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きみの物語  作者: りいち
8/32

第8話:寝てる時こそ注意しろ



「という事で、やりますか」


「は?」



 寿司も食べてお腹もいい感じに張った頃、ボスがドン、と一升瓶を取り出し床に置いた。

 この時ばかりは待ってましたと言わんばかりの勢いでみんな準備を進める。どうやらボスはたまにしかアジトに帰って来ない為、帰るたびにみんなで飲み会をするのが定番らしいのだ。仲が良いのやら悪いのやら。いや、何だかんだでいいんだろうな。



「つまみ出せー、つまみ」


「冷蔵庫に酒あったろ、取ってこい鬼大」


「はい、ミナミさん」



 みんな楽しそうだ。私も紙コップを渡され、酒を注がれる。

 真ん中に立つのは勿論ボス。



「えー、本日はわたくしの為にお集まり頂きまして誠に」


「かんぱーい!」


「いえーい!」


「……解雇しようかな、全員」



 残念ながらボスの挨拶はみんなのテンションにかき消された。みんなただ酒が飲みたいだけなのだ。

 決して強い方じゃないけど私もチョビチョビと口をつける。それにしてもみんなのペースの早いこと。バスケのスタメン選手が試合終了後に飲むスポーツドリンクとほぼ同じペースでガブガブと飲み続けている。

 飲み始めてから三十分。どんだけ酒強いんだよ、と思って見るとアルやミナミなんかはもう既に顔が真っ赤になっていた。

 そうかと思えばボスと鬼大が二人で日頃の愚痴を零しており、その傍らでは飛翔とグンゼが一気飲みの勝負をしている。ある意味戦場だよ。

 すると既に目の座ったミナミが近付いてきた。



「おい小娘、何か芸をして俺を楽しませろ」


「アンタ何王国の何王様?」


「そうだな、例えば鬼大の額をかち割って脳みそを噴水のように……」


「話を聞けよ。ていうかそれ既に私じゃなくて鬼大の芸だよ」



 すると今度はベロベロに酔いまくった飛翔がにじり寄ってきた。うわ、酒臭いよ。



「レンちゃんよォ〜飲んでるかァ〜」


「ぎゃー!変なとこ触んな変態!」


「んだよォ、貧乳がこれ以上小さくなるわけじゃねェだろォ」


「なってたまるか」



 飛翔の頭を一発叩き、フンと背中を向ける。だいたい貧乳貧乳うっせんだよこの組織。そんなに巨乳が好きならお前らの胸筋にシリコン死ぬほど詰め込んでやるから一生それ揉んどけば……ってヤバいよ私も酔ってるかも。



「吐きそう……」


「うわ、アルが危険だぞー」


「きたねーなァ、吐くならトイレ行けよ」


「弱いくせに無理して飲むからだろ」



 苦しむアルに誰も手を貸そうとしない。何て冷たい奴らだよ。

 大丈夫?とアルの背中をさする。すると半泣き状態で抱きついてきた。その真っ赤な顔が可愛くて思わず心を奪われそうになった。これ立場逆だよね、普通。



「レン〜気持ち悪い〜」



 そう言ってすがりついてくるアル。その時突然誰かの蹴りがアルのわき腹にヒットした。うっ、と吐きそうになったアルは何とか口を手で抑え、最悪のケースは逃れた。

 蹴りを入れた犯人、それは組織で一番の暴れん坊将軍、グンゼ。アルを睨みつけると「見苦しいんだよ」と一言、空の酒瓶を投げつけた。



「ちょっとひどいよグンゼ!アルが可哀想だよ!」


「うっせぇブス」


「んだとコラ。やんのかハゲ」


「誰がハゲだクソブス。表出ろや」


「上等だよ。丸刈りにしてやるから覚悟しろよ」



 やっぱり始まるグンゼとの言い合い。既に苦しむアルはそっちのけ。

 こうして時間はあっという間に過ぎていった。







 どれくらい時間が経っただろう。いつの間にか外は明るく、窓からは朝の光が差し込んでいた。

 むくりと起き上がり居間を見渡す。体がだるくて頭が異様に重い。グンゼと言い合いしてたとこまでは覚えてるんだけどそこから先の記憶がない。

 倒れた酒瓶に気絶したように眠る一同。チッ、誰だよイビキうっせぇの。ていうか部屋汚い。ソファーの位置ズレてる。つまみもお酒も巻き散らかしてる。鬼大の仕事がまた増えた。

 一向に起きる気配のない一同を見て、私も一眠りしようと再びゴロンと横になる。しかしボスの姿がないことに気付いた。不思議に思った私は再び起き上がる。死体のようにゴロゴロ転がっているみんなの身体をよけながら居間から脱出した。



