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一話目


息子の二十歳の成人式を祝うため、自動車をパーキングに停めて会場まで歩いていた。

愛する息子のためでなくては、こんな雪の中を歩いたりしない。

あれから十八年か……。年の流れを気にするなど、僕も歳を取ったものだ。

息子は、僕の大切な親友の息子で、親友が事故にあい、親戚にたらい回しにされそうなところを見かねて引き取った。


創平そうへいさん!」


正直、子供はあまり好きではなかったし、ませている子供は特にあまり好きではなかった。だけど、親友の血を継ぐ子がたらい回しにされて、笑顔を失うかもしれないと思うと放ってはおけなかった。

今では、養子にして良かったと思っている。

親友によく似た笑顔を奪わずに済んだし、親心がどういうものなのか、少しだけ人間らしさを取り戻せたから。


「……袴、良く似合ってるよ」


その袴は親友の葬式の時、頼み込んで頂けた親友の形見の一つであるもの。

僕と彼との付き合いは、成人式よりも十年前のことだから、袴を持っていることを知っていた。だから、親友にちゃんと愛されていたんだと言うことを自覚させるために、袴だけは形見として息子の手元にあって欲しかった。

親友の叔父による説得で、息子宛に貯金していたもの以外の金銭は親戚で分け、遺品は優先的に持って帰っていいことになったから、こうして息子の側にあいつの生きた証を残しておいてやれた。

そのおかげで、親友は今でも彼の唯一無二のお父さんだ。


「ありがとっ、創平さん!

この前、創平さんに父さんの携帯借りてたじゃん? データ復旧させて、別の端末に移すこと成功したから渡しておくね。

ついでに音楽プレーヤーのデータとかパソコンのデータとかも写しておいたから!

これらは創平さんが持っておいた方が良いと思う。機種を超えて保存出来る端末を開発すると決めて、創平さんの顔が広いおかげでこんなにも早く実現出来た。……これからも、迷惑かけるかもしれないけど、これがお礼になるかはわからないけど受け取って欲しい」


……僕が持つべき……?

疑問に思いながらも、その思いを無下にしないため、落とさないように丁寧に受け取り、胸ポケットにそれをしまった後……、息子の背後から嫌な予感がして僕は咄嗟に息子のことを突き飛ばした。

それと同時に脇腹を深く刺された。


「……っ! 創平さんっ!」


駆け寄ろうとする息子を守るように、僕は脇腹を押さえながら近付いて抱きしめる。


「よく聞け、一度しか言わないぞ。

瀬斗せと、お前は僕とあいつの宝物だよ。大事な大事な息子だ、愛してる。

そんなお前を守れるなら、この命だってくれてやる。だから、幸せになれよ……」


そう言った瞬間、何かが身体を貫いた感覚がした。

痛みを通り越して、何も感じず、ただただ身体は血管から漏れた血液を吐き出す。

雪は真っ赤に染まり、その光景も徐々に歪んでいく。それに、死期を悟った僕はただただ息子の顔を撫でて、息子の顔を頭に焼き付ける。


「瀬斗、愛してるよ」


撫でることもできなくなり、意識も途切れそうになる中、もう一度気持ちを伝えたのが最期の記憶。





目が覚めたら真っ白な空間にいた、発狂してしまいそうなくらいの真っ白い世界に。

真っ白な服を着させられて、手には何故か息子の瀬斗から貰った端末を握らされていた。


……死んだはずなのに、何故にこれが手に握らされているのだろうか?


