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六話目


「おお、よく来たな。待っていたよ」


あ、珍しい。アンジュさんが誰かを笑顔で迎えるだなんて、明日の天気はきっと槍が降る。

久しぶりだな、笑顔を見たのは確か五年ぶり。


「お茶、淹れますね」


それほど大切な方なんだろうなと思う。

……会えたことが余程嬉しいくらいに。だから、再会を邪魔してはいけないから、僕はお茶の用意をしていよう。

そう考えながら、まず空腹を我慢してまで迎えに来てくれたギンノスケのご飯を用意した後、何を淹れようかと茶葉の瓶と睨めっこをしていると……。


「居づらいですよね、あの二人は何とも言い難い雰囲気を出すから」


無口な子なんだとばかり思っていたから、話しかけられたことに驚かされ、これにしようと思って手に取っていた瓶が手から滑り落ちるが、間一髪のところで彼が拾ってくれた。


「……失礼」


恥ずかしくなり、それだけ言って瓶を受け取れば、彼は無表情のままで言う。


「こちらの方こそ驚かせてしまったようですみませんでした、間一髪のところでキャッチ出来て良かったです。割れてしまったら掃除も大変ですし、貴方が怪我するかもしれなかったかもしれないですし」


そんな優しい言葉を、優しい声で言っているのに、それに釣り合わないくらい無表情で、感心するほど表情筋が硬い人なんだな。

助けて貰ってアレだけど……、


「君ってよく腹黒そうって言われてそうですね。本当は優しさでほとんどが出来てるのに、表情筋が動かないから、何か企んでいるんじゃないかと言われ、損するタイプ」


そう言って、無表情のままの彼から瓶を受け取る。


「傷つけたならごめんなさい。僕が言いたかったのは人間は見た目で判断することが多くて、本当に優しい人を見つけるのが苦手なんだなと言いたかっただけなんですよ?」


師匠の再会の邪魔しないように、話したことのない相手のところに来て、話す努力をし、怪我をさせない為に反射で瓶をキャッチする人が悪い人じゃないってことくらいわかる。

見た目で判断してはいけないんだなと改めて思った。


「僕、そんなタイプ、嫌いじゃないですよ?」


素直に言葉にすれば、彼は顔を真っ赤にさせる。

表情筋は動かないままだけど、目が動揺しているように見えた。

そんな動揺されると、僕がまるでたらしこんでいるみたいじゃないか。

……あ、よくよく考えてみれば、このセリフ口説いているとの対して変わらないわ。


「……筆頭候補なんですから、誰でもたらし込むことだけはしないで下さいよ!」


誰でもたらし込みはしないさ。

……僕は、自分の遺伝子をこの世界に残すつもりもないのだから。だから、女の子に期待させるような真似は控えたい。

僕も、アンジュさんと同じく、弟子を取って後継者を育てていくつもりでいるさ。


「……君、名前は?」


それを伝えようとした時に、不意に名前を知らないことを思い出し、聞けば、


「キラ、ですけど」


思っていた答えとは違っていたんだろうな、不服そうな視線を向けて答えてくれたから、


「キラくん、僕はね、この世界に自分の遺伝子を残すつもりがないんです。ですから、誰でもたらし込むことはしませんよ。

さっきのも、べつにたらし込むつもりもなかったですし」


思ったままのことをそう伝えた後、お茶を淹れる準備を始めれば、キラくんは無表情のまま何かを考え込んでいるようだった。





「遅かったな」


お茶を淹れたのにも関わらず、最初の一言が文句とは何事だ。


「彼と交流していたんですよ、ねぇ?」


そう返答を返した後、手伝ってくれているキラくんに視線を向ければ、素直に同意してくれたので、心置きなく言える。


「文句があるなら、今度からは自分でお茶を淹れて下さいね?」


