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きみの物語  作者: りいち
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第5話:優しい殺し屋


 殺し屋、という職業を私は解っていなかった。



「……大丈夫だよ。帰ろう」



 差し伸べてくるアルの手を反射的に振り払う。彼は驚いた表情をしたあと、悲しそうに視線をそらした。

 違う。違うんだよ、アル。嫌いだとかそういうことじゃなくて、ただ怖いの。



「何やってんだァ」



 足音もなく、突然現れた飛翔に身体をびくりと震わせる。彼はアルの近くまで来ると眉をひそめて私を見た。いや、正確には私についている返り血を見たのだ。そして後ろに転がっている死体を確認すると、口角を釣り上げた。初めて会った時と同じく虚ろで鋭い眼をした飛翔に、私は心の底から恐怖を覚えた。



「テメェが殺ったのか……」




「あ……」


「やるじゃねェか」



 飛翔はそう言って、自分の指についていた血をペロリと舐める。

 やめろよ、とアルが止めに入るものの一度スイッチの入ってしまった飛翔はその言葉に耳を貸そうとしない。私に近づき血で汚れた手を伸ばしてきた。恐怖で動けず、歯がカタカタと音を立てて情けなく震える。



「これでお前も、俺たちと同じだなァ」



 飛翔の指先が私の頬に触れた瞬間、突然横から人影が現れた。あ、と声を漏らすより先にその人物は飛翔のこめかみ目掛けて拳を振り上げ、そのまま殴った。それはそれはかなりの力で。何せ殴られた飛翔は不意打ちとはいえ数メートル吹っ飛んだのだから。

 殴った人物、グンゼは軽く息を切らしながら倒れた飛翔を見下ろす。そして少し離れた所にいるアルを睨んだ。



「何ボケッとしてんだ阿呆。今俺が止めてなかったらレンは死んでたぞ」


「……ごめん」



 アルが申し訳無さそうに私を見る。その視線に耐えきれず、思わず目を逸らした。

 飛翔の身体がぴくりと動く。彼はゆっくりと身体を起こすと何事もなかったかのように座り込んだ。その表情がいつもの飛翔であることにホッと胸を撫で下ろす。



「あれ?何で俺倒れて……え、レン?お前服にすげー血ついてんぞ」


「……」



 何も言わない私に、更に困ったように飛翔は辺りを見渡す。



「さっきお前、レンのこと殺そうとしたんだよ」


「は?俺が?うわ、やべー……また記憶飛んでるわァ。悪いな、レンちゃんよォ」



 ヘラヘラと笑ったあと、飛翔は立ち上がって背筋を伸ばす。「今日もよく働いたぜ」と満足そうに言うと、改めて私たちを見た。



「……帰らねェの、お前ら」


「いや、」



 行こう、とアルは静かに言い飛翔と共に歩き出す。私はその後ろをトボトボと着いて行った。グンゼはわざと歩く速度を私に合わせ、隣にいてくれた。










 帰る途中、誰も口を開かなかった。あの飛翔でさえ空気を読んだのか、時折わざとらしく口笛を吹くものの、それ以上は何も言わない。

 アジトに到着し、お帰りなさいと言う鬼大に返事もせず一直線に洗面所へ向かった。血のついた顔と手を洗う。皮膚が真っ赤になるくらい、ひたすら洗い続けた。

 そして男の死体を思い出しては、吐いた。



「どうかしたんですか、レンさん」



 慌てて駆けつけてきた鬼大の声。深く呼吸をしたあと、何でもないと呟いた。

 タオルを掴み乱暴に拭いたあと、鬼大の顔も見ないまま洗面所を出る。



「疲れたから、寝るね」



 私は廊下の一番奥の部屋へ入った。一週間前は卑猥な本で埋め尽くされていたこの部屋も、今じゃすっかり私使用の普通の部屋。

 服を脱ぎ捨てゴミ箱に投げる。引き出しから適当に着替えを取り出し力なく袖を通した。



「私が……殺したんだ」



 幾ら血を洗っても服を着替えても、耳に残る何人もの悲鳴。手は刺した時のあの感触を覚えてる。男の死に顔が目に焼き付いて離れない。顔に散った生ぬるい液体。最期に流した男の冷たい涙も、全てがしっかりと記憶に刻まれている。