「それは儂からの詫びの品じゃ」


誰もいないはずの空間なのに、何処からか声が聞こえ、しかも心を読んで僕の疑問に答えている。


「……驚かないんだな」


詫びの品だと教えてくれた人よりも随分と若い男性の声がそう言った。


……小説家ですからね。


と、内心でそう答える。正直、今の精神状況で誰かと話すのはきつい。


「……そうか。……すまなかった。

その品は充電も切れないシステムと、壊れないように加護をかけてあるが、何かあればその品の夢見システムを使ってくれ。不具合があればそれを通して直す。

すまない、本当はシステムをいじりたくはなかったんだがこればっかりは無理でな」


引き続き、若い方の男性が声をかけ続けてくれた。


「……親友とお前の子、あの子は強いな。

あの子のしたいことが上手くいくことを私は陰ながら祈っておくよ、お前の代わりに。

だから、お前も二度目の人生も幸せに生きてくれ」


そう言われた瞬間、何かが僕の肩に触れ、何処かに落ちるような感覚に襲われた。その感覚に抗うことなく、そこで意識が途切れた。




意識を取り戻した時には、僕は泣いていて、森の中にいた。

残酷なことをするもんだと思った。

こんな赤ん坊を、危ない野生動物がいそうなところに放り出すなど親としてどうかしている。


……また、天国へととんぼ返りかな。


そう考えた瞬間、いつの間にか目の前に白銀の狼がいたことに気づいた。

反射で、赤ん坊のお仕事である「泣く」と言う行動をしてしまいそうになるが、ここはぐっと堪えた。

そんな行動をしているうちに、口を開けた狼が近づいてきて、とんぼ返り決定だと思った瞬間、予想外の行動をした。

狼は、僕を背中に乗せ、落ちないように歩き出したのだ。


ーーえ? 僕、狼に育てられちゃう系男子ですか? 前世、住んでたところの森には狼はいなかったから、もしかしてファンタジー世界に転生しちゃった系ですか?

小説家魂、燃えちゃうんですけど、紙くれませんかね。


赤ん坊だと言うことを忘れて、紙が欲しいと言う欲求ばかりが頭によぎる。

そんな自分に、今世も小説家になるしかないなと苦笑いをすることしか出来なかった。

そうしているうちに、狼の近くに一人のお年寄りがやって来て、


「ギンノスケ! またお前は拾ってきたのか!

子猫、子犬、小鳥、子狼、子狐、スライムの次はついに赤ん坊か!!

……ツキノオオカミはオスは父性もなく、メスに子育てを任す生き物のはずなんだか……、お前はとことん当てはまらない奴だな……。

まあ、狼に育てられた訳じゃなく、儂に育てられたのだからしょうがないか……、実際息子を育ててた時を見守ってるんだから男も子育てするもんだと思ってもしょうがないよな……」


狼……いや、ギンノスケにそう話しかけて撫でた後、文句を言っていた割には慈愛深そうな表情を浮かべながら、背中にいた僕を優しく抱えた。

そんな僕は無防備にも、スライムを拾って来たと言うことはどう言うことなのか、真剣に考え込んでいたのだった。


……ああ、本当に紙とペンを下さいませんかね?!


赤ん坊になっても、小説を書きたくて書きたくてうずうずしてしまうのは前世の職業病だとそう思いたい。




おじいさんとギンノスケの家ははっきりと言って、動物だらけだった。

かと言って、野生的なタイプではなく、ギンノスケのような温厚で優しい動物だらけだ。

添い寝をしてくれたり、匂いでオムツ替えのタイミングをおじいさんに教えてくれたりと面倒見の良い。

おじいさんの家族はたくさんの動物達だ。


狼のギンノスケ。

カワウソみたいな動物の、ユキジ。

僕が知っている半分くらいの大きさで、雪の様に真っ白なキツネ、ユリ。

推定一メートルくらいの黒うさぎ、ルーン。

そんな黒うさぎより若干大きい白猫、マリー。

ゴールデンレトリバーのような見た目の、ゴール。

動物? なのかわからないがスライムのウォル。

黒に近い青い鳥、ソラ。


数は不明だが、牛とヤギと羊を飼っているらしい。


「……随分と大人しい赤子だな。

ギンノスケを見ても、ユリを見ても、ルーンやマリーを見ても泣かないだなんて。

あいつの息子娘は泣いたと言うのに、菩薩のように優しい目をしてやがる」


……菩薩のように優しいのはあなたの方だと思いますよ。

と、内心そう呟いてみる。

そんな僕を見て、不思議そうな顔をしながらも、


「まあ、いいか。人間十人十色と言うし、赤ん坊の時も十人十色。こんな赤ん坊もいるわな?

