三話目
トホホ……と言ったような表現が似合うくらいに落ち込んだ僕に対して、ギンノスケ達は自然と集まってきて、
「心配しているだけだよ?」
「親心って奴だよ」
と言ってるかのように僕の頬を舐めて慰めてくれる。
前世、飼っていた黒猫も傷ついた時には気がついたら側にいて、負った傷を癒えるのを待つかのように側にいてくれた。
……黒猫はどうしているだろうか? 別の世界に、別人として産まれた僕にはわかることもない難問だ。
どの世界も、動物は傷ついた人間に対して優しいのだ。
どんなに人に裏切られようとも、動物は人を心の何処かで信じ続けてる。
「……お前らはどこまでも僕に対して優しいんだろうね?」
……お前らは気づいてるんだろう?
アンジュさんに、隠せている傷だとしてもお前らは記憶の底に隠している傷があるってこと。
今も、その傷は開き続けている。
僕はその傷を見て見ぬ振りをして、生きなければならない。
だから、痛みを感じてない振りをするために他のことに意識を向けるために逃げるのだ。
「……お茶、入れますね」
傷からも、過去からも全て。
僕の傷の初まりは親友の死。
そして、息子にトラウマを植え付けてしまったこと。
その二つは忘れてはならないのだ。
……その傷を塞いではいけないんだ。
「頼む、何かに傷ついている彼にこれ以上重荷を抱えさせんでくれ」
そう男性に言っていたと知ったのは随分と先の話である。
翌朝、早朝のことである。
朝の準備運動をするために僕は早起きをして、外に出ようとしてドアノブを回し、扉を開こうとした。
それと同時に、強く何かとぶつかるような衝撃音が聞こえて空を見上げれば何もなく、発想の転換で下を見れば額を抑えて踞る男性がいた。
昨日来た人ではなく、別人だったから何の用なんだろう? と思ったが、まずは人として額にぶつけたことを謝らなければならない。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
「問題ない、気にするな。良く気配を消すので、良くこういうことが起きるのだ」
すぐ返答が返って来たので、大事に至らず良かったと一安心した後……、
「気配を消さなければ良いのでは?」
そう提案して見れば、男性は思いっきり顔を上げて、さっきまでの大人の対応が嘘のように必死に、
「それでは自由行動が出来んのだよ!!
私はある程度行動を制限される立場だとは理解しているが、やはり単独行動もさせてもらえないと常に仕事モードでいなければならないから息詰まる!
私があの立場に居なければならないのは理解しているが、何でそれをそこまでして否定されなければならないんだ! 私だってな、やらなくていいなら断っている! 代わりにやってくれるなら、喜んでその座を譲ってやるさ!
だがな、父上の悲願をかなえるためなら、反対派にだって立ち向かうさ。戦争などない方が良いに決まっている、騎士だって兵士だって皆国民だ。国民の血を見たいと望む者はいるだろうか! 最初は父上の悲願をかなえる為だったさ、だがあやつと話しているうちに父上の悲願だからと思っていたが、今では自分の手でそれを成し遂げたいと思っている!
だからこそ! たまには仕事モードから息抜きをしたいのだよ! ずっと、あのまんま過ごしているとどれが本当の自分なんだかわからなくなる!」
あ、この方ティカロ様ですね、わかります。
自分の騎士を迎えに来たってところですね、あの人めちゃめちゃ大事にされてるじゃないですか。
「発言してもよろしいでしょうか?」
正体がわかった今、もう発言を自由にしてはいけないと感じた僕はティカロ様に許しを得ることにした。
そう言った僕に、彼はバレたことによる動揺で声が震えながら、「良い」と言ってくれた。
「……ティカロ様、自分の騎士を迎えに来たのですね? 彼の元へとご案内致します。
お節介だとは思いますが、自分の騎士であるあの方には素を見せてもよろしいのではありませんか? あの方の忠誠が、あなたの素顔を見たとしても揺るぐ弱さではないことは短い間過ごして見ても感じました。王として国民に弱さを見せられない分、頼れる人材を、弱さを見せられる部下が居た方があなたの心が安定するのではと思います。
ティカロ様、あなたは王なのです。自由などなく、国の柱としてその座を退くまで強くあり続けなければならないことは良くご理解だと思います。悲願を成し遂げる為には、あなたの自由と引き換えにしなければ成し得ないことなのです、自分を強く保つ為にどうしたら良いのか今一度お考え直される時が来たと私はそう思います」
案内致しますねとそう言った後、ドアを押さえながら中へどうぞと言おうとした瞬間、僕はティカロ様に抱きしめられていた。
泣いている幼子を慰めるかのように優しく頭を撫でながら、ただただ優しく包み込んでくれた。
理由はわからない。
ただ、その腕が、その手があまりにも優しすぎて泣きそうになった。
何で抱きしめたのか、彼はその話に触れなかった。
ただただ、抱きしめたと言うことを何事もなかったかのように振舞っていた。
「フォルテ!!」
客室へと彼を案内すれば、療養中だった騎士ことフォルテさんに飛びつくように抱きついた。
……抱きしめる癖のある方なのか……。
とそう思いたかったが、明らかに雰囲気が違う。
今のティカロ様は親愛なる人に向けるような雰囲気だが、さっきまでの彼は男性なのに聖女のような雰囲気があった。
「……発言してもよろしいでしょうか?」
明らかにフォルテさんは怒っている。
手のひらを、見ているこちらが痛くなるくらいに強く握り、優しげな笑顔を浮かべていた顔には眉間にシワがよっているからだ。
それを感じ取ったのか、
「……よろしい」
そう言った声は微かに震えているような気がした。
「ティカロ様……⁈ どうしてここに?