「ボス……?」



 廊下を抜けて玄関のドアを開ける。いつもと同じジャングルが広がるそこには一人、ボスが立っていた。

 暑い日差しが私を照らす。上を見ると随分と高い位置まで太陽がのぼっていた。こんな時までボスは黒スーツだ。日光の吸収すごいよね、確実に。

 後ろから声をかけると、私がいる事に気づいていたのかゆっくり振り向くボス。



「起きたのか」


「まぁね。何してんの?」


「俺は仕事。また何週間かアジト開けるから、よろしくな」


「……多忙だねぇ」


「今日は休んでいいってアイツらに伝えといてくれるか」


「うん」



 ありがとう、と短く言ってボスは背中を向けた。去ろうとするその背中に、私は思わず問いかける。



「私のこと、信じてくれたの?疑ってるんでしょ、居候なんて」



 ボスは立ち止まり、ゆっくりこちらを向いた。



「俺は仲間以外は誰も信じないよ、君のことも全然信用してない」


「……」


「でもアイツらが君のこと気に入ってるみたいだから。あんな楽しそうな顔久しぶりに見れたから、だったらまぁいいかなって思って」



 そう言うとまた微笑んだ。何も言わない私に小さく手をふる。



「よろしくね。ひと癖もふた癖もある奴らだけど、助けてやってね。特に……」


「……」


「……ま、いいや」



 ボスは今度こそ背中を向けて歩き出した。もう振り向くことはなかった。まるで子供達を残して出稼ぎに行く父親みたいだ。あんな子供ら、私は絶対嫌だけど。

 ここがボスの帰る場所なんだ。ここがあるからボスは頑張って‘仕事’できるのか……。

 最後の言葉は気になったけど、気にしないことにした。いつかボスが心から私のことを信用してくれた時、話してもらおう。



「もっかい寝よっと」



 私は大きな欠伸をひとつこぼし、背伸びをする。太陽を十分に浴びてから、ボスの大事な大事なアジトへ戻って行った。



(飲み会の準備して、みんなで帰ってくるの待ってるからね)







「おい、バカ。押すな」


「悪い、悪い」


「ほんっとバカだなこいつ」



 微妙にかかる顔への圧力と耳に入る意味不明な会話で目を覚ました。ぼんやりと映るそこには人影が三つ。思考が追いつかずしばらく薄目を開けたままぼーっとしていると、三人の中の誰かが「あ、起きた」と笑い混じりに言った。



「なに……?」



 だんだんはっきりしてくる視界。私の顔を覗いていたのは飛翔、アル、ミナミの三人。何してるのかと聞けば三人揃って何でもない、と笑顔で返ってきた。怪しすぎる。

 とりあえず身体を起こし、背中を伸ばす。壁にかかっている時計を見るともう夕方だった。随分寝ていたらしい。部屋の中はすっかり片付いて元通り。台所からは美味しそうな匂いが漂っている。きっと鬼大が夕飯でも作ってるんだろう。

 あ、そういえば……



「朝ね、リーダーが仕事行くからまた何週間かアジト開けるって」


「おう、いつものことだ」



 そう言うものの飛翔は私と目を合わそうとしない。不思議に思い他の二人に目をやると、やはりそらされる。何なんだ、一体。



「……ま、いいや」



 シャワーでも浴びようと思い三人を残して居間を出た。そういえばグンゼの姿がなかった。……部屋かな。

 風呂場に入り、ふいに脱衣所にある鏡を見てみる。自分の顔を見た瞬間、血の気が引いた。



「アイツら……」



 顔には油性ペンでバカやら貧乳やら鼻毛やらを書かれていた。こんなレベルの低いイタズラをするアイツらの脳みそを一度覗いてみたい。きっとシワひとつないツルッツルの脳みそなんだろうけど。

