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七話目


「子供と動物だけで旅など、大変だったろう?」


大都市の中では最も近いコロンと言う都市の冒険者ギルドに来ていた。

確かに、ギルドマスターであるおじいさんの言う通り、大変だった。

夜盗に襲われたり、知らない男性に声をかけられたりと散々な目にあった。

後者の被害に遭っていた時、偶然にもパトロールしていたコロンの騎士達と出会い、ここに連れて来てもらったと言うことだ。


僕は七歳だから、ギリギリ冒険者ギルドなら加入が可能であるから助かった。

知らない男性に声を掛けられて、誘拐されそうになった時、捕縛したタイミングで騎士達と出会ったので、保護施設ではなく、ここに連れて来られたと言うことである。

冒険者ギルドに入れば、身分証明が出来る。それさえあれば、当分は困らないだろう。


あの子を人目につけずに育てるためには、ホテルだとダメかもしれない。それだと、一軒家を借りるか、アパートを借りるかだよな〜。


「……一軒家とか借りれないですよね……、ギンノスケもゴールもいるから、アパートだと窮屈だし……」


一か八かでギルドマスターのおじいさんにそう言ってみたら、


「儂が保証人になるから大丈夫だぞ。冒険者ギルドで手続きをするためには、能力は隠せても、苗字は隠せても、名前だけは偽れないからな。それを偽ったら二年間、刑務所行きだぞ。

だから、身元は隠せないし、貸したお金はよっぽどのことがない限りは返してもらうのが冒険者ギルドの暗黙のルールだ。

で、坊主はどんな家を希望する? 条件に当てはまる物件があれば、儂が所有する物件を貸してもいいぞ」


まず驚いたのは、前世の法律とこの世界の法律も近いものがあるということ。

二つ目は、自分で言うのもあれだが、見た目が女の子に見えるので、一発で見破られたことにも驚きを感じてる。

まあ、長年ギルドマスターをしていれば、人を見る目も肥えるだろうと無理矢理納得させる。

今、最優先なことはこれから済む家のこと。


「自然が豊かで、静かなところが良いです」


直接的に言えば、ギンノスケやゴール、あの子を自由に遊ばせても文句も言われないくらいの人が少ない静かな場所で、尚且つ自然が豊かであれば尚良しと本当は言いたかったけど、詮索されるのは今は好ましくない。


「じいさん、魔女の家はどうだ? 子供達が勝手にそうだと噂しているだけで、あそこには何もいないからな」


ギルドまで連れて来てくれた騎士の人がそう提案をすれば、ギルドマスターは複雑そうな顔をする。


「本当に良いのか? お主が良いなら、この子に貸すが、本当に良いんだな……?」


しつこいくらいに騎士の人にそう聞く。

魔女の家と、騎士の関係性はとても強いとそれだけでよくわかる。


「構わないよ、アレは過去の遺産だ。じいさん、鍵を貸してくれ、俺が案内しよう」


おじいさんから奪うように鍵を受け取り、騎士さんが歩き出したから、僕は慌てて彼を追いかける。

何故、魔女の家と呼ばれる家が彼にとって過去の遺産なのか知りたかったし、聞こうとも思ったけど、襲って来た人達は自分で倒したと言えど、彼らにはここに連れて来て貰った恩がある。

だから、好奇心に任せて何でもかんでも聞かないことにした。数ヶ月と言う短期間いる予定じゃないし、彼と火種を生むようなことはしたくない。


「……聞いてこないんだな」


彼はポツリと呟いた。

あまりに悲しげな声だから、何か声を掛けようとするが、上手く言葉に出来なかった。かと言って、彼の過去を土足で踏み込むように聞いてはいけないような気がしたし、それに何故か嫌われたくないと思ったから聞けなかったと言うのもある。


