八話目
誰かに頼る努力はしようとは決めたものの、どうしたらいいものやらわからない。
この悩みは誰かに聞いて解決してしてはいけないような気がしたから、わかりましたとだけ伝えて店から出てきたは良いものの、僕が素直に頼れるのはギンノスケとゴールだけ。
アンジュさんでさえ無理。僕は彼に育てられたと言うよりかは、ギンノスケやゴールに面倒を見られて育ったから。
学力や竜騎士に関してはアンジュさんに教えてもらったけど、彼は師匠って感じだし。
僕は未婚であの子を育てた。事情を聞かずに、近所の人達はあらぬ噂を立ててくれたから誰も信じられず、一人で面倒を見た。
皆が皆、そんな人間ではないことくらい理解している。頭では理解していても無理なのだ、理性が働いて信じるなとリミッターをかけるのだ。
前世の記憶があることをギンノスケやゴールは知らない。だけど、どこかで甘え下手な僕の性格を察してくれているのか、彼らは事あるごとに僕のことを甘やかしてくれた。……そのおかげで苦手な彼に儀式の仲介人の役目をして貰わずに済んだのだけれど。
……それしても慣れというのは怖いものだ、前世では完全にインドア派だったと言うのに考え事をしているうちに下山し終わってしまった。
とは言え、もう日は暮れている。当分の食料を買って今日はやめておこう。孤児院と学習所に行くのは明日にしよう。
きっとギンノスケも、あの子もそろそろお腹が減る頃だろうしなぁ。
そう考えながら街で買い物をし、帰路を歩くのだった。
二日目。
早朝から支度を始め、ガーデニングの下準備を終えた頃、ギンノスケはまたこの森の探索を行う為、別行動をすることになった。
ゴールはと言うと、あの子の様子が気になっているようで、今日は家に残るようだ。
……さて、まずはギルドマスターに相談しに行くかな。貸家を借りているとは言え、旅人は旅人。怪しまれず行動するためには報告、連絡、相談だ。
前世では忘れがちだったしなぁ、良く親友やら編集者に怒られたもんだ。
コミュニケーションにはあまり自信がないからなぁ、隣国のトップであるティカロさんに頼まれたと察しられず聞けるかなぁ。
誰に頼まれたかは察せないとは思うけど、調査しているだなんて気付かれてスパイだと怪しまれたら厄介だし。身分を隠せない分、竜騎士を讃える彼らに身元がバレるのはマズイ。
鬱々と考え込んでいるうちに、ギルドにもう着いてしまった。そうなってしまった以上、覚悟を決めよう。なるようにしかならないんだから!
「おはようございます!」
元気良く挨拶をすれば、当たり前のことだが、僕に視線が集まった。そして多くの冒険者達は小言を言う、何でここに小娘がいるんだと。
昨日と比べて随分人が多い、たくさん人が集まれば良く思わず、小言を言う人間も出てくる。
そして小娘だと言っているため、僕のことじゃないと完全スルーすることにした。
喧嘩売ってんのか、女のくせにって怒声が聞こえるが気にしない。そんなに血の気が盛んなら、依頼でも受けてくれば良いのに。
あーやだやだ、今の時代性別で差別なんて古すぎる。竜騎士は古くから女性はいたし、近代女性の騎士の人口も増えつつあるし、男性の中でも男女差別をしている人の方が少ない。
そうなったきっかけが、女性ならではの気遣いだ。女性の騎士が増えたことで、清潔感も増し、栄養価のバランスも気をつけるようになったことでの利益は大きかった。
その為、この世界では女性の社会進出化が着々と進んでいるはず。……そうか、王都周辺まではその考え方が伝わっていても、ここはまだまだ辺境の地。独特の考え方が残っていてもおかしくはない。
……女のくせに、だなんて嫌な言葉だよ。
「ギルドマスターはいますか? 相談したいことがありまして」
そう受付に告げれば、にこやかに対応してくれた。彼によると、今の時間帯なら面会もできるし、対応が可能なので話を通してくると。
そう言って直ぐに部屋の奥に行ってしまった瞬間、今だと狙ったかのように噂をしていた冒険者達が僕を囲んだ。
……愚かだな。子どもに対して、集団で囲い、怖がらせようだなんて大人気ないって言葉じゃ済まされないぞ。
こんなことをしなければ、聞かなかったことにしようと思ってたのになぁ。この男達は体格も良いし、見た目は強そうに見えるけど、戦いにおいては飾りの筋肉に過ぎないのが見てわかる。
