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きみの物語  作者: りいち
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第3話:ヤンキー美青年と海を越えて




「お、やっと起きたか」


「……え、」



 朝、目を覚ますと目の前には上半身裸の男が同じ布団に入っていた。思考が追いつかずにこやかに微笑む男の顔をよく見ればどこかで見たことのある顔。

 アンタ誰だっけ、と問えば相手の男は「忘れたのかよォ」と随分大袈裟なリアクションをしたのち私の頭を軽く叩いた。そもそも、ここどこ?



「お前昨日グンゼに部屋代わってもらったんだろォ」


「グンゼ……?」



 ええと、グンゼグンゼ。誰だっけ。確かに聞き覚えのあるその名前を必死で探る。起きたばかりの私の脳はまだ正常に働いていないらしい。周りを見渡せばシンプルな男物の部屋。あれ、私の部屋ってこんなに片付けてたっけ。



「まだ寝ぼけてんのかァ?レンちゃんよォ」



 名前を呼ばれてハッと我に帰った。そうだ、シンプルなこの部屋も、軽い口調のこの男も見覚えがある。

 そう。私は今別世界の、しかも殺し屋組織のアジトにいるのだった。全て思い出した瞬間、無意識に重い溜め息が出た。



「とりあえず何で飛翔がここにいるわけ。不法侵入だよ、ブタ箱にぶち込むよ、痴漢は罪が重いよ」


「起こしに来てやったに決まってんだろォ。それに俺もう既に犯罪者だし」


「だったら何でわざわざ上着脱いでんの」


「この方が雰囲気出るかと思って」


「何の雰囲気だよ」



 とりあえず飛翔をベッドから蹴り落とし、背中を伸ばして息をついた。うん、朝だ。爽やかな朝。

 床に腰をついた飛翔を無視し、部屋を出ようと立ち上がる。すると笑いを含んだ声音でホスト顔の変態は言った。



「涎垂らしてたぜ、レン」


「げ、」



 何勝手に寝顔見てんだコノヤロー。もういっそ死ねばいいのにド変態。何だよそのいやらしい笑い方は。涎垂らして悪いかこらァァァァァァアア。

 死ねよ、と一言捨て台詞を吐いて部屋を出た。わざと乱暴にドアを閉め、居間へと急ぐ。

 居間に入るともうみんな食卓についていた。味噌汁のいい匂いがする、爽やかな朝の一コマ。

 不機嫌な顔をした私に、どうかしたかと問いかけてくるアル。



「何で君が起こしに来てくれなかったのさぁ」


「え、いや。飛翔が行くって言ったから」


「……」



 戸惑うアル。彼に怒っても仕方ないと本日何回目かの溜め息を吐いた。全部、悪いのはあの変態なのだから。

 気を取り直して私も食卓につく。ピンクのエプロンをした鬼大の姿に吐き気を覚えながらも朝の挨拶を交わす。なぜ、なぜピンク?あれは一体何?誰の趣味?他に違うのなかったの?と脳内を忙しく駆け巡るそんな疑問たちも、温かい味噌汁を飲めば瞬時にどこかへ飛んでいった。

 そんな私の気持ちも知らず、一足先に食べ終わったみんなの食器を片付けながら鬼大は至極事務的に言った。



「今日は全員朝から一日中仕事ですので、レンさんは留守番していて下さい」


「え、うん。嫌だよ」


「即答ですか」



 困りましたね、と呆れながら呟いた。

 だって、こんな知らない土地で一日ずっと一人きりだなんてそんなの絶対に耐えられない。なんせ殺し屋のアジト、怨みを持った浮かばれない何やかんやが出てきたらどうすればいいのよ。



「私も連れて行って」


「駄目です」


「大人しくするから」


「駄目ですってば」



 私と鬼大が言い合いをしている間、他のみんなはいそいそと仕事へ行く準備をしていた。居間と自室を往復したりと随分忙しそうだ。

 私もそろそろ準備を……という鬼大を引き止め何とか説得を試みる。だけど返事は「駄目です」の一点張りだった。

 それならばと今度はアルに頼んでみる。優しいアルは少し考えるように首を捻っていた。



「どうする……?」



 アルが他のみんなを見る。

 ミナミは「俺に聞くな」と目をそらし、グンゼは「今忙しいんだ」と取り合わない。飛翔は「別にいいんじゃねェ」といかにも何にも考えて無さそうな台詞を投げてスーツのジャケットに袖を通した。