「……竜騎士同士は惹かれ合うんだよ。正しく言えば、竜騎士の中に存在する竜が竜騎士を引き合わせるんだ。

だから、君にあの屋敷を貸して良いと思ったし、襲われて倒していたとしても、この街に連れていかなければと思った。

詳しくは言えないけれど、俺が生まれた家系は代々竜騎士の家系だった。勿論、俺も竜騎士として学び、鍛練をしていた。……当主として、育てられていたが、今はこうして騎士として働いている訳は言いたくないし、竜をこの身に宿していることもこの街の人には知られたくない。

君にも気をつけろ、この街で生活するなら竜騎士であることを隠して生活をしろ。少しでも怪しまれたら逃げるんだ。信用して良いのは、ギルドメンバーだけだと思え、いいな?」


竜騎士は惹かれ合う、その言葉をアンジュさんからも聞いたことがある。

だが、彼が話していたくらい、この騎士に強く惹かれはしなかったが、嫌われたくないと思ったので、この言葉は事実なんだろうと思う。

そして、目の前にいる彼が竜騎士であることもまた、事実なんだろう。

没落したのはアンジュさんの家だけではないと聞いていたから、彼が言っていることが嘘だとは思えなかった。

だから、信頼して良いのはギルドメンバーだけって言うのも信じた方が良さそうだ。


「……わかりました、竜騎士であるとは誰にも言いません。竜騎士の力も使いません。そして、あなたについて話したこと以上のことを、あなたから詮索することもしないと約束しましょう」


そう言ってあげた方が彼も安心すると思った。

自分も、筆頭候補であることを告げるつもりもなかったし、今も告げる気もないんだから、隠し事をするなとは偉そうことは言えないし。

しんみりとした話はここで終わり。ちょうど良いや、聞きたい事が他にあったし、答えて貰おう!


「しんみりとした話はこれで終わりです。

学習所と孤児院ってどこにあります?」


学習所と言うのは、一般家庭の子供が学園に入る前に基礎学習を学ぶところだ。前世で言う、小学校から中学って言ったところか。

学習所の質、教育方針について知っておきたいし、場所は知っておきたい。

孤児院は文字や計算力の向上を図るための寄付や指導をしたいし、才能のある子には援助したいと考えている。

援助の仕方についてはティカロ様に事前に相談は済ませてあるから大丈夫。


「……この街の地図を渡しておく。騎士所はギルドの隣だから、行き方がわからなければ聞きに来てくれ」


どうして、そこに行きたいのか彼は聞いてくれなかったことは有り難かった。

学習所についてはアンジュさんから頼まれたことだったが、孤児院については前世のやり残したことを果たすためだったから、どう説明して良いやらわからなかったから助かった。

そう考えていると、彼の足が一軒の家の前へと止まった。一般家庭の家よりは大きいが、貴族の家とは違い、質素な家。

それを呆然として見つめている僕に、鍵を握らせて渡してくれた。


「……母は違ったが、祖父と父は贅沢を嫌う人だったからな、貴族とは言え、一般家庭と変わらない生活をしていたよ。

困ったことがあれば、なんでも相談しろ。俺はシドだ、何か相談事があれば俺の名前を出せば通してもらえる」


……シドさんか、良い人だなぁ。

後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、僕は当面の生活について考える始めた。

当面の生活費もあるし、それと別に施設の援助金も貰ったけど……、あの人、金銭感覚で貴族だったんだなとよく分かる。

こう言う大きな街でも金貨は滅多に使わないのに、彼は何枚も渡して来たから、勘弁してくれよと流石に思った。

だから、一から十まで説明してやっと、銀貨と銅貨で全額渡してくれたから良かったものの……、納得せずに金貨しか渡してくれなかったらどうしようかと思ったよ。


それはともかく、土が良いからガーデニングをするとして、肥料調合するための材料の調達と食料の調達かな。

肥料調合のための材料の位置の確認は、ギンノスケに任せるとして、ゴールには買い物を手伝って貰おう。


「ギンノスケ、この森の地形の詳細と、肥料調合に必要な材料の場所の特定を担当ね。この薬草と、この土があれば何とかなるからその場所を探して来て。

もし時間があったら、この匂いのする薬草がある場所を探して来て」


指示を出せば、任せろと言わんばかりに一つ吠えるギンノスケ。

返事を聞いた後、討伐されないように人の管理下にあるツキノオオカミであることを証明するブレスネットのようなものを足に全て付けた後、神様から贈り物として貰った端末に、ギンノスケに付ければ彼が移動したところが正確な地図として転送出来る魔法具を付けた。