 鏡に映った間抜けな顔をしばらく見つめたあと、奥の奥から湧き上がる怒り。

 すぐにその場を飛び出し居間へと戻った。勢いよく戸を開ければ、待ってましたと言わんばかりに笑い転げる三人。



「お、やっと鏡見たかァ?」


「見たよ、見ましたとも。随分素敵なお顔にしてくれたじゃありませんか」



 そう言って相変わらず笑っている三人のみぞおちに一発ずつ蹴りを入れた。うっ、とくぐもった声を漏らしたものの、私の顔を見ると再び笑い出した。



「女の子の顔に落書きなんて信じられないよ!もうお嫁に行けないよ!」


「落ち着けレン、心配しなくても既に手遅れ……」


「黙れよナルシスト」



 ミナミの胸ぐらを掴んでメンチを切っていると後ろで戸の開く音がした。「あ、グンゼ」というアルの言葉に反射的に振り向く。

 居間に入ってきたグンゼ。目が合った瞬間、彼は不快そうに眉をしかめた。ただでさえ仏頂面なのに。



「新手の嫌がらせか、バカ女」


「何でだよ。明らかに私が被害者だよ」



 やっと笑いのおさまった三人。笑いすぎでヒーヒー言いながら、ごめんごめんと謝っている。

 グンゼは卓袱台のそばにどっかりと座り、置いてあったお茶を一杯飲んだ。溜め息をつきながらもう一度私を見る。



「油性だよこれ!最低だよこいつら!悪魔だよ!」


「大して変わらねーよ、元がブスなんだから」


「今夜のグンゼの晩御飯、毒でも盛っとこうかな」


「そんなもんが俺に効くかよ」



 そう捨て台詞を吐いてグンゼは再び居間を出た。憎たらしいその背中に舌を突き出し、少し遅れて私も居間から出る。

 向かった先はもちろん風呂場。そもそもの目的だったシャワーを浴びたいし、何より早くこの忌々しい落書きを落とさなくては。その前に落ちるかな、油性だし……。

 服を脱ごうとした時、勢いよく開く扉。

 グンゼだった。本当にノックという言葉を知らないのか、この男は。



「覗きは犯罪だよ」


「安心しろ、貧相な胸に興味はない」


「うわー、言っちゃったよそれ」



 何の用よ、と聞けばふてぶてしくある物を差し出してきた。



「これ、やる」


「何これ。石鹸?」


「ミナミ専用の洗顔。何か知らんけどすげぇ高いやつらしい。あいつ自分にかける金だけは惜しまねぇから」


「……ふーん」


「これだったらその落書きも消えるんじゃね?」



 ほら、とそう言って私の手に洗顔を無理矢理のせる。グンゼの意外な行動に戸惑った私はお礼を言うのも忘れ、ただ手の平にかかるずしりとした重みを確かめていた。



「よくあのミナミが貸してくれたね」


「んなわけねーだろ。勝手に部屋から取ってきたんだよ」


「やっぱり」


「使い終わったら見つからねぇようにこっそり戻しとけよ」


「うん」



 頷いたあとにありがとう、という一言が素直に出せず不自然に流れる沈黙。とにかく何か言わなければと焦って出た言葉が「たまにはいいことするじゃん」という可愛くないものだった。

 言った直後、やばいと思ったけど、グンゼは私の皮肉を軽く鼻で笑っただけだった。



「ほんっと可愛くねー」



 長風呂すんなよ、と言ってグンゼは風呂場から出た。バタンと扉が小さく音をたてて閉まる。

 手のひらの小さな石鹸を無意識に握り、小さな声でお礼を言った。



「……ありがとね」



 こんな簡単な言葉が、何ですぐに出てこないのかな。









 グンゼの言った通り、ミナミの高級洗顔は驚く程綺麗に落ちた。それはもう見事ツルンツルンのたまご肌に。さすがは組織一のナルシスト、ミナミ。美への追求は半端じゃない。

 とりあえず洗顔は返さなきゃいけない。早々にスウェットに着替えると、首にタオルをかけ濡れた髪のまま風呂場を飛び出した。

 薄暗い廊下は幸い誰もいない。ミナミはきっとまだアルや飛翔と一緒に居間にいるだろうし。



「お、ここだ」



 ミナミの部屋は私の部屋の向かい側にある。誰もいないかもう一度確認したあと緊張する手を抑え、そっとドアを開けた。

 男の部屋とは思えない、小綺麗な部屋だった。一度だけミナミの部屋を覗いた時があったけど、奥までは見ていなかったのだ。

 綺麗に整えられた真っ白なベッドシーツはシワひとつできてない。棚にはよく分からない美容器具がズラリと並べられてあった。全身鏡以外に手鏡も何個か置いてある。



「何だよこの部屋。男のくせに気持ち悪いな。だいたいナルシストなんだよね、あいつって性格も鬼だし……」


「鬼で悪かったな」


「え、」



 背中から伝わる声に血の気が引いた。恐る恐る振り向くとそこには冷たい表情で私を見下ろすミナミが。鬼、鬼だよ。本物の鬼がいるよ。

 あまりの迫力に圧された私はすぐさま土下座の態勢に入った。上から私の頭をペシペシと叩きながら怒り混じりの声でミナミが言う。



「人の部屋で何をしてるんだ、何を」


「す、みません……」


「不法侵入は立派な犯罪だぞ、小娘」


「殺し屋って時点であなたも既に犯罪者ですけど」


「……」


「……すみません」



 何をしてたんだ、という彼の問いに、私は洗顔を差し出した。その瞬間ミナミの顔色がみるみる変わる。やばい、物凄くやばい。絶対怒ってるよ、これ。



「ほぅ……命がいらないらしいな」



 懐からナイフを取り出すミナミ。目が本気だ、本気で殺るつもりだこいつ。



「そ、そもそもあんた達が落書きなんてするからじゃん!」


「知るか」


「うわー……自己中。引くわー」


「……」


「すみません、もうしませんからその光り物しまって下さい」



 その後ひたすら秘技、土下座で何とか命拾いした私。



「次はないと思え、小娘」


「……はい」



 やはりただ者じゃない、ミナミ。





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