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きみの物語  作者: りいち
30/32

第30話:絶対絶命大ピンチ

死んだと思った。

崖から落ちたんだって分かった瞬間。

だって実際に体は重力に圧されて堕ちていったし。

ただ一瞬気を失ったから、今までの人生が走馬灯のように〜なんてよく言われてるような状況ではなかった。


「まじ勘弁しろや……」


飛翔の声がする。

体に強い衝撃はきたものの、私は死んでいなかった。

どうやら急斜面を、転がり落ちたらしい。

幸い雪のクッションに助けられて事なきを得た。


「いや思いっきり事なきを得てるしな」


「あ」


飛翔の体が下敷きになって私を支えていた。

彼は咄嗟に私の体を抱きかかえ、落ちていったらしい。


「うわっ飛翔ごめん!」


慌てて体を退かすが、飛翔は苦笑いで私を見るだけ。

その端整な顔にかかった雪を払おうともしない。


「ど、どうしたの?」


「いてぇ」


「え?」


「腕、折れたっぽい」


「まじか……」


これ慰謝料請求されるパターンじゃね。でも私お金ないから体で払わされるパターンじゃね。


左腕を庇うように、飛翔は立ち上がった。

顔は平気そうに見える。そして、スタスタと歩き始めた。

私も立ち上がり、慌てて後を追いかける。飛翔にまで置いていかれたら今度こそ死ぬ。


「ちょっと!歩いて大丈夫なの?」


「あー?大丈夫大丈夫。俺怪我すんの慣れてっから。しかも腕一本だし。気にすんな」


「いや気にするよ」


大丈夫だってー、と言いながら、正常な右腕で私の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「雪すごいよ、お前の頭」


「あんたもね」


私も腕を伸ばし、飛翔の頭を撫でた。


「しっかしよォ、まいったなこりゃ」


「うん…とりあえず雪がしのげるところないのかな」


頭上で降る雪は容赦なく、だんだん強くなっている。

吹雪になんかなったら大変だ。ていうか、確実に死ぬ自信がある。


「民家でもありゃ乗り込んで行って奪えるのによォ」


「お前は頭を下げるということを知らんのか」


「あーァ」


飛翔が思い詰めたような溜め息を吐いたので、少し心配になった。腕折っちゃったしね。


「このまま氷柱島の美人とセックスせずに死にたくねェ……」


前言撤回。アホだこいつ。


しゃがみこんで片手で雪遊びを始めた飛翔の背中に、私をは雪の塊を投げた。

べちゃ、とそれは飛翔の肩の辺りにヒットした。


「何だよレンちゃん。俺様に雪を投げるとは」


「あんた彼女いるんじゃなかったっけ。浮気だ、浮気」


「別に、彼女なんて何人いてもいいだろ」


「最低。どこまで無節操なの」


今度は私が溜め息を吐く番だ。

飛翔は笑っていた。この何の悪びれもない笑顔に、女は騙されるのだろうか。


「あんたさー、」


私は二発目の雪を手にとって投げる。

しかし飛翔はそれを軽々と避けてみせた。


「人のこと、本気で好きになったことあるの?」


「んー、さァね?」


「ないよ。絶対ない。女の敵だ」


「そんなことねーよ。俺だってフラれるし、片思いだってするんだぜ。まぁすぐ立ち直るけどな」


「ふーん」


そういえば、グンゼが言ってた。飛翔も昔はルイさんのことを好きだったって。

聞いてみようかな。でも、さすがに……

そう思っていると、意外なことに飛翔の方からその名前を出した。


「ルイって奴がさ、昔いてな」


飛翔は立ち上がり、雪を私に向かって投げてきた。


「そいつのこと、好きだったんだけど、あっさりフラれた!」


「飛翔は、諦めたの?」


「うん、そいつ、違う奴と付き合ってたし。俺が邪魔すんのもアレだし。っていうか、その2人の関係を見てるのが、好きだったっていうか。なんか結構すぐ踏ん切りついて。本当はただ、自分にないものに嫉妬したみたいな。この女と付き合えば、俺もあの2人みたいになれるかなって」