この魔法具は信頼できる魔法具職人に作って貰った品物である。


加護として、神様からの贈り物を貰うことは稀なことだが、そこまで珍しいことではないらしいから助かった。

本当は機能をいじりたくはなかったんだが、迷って死ぬよりはよっぽど良い。


「ゴール、行こうか」


森のことはギンノスケに任せれば安心だろう。

安易に魔物が入らないように、彼の縄張りにして貰わなければ、作物に損害が出る。それに、万が一、追い出された魔物が街へと行かないよう、対策を実行しなければならないからな、そちらを優先しなくては。

自分の生活を守るために、誰かの生活を犠牲にすることは本意ではないからな。

剥がされたいように、色々な術を組み込みつつ、結界を張っていき、最後の術をどこに組みこもうと考えた結果、ギルドの庭先にある銅像に施すことにした。人よけの結界を同時に張りつつ、今までの術と同じ様に組み込んでいく。

数分後には強固に結界を張れたので、安心した瞬間に目眩がし、気絶しない様に意識を研ぎ澄まし、魔力回復薬を飲みつつ、ゴールに余分に出した魔力を吸収する様に指示を出せば、彼は素直に従い、それを行う姿を眺めながら僕は休憩をする。


僕の魔力量は多い。

そして、その分、魔力を放出するためのコントロールは相当な集中量を要するし、放出される量も多いから痕跡も残りやすいのはあまり良い状況ではない。だからこそ、しっかりと鍛えられてはいるが、人よりは痕跡も残りやすいのもまた事実。

竜騎士であることを名乗れない今、僕は魔法使いとして行動するのが一番だろう。


僕の得意分野は結界と治癒魔法、強化魔法、幻覚魔法など治癒魔法は光属性だが、その他は無属性魔法に当たる。この街では見せられないが、飛行魔法と探索魔法も得意としている。この二つの魔法は竜騎士にとってもなくてはならない魔法であるから、連想されやすいので使うことは極力避けたい。