「お願い」



 低く唸りながら悩んだあと、まぁ、いいだろうとアルは笑った。一人猛反対していた鬼大は「知りませんからね」と少しふてくされているようだった。



「但し仕事の邪魔すんなよ、馬鹿女」


「……分かってるよ」


「そう言う奴が一番信用ならねぇ」


「じゃあ何て答えたらいいのさ」


「……それもそうだな」


「馬鹿はお前だよ」



 昨夜の優しかったグンゼは何処へやら。相変わらず、口悪い。いや、それは私も同じなんだけど。

 見た目的に歳が近いせいもあるのか、グンゼとは特に小競り合いが絶えなかった。実際の年齢を聞いてないからよく分からないんだけど、きっと同じくらいだろう。

 というかここの人達みんな年齢不詳だった。全員が全員ため口だから年齢の上下がいまいち把握できないのだ。まさか全員同い年、ということはないはず。



「そういえばレン。お前着替えも何もないんだろ」



「あ、そういえばそうだった」



 思わず今の自分の格好を見て苦笑いを零した。昨日ミナミに借りたままのTシャツとズボン。サイズが合ってないせいで今なら間抜けさ増量中、みたいな。

 呆然と立ち尽くす私。グンゼに鼻で笑われたのは言うまでもない。



「お前その服で一緒に行くなんて抜かしてんのか」


「いや、それは……」



「グンゼの言うとおりだ。何だその……だらしない格好は。女の風上にもおけんな」


「いや、これあんたの服だよ、ミナミ」



 くそー、ほんとムカつくなぁミナミは。無表情でそんなこと言われたら余計傷つくよ。美形だから許すけどこれがもし不細工だったらとっくに目潰ししてるよ。

 ふと、グンゼの視線に気づき、何ですかと聞けば「今から買いに行くか」と呟いた。あまりにも突発的なその意見に一瞬着いて行けず、思わず気の抜けた声で聞き返してしまった。

 他のメンバーも至極意外そうに、私とグンゼを交互に見た。いち早く反応したのは鬼大。



「何言ってるんですか、グンゼさん。今から仕事ですよ!」


「あぁ?家政婦の分際で俺様に意見する気か」


「え……いや、だって仕事サボってボスにバレたら」


「心配するな、あいつバカだからどうせバレねぇよ」



 行くぞ、とそう言ってグンゼは私の手首を乱暴に掴んだ。そのままアジトの出口へとずんずん進んで行く。鬼大が止めるのも無視し、私はただグンゼに引っ張られるがまま着いて行く。アジトを出る瞬間見えたのは、言葉を失い呆然と立ち尽くすみんなの姿だった。ていうか、手首痛い。



「ちょっと、いきなりどうしたわけ?」


「別に。仕事サボりたかっただけだ」


「……」



 パッと手を離し、目をそらしたままグンゼは頭を掻く。照れているように、見えなくもない。何こいつ。昨日の夜といい今といい、もしかして私のこと好きなんじゃないの?うわー、まじで。まさかの展開?ラブストーリーは突然に?



「グンゼさぁ、もしかして私のこと……」


「言っとくが変な勘違いするなよ」


「え、」


「俺がお前のこと好きなんてありえねぇからな」


「……まだ何も言ってないじゃん」


「どうせ下らねえこと考えてたんだろ。全く顔もブスなら性格もひでぇ妄想癖だな」


「とりあえず死ねよお前」



 前言撤回。一瞬でも心ときめかせた私がバカだった。

 さっさと歩け、と頭を叩かれ仕方なく険しいジャングルをかき分けて進む。ああ、くそ!だいたい何でジャングルの真ん中にアジト建ててるんだよ。不便で仕方ないよ。

 イライラを募らせながら歩くこと10分。ようやく私は砂浜へ出てることができた。その瞬間丸裸の太陽が肌を刺す。思わず「うわぁ……」と呟いてしまう程暑かった。そんな私とは正反対に、いかにも暑苦しそうなパーカーを羽織っているにも関わらずグンゼはさすがに馴れた様子でケロッとしていた。それがまた、ムカつく。どんだけ寒がりなんだ、この青年は。