こんな早い時間に、しかも護衛を付けずに移動されるとは何をお考えになっておられるんですか‼︎」
にっこりと満面の笑顔で、怒声の効いた声でティカロ様を叱責した。
……優しい人ほど怒らせると怖いって言うのも、あながち間違いじゃないな。
その光景を生温かい目で見守る。
「フォルテが心配でだな……、その……」
「だからと言って、護衛に何も告げずに来られたんじゃありませんよね? 貴方って人はもう、いつもいつも脱走して、探させられる方のことも考えてくださいよ! 毎度毎度脱走されるたびに、見つけられるのは私だけだからと繰り出される身にもなって下さいよ。私にも責務と言うものがあり、私の責務が遅れると部下達にも影響が出るのですよ。
私だけで済むならば構いませんが、部下まで困る目に遭うのは不本意です。貴方はもっとご自分のお立場をご理解して下さいませ! ったく、貴方って方はどれだけ私を心配させれば済むのですか! 心配なさって下さることは有難いことです、それについては怒りません。
ですが、その気配を消す癖をどうにかして下さいませ! 言って下されば、護衛の数を減らす時間も作りますし、なんなら仕事をしながらですが、私だけが護衛する時間も極秘に作らせます。条件として、部屋の外には護衛を最低限つけさせて頂きますよ。部屋の中の護衛は私だけで勤めさせて頂きます」
フォルテさんって女性脳なのかな……?
怒りが過去のことまで発展している。
……でも、偉い立場になればなるほどこうして怒ってくれる人がいるってことは貴重なことだ。もっと、ティカロ様はフォルテさんを大切にした方が良いと思う。
そう考えながら、僕は傍観者を続ける。
あ、姫騎士と王様の話とか面白そうだな。フォルテさんを姫騎士のモデルにして、潜在能力的には高いのに前王のスペックの高さに悩み苦しむヒーローを助けるヒロインの話を書こうかな。
そうするには、後でティカロ様かアンジュさんに王家の責務についてと、フォルテさんの責務や役職について詳しく聞く必要があるな。
それを参考に、ストックしておいたプロットを文章化にするとして、後は何について調べる必要があるかな?
貴族でもないのに社交ダンス、マナーを学ぶ理由がわからなかったけど、作品の役に立ちそうだし、あとはこの国の歴史と魔法についてもっと調べる必要がありそうだ。
あとは後で市場に行って、この国の文学の傾向、読む人の特徴、読み書きが誰でも出来る環境にあるか、どの年代、男性向けを書くのか女性向けを書くのか考える必要があるな……。
一通り考え終わった後、ふと意識を二人に向けると、
「ソルティくん!」
呼ばれていたことに初めて気づき、僕はどれだけ考え込んでいたかを自覚した。
「ごめんなさい! 思考を明後日の方向に飛ばしてました! 話の決着はつきましたか?」
「お陰様で」
そう聞いた瞬間、企んでいるとあからさまにわかるくらいにニヤリと笑って、
「じゃあ、お願いがあるんですけど」
その顔に似合わないくらいに、可愛い子ぶってお願いをすると、二人は顔を見合わせた。