にっこり笑って見せれば、アンジュさんはやれやれと言ったような様子で、


「……そういうの苦手なの知ってるだろう?」


なら、大人しく待ってていればいいのにと思う。

本当、たまに自分主義な所があるから、困っちゃうんだよね。……僕がいなくなったら、生きていけるんだろうかって心配になる。

まあ、僕はここを継がなくてはならないから、いなくなることは出来ないのだけれど。


「なら、多少くらい待って下さいよ。子供じゃないんですから、我慢できるでしょう?」


これじゃ、どちらが大人なのかわからないじゃないですか。全く、もうしょうがない人だな。

なんて、内心でそう考えていると、アンジュさんの部下だと思われる男性は笑って、


「貴方が、養子を迎えたと聞いたから面倒を見れるようになれたのかと感心していたのに、相変わらず面倒を見られる手のかかる方なのですね。子供に面倒を見られるとは、貴方も相変わらず変わらない人だ」


そう言った。

まあ、中身は大人みたいなものですけどね、と内心思ったが言わないでおこう。

この人は昔からこんな手のかかる人だったとは、期待を裏切らない人だ。

最終的に、前世では息子に世話を焼かれていたから人のことをあまり言えないが、そんなタイプの人間に世話を焼かれるなど、彼は僕以上に手がかかる人間なようだ。

今回だってそう、ただ思い出話を咲かせる為にこの男性を呼んだわけではなかろうに、本題に移れずにいるだなんてますます手のかかる男だ。


「昔から手のかかる男だったのですね、今だって呼んだ本題に移れずにいる。

そろそろ、本題に入られたらいかがですか?」


手のかかるこの男を置いて行くなど、奥様も気が気ではなかっただろうに。

僕では死んでも死に切れないよ。どれだけこの男は心配させれば気がすむのだろうか。

そう考えながら、言葉にはせず、呆れた表情をアンジュさんに向ける。


「すまん、ソルティ。

今日、お前を呼んだのはソルティの契約の立会人になって欲しかったからなんだ。儂では、儀式をするほどの体力がもたなくてな。

竜召喚ならまだしも、竜召喚と妖精召喚の同時儀式となれば儂では役不足だからな、召喚が得意なお前を呼んだ訳だ」


そろそろ魔力量的にもその時期だろうとは思っていたけれど、思っていたよりかはだいぶ早かったな。


「そういう事ならばお任せを」


男性はにっこりと笑った。その顔を見ながら、二人とも嫌いなタイプではないけれど何だかなぁ、苦手なタイプなんだよなぁと考えながらそれからは一言も会話を交わすことはなかった。

彼らは側近にはしたくないなと何故かそう思った。





その日の夜、月明かりの下で僕は一人、儀式を行うための魔法陣を書いていた。

正しくは、二匹と一人だが。

立会人として僕は、ゴールデンレトリバーのようか容姿をしているゴールと、ギンノスケを選んだ。

別に嫌いな訳ではないのだが、どうしても彼らに立会人になって欲しくなかったのだ。


「ギンノスケ、ゴール、我儘を言ってゴメンね」


そう謝れば、彼らは気にするなと言うかのようにただ尻尾を振り返してくれた。

アンジュさんに勝手なことをして怒られる覚悟はもう決まっている。

だけど、立会人が人間でなければならないなんてルートはどこにもないから、儀式的に問題は全くないはずである。


「さあ、始めるよ。ギンノスケ、ゴール、準備はいい?」


ギンノスケとゴールは、アンジュさんが育てた動物の中でも特に頭が良いから、儀式のしてはいけない暗黙のルールを破ることはないだろう。

ギンノスケが今日拾ったあの動物も、多分賢くなるし、あの子は僕が面倒を見なきゃならないような気がして、アンジュさんには黙っておいてと頼んだら、それを未だに守り続けていてくれているくらいだ、教えたルールや頼んだことをギンノスケは全うする性格なのは僕が一番理解してる。