「あの2人って、グンゼとルイさんのこと?」


「なんだよ、知ってんのかよォ」


「アルに聞いた」


「……お喋りだねェ、あいつも」


あーあ、と溜め息を吐きながら飛翔は片手で雪を弄る。

私はそれを見ながら尋ねた。


「嫉妬するほど、素敵な2人だった?」


「はは……意地悪なこと言うねェ」


「じゃああんたも、ひとりの女の子に絞って、その子と一緒に素敵な2人ってやつになりなよ」


「いやァ、無理だろ」


「どうして?何でそんな女の子を取っ替えひっかえしてるの?」


顔を上げた飛翔。目が合った瞬間、彼の真顔に少しだけ恐くなった。

しかしすぐに彼はいつものヘラヘラとした笑顔になり、いつものトーンで言った。


「ひみつ」









飛翔の大きな手が私の頭を掴んだ。

ぐっと強い力で下へ押される。

されるがままに私の頭は雪の上へ。

何事かと思い頭を上げようとしたが、飛翔の手がそれを許さなかった。


「ちょっと!いきなり何すんの!」


冷たい雪の上に突っ伏したまま怒鳴ると、飛翔はシッと私の口を抑える。


「頭を下げてろ、レン」


遠くの林を見つめながら、真剣な顔でそう言った。


「狙われてる……」


「え、」


まさかな。え、まさか……な。

遭難した上に敵?どんだけ厄日なの、まじで。


暫くの間、静寂が辺りを包んだ。

自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。飛翔の右手は驚くほど冷たかった。


すると、遠くから足音が聞こえ、視線を林の方へ向けた。ひとりの男がゆっくりとこちらに向かって歩いて来ている。


「ひ……飛翔っ」


「やべェな、こんな時に限って片腕が使えねェ」


飛翔の左腕は、コートに隠れて見えないけれど、動かないのは確かだろう。

やがて私達の目の前で止まった男。白いお面をつけているので顔が分からないが、がっしりとした体つき。飛翔よりも背が高いかもしれない。


面の下の男の表情は読めない。


「女を寄越せ」


くぐもった声で、言った。


指を差された私の背筋に悪寒が走った。心なしか、雪も強くなってきた気がする。

その時、飛翔が私の体を後ろへ押した。飛翔の広い背中に隠れるように。


「飛翔……」


「レン、俺が合図したら後ろへ走れ。絶対立ち止まるなよ」


「え、嫌だよ!一緒に逃げようよ

!」


「馬鹿。俺様が逃げるわけねェだろォ。ばっちり返り討ちにしてやるっつーの」


「でも飛翔……腕が。ねぇ戦うなら、邪魔しないから、お願いだから私もここにいさせて」


「駄目だ」


「なんで?」


「頼むわ。お前にはもう、見られたくないんだよ」


私の耳元で囁く飛翔の声がいやに低い。

いつか、覚醒した飛翔に殴られたことがあった。

私はハッと彼を見上げる。胸が痛いくらい、優しい顔をしている、目の前の男。

怖くてたまらないけど、頷くしかない。

飛翔はそれを見て、安心したように笑った。



「女は俺の獲物だ。悪いようにはしない」


「そんな口説き文句があるかよ」


口調は落ち着いているが、焦りが見える飛翔の横顔。そりゃそうだ。馴れない雪山に、片腕が使えない。


面の男の首が、飛翔の方に向いた。少し間を開けてから、喉を鳴らして笑い始めた。


「そうかお前か。知ってるぞ、『死にたがりの飛翔』だってな」


「テメェ……それどこで聞いた」


「さぁな」


二人の間に流れる空気が一層張り詰めたものになった。


『死にたがりの飛翔』?


あだ名だろうか。でも、明らかにさっきまでとは違う動揺が飛翔の顔には浮かんでいる。


「レン、走れ!」


耳に響いた飛翔の声。混乱する頭とは裏腹に、私の脚は飛翔を残したまま一歩を踏み出していた。


すかさず追って来ようとする面の男。腕一本でそれを止めた飛翔。


私は振り返ることを辞め、雪に足をとられながらも懸命に走った。


後ろで飛翔と男が戦っている。

なにか鋭い、刃物のようなものが触れあう音がする。

飛翔は、殺戮マシーンに覚醒してしまっただろうか。



振り返ったら、私はきっと立ち止まってしまう。





お願い、死なないで。







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