「ごめんなさい……」



 謝っても時間は戻らない。死んだ人間は二度と生き返らないのだ。涙なんか流したって、誰にも届かない。

 私はベッドにもたれかかり、混乱した頭でどれほどの時間を過ごしただろう。窓から見える外はすっかり暗くなり、同時に虫の声が聞こえてきていた。

 いつもなら夕飯の時間。だけど食べる気力がない。動く力もない。再びベッドに顔をうずめた時、ドアが三回ノックされた。



「レン、ちょっといいか」



 アルの声だった。落ち着いた、いつもの声。無視を決め込んだ私は返事をしなかった。にもかかわらず鍵のついていないドアは勝手に開かれる。入ってきたのはやはりアル。



「話がしたいんだ」



 そう言って私の正面に腰を下ろした。

 暫くの沈黙のあと、アルは言う。



「レンは悪くないよ。あんな所に一人にした俺が悪かった。本当なら連れてくるべきじゃなかったのに甘かったよ……ごめん」


「違うよ……私が勝手に着いて行っただけだよ」


「怖かっただろ。もう絶対あんな目に合わせないから……だから」


「……」


「普通に接してくれるか?」



 私は何も答えなかった。アルが悪いとかじゃない。悪いのは100パーセント私だ。アルが謝る理由はない。だけど、



「……アルは、平気?」


「え?」


「人を殺して……アルは平気なの?」



 今度はアルが黙り込んだ。言葉を探しているようで、困ったように下を向く。



「私は嫌、だよ。何でみんな平気で、人を殺せるの」


「それは……」



 少しの沈黙を見送ったあと、アルは顔を上げた。私の目を真っ直ぐに見てはっきりと言う。



「それが俺たちの生きる手段だから。それしか生きる方法を持ってない」


「……」


「それがどんなに悪いことでも」



 私は何も言えなかった。これ以上彼らの生き方を否定するなんて出来なかった。だって私は、アルの過去を知らない。アルだけじゃなく他のみんなの過去も。

 どうしたらいいのか分からずに、私はただただ無言で俯いた。



「俺も、初めて人を殺した日は眠れなかった」


「……え」


「14歳の時だよ。殺したのは自分の親だ」



 思わず息を飲んだ。十五歳の時の私なんて、高校受験で愚痴を零してたくらい。なのにアルは……。それも親だなんて信じられない。

 怖いとは思わなかった。だって今のアルはすごく優しくしてくれるのだ。だけど、ショックだった。



「……弟が一人いたんだ。でも両親に殺された。殺らなきゃきっと俺が殺られてた」


「嘘……」


「本当だよ。その日から人殺しを生業にしてずっと一人で生きてきた。このアジトに来たのは16歳。今のボスに声かけられたんだ」


「……」


「いっそ死んでしまいたかった。でも死ぬ勇気がなかった。だから変わりに人を殺したんだ。誰かを殺す度に、自分も死んだような気分になったよ。今じゃもう、何も感じないけど」


 アルの瞳から涙が頬を一筋伝った。それを見た私は気付けば彼を抱きしめていた。たとえ偽善者だと言われても、抱きしめずにはいられなかったのだ。何も感じない、なんて嘘に決まってる。人を殺すのは辛いよ。いくら馴れたって言っても、胸の奥がチクチクして痛い筈だよ。その涙を見れば解る。

 アルは驚いたように「え?」と声を漏らす。私は構わず、先程よりも強く抱きしめた。



「ごめんね、アル」


「何で、レンが謝ってんだよ」


「私何も知らないのにあんな事言って。これが君たちの生き方なんだよね」


「……うん」


 アルは静かに頷いた。

 私はアルの体から離れると、改めて彼の顔を見る。驚く程綺麗な目をしてる。愛嬌のある笑顔も優しい心もアルなんだ。殺し屋でも、アルはアルなんだ。私がとやかく言えることじゃない。だってここは別世界で、アルは私なんかとは全く違う人生を歩んでるわけで。だから、だからそれが君たちの生き方だって言うなら私はもう、何も言わないよ。



「殺し屋なんて、俺みたいな境遇の奴ばっかだよ。ここにいるメンバーだってもっと辛い過去を持ってる。あの飛翔が仕事の時だけ人格を変えるのだって、そうでもしないと人を殺せないからだ。誰も好き好んでこの仕事を選んでるわけじゃない」


「……」


「根本的な所では、みんな同じだよ。誰もそんなこと口には出さないけど……」



 みんなそれぞれ背負ってるものが違うんだ。強いな……本当に。



「もう二度と、レンにはあんな事させない。約束する」



 アルは笑顔でそう言った。








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