「この島に服なんて売ってんの?」


「いや、ここは俺たちのアジトの為にボスが作った島だからな。買い出しは全部島の向こうだ」


「どうやって行くの?」



 まさかこの広い広い海を漫画に出てくるような丸太ボートで渡るって言うんじゃないよね。そう言うとお前はアホだと呆れられた。

 とりあえず彼の後に黙って着いて砂浜を歩く。つい昨日私が打ち上げられた砂浜には、今日も流木がゴロゴロと転がっていた。纏わりついてくる砂の上をなんとか器用に歩きながらグンゼの背中を追いかけた。深い灰色の髪の毛が太陽に照らされ幾分か明るく見えた。不思議な色だ、地毛かな。

 歩けど歩けど砂浜ばかり。近い近い太陽の下をこんなに歩かせて殺す気か、この男は。

 やっとグンゼの歩みが止まる。そこには数台の乗り物らしき物体が置かれてあった。どれもこれも少し変わった形をしている。ハンドルがついた、バイクに近いデザインの二人乗り用ボードで、これに乗って島を出るのだと彼は言う。

 まずはグンゼが飛び乗りエンジンをかける。その瞬間、機体全体が物凄いエンジン音を鳴らしながら地面から数十センチ程浮いた。



「すごいね、初めて見たよこんな乗り物」


「いいから後ろ乗れ」



 言われた通りグンゼの後ろに乗る。乗ってみると普通のバイクみたいだ。これが海の上を走るのか、すごい世界にきちゃったな、私。

 乗ったはいいものの、手をどうすればいいか分からない。一人オロオロしていれば、腰に回せよとグンゼが言う。その口調があまりにも普通だったので、それならばと遠慮なく腰に掴まった。



「飛ばされんなよ」


「え、」








「……殺す気ですか、あなた」


「何だよあれくらいで、情けない女だな」



 とりあえず早くなった鼓動が落ち着くのを待つ。何度も深呼吸して額に滲んだ冷や汗を拭った。

 乗ったはいいけどあの水上バイク、スピードが半端じゃない。確実に軽く時速200キロは出ているだろうスピードの中、しかも海のど真ん中、風に吹き飛ばされないよう必死でグンゼの背中に引っ付いていた。もう違う意味でドキドキしっぱなしだよ。



「ジェットコースターよりひどいよ……」


「ジェットコースターって何だ?」


「あ、分かんないならいいです……」



 何で平気なんだ、こいつ。こっちの世界の人間と私では、やっぱりどこか違うらしい。風で乱れた髪の毛を適当に整え、気を取り直して立ち上がった。

 海を渡って着いたそこは港。大なり小なりの船がズラリと並び、人も半端なく多い。随分栄えたこの島は、よく買い出しなんかで利用する場所らしい。

 その港を抜けてすぐに街はあった。随分と賑やかな街だ。色とりどりの店が並び、行き交う人々は男も女も綺麗に着飾っている。日本ではなく、どちらかと言うとパリやロンドンのようなお洒落な雰囲気の街だ。まぁパリもロンドンも実際に行ったことがないからよく分からないんだけど。私は店のウィンドーに映る自分の姿を見て急に恥ずかしくなった。



「どうかしたか」


「いや、別に」


「なら早く来い」



 ぶっきらぼうに言い放つと、グンゼは早足で前を歩き始める。私もはぐれないよう急いでグンゼの隣に並べば、街行く人が不思議そうに私たちを交互に見比べる。それもそうだろう。かたや美青年、かたや上下部屋着の女なのだから。そんな二人が一緒に歩くなんて何かのネタにしか思えない。うわ、帰りたくなってきた。



「入りたい店あったら言えよ」


「この格好でか」


「何だよ、そんなこと気にしてんのか」


「気にするよ……」



 私だって曲がりなりにも女の子だ。いくら貧乳と言われようが馬鹿だと罵られようが年頃の女の子なのだ。この無神経男には分からないだろうけどね!