冒険者のランクは下からF、E、D、C、B、A、S、SSの八段階に表されているのだが、良くてB、悪くてD〜Cってところが妥当かな。
Bランク以上ならまず不正を疑う。だって、A以上はドラゴンを倒せるくらいの強さを持っているはずだもの。戦闘向きではない、飾りの筋肉では到底無理。
頭脳派で、パーティの参謀の役割をしているからと理由ならまだしも、明らかに彼らは参謀には向かなそうだ。この線は除外。
さて、彼らがどう出るかで僕は言動を変えなきゃいけない訳だけど、Bランク以上だという場合も考えて、突破口を見つけておかないと。
「小娘の分際でギルドマスターに会うだと? ふざけたことを言うな! 小娘や小僧が冒険者なだけでも腹立たしいのに小生意気な」
小生意気で大いに結構。……それは良いけどね、こそこそ言う分には見逃していたけど、直接言われては聞き逃せないなぁ。
「ふうん、そう言うもんなんだ。それよりさ、さっきから小娘、小娘って言っているけど、僕、男の子なんだけど」
別にね、裏でこそこそ言う分には別に男だって否定したりはしないよ? 即興だから付け焼き刃だけど女性の立ち振る舞い方やマナー、社交ダンスのレッスンもしたし、知識も詰め込んだからたまに女性っぽい仕草も出てしまうかもしないから。
でもね、こんな悪意のこもった言葉を言われちゃえば言うしかないよね?
「嘘を言うな! その骨格で男子だと? 大人をからかうんじゃない! しかも、年上で先輩である人に敬語を使わないなんてどう言う教育受けてんだ!」
……そのまんまその言葉をお返ししますよ、先輩。だなんて言っちゃえば、火に油を注ぐだけだろうから言わないけど。むしろ、子ども相手に集団で囲んで責めているあなた達の方がどう言う教育を受けているんだと言われると思うけどね。
誰も助けてくれないところを見ると、ここにいる人達の中で一番強いのは彼らなんだろう。……僕以外の人からすれば、だけど。
僕からすれば、一番強いのは僕の次に若そうな少年だ。この男達は僕に殺意を向けている、それにびびっていないのはこの中では僕と彼だけだ。それに、その彼はさっきから僕のことを責めているグループのリーダーのことを睨みつけているから、協力してくれそうだ。
……これで心置きなく、彼らと戦えるね? その為には挑発して正当防衛にしないと。
「男だよ? 見た目で人を判断するなんて良くないよ? ギルドマスターは直ぐに僕のことを男だって気づいてくれたのに、あなたには分からなかったんだ?
それに僕は女性だからどうとか、子どもだからどうとか差別する人に敬語なんて使いたくないよ」
そう挑発すれば、血の気の盛んなこのグループのリーダーは挑発に乗り、僕を殴ろうと拳を向け、あともう少しで当たるギリギリで誰かの手のひらが見え、その拳を受け止めた。
拳を受け止めた人は、後ろの方で睨みつけていた少年だった。
「あんた達さぁ、俺だけが我慢すれば耐え切れたけど、子どもの彼に暴力振ろうとするなら、どんなに脅されようとも歯向かうよ。
あんた達が良く知っているよなぁ? お前らより俺の方が強くて、勝てる試しがないってこと。それに、あんた達、そのままこの子と戦ってたら完膚なきまでに負けてたよ。……この子、俺より強いから。
まあ、実戦経験は俺の方が豊富だから最初の方は俺の方が有利だけど、数年すれば直ぐに形成逆転するくらい強いよ。
見た目に騙されて、とんでもない奴に喧嘩売ったな、あんたら。災難だな」
……ふうん、助けてくれるんだぁ……。助けてくれないと思ってたから拍子抜けした。
なんで他国の情報を持ってんのかわからないけど、学習所と孤児院に関してで脅されている少年がいるらしいとティカロ様から貰っていた情報は正しかったみたいだし、このまま行動しても大丈夫だってことを聞けただけで一安心だ。
まあ、そうであってもなかろうとも、彼に復興を手伝って貰おうと思っていただけなのに、まさか実力を分かりながらも助けてくれるだなんて思ってもなかったし、吃驚した。
それにしても今の僕、ヒロインポジションにいるような気がしてならないんだけど、気のせいだよね? 気のせいだと、誰か言ってくれ!