属性魔法で得意なのは水、大地、光属性だ。特に得意なのは造形だ。

魔法全体から言えば、得意な分野は無属性魔法だ。さっき上げたもの以外にも色々と使える。

召喚魔法も得意な方だが、大掛かりなのを使うとバレるかもしれないし、使えない。召喚書を使える様になるのも良いかもしれない。


一応、武術も一通り嗜んでいるが、一番得意なのは体術だ。その他は、筆頭候補として困らない程度に学んでいるだけで、本当に嗜む程度の実力だ。

まあ、弓術は体術には劣るが、そこそこの実力は持っているとフォルテさんから太鼓判押される程度の実力はあるみたいだ。

これでも筆頭候補としては最低ラインしか達していないのだから、今までの筆頭がどれだけ強かったのか想像出来ない。


だからこそ、こうして旅に出て、学ぶのだ。

ここの街の騎士に会ったのは本当に偶然のことだが、元々から来る予定ではいた。本当は二、三番目に来る予定だったのだが、支障は無い。

ここに来た目的は三つ。

水魔法の進化魔法、氷魔法と水属性の幻覚魔法を学ぶため。

二つ目、ここの学力基準、孤児院の状態を見るため。これはティカロ様に頼まれたことである。

三つ目、ここにしか無い歴史書を拝見するためである。


筆頭候補である限り、筆頭である限り、常に学び、常に鍛錬し、強さを求め続けなければならない。多方面から努力し続けなければならない。

チートではなく、努力した結果得た力でなければ筆頭で居続けることは出来ないのだ。

常に周りを見て、常に時代を感じなければならない、それは筆頭候補と筆頭の役目の一つだ。


「……こんなもんかな?」


仕事が早く、既に魔力の吸収を終わらせているゴールに対してそう聞けば、尻尾を左右に振って返事をして返事をしてくれた。


「さて、買い物に行くとするか」


今日はガーデニングの道具と肥料、生活雑貨に、糖分の食料と召喚書を買いに行くか。家具は備え付けられていたから、そのままでいいか。

まずは生活雑貨を買いに行くか。空間魔法具、収納バッグを持っているから、容量オーバーするまで大荷物にならないし。




とりあえず、後は食料と召喚書を買いに行くだけになったから、召喚書買いに行くか。

フォルテさんから渡されていた、親切なお店リストによると、僕の家とは逆方向にある山奥に魔法専門店があるらしい。

アンジュさんが金銭感覚が一般人じゃないからな、一般感覚を持っていれば召喚書を買ってもしばらくは生活が出来るし、何冊か買っておこうと考えながらも山生活が長いため、気がついたら頂上に近いところまで来ていた。

フォルテさんは実力者だから、感覚が麻痺しているんだろうけど、僕みたいに山に住んでいて山登りに慣れてない限りはこの登山こそ不親切と言える要素でもあると思う。

しかも、魔力に満ちた山でもあり、仕掛けがあると来た。この魔法書店はおそらくたどり着いた者に対してはとても親切で、しかしたどり着くまでは不親切と言ったところか。


まあ、僕の場合、山関係ならどんな仕掛けがあろうと、山がどんなに魔力に満ちていようと惑わされたりはしないから、そのことを考えるとフォルテさんに渡された親切な店リストは、僕にとっては親切なお店ということだろうな。

躊躇いなく店に入れば、にこやかに微笑んでいる上品な年配の女性がいた。


「久しぶりの新顔さんだわ。しかも、常連さんの付き添いなしでこれるだなんて凄いわね、小さな紳士さん。

誰の招待客かしら? この店はね、常連さんの招待がないと来れないようになっているの。ただ、迷い込んだだけなら、私のポリシーを反することは出来ないから、魔道書は売れないの。

だから教えて? 小さな紳士さんは誰の招待客なのかしら?」


ここにある魔道書は、相当質の高い魔道書ばかりだ。それなら招待制であることも納得出来る。例え、常連さんの招待があろうとも、魔力に満ちた山に店を構えているから実力がなければ付き添いがあってもこの場所なら来れない。

ある意味、ここに店を構えていることで客の人数も絞れると言うことか。

郷に入ったら郷に従えと言うしな、彼女の言葉に従うとするか。


「フォルテさんの紹介で来ました」


そう言うと、女性は孫が来たかのような優しく、嬉しそうな笑顔に変わり、


「あら、そう! ついにあの子の招待客が来たのね。嬉しいわ。 あの子は人一倍苦労しているの、自力では回復魔法しか使えなくなって、騎士の師匠である人の招待でここに来たのよ。

あの子からはなぜか初めて会ったような気がしなくてね、気にしてたの。良かったわ、誰かに何かしてあげたいと思えるほどにあの子にも良いご縁があったのね。

さて、さっきも言った通り、常連さんの招待がなければいけないのだけれど、それは条件を満たしているから貴方に魔法書を売るわ。

でもね、売るにも条件があるの。ごめんなさいね、めんどくさい店で。

魔法書にも当たり前だけど相性があってね、貴方の望むような魔法書が手に入れられないかもしれないけど、貴方に売る魔法書は私が選ぶわ。

私はね、貴方が魔法書を選ぶんじゃなくて、魔法書が貴方を選ぶと考えているの。だから、これも譲れない条件だから、もし飲めないのなら他の魔法書店に行った方が良いと思うの。それでも良いなら、ここの魔法書を買ってくれると嬉しいわ」


