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きみの物語  作者: りいち
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第4話:戦場で、泣いた



 この世界に来て一週間が過ぎた。相変わらずハチャメチャなメンバーと毎日楽しく、時には第二次世界大戦並みの喧嘩も交えながら過ごしている。

 不思議なことに、初めはどうなることかと思ったこの世界も慣れれば何てことない、あまり私のいた世界と変わらなかった。勿論元の世界の家族や友達に会いたいという気持ちは相変わらずだけど、こっちの世界で暮らすのもいいかな、と思ってしまう時があるのも本音。



「鬼大ー、お腹すいたよー」


「さっきつまみ食いしてたでしょ。あんたどんだけ食うんですか」



 呆れながら今日も鬼大はみんなの朝ご飯を作る。こいつのピンクエプロンにもいい加減慣れてきた。

 朝の居間にはみんなが集合する。新聞を読んだりテレビを見たり鏡で自分の姿をチェックしたりと殺し屋らしからぬ普通の光景。



「うん、今日も俺は美しいな」


「また始まった、ミナミの病気が」


「ほっとけよ、アル。ツッこむのも疲れるぜ」



 飛翔にまで言われる始末。ミナミは気にせず鏡に映る自分を見る。前に一度だけミナミの部屋を覗いたことがあったけど、手鏡だけでも5つは置いてあった。どんだけ自分好きなのコイツ。ナルシスト越えてただの痛い人だよ。

 そう思いながらミナミをじっと見ていると、何を勘違いしたのか「見とれるのも仕方ない」と呟きはじめた。



「見とれてないよ、呆れてるんだよ」


「黙れバカ女」


「うわー、無表情で言われると更にムカつくよ」



 ミナミめ、いつか殺してやる。あ、さすがに殺し屋を殺すのは無理か。それじゃあ、えーと……うん、あいつの部屋の鏡全部割ってやる。

 いろいろとミナミへの仕返しを考えていると鬼大がトーストやら目玉焼きやらを持ってきた。全員待ってましたと言わんばかりの勢いで卓袱台に座る。



「鬼大、料理だけはできるもんね。あとはアレだけど」


「アレって何ですか、失礼な人ですね」



 すると当然の如く口を挟むメンバー。



「不細工ってことだ、哀れな奴め」


「間違いねぇ」


「諦めろよ鬼大」


「黙って家政婦してやがれ」



 可哀相な鬼大を庇う奴は一人もいない。こんないじられキャラでも殺し屋だなんて、世間ってよく分かんないな。

 あんたら悪魔ですか、と言う鬼大に「お前の顔がな」と返す性格の悪いミナミ。



「レンもだいぶこの暮らしに慣れてきたな」



 隣りに座っているアルが、トースト片手に笑顔で言う。その表情が可愛すぎて危うく口の中の物が出そうになった。「う、うん」と片手で口を抑えながら応えればそれを見ていたグンゼが「図太いって得だな、すぐ馴染めて」と呟いた。悔しいけど図星なだけに言い返せない。



「ねぇアル、君は今日も仕事だよね」


「あぁ、今日は飛翔とグンゼと一緒だ」


「ふーん……。私も連れてって」


「え?」


「だから、私も一緒に行ってみたい」



 アルは困ったように私を見た。これが他の奴だったらきっと2秒で拒否されるに違いない。優しいアルだからこそ頼んだのだ。



「いや、それは……危ないし」


「お願い!邪魔しないから!」



 別にいいんじゃねぇのと頭を掻く飛翔に、絶対駄目だの一点張りで相手にしてくれないグンゼ。困ったように頭を捻るアル。迷惑だとは分かっているけど私だってこのアジトにいる以上殺し屋という職業を知ってみたいのだ。今私を動かしているのはただ単純に呑気な好奇心のみ。その先に何があるのかなんて、バカな私は少しも考えていなかった。