 するとグンゼが何を思ったのかある店へ入って行った。そこはお洒落な女物のショップ。とても部屋着の女が入って良いような場所ではない。入り口で躊躇していると、早く来ないと殺す、と言われすぐさま足を踏み入れた。ピンクや真っ白な小物がキラキラ光り眩しい店内にはズラリと並んだ大量の服。店員さんの営業スマイルすら輝いて見える。



「ん、これ着てみろ」



 はい?と返事をしたものの無理矢理、グンゼの選んだ服と共に試着室へ押し込まれた。カーテン一枚で仕切られたその狭い空間で、上下部屋着の私は呆然とする。すぐ近くからグンゼと店員さんの話し声が聞こえた。



「可愛い彼女さんですね。今日はデートですか?」


「彼女じゃねぇよ、うるせぇな」



 うん、口の効き方最悪だね。店員さんごめんなさい。何かごめんなさい。

 これ以上店員さんに負担をかけては気の毒だと思い、急いで服を着替えた。一枚でサラリと着れる夏らしいワンピース。意外にいいやつ選ぶじゃないかと半ば関心していると、予告もなしにカーテンが開かれた。



「お、着たか」


「いきなり開けんな変態!」


「お前が遅いからだろうが」



 着替えたあとだから良かったものの、急に開けるなんて脳みそ腐ってるよ確実に。少しも悪びれずグンゼはだるそうに頭をかきながら私のワンピース姿を見た。「まぁ、見れなくもないな」と憎たらしく嫌みを吐くとさっさと部屋着を拾い、私の手首を再び引っ張った。



「え、ちょっと、」


「金ならもう払っておいた。次は靴だな」


「え、え、え」



 ありがとうございましたー、という店員さんの声を背中に店をあとにした。

 歩くたびにひらひらと舞うスカート。こういうのもいいかな、と少しだけ思った。何より街の人の視線だって、もう気にしなくて済む。



「グンゼ、靴なんていいよ」


「あぁ?そのだっせぇビーチサンダルでずっといるつもりか」


「だっせぇって言うな、癖毛」


「殺すぞ貧乳」



 下らない言い合いをしたのち、結局引っ張られるように店を回った。結局服に始まり靴やらサンダルやら着替えやら、とにかくこれから私が生活していく上で必要な何やかんやを全て買ってもらった。勿論下着は私一人で買いに行ったけど。当然の如く代金は全てグンゼ持ち。私の住んでた世界とはお金の単位が全く違うから仕方ないとしても何だか申し訳なかった。

 気付けばもう夕刻。両手にたくさんの荷物を抱えた私とグンゼはすっかり疲れ果てていた。帰るか。そうだね。なんていう短いやりとりの後、くたくたになった足で港へ戻った。



「お願いだからあんまりスピード出さないでよ……」


「心配しなくても俺だってそんな元気もうねえよ」



 溜め息混じりに言った言葉を信じてボートの後ろに乗った。行きと同じように物凄い音をたてながら機体は浮いた。グンゼが器用にハンドルを動かせば海の上を走り出す。潮の匂いが混じった風を受け、思わず瞳を閉じた。穏やかで広い海をこの小さく不思議なボードが飛ぶ。次に目を開ければ、地平線の向こうが夕日で真っ赤に染まっていた。



「綺麗だね……」


「あ?」



 何が、と聞くグンゼに何でもないと応える私。変な奴だと笑われたのでアンタがね、と言い返しておいた。



「ねーグンゼ」


「何だよ」


「殺し屋って大変?」


「まぁな」



 ふいに後ろを振り返った。先ほどまで荷物両手に歩き回っていたあの大きな島が、今では米粒くらいに見えた。



「ねー」


「今度は何だよ」


「えーと」


「早く言え」


「その、ありがとね」


「……おう」



 機体は少しだけスピード上げ、風を切って走りつづけた。








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