になにを求めているんだ…?
とにかく、名前なんて適当に付けてしまえと。
俺はものすごく適当に、名前を付けてしまった。
それは、いずれ俺をちょっとだけ苦しめることになるが。
(そんじゃあ…『森羅干渉』で、お願いします)
…なんだよ、悪いか?
森羅万象と干渉を合わせてみたのだが、思ったよりもウケなかったな。
こういうギャグは思い付くのに、なんで人と話すのは無理なんだろう…?
【…ふっ、ははっ!いいね、そのセンス】
おっと、女には結構ウケたようだ。
まぁ、結果オーライだ。
【…話を戻すけど、無に干渉する方法とか分かる?】
と、さっきの笑った雰囲気とは思えないくらい真面目に女は言った。
…もしそれが分かっていたら、すぐにこの場から抜け出していただろう。
(…分からないです。もしかして、分かるんですか?)
淡い期待を込めて俺は言った。まぁ、多分知らないだろうけど。
【うん、少しだけだけどね?】
知っていた。
聞くと、無の干渉については専門書等に載っているらしい。
ただ、実際に確認することが出来ない為、方法しか知らないのだという。
【まず、体に魔力…もとい、気を溜めてみて】
魔力は出ない為、気分だけでそれは始まった。
【そして、その気を全部頭のてっぺんに持ってきて、自分の体を脳内で細かく描写して】
脳内デッサンに関してはプロに近いので、ここまでは余裕でクリア。
さて、ここからどう難しくなるのか…?
【あとは、スキル発動…つまり、無に関わろうとするだけ。簡単だけど、本気で無に干渉したいと思わないと成功しないらしい】
おっと、いけるかな?
しかし、これが出来ないと元のあの場所に戻れない。俺は覚悟を決めて集中した。
そして数十分後、やっとの思いで。
(…あ、ビビっときた!)
言葉に言い表すのは難しいが、例えるなら『目の前に醤油があるのに醤油を探して、目の前にあることに気付いたとき』のような気分だ。
【それじゃあ、後は好きなように出来る筈よ。無を解除することも出来るし、逆に、無に何かの精神体を連れてくることも出来るの】
…ほぅ。
まさに、無の所有権を得た感じだな。
そして、俺は元の洞窟に戻ることに決めた。
(なんか、色々ありがとうございます)
【大丈夫だよ、私は知ってることを言っただけだし】
(無は解除しておくんで、もう会えないかもですが…)
そう、俺はこの女の顔も知らない。
女は少し笑いながらも「さよなら」と言った。
(…あっ、最後に一つだけいいですか?)
【…?構わないよ】
せめて、最後に。
(名前だけ…教えてもらえませんか?)
【…】
女は少し黙った。
そして、俺にこう返した。
【別に、知らなくてもいいよ。…まぁ、また会うことにはなりそうだけどね】
女は、女のままだった。
(無限牢獄、解除。)
心の中で何回も唱える。
すると、目の前を覆っていた黒は次第に晴れ、元いた洞窟の風景が目に入った。
三ヶ月ぶりの洞窟。
魔力が体に流れるのを一身に感じながら、俺はある場所へと向かった。
それはもちろん、ウェルドラの所。
三ヶ月も待たされれば、それはもう不安で仕方がないだろう。
そして俺は、軽い足取りでウェルドラの空洞へと向かった。
ハッピー草を回収しながら、ようやく到着。
そこには、いつもと変わらないあの姿があった。
今さっき作った雑草エキスを吸いながら、俺は側に行った。
【…お…お…遅いぞ!】
泣きそうになりながら言うウェルドラ。
おっさんなだけあって、相当気持ちが悪くなっている。
「あー、ごめんなさい…」
流石に三ヶ月は長かったかなぁ、と、三百年間放置されているウェルドラを見ながら思った。
呆れながら、俺は雑草エキスをちびちびと飲む。
【それで、なにか成果は…って、ん?この匂い…は…】
「ん?…あぁ、これですか?」
飲みかけの雑草エキスをペッと吐き出して見せると、ウェルドラは声を震えさせながら言った。
【…それ、飲むとあまりに強い刺激に精神が耐えられなくなりぶっ飛ぶ、っていうので有名な草なのだが…お主は飲んでも平気なのか…?】
その時、心なしかお腹が下った音がした。
謎の女、登場。
元ネタの方でも出てこないオリキャラなので、つまりは物語に深く関わっているという事です。
見てくれる2人の為に、命を削りながら頑張りますよ。