 アルに詰め寄りしつこいくらいにお願いする。最初は言葉を濁してばかりのアルだったが、私の本気っぷりに半ば諦めたように溜め息をついた。



「わ、分かったよ……」


「やったぁ!」


「但し勝手な行動するなよ、危ないから」


「うん、ありがとう」



 完全に浮かれていた。これでまた一歩、私もみんなの仲間になれたと思ったのだ。

 いってきます、と機嫌良くアジトを出る。今日も変わらず鬱陶しいくらい照りつける太陽の中、グンゼだけが納得いかないような顔で私を見ていた。



「レンはこれ乗ったことあるよな」



 水上バイクの置かれた砂浜に着くとアルが言った。頷くと、じゃあ後ろに乗れよと明るい笑顔で言う。

 飛翔とグンゼがもう一台に二人で乗り、私も失礼します、とアルの背中に掴まった。



「相変わらずエンジンの音すごいね」


「怖いか?」


「うん、ちょっとね」


「大丈夫だ。俺、レンは絶対落とさないから」



 なんて出来た子なんだろう、アル。顔も可愛くて性格もいいなんて反則だよ。初乗りだってのに時速200キロで走りやがったグンゼとは大違いだね。

 風の強い海の上を快走している時、ふと隣りを走る飛翔とグンゼを見る。飛翔はバカ面丸出しで意味の分からない歌を大声で歌い、グンゼはいつもの眠たそうな目で運転していた。私の視線に気がついたのか、前を見たまま言う。



「アルも甘いな、こんな足手まとい連れて来るとは」


「まぁまぁいいじゃん、グンゼ。レンの事は俺が責任持って守るからさ」


「……」



 グンゼは少しも納得しなかった。余計に眉をひそめ、アルを見据えたあと「それが気に食わねえんだよ」とポツリと呟いた。だけどその小さな呟きは飛翔の歌い声と風の音にかき消され、アルの耳には届いていないようだった。










 小一時間程で目的地に着いた。見るからに小さな島で、本当に人が住んでるのか疑ってしまうくらい静かだった。この間グンゼと買い物に行ったあの街とはえらい違いだ。

 地上へ降りてみんなのあとを着いて行く。ここで待ってろ、というグンゼの言うことも聞かずに。

 島の奥にはこれまた小さな村があった。よく日本昔話なんかに出てくるような民家がポツポツと立ち並ぶ。相変わらず、人の姿は見えない。あまりの静けさに一瞬身震いした。



「ねぇ、今日の仕事って?」



 私の質問には誰も答えなかった。グンゼは兎に角、いつもはお調子者の飛翔も、優しいアルさえも無表情で村を見渡している。私も仕方なく黙って立っていた。



「……」



 何分そうしていただろう、みんなじっと観察するように辺りを見ている。

 最初に口を開いたのは飛翔だった。



「よし、俺ァ先に行くぜ」



 あーめんどくせぇ、と愚痴をこぼしながら飛翔が一人歩き出す。アジトにいる時とは違い、真っ黒なスーツを着ているせいか飛翔の背中がいつもより広く見えた。



「レン、お前は向こうの林に隠れてろ」



 村の奥には確かに雑木林があった。真剣な表情の二人に、私は分かったと頷く。仕事が終わったら行くから、とアルがいつもの笑顔で言ってくれた。



「一応これ、持っとけ」



 渡されたのはナイフ。銀色の刃がキラリと光った。感じたことのない感触に思わず落としそうになる。



「これ……」


「まぁ必要ないだろうが、一応な」


「……」



 ありがと、と短く言って私は走った。民家を何軒も通り過ぎ、逃げるように林へ転がり込む。それを確認した二人はそれぞれ違う方向へ歩いて行った。仕事をする為に。



「うわ、本物だ。はは……」



 ナイフの柄をぎゅっと握りしめた。生まれて初めて握った、人を傷つける為だけに作られた道具を。

 一人になると急に不安になった。ナイフをしっかり握ったまま、木に寄りかかる。

 じっと身を縮めていると、間もなくして飛翔のものであろう高笑いが聞こえてきた。何かが壊れたような笑い声の数秒後、かすれたような誰かの悲鳴。それを聞いた瞬間に両腕を鳥肌が走る。耳を塞ぐより先に二人目の悲鳴が聞こえた。三人、四人とその叫び声が途切れることはない。中には女の人の声も混ざっていた。そして、子供の泣き声も。



(怖い……)