……魔法書が、自分を使う人間を選ぶ。

そんな考え方、嫌いじゃない。


「是非、よろしくお願いします」


そう答えれば、店主の女性は嬉しそうににこやかに笑った。



結果から言えば、強くなると言う部分では大成功だが、竜騎士であることを隠すために魔法書を使うと言う面では失敗と言える。

それは何故か、この魔法書店は良い魔法書ばかりを取り揃えている。つまり、希少なものばかり集まっていると言うことだ。

竜騎士を隠すと言う以上、あまり珍しい魔法を使って目立つような真似をしたくはない。


僕に店主……いや、僕を選んでくれた魔法は4つ。

成長魔法。植物の種を使い、植物を操ったり、季節とは違う旬の植物を育てることが出来る魔法。

夢魔法。睡眠を促すことも出来るし、意思的に悪夢やその逆の夢を見せることが出来る魔法。

音魔法。感情の変化を促したり、音で攻撃したりする魔法だ。楽器を媒体にすることでカモフラージュ出来そうだが、バレそうで怖い。

問題は最後だ、精霊魔法である。元の持ち主を気に入り、その持ち主はその精霊と契約出来るほどの力を持っていなかったため、彼が持っていた魔法書にその精霊の力を込めて出来た魔法書。精霊を召喚できるのではなく、精霊の力を召喚できるらしいのだ。


まあ……、竜の力が込められた魔法書じゃなかった分、良しとしようか。でも、店主には悪いが、魔法書は買わせて貰うけど、別の魔法書店も紹介して貰おう。

今回の目的は戦力を上げるためじゃない。

竜騎士であることを隠しつつ、どう強くなるかだ。隠し事をしたければ、普通の強さで居続けるのが理想的だろう。その為には、特別な強さではなく、普通の魔法書からの恩恵から来る強さに見せなければならない。

僕は子供である点でも目立ち、ゴールやギンノスケを連れている時点で目立たずに過ごすことは出来ないだろう。尚且つ、竜騎士と言うこの世界では珍しい力を手にしてしまう時点で、目立たずに生きていくのは不可能だと思う。

自分より長く生きている人生の先輩の言葉は信じるべきだ、だけれどこの世界に生きていく為には強くならなければらないのもまた事実。


「あの、2つほど質問してもよろしいですか?」


店主にそう声をかけた途端、慣れない山での登山に疲れて眠っていたゴールがタイミングを見計らったかのように起きた。

そろそろ帰宅する気配を感じ取ったんだろうな、ゴールも賢いから。

……なんて考えているうちに、いつのまにか店主は僕の目の前にいた。


「……いいわよ、小さな紳士さん」


まるで、どんな質問をされるのか理解していて、言われることを覚悟しているような顔を店主はしていて、僕は一瞬、彼女にこの質問を投げかけることを怯んでしまった。

それでも、聞かないと言うことは出来なくて、僕は覚悟を決めて言った。


「水魔法と氷魔法の属性の幻覚魔法の使い手をしりませんか? 魔法書の店主として働く貴方なら、使い手について情報を持っていると思いまして、しりませんか?」


旅に出た時点で後戻りは出来なくなっていたことにとっくに気づいていた。それでも、見て見ぬ振りなんて出来なかったから、僕は強くなる決意をした。


……嗚呼、さらば僕の理想のスローライフよ。


なんて、現実逃避をしている間に彼女は覚悟を決めたいたらしく、表情に迷いがなくなっていた。


「……その使い手は2人いるわ。1人は魔法書でその力を操り、1人はその魔法書を元にオリジナルの魔法を作り、自由自在に操った。

魔法書の使い手は、この世界に1人しか生まれない。その使い手になる為には元の持ち主に認められ、魔法書を譲り受けなければならないの。

……私ももう歳で、使えなくなってしまったけれど、なかなか譲りたいと思うような子がフォルテ以外に現れなくてね。あの子は強すぎる魔法書には魔力の燃費が悪いし、譲れなかったの。