有難いことに、彼らは拾った動物のことを忘れているみたいだし、気づかれないようにしないと。

そう考えた後、僕は儀式に意識を戻す。


「我、契約を望む者。

我、竜門を開き、妖精門を開く鍵を持つ者。

この血を捧げ、絆を求む。

我はソルティ、我と絆を繋げる者よ、この声に応えよ」


そう唱え終わった後、僕らは月の淡い光に包まれた。

その光がなくなった頃、魔法陣には七人の竜達が立っていた。

そして、真ん中に立っていた竜人の姿をした青年が微笑みながら近づいてきて……、


「このような手段で契約をするのは久しぶりだ。なかなか、動物に手を借りて契約に成功した例など随分と昔のことだ。しかも、動物たちも息絶えず、儀式に成功するなど珍しいこともあるものだ。余程、良い信頼関係を築けているのだな、想いは時に予測を大きく超えるものだからな」


僕の頬を撫で、愛おしむように見つめ、首筋に口づけを落とした。

竜や妖精の証拠である紋章がある場所に口づけを落とすのが契約の儀式だ。

彼の場合、首筋に紋章があるから、僕の首筋にキスをした。そこには、契約する以外の意味は何にもないのである。


「……君の名前は?」


この世界では契約の際、新しい名前を求められる場合と古くから使われ続けている名前で呼ぶように言われる場合の二つだ。契約者は暗黙のルールとして、名前を聞くと言うのが契約のマナーだ。


「我の名前はエル。古から生きる、結界の特性を与える竜である。エルと呼んで欲しい。本名を言えば、君は嫉妬をされるから、知らなくて良い」


言い捨てるように言って、僕の首筋に触れて、紋章の中へと消えた。

正しく言えば、エルは僕の一部となったのだ。だから、普段は僕の意識の中で存在し、召喚された時だけ姿を現すのだ。

そう考えているうちに、僕に呼ばれた竜が目の前に立ち、


「私はアルファ。回復の特性を与える竜よ、アルファと呼んで欲しいわ」


明らかに見た目は男性だが、これもまた個性なので気にしないでおく。中指に口づけをされ、一部となる瞬間をただ黙って見守る。

アルファの後の契約もただただ黙って見守り続けたのだった。

契約したのは妖精が二人、竜は四人だった。うち一人は相性が合わなくて、あえなく断念。

こんな夜遅くに付き合ってくれたゴールとギンノスケには感謝だ。


「ギンノスケ、ゴール、ありがとうね」


そう言えば、二匹は嬉しそうに返事をしてくれたので一先ず一安心だ。




結論から言おう、僕は今正座をさせられている。

その理由は極めて簡単なことである。昨日、ゴールとギンノスケと共に儀式を行ったということをアンジュさんはとんでもなくお怒りだ。


「何故、そんな無茶をした」


無茶?

貴方はお分かりのはずだ。僕は攻撃魔法は確かに苦手ではあるが、魔力量が多い。

だから、ギンノスケとゴールのサポートがあれば一人で儀式を行うことが出来るってことを。

ノアが不思議がっていた、ギンノスケとゴールが儀式を行っても元気でいられているのは立会人としての最低限のサポートしかしていないからだ。


「あの二人は嫌いではありません。ですが、信用は出来ないからです。

ティカロ様とフォルテさんならともかく、あの二人に立会人はして欲しくありませんでした。ですから、ゴールとギンノスケの手を借りました。立会人としての最低限なサポートがあれば、儀式を行えるぐらいの魔力量を持っていますから」


僕は全て素直に答える。

僕は、ハイわかりましたと従順に従うほど素直な人間ではないと分からせるために。


「あの二人の信用は保証する」


それでも、嫌なんだよ。何か、弱味を見せてはいけないような感じがするから。


「それでも、僕はあの人達の前では儀式を行ったりはしません。アンジュさんに対しては良い人で居続けてくれるでしょうけど、僕に対してはそうじゃないかもしれないじゃないですか。ですから、絶対に裏切らないギンノスケとゴールを立会人として選びました。

自分の実力を過信している訳ではないですよ、ですからアンジュさんが育てた動物の中でも賢くて、魔力量が多いゴールとギンノスケを選んだんですから」


会ったばかりの人間に、戦力を教えるようなものだ。信頼出来るか否か、自分の目で確かめてない段階で儀式をするのは失敗を高めるだけのこと、それなら信頼しているギンノスケとゴールとで儀式を行った方が気持ち的に楽だった。


「……気持ちは理解した。会ったばかりの人間を信用しろと言う方が間違って居たのは肯定しよう。もう少し、信頼関係を築いてから、彼に儀式の立会人を頼むべきだったな。……だが、儀式を行うなら行うで儂に一声かけるべきだったろう?