「良いのか? 今ではスラム街と化した場所にお前が守りたい孤児院がある。街の中では狭い場所ではあるが、一人で守るには無理があるだろう?
どんなにお前が強くてもあの範囲を、腐ってもBランクの実力を持つ俺達から誰も殺させずに助けるのは不可能だ」
……へえ? 腐っても、ね。確かに彼一人なら誰か必ず犠牲者は出る。
頼んでないが、助けてくれた恩もあるし、まずこいつを黙らせてあげようか。
ヒロインポジションは変えられないかもしれないけど、黙って守られるような人間じゃないのよ?
「汚い手で彼に触れないでくれる? 僕を助けてくれた時点で、彼は僕の保護下に入るの。それ以上、彼に触れるなら凍らせるよ?」
脅かせるために、僕が歩く度に床を凍らせれば男は彼から離れ、その隙に彼を守るように前に立つ。
「……確かに彼一人ならスラム街を、誰かを傷つけずに助けられない。だが、僕がいれば違う。彼の守りたいものを守ってあげられる、僕は攻撃は苦手だけど守るのは得意なんだ。
結果から言えば君らは犯罪者になるが、僕らは何も失わない。……それでも君らは戦うなら、付き合うけど?」
出来れば、戦わないのが理想だけど、これ以上彼が脅されるのは良くない。普段は戦うのは好まないけど、恩人が傷つく姿を見るのは不本意だ。
「子供二人で勝てると? 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
むしろ、プライドの高いあなたを燃え尽き症候群にしないために提案したんだけど? 屈折して伝わってしまうのが面倒だな。
次第にめんどくさくなっていき、ため息をついたその瞬間だった。
「やめておけ。独学で学び、強くなったお前では、熟練の技を持つ師に学んだんであろうことがよくわかるこの男子には勝てん。
今までに手に入れたランクを捨てたくなければ、この子からも、彼の保護下にいるこいつからも手を引くべきだ。お前から絡まなければ、こいつらは何もして来ないだろうからな」
さすが、年の功ってやつは恐ろしい。とくにギルド長は勘が良すぎる、例え竜騎士であることを彼に言っては良いとは言われているが、ここには長居出来なさそうだ。
ギルドマスターは慕われているらしいな、僕達に向けて舌打ちをしながらも素直に「わかりましたよ、二度と近づきませんよ。これで良いんですよね?」と言って、ギルドから出て行ってしまった。
ギルドマスターが仲裁をした瞬間に、あっさり解決したことに驚きつつ、助けてくれた少年のことが気になってしまう。そのことを察したかのようにギルド長は彼のことを紹介してくれた。
「気づいているとは思うが、このギルドでは最年少のBランクの冒険者だ。ドラゴン級の魔物が大量にいる時代に生まれて入れば、今の歳でSSランクになっていること間違いなしの実力派冒険者のギルだ」
うん、これは買い被りとかじゃなく、本気の評価であるのは彼を見れば良くわかる。
ギルは強い。それに、これからもっと強くなる。
……それでも、彼一人が脅され、耐えて来たことは苦しかっただろう。大切な誰かを傷つけられないために自分を犠牲にする、そんなこと誰にも出来ることじゃない。
僕は胸ぐらを掴み、自分の方へと彼を引き寄せ、抱きしめる。
「僕はね、強くなるために旅に出た。将来、たくさんの人や自分の保護下にいる人間を守る立場にならないといけないから、経験を積むために。
そして、頼まれごとをした。自分の代わりに学習所や孤児院の様子を見て、必要だったら改革をして欲しいと。
僕は基礎的なことなら教えられるし、その役目を引き受けて、結果から言えば襲われたから倒した後に、騎士団に保護されてこの街に来たの。
本当は別の街から行く予定だったんだけどね、まあ来る予定ではあったし、まあ良いかってくらいしか考えてなかったんだけどね。先にこの街に来て良かったよ、良く今まで頑張ったね、良く耐えた。
僕はね、ソルティって言うの。君の大切なものを助けさせて欲しい。……実力を持っていても助けてくれたこと嬉しかったから、今度は僕に君を助けさせて?」
そう言えば、少し苦しいなと思うくらいに強く、ギルに抱きしめ返された。
そのことに困惑していると、苦笑いをしながらギルドマスターは、
「今日、儂に相談したかったことはその改革のことだったのか。勝手にしても良かったのに……と言いたいところだが、誰かに話を通しておかないと怪しいと疑われるからだろう?