でも、貴方なら良いわ、小さな紳士さん。貴方は幼いながらもちゃんと力の使い方を理解している、師匠の教え方が良かったのね。

強い力は争いを生むわ、貴方はそれも理解している。だから、私は貴方にこの魔法書を所持して欲しいの。貴方に一目会ってから、貴方がこの力の持ち主を聞いてきたら譲ろうと決めていた。

この子を上手に使ってあげて? 貴方ならそれが出来るはずよ」


そう言って、僕に一冊の魔法書を渡してきた。

普通、魔法書は前世でいう辞書くらいの厚さがあるんだが、店主が渡してきたのは絵本くらいの薄い本だった。

所持者になる、その覚悟を決めてその魔法書を開けば魔法陣が描かれているのは中盤までで、後半からは何も書かれていなかった。

これは珍しいタイプの魔法書だねー。


魔法書には大きく分けて2つの種類がある。

魔法陣が描かれていて、術を召喚するタイプの魔法書。僕を選んでくれた魔法書達は全部、このタイプの魔法書だった。

そして、魔法書に書いてある長文の呪文を読んで魔法を発動するタイプの魔法書。魔法書使いではオーソドックスなのはこちらだね。

1つ目の魔法書のタイプは、媒体のある召喚術とも言えるんじゃないかと言う意見もあるから、魔法書使いは基本、2つ目のタイプの魔法書を使う人が多い。


さて、何故この魔法書が珍しいタイプの魔法書かと言うと術を自分で考え、成長させるタイプの魔法書だからだ。

基本、大体の魔法書は全てのページが埋められた状態で売られているから、余白のある魔法書は非常に珍しい。


「……貴方の期待に応えられるかどうかはわかりませんが、1つでも多くこの魔法書の余白を埋められるよう、努力していこうと思います。店主さん、僕を後継者として選んでくれてありがとうございます」


僕が後継者になるのは二つ目だ。強い力を持つと言うことは、争いごとに巻き込まれる定めを引き寄せるかもしれない。けど、強くなることを僕はやめられないのだ。

僕は、自分の命をためらわず、親友の子供を守る為に使った。逆にあの時、僕が強い力を持っていたらあの子に人が命を失う瞬間を見せずに済んだのかもしれない。

……優しいあの子のことだ、自分のせいだと無意識に考え、たくさん傷つけてしまっているかもしれない。それでも、親友のことは言え、僕はあの子を息子のように大切に思っていたから、何度繰り返そうとも身を呈してでも守ることだろう。


だから現世では、大切な誰かを守るための力が欲しい

。誰かを傷つけるのではなく、大切な誰かを傷つけないための盾が欲しい。

だが、いくら強くなろうと完璧に大切な誰かを守ることはできないから、命を守るための癒しの力が欲しい。

魔法が簡単に人の命を奪えることは理解している。強い力を所持している以上、人一倍努力をしなければいけないし、その力について理解しければならないと思う。


「小さな紳士さん。貴方は平穏な暮らしを望んでいるのでしょうけど、周りはそうは考えないでしょう。そんな考えのズレに直ぐとは言いませんが、悩む時もあるでしょう。

ですが、理解されないことに諦めてはいけないわ。ひとは十人十色、色々な方がいる。だから、どんなに訴えかけても理解してくれない人もいると思う。でもね、どうせ理解してくれないと伝える努力を捨てては駄目よ。全員は無理だけれど、貴方の考えを理解してくれる人が必ずいるわ。

そんな人が現れたなら、頼りなさい。苦しいことを一人で悩んではいけないわ。その人も頼りにされてない、信頼されてないんだと離れていってしまう。だからね、プライドが邪魔して誰かに頼れない、そんな人間にはならないで欲しいの」


店主は真剣だった。声も、顔つきも全て、僕のことを考えて忠告していることがよく分かる。

店主は恐らく、女性に対して年齢のことを考えることは失礼なんだろうが、前世と今世の年齢を合わせても年上だろうと思う。

自分より人生の経験がある人からの忠告だ、そう出来るようには努力をしよう。



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