今みたいに、理由まで話してくれれば、儂だって立会人をしたと言うのに、お前は無茶をする! 良いか、自分の知らないところで儀式をして、お前が死んでしまったら、儂がどんな気持ちになるか考えたのか? あの儀式は膨大な魔力を消費する、しかもお前が行うのは竜召喚と妖精召喚の同時発動の儀式だぞ、死亡率は個々で儀式したものより数十倍に上がるんだ。

魔力量の消費の激しい儀式を行う際は、必ず儂に相談すること、今回は成功したから良かったものの、次が成功するとは限らないからな」


その助言に僕は、「ハイ」と答えることしか出来なかった。





「そんなに僕達が嫌いかい?」


朝早くに説教されたと言うのに、この男はその姿を見ていたようだ。

初めて会った時にはあまり感じなかった違和感が、アンジュさんと話している姿を見て徐々に大きくなっていった。

この男は、一度主君として認めたら、その人のことを妄信するタイプだ。彼は部下にするには、あまりにもハイリスクだと感じた。


「嫌いなのではありません、信用にならないのです。特に貴方が。

そんな相手に戦力の全容を明かす訳にはいきませんから、一人で儀式を行いました」


素直に全てを話せば、彼はまた笑う。

「参ったね」と困ったような表情を浮かべながら。


……本当は参ったななんて微塵たりとも思っていない癖に、白々しい。


昨日、キラくんはあの二人が話している時は居づらいと言っていたが、それはこの男が話しかけるなオーラを出しているからだと思う。

この男は笑顔で表情を隠すのが上手い、だから話しかけるなオーラを出していることをそれで上手く隠せているのだろう。


「……そうか、君は賢いね」


そう言った瞬間、この男は笑っているのに、眼だけは笑っていなかった。

僕は初めて、人の笑顔で恐怖を覚えた。


「……キラくんはともかく、貴方は好きになれそうもないです」


人は十人十色である。僕もそうだが、自分の中の闇を認めて生きている者もいれば、それに気づいていない者もいる。

目の前にいる男はどちらの例にも当てはまらない。

この男は、敬愛した人のためなら自分が闇になることを躊躇わないそんな人間だ。


「僕は君が好きだよ? だから、君が筆頭のうちは大人しくしておくね。君が僕を嫌いでも良いよ、それでも僕は勝手に大人しくしておくから」


そう言って、彼は僕の頬を撫でた。

その時、向けられた何の感情も映さないその瞳に恐怖を感じた。

それから、ギンノスケとゴールは、この男が滞在する期間ずっと僕の側から離れなくなった。

……僕が彼に怖がっていると感じ取ったかのように。



彼がここから去ったのは、僕が儀式を行ってから一週間後のことだった。

その間、僕はずっと鍛錬や座学に励み、彼がいると言うことで眠れない日々が続いた。

このことで、人を見る目を養うことがどれだけ大事なことなのか再認識させられた。だからこそ、行動に移さなければならないと思った。


「アンジュさん」


いつもの早朝、僕は決意したことを話すことにした。


「僕、学園に入る年まで旅に出ようと思います」


旅に出て、たくさんの人と関わりを持ってから、竜騎士としての知識を深めたい。


「そうか」


彼は賛成も、反対もしなかった。

唯一、嫌そうな顔をしたのはギンノスケとゴール。その後、すぐに考え直したのか、自分も着いて行くと言う意志を飛ばして来た。

それを受け入れなければ、行かせてくれなさそうだし、拒否権はなさそうだから素直にその意志を受け入れた。

そうすることも賛成も、反対もしなかった。

ただただ、ある程度の生活費をくれた後、


「気をつけて行って来い」


そう一言言っただけだった。



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