まあ、スラム街の改革は好きにしてくれ。申し訳無いが、資金の援助は出来ないが、もしもなんかあればお偉いさん方には儂が話を通そう。
本来なら? 誰がお前さんにそれを依頼して来たのかを問いただしたいところだが、それをすればお前さんはまるで最初からいなかったかのように形跡を綺麗に無くして消えてしまいそうだからな、それはしないでおこう。
ああ、それからギルはな、お前さんを待っていたんだよ。ギルはスラム街に産まれた時から、ここを改革する誰かがやって来ることを知っていた。そして、その誰かが来るまで守り通すことが自分の使命だと言うことも知っていた。
ギル曰く、前世の記憶があるわけでも無い。神様に直接頼まれたわけでも無い。産まれた時から、気づいたらそうなることを知っていたらしい。そして、救ってくれる誰かはギルにしかわからないんだと。もし、お前さんがそうだとすれば、ギルをお前さんの保護下として連れて行って欲しい。
それをギルは望んでいるはずだ」
……勘がいい人は苦手だ。
だが、ギルドマスターは空気を察することのできる人で良かった。相手が誰かバレてしまえば、政治的にまずいことになる。
まあ、ギルドマスターは信用に足りる人だ。おそらく大丈夫だろう。
それより今はギルだ。恐らく、ギルは先天性の予知能力者だ。使命を背負う代わりに、予知能力を手に入れたのだろうな。
その使命が、僕がこの街に来るまでスラム街のことを守ることで。
それからはきっと、竜騎士になる運命を彼は背負っている。
ギルに抱きしめられてから、竜達がざわついている。そして、同志が現れたことに喜んでいる。
それはギルが竜騎士の素質があると言っても過言ではないと言うことだ。
「……わかりました。ギルがそれを望むなら、僕はそうしましょう。ですが、僕に着いてくるならば、命を預ける覚悟を持ってではないと……、僕は認めていてもあの方が認めるかどうかわかりませんし」
今だに抱きつき続けるギルの頭を撫でながら、そうギルドマスターに話していれば、やっと彼は僕を抱きしめるのをやめ、僕の目を見てはっきりと言った。
「俺の命、お前にあげる。だから、俺を君の側において? お前を絶対裏切らないと誓うから」
そう言った後、姫に忠誠を誓う騎士のように、僕の前に跪き、手を取って指先に口付けをする。
これがギルなりの覚悟の見せ方だったんだろうし、絶対に裏切らないと誓ってくれた彼になら頼ることができるかもしれない。
それに、強いことはギルドマスターも認めているし、竜騎士になるための教育の時間もそれほどかからないはずだ。
「ここの革新が終わったら、ギルには僕の家に行って、僕の親の指導を受けてもらう。その人に認めてもらったら、一緒に旅に出よう。
ギルが指導を受けている間も僕は旅を続けるけど、常に手紙は送るから、認めてもらったらすぐに手紙を送ってくれればその街に留まる。それでいいね?」
そう告げれば、ギルは素直な性格なのか、その提案にすぐに頷いてくれた。
そして、ギルは次に僕がする行動を察してくれたのか、まるで令嬢をエスコートするかのように手を差し伸べた。
ギルは僕が男子であると気付きながら、こう言う行動に出ている。それは彼なりの忠誠を行動で示しているのだろう。
だから、僕はそれを甘んじて受け入れよう。それが僕を裏切らないと言う証明であるならば。
「僕をスラム街までエスコートして」
「ああ、あなたの思いの通りに」
これが魔法書の店主が言っていたことと、形は違うのかもしれないけれど、頼れる人が出来たのは大きな進歩だと思いたい。