育てるからには、役場に行かなくちゃな。出生届を出して、養子縁組をして、名前をつけやらんと名前を呼んでもやれん。

ギンノスケ、街に出掛ける準備をせい!」


案外、真面目な性格のようで、手慣れたようにどう手続きをするかを呪文のように唱えながら、出掛ける準備をおじいさんはしていた。

その間に、ギンノスケはおじいさんに言われた通りに自分が必要なものを引っ張り出して、自分の目の前において、主人の準備が終わるのを従順に待っていた。


……ギンノスケ、賢いな……。


そう考えながら、側にいるユキジをペチペチと触れば、触りやすいようにすり寄って来た。


……かわいい、癒されるわぁ。


なんて、動物達に癒されている間に準備が終わったようで、おじいさんは慣れた手つきで抱っこをし、ギンノスケにおんぶさせた。

ギンノスケは慣れているのか、抱っこ紐を嫌がらず、慣れたように揺れが少ないように立ち上がる。

一応言っておくが、ちゃんと首が座っているので、ギンノスケにおんぶされてても大丈夫だ。


「……そろそろ後継者が欲しかったしな、この子ならギンノスケ達も気に入っているし、大丈夫だな」


なんの後継者にさせられるんだろう? と考えながらも、赤ん坊で生活も自分でままならない僕はおじいさんを頼るしかなかった。


「……まあ、本人の同意が得られたらの話だがなぁ。無理矢理後継者にしようとするのは良くないからな、押し付けは良くないからのう。なあ、ギンノスケ?」


その言葉にギンノスケは、「ウォン!」と元気よく返事をした。

……良かった、無理矢理後継者にしようとは考えてないみたいで。

でも、出来れば後継者になってあげたいなとは思うけど、何をするかがわからない今、判断しようがないと言うか……。

ぐずぐず考えているうちに、眠くなって来て、気づいたらもう手続きを終えていて、ソルティという名前になっていた。





ソルティとなってから三年目となりました。

意外と、おじいさんことアンジュさんは教育パパだと言うことが判明したついこの頃。

二歳の時、薬草や植物、食べ物に興味を示した時には徹底的に教え込まれた。

それに、本に興味を示せば何ヶ国語も教え込まれたし、ついには古代語まで教え込まれた。

アンジュさん、只者じゃない気がして来た。


古代語はまだわかる、動物達に指示を出す時に一番通じやすいのが古代語だからだ。

だけど、他言語を話せると言うことは、様々な国に旅でもしていたんだろうか?


あとは体術と銃術、薬学、魔法学、ガーデニング、動物達との意識疎通の仕方とか、前世で言う一般常識とかかな?

アンジュさんは隠居中だから、勉強とかは全部彼が教えてくれているんだ。

学校のように時間割を組まれてね?

その教育を二歳から受けてるんだ、ある意味英才教育だよね。


「ウォン!」


そんなことを考えていると、ギンノスケが僕に対して何かを訴えかけて来たため、意識を集中させるとイメージが流れて来た。

僕はまだまだ修行の身のため、ギンノスケが何を言いたいのかはわからないけど、伝えたいイメージを感じ取ることは出来るから、何となく何が言いたいのかはわかったような気がした。

ちなみに、アンジュさんレベルになると、集中しなくともギンノスケと会話をすることが出来るらしい。


「怪我している人がいるんだね? 」


そう聞けば、ギンノスケは「ウォン」と一回返事をして、案内するから乗れと言うような動作をしたから素直にそれに従えば、普段自分が走る全力の半分くらいのスピードで走り出した。

僕を振り落とさないように気を使っているんだろう。


数分後、ギンノスケは急に止まった。

ギンノスケは急停止しか出来ないので、僕は振り落とされないようにしっかりと首に抱きついた後、跳ねるように飛び降りて、倒れている男性に駆け寄る。


「だいじょうぶですか?」


拙い敬語でそう声をかければ、痛みで声を出せないのか、声にならない声で男性は唸った。


「回復薬、のませますね」


と半強制的に、魔法具のカバンから取り出した回復薬を飲み口を男性の口に押し込むように当てて、飲ませればむせながらも徐々に回復していくのが目に見えてわかる。


「もう一本、ひつようみたいですね」


歩けるくらいの体力が戻ってないと判断し、もう一回さっきの行動を繰り返せば、また男性はむせて、


「……顔に似合わず、随分と男前なんだな」


そう言われ、苦笑いをされてしまって悔しかったので


「あなたも顔ににあわず、ずいぶんとやさしい声なんですね」


そう言ってから、男性に手を差し伸べれば、彼は素直に差し出した手を握り、立ち上がったその時、


「……俺の主人も、君のような優しい子なら良かったのに……」


あまりに辛そうな顔をしながら呟くものだから、僕はそのまま手を繋ぎながら自宅へと歩き始めたのだった。



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