 急いで耳を塞ぎ、目を瞑っても聞こえてくる悲鳴、それに爆発音。逃げ出したくてもどこへ逃げればいいかも分からない。ただただしゃがみ込み、息を殺してじっとしていた。









 どれくらいの時間が経っただろう。相変わらず近くからは叫び声や爆発音がする。覗いてみる勇気は、ない。

 すると背後で落ち葉を踏む乾いた音が聞こえた。心臓がどくんと大きく跳ねたあと、激しく波打つ。じわりと額に汗が滲んだ。体全体が強ばったまま振り向くことができず、再度ナイフを握り直した。

 足音がこちらへゆっくり近づく。飛翔?アル?グンゼ?お願いだから三人の誰かであって。



「お前、この村の人間じゃないだろう」



 頭上から降ってきた声は三人の中の誰とも違っていた。低く、敵意のあるしゃがれた声だ。僅かな期待は打ち砕かれ、一瞬頭が真っ白になる。

 ずっと縮こまってるわけにはいかない、と意を決して振り向いた。



「誰だ、お前」


「……」



 村人だろうか、顎髭を生やした四十代くらいの男だ。怪我をしたのか、右脚を引きずっており、そこから血がポタポタと滴り落ちていた。

 私はとっさに立ち上がる。逃げようと一歩を踏み出したその瞬間、背中を突き飛ばされて思いっきり前へ転けてしまった。世界が反転したような感覚を味わったあと、すかさずのしかかる男の体重。



「……嫌だ!」


「お前もあの殺し屋共の仲間だろう」


「……」


「お前らが俺の家族を……」



 男はうつ伏せで倒れた私の体を無理矢理こちらへ向けた。その時、男の目から涙が零れ落ちるのを確かに見た。その冷たい涙は私の頬に静かに落ちた。

 男の両手が私の首にかかる。ぎゅっと瞼を閉じて、もう駄目だと諦めかけた心とは裏腹に私の両手は自然と前へ伸びていた。ナイフを握った、その両手が。



「……え」



 嫌な感覚が両手から全身へ伝わる。生温い何か液体のようなものが拳を伝ってきたのを感じ目を開ければ、喉にざっくりとナイフが刺さった男の姿。

 喉が潰れるくらい、兎に角叫んだ。言葉にならない自分でも耳を塞ぎたくなる程の叫び。そうでもしないと得体の知らない何かに呑み込まれてしまう気がしたのだ。

 倒れかかってきた男の下敷きになり、必死で這いずり出ると男は仰向けになった。見開かれた目は何の光もなく、何も映していない。



「嫌だ……嘘」



 怖くて怖くてどうしようもなく、これを引き抜いたら男は生き返ってくれるんじゃないかという有り得ない考えが頭をよぎり、思わず刺さったナイフを引き抜いた。その瞬間顔に飛び散る真っ赤な血。当然男が生き返るはずもなく、今度は血を止めようとその傷口を両手で抑えた。



「お願い、止まって、止まってよぅ……」



 生温い液体の感触。心臓が今までにないくらい早い。

 涙が溢れて止まらなかった。ごめんなさいごめんなさい、と何度呟いても男が生き返ることはない。

 私が殺したんだ。私が奪ったんだ、この人の人生を。



「レン?」



 名前を呼ばれて振り向くとそこには同じく返り血を浴びたアルが立っていた。彼の‘仕事’は終わったのだろう。酷い鉄の臭いが鼻をかすめた。

 男の死体と酷い泣き顔の私を見て、何かを悟ったように「あぁ、」と呟くアル。



「どうしよう。私、人を殺しちゃったよ……」


「レン、大丈夫だから」



 アルは私の腕を掴み立ち上がらせると、無理矢理男から引き離した。情けなく震える私の肩をぎゅっと抑え、目を閉じろと言う。



「どうしよう……どうしよう……」


「レン、いいから目を閉じて」


「私、殺すつもりなんて……」


「目を閉じろって言ってるだろ!」



 初めて聞くアルの怒鳴り声。それでも止まらない涙に、相変わらず震える私の体。自分の両手を見ると、血で真っ赤に染まっていた。ぐにゃりと視界が歪み、同時に吐き気に襲われた。

 ふと視界に入ってきた、アルの体の返り血も酷く恐ろしいものに見え、思わず後退りをする。



「……嫌、寄らないで」


「おい、どうしたんだよ」


「私のことも、」


「……」


「そうやって殺すの?」









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